ある日の海賊


 サクノス船籍の「陽気なクラリス」号は、帝国領で建造された200th級の自由貿易船である。


もっとも、建造から既に20年が過ぎ、多くの改造を経ており、元がP型私掠船と一目で判る者は少ないだろう。
 パワープラント出力から加速性能、コンピュタ能力、武装、探知機などが大幅に改造されている。
 この船の現在の船長であるクライド・ハガードは、ソードワールズ連合政府から、私掠許可証を与えられている、公的(?)な海賊である。
 
 私掠許可証とは言っても、書面がある訳ではなく、データとしてソードワールス政府関係部署(当然司法関連も含まれている。)に登録があり、その契約は様々である。
概ね、対象勢力、政府の援助条件、期限等が船長個人に対して付与されており、その船長が代表となっている船団に対しても
付与されているものとみなすのが通例である。
 クライド・ハガードの場合は、対象勢力は帝国籍、援助条件は軍港の利用による燃料補給と日常点検(大きな損傷の修理は認めない。)
期限は4カ年であった。
 一般に上納金が必要とか噂されているが、もし上納金があった場合には、政府の会計上、不明金(出所が犯罪的である為)になってしまうとか
の影響で、ソードワールズ連合では、一切求められていない。(帝国やヴァルグルでは上納金があるそうだが。)
 また、帝国領内に限って、ソードワールズ連合の保護しない条件であり、もし帝国側司法に拿捕された場合には、ソードワールズ連合政府との関係を示す証拠はない状態にする
事も求められており、その情報管理も船長としては難しい処である。(通信履歴や寄港履歴などの改竄が日常業務の一環になっている。)
また帝国領内とは異なり、ソードワールズ領内では尊法を求められており、領内での一切の海賊行為は出来ないこともデータに明示されているのであった。
当然のことながら、違反すれば直ちに契約は解消されてしまう。
 
「陽気なクラリス」の先代の持主であったクライドの父親がコンピュタの向上とパワープラント出力の向上の為に心血を注いだ結果である。
乗員は最低であれば、わずか3名の要員で運航が可能であるのは、帝国領内での地道な自由貿易と海賊行為による故売買によるものであり、
その結果、別の要員を積載できる船になっているのは、更なる商売へ良い状態を築いているとクライドは思っていた。
 
 辺境の星系は決して単独では生活できない。多くの物流によって、対価を得て、中小の輸送会社によって生活必需品の輸送を求めるのである。
また、その動向を機敏に察知した自由貿易商人達のもたらす大小の物流も存在し、非常に高価にはなるが、
 生活を支える動脈として人々に益していた。
それを狙って多くの個人持ち私掠船、海賊船がランス、ヴィリス、ルーニオ、ダリアン域で活動しているのであった。
 
 ヴィリス主星系の宙港は外来の訪問者には清潔で整然とした印象を与えるが、これは旅客と貨物を分けているからである。
貨客船などは、乗客を船まで星系所有のシャトルで出迎える徹底ぶりである。
だが、こういう中でも、星域の政治中枢であれば、人が集まり、自然と猥雑な場所も出てくる。
 そんな管理の外れた地上貨物港街、ここは、領外として扱われる、一種の無法地帯でもある。
その一角に故買の船舶部品を扱う店がある。
 
 「よう、ジェイミー、また来たぜ。」クライドが路面で小物を売っている小男に声を掛けた。
「これは旦那、御元気そうで。」と言うと、気味悪く笑った。
クライドは座り込んで、品物を見ている様子になって、小声で言った。
「ヴィリスから近々出る独航船はあるか?できれば、自由貿易船、間抜けな船長ならなおいい。」
「色々ありますが、R型、M型、S型、A2、J型、より取り見取り、でさあ。」
「R型がいい。」小物を手に取って、見ながら、クライドは言った。
「へえ、では、後でディスクをお届け致しまさあ。」ジェイミーはまた気味悪く笑った。
「で、お代は、いつもの様に。」と続けた。
「ああ、そうだったな。」クライドはポケットから、厚みのある財布を取り出した。中には現金のクレジット紙幣が入っている。
電子マネーも普及しており、Cr現金も使われてはいるが少数派である。TLの低い辺境でなければそう多くはない。
その財布をクライドはジェイミーに手渡し、手にした小物を宙に放って受け止めると、ポケットに入れた。
財布の中身を確認したジェイミーは、「確かに。」と言う。
クライドは、「念を押すようだが、ガセだったら。」と言うと、上着を少しめくって見せて、腰の大型拳銃を見せた。
「へえ、判ってまさあ、旦那。こっちもこれで飯食ってる。」とジェイミーは言うと、小さく頭を下げた。
 
 クライドが桟橋に着くなり、
 「お頭、エンリコの奴、また店で暴れたとかで。」と副長のオービルが言った。
「で、どうなった?」面白そうにクライドが尋ねると、オービルは、
「ここの連中に捕まってまさあ。俺が付いてながら、面目ねえ。」と済まなそうに答えた。
ここの連中というのは、ハドモンド・ファミリーというギャングで、ヴィリス港街を一手に仕切るいわば、非合法組織である。
「ハドモンドに借りを作るのは、上手くないが、行ってくる。誰だった?」とクライドが聞いた。
つまり、この件の担当はファミリーの誰かと言う事だ。
「来たのは、ハリーでさあ。」と益々済まなそうにオービルが答えた。
ハリーはファミリーの中でも話の通じない、自分の面子ばかり気にする男だ。
クライドは小さく舌打ちすると、オービルに「船を頼む。」と言って、知っているハリーの根城に向った。
 
