航海日誌番外編11

 アクモラからの生還の翌日、手術を終えたジュリエッタを、ニキフォロフが見舞った。
 もっとも、超能力者による再生治療自体は、ほんの一瞬の出来事だった。
 プロジェクト・ゾンビの営業項目には、表の社会では決して活躍することの出来ない、多数の超能力者達の軍事利用も加わっていた。
「君に、もう一仕事頼みたい」
 見舞いの言葉もそこそこに、ニキフォロフはそう言った。
 やはりな、というのがジュリエッタの感想だった。
「捕虜が色々と話してくれた。組織の背後に、エルケセス連邦の軍情報部がいる」
 エルケセス連邦は惑星内における軍事大国で、20年前にアクモラを含む3カ国が連邦を独立しようとした際、3年に及ぶ壮絶な反独立戦争を続けた国だった。
 帝国の介入により、エルケセス連邦はアクモラへの不干渉を約束したはずだったが、それは表向きだけのことだったらしい。
「麻薬組織に武器の援助をし、アクモラを内部から崩壊させる・・・そういうシナリオだったらしい。実に下品で無分別 だ」
 ニキフォロフは病室だというのに、煙草に堂々と火をつけた。
 士官学校の教官だった頃から愛煙家ぶりは変わっていない。
ジュリエッタは苦笑した。
「エジプトのピラミッドは知っているかね?」
 ニキフォロフは突然話題を変えた。
「知っています」
 いや、この男は決して無駄な話などはしない。
「ツタンカーメン王の呪い、というのが噂された時期があったそうだ。王の棺を荒らす者には死の翼が訪れる、そういう警告を無視して、棺を開けた探検隊のメンバーは、程なくして次々と不可解な死を遂げたという・・・」

「そんな話、信じられませんね」
 ジュリエッタはきっぱりと言った。
「ああ、その通り・・・全くのウソだよ。探検隊で発掘の翌年に死んだ者は確かにいた。だが、老齢の研究者が死んで何の不思議がある。若い者でその後数十年たって死んだ者もいるが、いつまでも死なない人間がいたら、それこそ本物の呪いだ」
 ニキフォロフが笑った。
 これは、何の話だろう?
「呪いなど存在しない。それどころか、呪いの警告を記した碑文などというもの、それ自体が単なるゴシップ記事が作り出した都市伝説に過ぎなかったんだよ」
 ジュリエッタの前に、ニキフォロフが作戦指令書を置いた。
「だが、当時の人々は恐れた。ファラオの呪いを。王の墓を暴く者に訪れる、死の翼を・・・」
 ニキフォロフの顔が、ひどく凄惨なものに変わった。
 それは、多数の人間の生死に関わる決定を下す者に特有の顔だった。
「帝国の威信を汚す者には、速やかな死の翼が訪れる。例え、そんな警告の碑文が単なる幻想と妄執でしかなかったとしても・・・呪いは必ず訪れるのだよ」
 作戦指令書の題名は「キワサン降下作戦」。
 キワサンはエルケセス連邦の首都であった・・・。


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