グラムのソードワールズ連合海軍軍令部の広い会議場では臨時の戦略会議が開催されていた。
「資料は判った。それで、統参としては、結論はどうなのだね?」軍令部長のエドワード・モリス大将は威厳を湛えた白顎鬚を扱きながら尋ねた。
「つまり、空母の建造を中止し、大型の戦闘艦のみで艦隊を構成すべき、というのが、統合参謀本部としての結論です。」
統合参謀本部の新進気鋭、作戦幕僚部付、アラン・マクファーソン少佐は細い眼鏡の奥の目を細めて、まるで若手の大学講師の様な雰囲気の士官は、説明用指示棒を片手にして言った。
「トニーも同じ見解かね?」気さくにモリス大将は、向かいの席に座っているトーマス・ウェバー大将に声を掛けた。
モリスとウェバーは同期で出世を凌いだ仲である。 重々しく、苦虫を噛み潰した様ないつもの表情で、ウェバー大将の太った顔を大きく頷くのを見て、マクファーソン少佐は、 「無論、その通りであります。」と答えて、笑みを浮かべて、続けて説明した。
「現在の我々の国力並びに生産能力から検討した場合、10年後には、大型艦艇並びに必要乗員と必要な機材、補助艦艇が 現時点の2.12倍に可能との試算が出ております。これだけあれば対抗すべき帝国艦隊と互角に勝負を挑めます。」
「例のライラナー工大の教授の論文の所為とは言え、些か極端ではないかね?」
統合連絡部(つまり各星系の折り合いを付ける部署である)のワインバーガ大将が疑問を呈した。 いつも笑みを絶やさない人好きのするこの政治家は、外見とは異なり計算高い事は、この場の殆どが知っていた。
「そもそも統参のこの試算は、現在の民間船の生産ベースが10年で殆ど変わらない事が前提ではないか?経済成長はしても物流が成長しない事はあり得ないのではないのか?」
「ヤマナカ教授の例の論文では、我が軍の空母艦載機、主砲、ミサイルを含め、あらゆる手段が帝国の仕様に対抗することが難しいと結論付けられております。」
マクファーソン少佐は資料の映し出された画面を指して言った。
「故に総排水素tでこの試算であれば、10年後には全連合艦隊のジャンプ可能艦艇が帝国軍の1個艦隊の3.44倍になり、 艦隊決戦にも十分に対応できる比率を得ることができると考えられます。」
「あの教授の論文は私も読んだ。戦略研からの報告で検証もしたが、残念だが正しい様だ。」
モリス大将が全員に告げるとその場のほぼ全員から溜息が洩れた。 戦略研、統合戦略研究所とは、統合参謀本部に対して、連合軍令部が半ば嫌がらせで設立したのではないかと噂のある程の対立する部署である。  
「そもそも個艦性能があそこまで漏洩している事が大きな問題ではないのか?情報部はいったい何をしていたのか?」ワインバーガ大将が険しい表情で問い掛けた。
座の隅にいた小柄な1人だけ背広の平服で、うだつの上がらない会社員の様な様相の男が低い声で答えた。
「情報部としては、兼ねてからライラナー工科大学ヤマナカ教授の身辺に接近を試みましたが、20単位以上をつぎ込み、残念ながら4単位の損失をしました。 帝国、ゾダーンの其々も30単位以上を投入しているものと推察されております。」
「いっそ教授自体を処理する手立てを取らなかったのは大きな失策ではないかね?」ワインバーガ大将が続けて問う。
ここで情報部の失点を稼げば、予算を減らして、情報部による各星系への厳しい防諜内偵による活動を抑えることが期待できるというものだ。
「一度、ゾダーンが処理実施を試みましたが、帝国偵察局の調査部によって阻止されました。その際に、かなりの被害を受けたと推測されます。」と小男は言った。
「もっとも当の教授は気が付かなかったと思いますよ。」と付け加えて、できの悪い冗談を聞いたような初めて感情を僅かに表情を浮かべた。
「では、教授の協力者が我が軍内部にもいるという件については、どうなのか、トミヤマ准将?」とモリス大将は問い掛けた。
「現在、連合軍令部、連合艦政部、統合参謀本部、戦略研究所、情報部、統合連絡部、各製造社、各星系防衛軍にも調査をしており、8割方完了しておりますが、 協力者や教授に繋がる者がおりません。」と小男は無表情に答えた。
「グラムの誰其れが、御自分の地位確保の為に、帝国に内通しているのではないかね?」ワインバーガ大将が苦笑して言うと、 「サクノス側がグラムの連合議会議員数優勢をこの論文をスキャンダルにして覆そうとしているともとれるが。」モリス大将は嫌味を返した。  