 ハリーの根城は小さな雑居ビルに見せ掛けた、1つのビルである。
入口には、若い柄の良くない男達が数人たむろしていた。
その男達にクライドはいきなり声を掛けた。「ハリーはいるか?」
「手前、兄貴に何の用だ?」その中の最も若そうな男が声を荒げる。
「ハリーがいるかと聞いているんだ、あんまり意気がると。」とクライドが睨んだ。
「怪我するぞ。」と続けた。
途端に男達の顔色が変わる。
「まあ、それくらいにしてくれ、クライド。あんまりうちの若いの脅さないでくれ。」
中から、声がして、スーツ姿の男が数人の男達を連れ立って出て来た。
「ハリー、今度はインターホン付けといてくれ。」クライドが言うと、
ハリーは、「うちも懐が苦しいもんでね。」と肩をすくめて、若い男達に、
「こういう奴もいるんだ、一目で見極められる様にしろ。」と言った。
男達は、一斉に返事をして引き下がった。
「で、クライド何の用件だ?」とハリーが笑って尋ねた。
「知っているだろう?うちのエンリコがお邪魔してるって言うから、お迎えに来たのさ。」クライドは言うと、煙草を取り出した。
ハリーは自分も煙草を取り出し、火を付けると、クライドにも火を付けて、紫煙を吐き出してから、
「そう簡単には帰せないな。」と答えた。
「ハリー、ここは俺とお前さんの間だけで話付けたいんだ。ハーディーの親父さんと俺が話するのは、何かと気まずいだろう?」とクライドは意地悪そうに笑った。
「そりゃあ、お前さんに、うちの親父の懐刀のドナルドがのされてから根に持っているからな。」ハリーは素直に認めた。
「じゃあ、エンリコを連れてくぜ。」
「そりゃあ、駄目だ。あいつは、俺の店の娘に手を出そうとした挙句に、店で暴れて、1軒潰しちまった。いくらお前さんとこのでも、黙って帰す訳には行かねえ。」とハリーは途端に声を低めた。
「何なら、腕ずくでもいいんだぜ、“マシンガン”ハリー。」
「よしてくれ。早撃ちクライドと殺り合う気はねえよ。4分6分以上で俺の方が分が悪い事くらい判る。」
「物判りのいい相手で今日は付いている。弾代もただじゃねえんだ。」クライドは口の端で笑った。
「だが、このまま帰すのも、下の者への示しも着かねえ。どうだい、上の事務所で、一杯やりながら、いいアイデア考えようじゃないか。」
ハリーはそう言うと返事を待たずに踵を返して、事務所に入って行った。仕方なくクライドが後に続く。
 事務所の広い中部には、大きな観葉植物があり、重厚な天然木製の机(恐らく輸入品)が設えてあり、革張りのソファーがあり、豪華な調度品である。
中には数人の男達がいて、部屋の隅には、手錠で拘束された大柄の男がいた。
「兄貴、おで。。。」大男がクライドに太い声で済まなそうに言った。
「よう、元気そうで良かった、エンリコ。今回は何人のした?」とクライドがお道化て聞くと、
「身内の恥晒だ。やめてくれ。」ハリーは代って苦い顔で答えたのを見て、クライドが意地悪く口の端だけ上げて見せた。
壁の調度戸棚から取り出したバーボンのボトルを開け、グラスに注いだハリーに向かって、
「いいのかい、飲んで?腹にアルコールが入っていると、撃たれたら、腹膜炎起こすくらい、幼稚園で教わったろう?」とクライドが尋ねた。
「生憎と俺は学が無いんでね。」と苦笑して答えた。
勿論、ハリーがリジャイナ商科大学の経済修士卒なのは、クライドも知っている。
「じゃあ、そろそろ商談と行こう。」ソファーに腰かけて、グラスを一口飲んで、ハリーは言った。
クライドも向かいに浅く座った。いつでも撃ち合いができる様に目で室内を見渡す。右に3人、左にエンリコと4人。
「じゃあ、いきさつは兎も角、こっちのエンリコが弱い者苛めしたことについては、謝る。」とクライドが切り出し、小さく頭を下げて見せた。
「まったく、驚くよ、お前さんには。それで謝罪のつもりか?」
「頭、下げたろう?どこからどう見ても謝罪だぜ。それとな、リック、それとその右手の玩具を弄るのは止めときな。俺も小心者なんだ。」
とクライドがハリーの側に付いている人相の悪い男に話しかけた。
罰が悪そうに、憎々しげにリックが睨みつけるのをハリーが手で制した。
「さっきも言ったが、今日は商談がしたいんだ。」ハリーは苛々した様子で言った。
「知ってるかい?ハリー、商談っていうのは、どっちも利益がある取引を言うんだぜ。」
「それ位は、学の無い俺でも知っている。まず、こっちの面子を潰した、お前さんとこのデカブツはこのまま帰してやる。それが、そっちの利益だ。」
ハリーは煙草を燻らせて言った。
エンリコの手錠が外される。
クライドが黙っていると、ハリーは続けて、
「クラリスは出港間近なんだろう?」と聞いた。
「どうしてそう思う?」クライドが尋ねた。
「街で何人か探していると聞いた。」
「ああ、そうだ。うちは運航要員ばかりでこの間の儲けで手が何人か離れちまってな。」
クライドが降参したという様に両手を軽く挙げてた。
「それでだ、その手をうちにやらせて欲しいっていうのが、こっちの利益だ。」ハリーは身を乗り出して言った。
「成程な。自分の若手の経験を積んで、出稼ぎすることで、他の幹部に差を付けるって腹かい。」
「まあ、そんな処だ。」
それを聞いて、クライドは顔を顰めた。
「只の気が荒い奴じゃあ駄目だ。少なくともエンジニア、機械、電気、計装、配管、反重力工学、ロボット工学のどれかが判る奴で
宇宙服の着られるのが条件だ。0G活動が可能ならば言うことない。」
「よし、何人必要だ?」ハリーは初めて笑って言った。
「今探しているのは、5人だ。」
「判った。用意する。取り分はどうなっているんだ?」
「利益の頭数割り均等が原則だ。船や運航の諸経費は抜いて純利益で。利益が出た時の現金払いだが、明細は出さないぞ。」
「腕っこきを用意する。」
「あ、言っておくが、死亡保障や傷病手当はない事をそいつらに言い含めてくれよ。船に乗ってから聞いてないじゃあ困る。」
と言いながら、クライドが苦笑し、
「期待してるよ、ハリー。リックみたいな銃しか使えない連中ばかりだと困るから、厳選してくれよ。」と付け加えて立ち上がった。
「手前!」リックが我慢できずに懐のハンドガンを取出そうとした時、室内に銃声が1つ響き渡った。
リックが右手を顔を顰めながら押え、乾いた音と共に床に銃が転がった。
クライドの右手には大型ハンドガンがあり、硝煙を上げている。
「早ええ。」廻りの男のうちの一人が呟く。
「早撃ちは副業なんだ。」クライドが言いながら、テーブルのバーボンのボトルを取って、開けて瓶から一口飲んだ。
「俺の本業は、海賊、さ。」と言って、クライドはボトルをリックに放り投げた。
「それじゃあ行こうか、エンリコ。邪魔したな、ハリー。」と言って、エンリコを伴って、事務所の扉を閉めた。
 
 私掠船と言えども、出港準備は、忙しい。
通常の消耗品は元より、交換部品、使い捨てセンサー類。。。軍艦並の装備である為、チェックリストも膨大な量である。
主計役のオービルは他の乗員と共に忙しく船の点検と共に荷積みをしている。
 自由貿易商人崩れの俄か海賊だと貧しい装備で、獲物の情報もなく、あての無い航海を強いられ、効率が悪い。
本職は、獲物が出港する時から狙うのがセオリーである。
 情報屋のジェイミーから今回の獲物になるR型貨物船の装備、船員数、出港スケジュール等の詳しい情報を基に襲撃計画が立てられる。
「まあ、こんなとこだ。どうだ、オービル、コンティ、行けるか?意見なら今聞くよ。」クライドが尋ねた。
「へえ、まあなんとかなるでしょう。独航なら護衛はいないでしょうしね。」コンティが同意した。
「あっちの哨戒網が気になりますが。」オービルが心配そうに言うと、
「心配しなくても、いざとなれば逃げ切れますよ、副長。クラリスの逃げ足に付いてくる船はそうそうないですぜ。」
とコンティが言うと、オービルの肩を叩いた。
そうした遣り取りをしている艦橋の中に砲術担当のキム・ハンチョルが手をウエスで拭きながら入って来た。
「船長、アルバートと機関と砲の整備終わりましたぜ。倉庫も整理しときやした。」と報告した。
「おう、お疲れさん。出港まで間があるから、半舷休息でいいぞ。」クライドが笑って言った。
「じゃあ飲んだくれのヨハン爺さんとこで飲んでますから、何かあったら呼んで下さい。」
キム・ハンチョルはそう言うと艦橋を出て行った。
ヨハン爺さんとは、この船に先代からいる船医である。
 
「船長、桟橋呼出しにお客ですぜ。」オービルが船内有線電話を受けて、クライドに伝えた。
「たぶん、ハリーんとこの連中だ。代われ。」
クライドが有線電話を代わると、若い張りのある男の声が響いた。
(船長か?俺は、ハリーさんのとこのフェルナンド・ベルスコーニって者だ。全部で5人。今日から厄介になる。)
聞きながら、クライドは船外カメラでフェルナンド達を捉えた。
受話器を持っているのは、長身の若い男だ。
「俺は船長のクライド・ハガードだ。玄関は今開けた。ガイド表示を出すから従ってくれ。船内ラウンジで会おう。」
(判った、船長。飯が美味けりゃ文句ない。)
「食後にワインが付くかどうかは働き次第だ。」と言うと、クライドは通話機を切って、オービルを促してラウンジに向った。
 ラウンジは少し狭いが共用スペースで、ここでは、自由にして良い。そこに窮屈そうに新たな乗員5人が待っていた。
それぞればらばらな、少し薄汚れた私服である。私物も1抱えずつ持っている。
「船長のクライドだ。これから宜しく頼む。」とにこやかに言うと、
「さっき話した、フェルナンドだ。自己紹介は後にして、部屋を案内して貰おう。」
「ハリーんとこの若いのにしちゃあ、随分と愛想のない奴だな。」
「船長に愛想よくすると、取り分が増えるんなら愛想も良くする。」
「はは、気に入ったぜ。そんくらいのがちょうどいい。」
ラウンジ壁面の共通CRT画面に船内見取り図を出すと、部屋を割り振った。
その後、クライドは船内通信でエンリコを呼出し、フェルナンドには、すぐにラウンジに戻る様に言った。
 
 「エンリコ、こっちは、フェルナンドだ。ハリーんとこの若衆だ。乗り込みはエンリコの班5人とフェルナンドの班5人の2班で行く。
エンリコ、手順は、いつものやり方だ。主力はお前の班で行け。後は2人で打合せしてくれ。
上手くやってくれれば、儲けが出る。下手やらかしたら俺が撃つ。」と言うと、クライドは、右手を銃の形にして撃つ仕草をした。
 
 出港のチェックリストが艦橋の共通大型画面で次々と反転していき、全ての項目が完了した。
クライドは船内通信機を手にした。
「船長だ。総員、聞け。これから船を出す。所定の配置に着け。加速開始後は、半舷休息。」
と言うと、続いてオービルに向き直って、
「オービル、出港する。管制に出港許可を取れ。」
「アイ、船長。こちら、陽気なクラリス。管制へ、出港準備よろし。出港許可願います。」
(管制より、陽気なクラリス。進路クリア、出港を認める。)通信が帰ってくる。
「出港許可出ました。」
「コンティ、発進開始。」クライド自身もシートに着いてベルトをする。
「アイ、発進開始。」コンティが速度計を見ながら桿を握る。
船がタクシーウエイを通って、主滑走路に出た。通常ドライブの出力が上がる音が伝わる。
続いて、加速を開始する。
「V1」速度が増す。離陸決心速度だ。ここで断念するか即断がいる。
「VR」機首が引き起こされる。船体が離陸した。微弱な体感振動がある。
「V2」コンティが報告すると、大きく上昇を開始する。垂直に機動して、増速する。
「第二速度突破。」これで大気圏離脱可能な速度になった。
「機関正常。」機関士のアルバートが報告する。
この辺りは、どの民間船も滑走路使用する場合の手順は同じである。
「第三速度到達。」これでジャンプポイントまで向える速度に達した。
自動で安全灯が赤から緑色になる。
「半舷休息。皆、お疲れさん。コンティ、オービル悪いが、減速点まで引き続いてくれ。」
「アイ、船長。」
とはいえ、この後は、中間地点で減速を開始し、ジャンプポイントで速度0にする。
その後のジャンプドライブは機関士の領域である。
 
 「船長、速度0。ジャンプ予定ポイントを確認。」オービルが報告した。
「アルバート、ジャンプ用意。総員、聞け。本船はこれよりジャンプ航法を開始する。所定の配置に着け。」
クライドは船内放送を終えると、船内照明を落とした。たちまち船内が非常灯になり、
艦橋内部は共用や個人のCRT画面や各機器の操作灯だけが明るい。
「ジャンプ開始、10秒前、5、4、・・・」
こうして、「陽気なクラリス」号は、ジャンプー2航法に入った。
 
「ジャンプアウト確認。」アルバートが報告する。
「船の損傷を認めず。」オービルが続けて報告する。
ヴィリス星域、アーカディアはXボートラインから外れた田舎の星系である。ここが今回の仕事場である。
「コンティ、アーカディア主星系の港に向う。燃料を急ぎ補給する。」クライドが自席から指示する。
同時にセンサー系をアクティブ・バッシブで可能な限り探査する。周りに船はいない。
公用信号で主星系近くに船が数隻いるのが判った。
ここの港も地上港だが、軌道上に安価な燃料ステーション、(もちろん民間のだが)があることは情報屋からの資料で判っている。
遠目に見ても廃材タンクが浮いているとしか思えない様である。
「こちら、陽気なクラリス、船長。スタンド管制へ。」通信器で呼び出す。
(へえ、毎度。こちら燃料ステーション、ラッキーヒット商会。御用命でしょぉか?)
「満タン、高純度、現金で。」
(トン当り、Cr520になりやす。)
「今時、他所はCr480位でやるぞ。随分だな。」
(なにせ、ここは海水を上げる手間ぁかかるんで。GGは遠くて無理なんでさぁ)
「そいつは、お前さんの事情だ。よし、Cr500で我慢する。いいな?」
(お客さんには敵わねえ。じゃあCr500で。)
商談が成立して、燃料ステーションに着ける。
燃料移送管が接続され、精製燃料が入ってくる。
低精製の燃料を入れる船もある。よほどの悪品質でなければ、確かにある程度は問題なくパワープラントは動くが、精製装置付で無い限り、寿命が半分以下になるとの話もあり、可能な限り高純度燃料を使用するのが半ば常識となっている。
 
「どれくらいかかる?」クライドはオービルに聞いた。
「燃料計の上昇速度が遅い様でさぁ。まともなポンプ使ってねえな。」と言って、計算をして、
「約4時間ちょいでさぁ。」と答えた。
「じゃあ、なんとか間に合うな。後1日は余裕がある。」とクライドは言うと、
「ハンチョル、見張りの衛星は自動受信にしとけよ。例のR型がビンゴなら警報鳴らせ。」と命じた。
通信席に付いていたハンチョルは、黙って頷いた。
航路上の幾つかには安価で市販の衛星を配置して、通過する船の見張りをさせているのである。
これに登録している物と同形状であれば、艦橋で警報が鳴る様にしていた。
 
燃料の補給が終わり、支払を完了した「陽気なクラリス」は、2G加速で燃料ステーションを離れ、航路上に待機した。
既に襲撃配置に付いている彼らにとっては、最も退屈な数時間、緊張も強いられる奇妙な時間が流れる。
同時に星系内に哨戒艦やSDBなどの警備艦がいない事も常時監視する。
 艦橋に警報が鳴る。衛星の一つが、R型貿易船を捉えた。同時に衛星から位置情報や船の速度諸元がレーザー通信される。
クライドの予測範囲の内にジャンプアウトしてきたR型貿易船は、恐らく貨物と投機品あるいは乗客を満載して、主星に向けて、加速を開始した処であった。
その情報が艦橋の共通主画面に表示されると、途端に艦橋内に緊張が走った。
「コンティ、2G加速開始。航路は手筈通りだ。ハンチョル、レーザー砲戦準備。エンリコ、フェルナンド、乗り込み準備しとけ。」とクライドが言う。
「2G加速、アイ」コンティが座り直して、加速開始合図のブザーが鳴る。
目標のR型商船は船名を「エスポワール」号ということは、情報屋ジェイミーのディスクにあった。希望という意味だそうだ。
接近航路の為、「エスポワール」号から、定型の「航海の安全を祈る」の通信が入る。
それを無視して、「陽気なクラリス」は接近コースを取る。これだけでも帝国航海法違反ではある。
この状況に慌てた「エスポワール」号から再度通信が入る。
(こちら、「エスポワール」号船長ヘンリー・ダンカンです。貴船は本船と接近航路にあります。事故であったら、救難信号を発信して下さい。)
その通信を受けて、クライドが通信器のマイクを握った。
「こちら、海賊船だ。「エスポワール」号ダンカン船長、10分待つ。乗客乗員全ては救命球で離船せよ。抵抗したら、直ちに攻撃する。」
(・・・判った。離船する。航海記録の持ち出しを許可してくれ。)
「許可できない。」こちらのデータが記録された航海記録を海軍や警備隊に通報されたら海賊業は出来ない。
随分と舐められたものだ、クライドは思った。
(・・・了解した。これから離船する。)
「乗員の総数は何人だ?」
(乗務員乗客で16人だ。)
「お頭、別回線で救難信号出しました。」オービルが受動探知機の反応を報告する。
残念ながら、クラリスには高価なジャミング装置は搭載していない。
だが、主星から高速哨戒艦がこれから発進しても1仕事には間に合うまい。
クライドはハンチョルに「砲撃、1回だ、当てろ。」と伝えた。
同時に、船内に通電音が響き、「エスポワール」号の船体の一部が音もなく破損する。
「ダンカン船長、通報しても無駄だ。今度舐めた真似したら即座に撃沈する。」
(判った、もう撃たないでくれ。)
暫くして、16個の救命球が射出される。1個1人だから、総員退船という訳だが、海賊稼業はそんなに簡単ではない。
ブラフで救命球を射出して、戦闘員が完全装備で待ち構えているかも知れない。
「ボーディングブリッジ接続。」クライドが命じる。
「ボーディングブリッジ接続、アイ。」コンティが操作しながら、答える。
ボーディングブリッジはオプションでエアロックに取り付けている、ジャバラチューブである。
先端に電磁ロックが取り付けてあり、相手の船と直接繋げることができる。
2船を繋げるには相対速度を完全に同調させる必要があり、もしボーディングブリッジでの移動の際に機動されたら大事故につながる。
哨戒艦などは敵性船の乗り込みには、動力を破壊するか、宇宙服で飛び乗るかをするのが通常であった。
「乗り込み開始。初めはフェルナンドの班だ。相手側に着いたら、通信しろ。」
(フェルナンド、了解。)少し緊張が伝わるフェルナンドの声に、アルバートが堪らず声を漏らして笑った。
「素人にしては度胸がある、さすがハリーの子飼いだな。」クライドが答える様に言った。
 
 海賊仕事で一番危険なのは、乗り込みする時からである。
よく食い詰め海賊が失敗するのは、この時に、相手の乗員に待ち伏せされる場合である。
 相手は地の利もあり、どこから侵入するかも判っており、狭い通路なので1人ずつ入ってくる。
そこを狙撃か掃射すればいいだけだ。
 だから本職の海賊は、先行させる組を一番錬度の低い者にし、
(これを死に番という、もしもの際には、真っ先に確実に死ぬからである。)
安全を確保して橋頭保にしたら、必ず宇宙服装備の乗り込み員を急いで移乗し、制圧する。
 例え空気があっても、急減圧や有毒ガスが散布されるケースもある。いきなり0Gになるケースや仕掛け爆弾
果ては、警備ロボットによる迎撃も裕福な相手であれば考えられた。
 特殊な例では、積荷の可燃粉末を0Gにして船内に撒き散らし、粉塵爆発させた話も聞いている。
乗員が残っていても抵抗があるが、残っていなくても、プログラムによる自動操作での対抗措置が取られる事もある。
要するに海賊側も必死だが、襲撃される側もなり振り構わずに対抗する時があるということだ。
 用心できない者は、死に直結するという厳しい現実がクライド達の状況であった。
 
(A班より船長。船内を確認しつつ、機関室を制圧しました。抵抗なし。)A班はフェルナンドの班だ。
「船長より、A班。動力を手動強制切断し、トラップを確認、安全を確保したら作業にかかれ。」
通信端末に向って、クライドが指示する。
(B班より船長、ブリッジにアンチが掛かっていて、手間取ります。今、ジムニーが強制解除をやってます。)
B班長のエンリコは話下手なので、サポートしているニコライが報告を入れる。
 ニコライはゾダーンのクオーターで、背が高く、顔付もゾダーン系の彫りの深い特徴的な為、一般社会になじめなかった事情がある。
非常に優秀な戦闘員かつ技術者なのだが、社会の偏見でドロップアウトしてしまうのは、現在の帝国辺境部の実情でもあった。
「掛かる様なら、プラズマで溶断しろ。中にいない事を確かめてな。」クライドは答えると、オービルに向き直って、
「救命球からは自動救難が発信されているだろうから、作業時間はいつもの通り無いぞ。制圧が完了したら、俺とアルバートも乗り移る。船の指揮は頼む。」と言うと、クライドは宇宙服に着替える為、エアロック付属室に向った。
 
 クライドとアルバートは宇宙服に着替えて、ボーディングブリッジを通り、「エスポワール」号のエアロックに入った。
すぐにブリッジに向う。ブリッジの扉は開いていた。扉の周囲はキザキザになっており、プラズマ溶断機による切断を強行したと判る。
アンチハイジャックプログラムは電磁動作の扉全てを閉鎖して、ハイジャッカーの自由度を奪うシステムで、例え再通電させても開かない様になる。
だが、機械的に、例えば今の様に溶断してしまえば、対応できない。軍隊等は指向性爆薬を使用するそうだが、反撃される可能性を低くする為らしい。
 その点、海賊も同様だが、民間で指向性爆薬は手に入り難いし、高価でもある。
ブリッジの中では、コンソルに一人、背が低い為、ジムニーと判る、がコンピュタに向っているのだろう。
奥の方では、盛んに溶断機や機械工具・電気工具の音がする。
 
 要するに、彼らは今、船の接続からコンピュタを引き離そうとしているのであった。
恐らく、同時にフェルナンドの班は、機関室でジャンプドライブを引き離しているだろう。
これを修理改修用の非常用ロックハッチの普段は完全に機械的アンカー固定されている部分を切断して開放してから取出すのである。
コンピュタとジャンプドライブは、改装や必ず分解整備する可能性があるシステムの為、開放できるルートが確保されているのが通常である。
引き離したコンピュタとジャンプドライブこそが、海賊の獲物であった。
 確かに裕福なヨットやクルーズ客船が標的の場合には、現金の収穫も期待できる。だが、大部分の商人、商社では、その様な偶然はほとんど期待できない。
貴族なら結構な現金も期待できるし、人質にして身代金を取る事もあるが、その場合には、別に司法警察や下手すると国家組織とのやり取りが発生してしまい、
非常に面倒になる為、クライドは決して身代金狙いはしなかった。
 
 船を根こそぎ奪う連中もいるが、よほど強奪星系から離れない限り、トランスポンダやブラックボックスに格納されてしまった航海記録などで、容易に盗品と判明してしまう。
そんな危ない船を例え1割以下の価格であっても誰も購入しようとはしないだろう。
 また、積荷も容積ばかりあって、利益が薄い可能性が高い。
そこで、容量の小さく、転売の効き易い、高価なコンピュタとジャンプドライブを狙うのである。積載されていれば積載の輸送機器も転売しやすい品物である。
 だが、取外し作業を空間で行なうのは、緊急修理と同等の技量が必要である。
海賊は、少ない人数で、戦闘員であり、同時に技術者を必要としている理由がここにあった。
 
 (A班、ジャンプドライブ取外し完了。これから外に出します。)
(クラリスより船長、主星よりこちらに向って高速物2接近。接触は7時間後を予定。)オービルから報告があった。
恐らくなけなしの武装ボートだろう。
「システム切断完了でさあ。」ジムニーが宇宙服のヘルメットがあるのに顔の汗を拭う仕草をした。
「でんきも切った。」エンリコが奥から報告する。
「ロックハッチはいつでも行けます。」ニコライが続けて報告した。
「後、5時間で搬入固定までやるぞ。皆頼むぞ。」クライドは作業をしている全員に言った。
 
 コンピュタとジャンプドライブの他に4thエアラフトも船内にあったので、同時に移送した。
最後に「エスポワール」号の通常ドライブを始動し、外宇宙に放り出す。
長楕円の彗星軌道になるか、永遠に無人の空間を漂うか、岩石か何かに衝突して塵になるか、クライドは興味がなかった。
 
 今の襲撃で、ジャンプドライブー2は12th、コンピュタM2は0.78th、それにエアラフト4th、合計16.78thの荷が得た獲物である。
ざっと計算すると、ジャンプドライブでMCr1.8、コンピュタでMCr0.1、エアラフトで、MCr0.015でMCr1.915がブラックマーケット転売価格(新品の5%)で期待できた。
通常経費、2週間でMCr0.06を引くと、純利益でMCr1.855、乗員16人で頭割なので、一人Cr11万5900の取り分である。
命の危険は高いが、2週間強の航海での利益としては、まずまずであろう。
 それも無事に売れれば、の話である。
 
 (こちら警備部所属、警備001より、所属不明船に告げる。。自由貿易船「エスポワール」号からの救難信号を受領した。
貴船を所属未発信並びに航海危険行為による船舶法違反、海賊行為の嫌疑により、拘束する。抵抗すれば、直ちに撃沈する。)
なんとか積荷の搬入固定を完了したが、タイムラグの無い通信可能域にまで警備艇が近付いてきていた。
「どうしやす?逃げるか、1戦交えるか。」コンティが振り向かずに操舵画面を見ながら、クライドに尋ねた。
「決まってる。応戦しながら逃げ出すさ。ハンチョル、応射は任せる。レーザーもミサイルもいいぞ。アルバート出力全開に維持。
それ以外はおとなしく座ってろ。コンティ、ぶん廻せ。」不敵に笑って言うと、自分も席に深く腰掛けて、ベルトで固定した。
 「アイ、船長。」同時に3箇所から張りのある声が戻る。
共通画面に、予定航路とジャンプ予定ポイント、警備艇2機の機動諸元が表示される。回避機動が開始され、耐加速中和装置を超える乱数加速が始まった。
「警備艇、発砲。レーザー射撃。」オービルが報告する。
「たかが1門のレーザー如き、当るかよ。」クライドが言い返した。
「本船、発砲開始。」ハンチョルが3連架ミサイルを射出する。が、これは囮である。回避しようとした警備艇が本命だ。
続いて、狙った3連架レーザー射撃。1機が音も無く爆沈する。
「どうやらひよっこの様ですぜ。てんで回避できてねえ。」コンティが大声で批評した。
だが、残った1機は、肉薄すべく、高い加速性で一気に距離を詰めて来る。
よほど射撃に自信があるのだろう。機動力のある小艇の精密射撃狙いであることは明白だった。
こちらも同程度船にしては、回避性能を極限まで上げているが、
クラリスの級の船だと、一度精密射撃を受けて、致命的損害があると、万が一には一気に全滅もあり得た。
何分、装甲が重武装艦とは違い、民間並みでしかない。これだけは、改修できない点であった。
 「落ちろ、蚊トンボめ。」ハンチョルのレーザーは3射目を回避された。
「ハンチョル、後少しで、ジャンプポイントだ。近づけさえしなければいい。」クライドがハンチョルの焦りを感じて言う。
こいつには、最初の機の様に、ミサイル牽制は効かないだろう。
このパイロットは、機体の回避性能と自分の回避技量ではクラリスのミサイルが当らない事を知っている。
一気にクライドは斜め下向きのGを感じた。警備艇の精密レーザー射をコンティが回避して見せたのである。
同時にハンチョルが、4度目のレーザー射撃をする。
「ええい、当れ。」海軍で覚えた自信のあるレーザー射撃を放った。
爆沈には至らないが、損傷を受けた警備艇は、途端に加速が停まって慣性になった。
回避機動も停止し、射撃も止んだ。
 どうやら民生用のボートを改造したクラスの様で、機動性は上げたが、装甲は薄いようだ。
おかげでダメージを与えることができたのだろう。
これが、海軍の装甲の厚い戦闘機だったらと思うと、クライドは汗が止まらなかった。
 警備艇を後にして、海賊船「陽気なクラリス」は、減速を開始し、通常手順でジャンプ航法に入った。
 
 「ジャンプアウト。」機関士のアルバートが、動力表示を見ながら、報告を上げる。
クライドは船内放送のスイッチを入れて、マイクに向って、
「こちら船長だ。皆、今回の仕事は良くやってくれた。感謝する。」と言った。
「船長、お友達から電話です。」オービルが通信器を取って言った。
「メイン画面に出してくれ。」とクライドが言うと、即座に画面が切り替わった。
大きく、禿頭で筋肉質、眉もない目付きの悪い年配の男が映った。
(よう、クライド、今日の上がりはなんだい?)と禿男は聞いた。
 旧知の古物商、プリーストである。最も彼は盗品販売の専門だから、偽名ではある。
こういう商いには、古物商が半ば専門の様に付いているのが暗黙のルールであった。
「400th級のジャンプドライブー2とM2、4thの自家用エアラフトだ。」
禿男は少し考え込んでから、
(それじゃあ、全部俺っちが引き取るぜ。荷降ろし込みでMCr1.7でどうだ?)
「じゃあな、プリースト、長い付き合いだったのに残念だ。」
(おいおい待ってくれよ、親友。じゃあ幾らなら売る気なんだ?)
「言い値で買ってくれるのか?じゃあ、MCr10で売るよ。」
ブリッジ内に幾つもの含み笑いが聞こえた。
(それじゃあ、俺は今夜にうちの連中に撃ち殺されちまうよ。)
「よかったな。俺達に払うもん払ったら、その内から葬式の立派な花代くらいは出してやるよ。」
(MCr1.8、頑張ってこれでどうだ?)
「そうだ、アイアンネイルはいるかな?あいつならもう少しまともに話ができる気がする。」
(あんな無愛想な奴には、俺達の友情に入る余地はないさ。判った、MCr1.84だ。それで手を打とうぜ。)
「刻むなよ、こっちは気が立ってるんだ。お前さんの商売に口は出さないが、こっちの儲けも譲らない。
物は良いんだ。MCr2.5がこっちの言い値だ。駄目ならアイアンネイルに声を掛ける。
いいか、プリースト、今回駄目なら、これからも、だ。」
(判った、判ったよ。商品見てだが、今はそれで手を打とう。早撃ちクライドと手を切ったなんて知られたら、
リサイクルショップ・リトルチャーチのプリースト様は面目丸潰れでお客の信頼を失うからな。)
「よかったよ。お前さんと友達で。それじゃあ港でな。」とクライドは笑顔で言うと、通信を切った。
「思ったより高く売れましたぜ。少しは酒手に上乗せできるってもんだ。」オービルが言った。
 
 管制の誘導に従い、「自由貿易船 陽気なクラリス」は、貨物港の指定桟橋に到着した。
海賊稼業が発覚しないのは、仕事中は違法にトランスポンダや船情報の発信を切ってしまうこと、船名や個人名を絶対名乗らない事による。
もちろん、生き残りが画像データを取り、そこから発覚する場合もあるが、よほどの運の悪さと特徴的な形状でない限り、確定される事はない。
だから、海賊船は、民生用を改造して使っている場合が多かった。軍用の流用品では直ぐに発覚してしまう。
 俗に海賊船と言われているP型も一般には俗称とは別に、単なる容量の比較的大きな武装自由貿易船としても認識されているのであった。
 桟橋には、大型トレーラと共にプリーストが待っていた。
船が完全に止まり、動力がアイドルになると、クライドとオービルは船外に出た。
 「よう、クライド。品物見せて貰うぜ。オービル、生きてて何よりだ。」とプリーストは言って笑った。
ひとしきりのやり取りの後、3人は船倉に入った。
プリーストが1回、口笛を吹いて、「よし、MCr2.5で買取だ。」と言った。
となると、一人当たり、Cr152,500の取り分になる計算だ。
「どうせ、いつもの様にこいつを倍の価格で売るんだろう?随分と阿漕な商売で羨ましい限りだ。」オービルが言うと、
「馬鹿言え。公共警察や軍憲兵、マフィアや一攫千金を狙う連中にいつも狙われてる仕事だぜ。ジャンプ中にグウグウ寝てられる船乗りとは違う苦労があるんだぜ。」とプリーストは肩をすくめて見せた。
「ここの港の上の管理連中にもでっかい鼻薬効かせてるしな。」クライドは付け加えた。
「そういうこった。この宙港街なら羽を伸ばせるのは、俺達故買屋ギルドのおかげだって、忘れないでくれよ。」
とプリーストは言うと、まるで自分の功績であるかの様に厚い胸板を張って見せた。
 
 支払は、計算した上で、プリーストが現金で各乗組員に渡せる様にする。
電子マネーで一括に大金を入れるのも可能ではあるが、不自然だし、かといって現金でMCrの大金を準備すると危険も伴う。
結果、この様に現金の分割支払いが通例であった。
 
 「今回は、うちの連中にもいい経験させて貰いました。」フェルナンドが下船する時に、クライドに声を掛けた。
「で、どうする、ハリーんとこに戻るかい?街のゴロツキの方が身入りいいか?」とクライドが挑戦的に笑った。
「やめて下さいよ、船長。」フェルナンドが苦笑して言うと、続けて、
「船長から見て、うちの連中、使えますかい?」と尋ねた。
クライドは少し考えてから、
「乗り込みから機関室制圧までモニタしてたが、フェルナンドの指揮はまずまずだった。皆の手際も良かったと思うよ。」と言った。
「それに、ドライブのばらしと搬出入も慣れてない割には良かった。」
「でも、中で銃撃戦があったら、判りません。」とフェルナンドは言うと、自嘲する様に苦笑した。
「で、どうする?残ってくれるんならありがたい。ハリーにも話つけるよ。」
「うちの連中と話合ったんですが、もしできるんなら、次もと全員が言い出しまして。なにせ実入りが。」と言ってフェルナンドは笑った。
「判った、頼むよ。ハリーには俺から話を付ける。もっと経験積みたいとでも言うさ。」
「お願い致します。なにせ組織には勝手ができませんから。」
「全く可笑しな話だと思わないか?決まりが嫌だから普通の社会から外れた連中同士でまた決まりを作るんだぜ?」とクライドが笑って、腰のガンベルトから突然大型ハンドガンを抜いて
「その点、俺達はこれだけだ。仲間であっても、仕事で邪魔する奴、気に食わない奴には遠慮はしない。純粋な実力主義って奴だ。だが、獲物の乗員乗客には、抵抗されなきゃ無暗に手を出すのは駄目だ。」
「そう、不思議に思ったんです。何でです?今回も皆殺っちまえば、後腐れなかったのに。」不思議そうな表情でフェルナンドは言った。
「例えばだ、いつも仕事しては、片付ちまうとするだろ?1隻当り色々あるが、20人くらいだ。そうすると俺達だけで年間で考えると、40隻あまり、おおよそ800人だ。
10隻の同業でやれば、8千人。立派な大量殺人だ。」クライドは片目をつぶって見せて続けた。
「そうすると、軍が哨戒艦や小型船じゃなくって、艦隊の本格投入するだろう。千th以上下手したら、1万th級以上。そうなったら商売上がったりだ。」
「つまり、本気にさせない為に殺しはしない、と。」
「大体の筋書きはそういう事だ。まあ弾代もここんとこ高いから、使わないって理由もあるがな。」クライドは笑って見せた。
 
 クライドはハリーの処で、フェルナンド達が後しばらく経験を積みたいという旨を申し入れに行き、快諾された上、出来ることがあれば何でも言ってくれ、と返事された。
ここで、なにも頼まないのは、ここでの信頼関係にも反する。
簡単な処で、個人火器の調達を頼み、ハリーのオフィスを後にした。
 
  続いて、クライドは宙港街の貨物桟橋に程近い、廃棄され潰されたエアラフトや色々なスクラップが山と積まれた中にある小さな仮設ハウスに向った。
「ひっひ。坊や、まだ生きとるかね。」鷲鼻で総白髪の老人が扉を開ける途中で声を掛ける。
「監視カメラで覗き見は趣味が悪いぜ、マルチーノ爺さん。」あきれ顔でクライドは答えながら、小屋の中の小さな机の前の小さな丸椅子に座った。
「お前さんが生まれる前からこの商売してると用心深くなくては、安心して老後に向けての貯金はできんよ。」
「今老後じゃないのかい?これからの心配しても、身寄りもない爺さんのなけなしの貯金は政府に没収されるだけだ。税金の一括支払いとは見上げた心掛けだな。」
「坊、年寄りは敬うもんじゃ。わしが良い品を安く売ってやってるから、そっちの仕事も上手く行ってるんじゃろうが。」
「発射して5秒で爆発する危ないミサイルとかか?うちのハンチョルは嫌がっているぜ。」
「あのひよっこでは、品物の良し悪しは判らんよ。で、今日は何用じゃ?」
「対艦ミサイル9本、ナアシルカ製のM108AE、新品。それと通常ドライブの推力伝達管16インチを2本標準品、計装管1インチのSUSスケ20、2mだ。」
「また随分と荒っぽくしたもんじゃのう。そうそう推力伝達管なぞ取り替える物じゃあないぞ。」
「改装戦闘艇と一戦やらかしたんだ。俺も焼きが回ったよ、爺さん。」
「ひっひ。若いもんは、失敗した経験から掴み取るもんじゃ。生きていればな。」
「いつ入る?」
「うちは品揃えじゃあ星域一番じゃ。明日にも搬入してやるぞ。」と言うと、マルチーノは燻らせた煙管の灰を机の端で叩いて床に落とした。
「さすがだ、爺さん。そんとき払いで頼むよ。どうせ来るのは、トマーゾだろう?」
「坊、生きていれば、また来るがいい。安くしといてやる。」
「またな、爺さん。長生きしろよ。」と言うと、クライドは小屋を出た。
 
 クライドは小屋を出て、ポケットから皺くちゃになって少し湿った煙草を出して、1息吸うと、次を考えた。
これで人員の確保と修理部品の手配はいい。後は情報屋や酒場を廻って情報収集、船具店で食料や消耗品の仕入れもしなくては。
商船ならば手分けして出来る事が、海賊ならば必要経費を分けただけで目が眩んで逃げ出す事を考えると船長のやるべき仕事が多すぎる。
今頃船員達は儲けで大騒ぎだろうが、全く、船長は忙しい。
だが、儲けが大きいからこそ、皆が付いてくる。それに、船長が公正で有能である事、それ以外に無法者の忠誠は維持できない。
宙港街の外れから宙の高みを通り過ぎる光点を見上げて、大きく溜息を付いてから、煙草を足で踏み消すと、次の仕事に向った。