「まあ、情報部の件は置くとしても、これからの連合艦隊の編成について、戦略会議では決定をしたいと考えている。 これについては、先の報告にあった統合参謀本部の案、主力艦の増産に全ての建造能力を振り向け、艦隊決戦の戦力充足を計るという事でよいか?」 モリス大将は会議の面々を見渡した。
「あのう・・・」弱弱しく隅の席に座っていた女性士官がおずおずと手を挙げた。
「なにかね、イーデン中尉?」モリス大将は向き直って尋ねた。 あから様に不快な表情になったのは、発言権の無い下級士官が発言を求めたからだ。
「艦隊決戦とは言っても、帝国軍がこちらの思惑に従って受けることが前提ですよねえ?」確か20代前半のはずの彼女は、1期前の連合士官学校を 開校始まって以来の最優秀で卒業した。中でも在学中に図演で教官全員を片付けた武勇伝が残っている。
民間の大手からも年俸85万Crもの高給で誘いがあったが、その全てを蹴って、月3千Crの連合海軍に入った経歴は有名であった。
その理由は色々と取り沙汰されていた。それほどの有名人である。(実際の理由は、ひどく個人的なものであったが。)
現在、戦略研に在籍しているが、モリス大将はそこで彼女が功績を上げているとは聞いていない。
やはり、在学中の能力と現場は違うのであろうと思っていた。
「私、いえ、小官には、数量で3倍強の艦隊に対した帝国軍艦隊指揮官が、それでも艦隊決戦に固執するとは思えないなあって。」 とイーデン中尉はまるでハイスクールの初学年の様な幼い顔付とそれに似合った両側を赤い丸い髪飾りで結わえている髪が揺れた。 (後でモリス大将が女性秘書官に聞いた処、ツーサイドアップと言うらしい。)
モリス大将は、連合の戦略会議が一挙にハイスクールの委員会かなにかの様な気分にさせられた。
「では、」とモリス大将が問い掛けた視界の端で、戦略研のギニアス大将が彼女に向って小さくウインクして見せたのを見逃さなかった。
中年というより、壮年と言っていい男がウインクなど決して気持ちいい訳ではないが、それがイーデン中尉への合図であったと 思い至ったのは、会議が終了してからのことである。  
「大型艦の造船計画や資材調達、建造のあれこれは大枠ですぐに他勢力の知る処になるのは明白です。」イーデン中尉は小首を傾げて微笑した。
「また、建造が完了して配備ができ、その戦力で艦隊決戦に臨むとして、敵艦隊司令が、3倍半以上の数量の艦隊に正面攻撃するとは到底思えないなあ、みたいな。」
「いや、敵艦隊を戦略的に伏撃すれば、相手はジャンプ用燃料の無い状況で、こちらの企図する艦隊決戦を強いることができると思うが。」マクファーソン少佐は反論した。
統合参謀本部が出した案が戦略研それもこんな小娘に覆される訳にはいかない。
「先行するセンシングピケット艦は絶対、必ずいますよ?それにそんなの大型タンカーが併走していれば、なんの問題なくジャンプし離脱できます。ジャンプ4は無理でも。」 とイーデン中尉は右の髪飾りを片手で直しながらそう答えると、髪が直ったことに満足したのか、誰にともなく微笑んだ。
「では、増強した後の連合艦隊は、敵艦隊にどうやって、艦隊決戦を挑めばいいと仰るのか?」憮然としてマクファーソン少佐は尋ねた。
「ええとお、ヤマナカ教授の論文と戦略研の確認結果から見て、同数兵力の主力艦や空母では、帝国の一線級艦隊には対抗できないっていうのが結論ですよね。」
「その通りだ、だから主力艦の増配備が必要だ。そこから導かれる最適解だ。」得意そうにマクファーソン少佐は答えた。
「でもでも。そうすると艦隊は通常、連合領内に分散配置していて、開戦近傍で兵員や装備、艦艇を集結し、艦隊決戦予定地に向う訳ですよねえ。」
「・・・現在の艦隊整備能力や乗員の制約がある為、今、貴官も理解している通りだ。」何を問われているのか、不安げにマクファーソン少佐は答えた。
「ここで戦略研の図演を見てもらおう。」そこでギニアス大将が議内に宣言するように声を掛けた。
「イーデン中尉、説明したまえ。」と言うと、腕を組んで座り直した。
その口元が微かに吊り上がり、笑みを作り出したのをモリス大将は見逃さなかった。
「この図演は、青側はハイデルバーグ退役大将閣下が指揮しております。」青側とは、ソードワールズ連合軍である。
ハイデルバーグ退役大将は、モリス大将前任の軍令部長でソードワールズきっての戦略家と知られていた。
「赤側は、私です。」とイーデン中尉は、少し恥ずかしそうに言って、肩をすくめながら、小さく舌を出した。  
共通の大画面に図演用星域図が広がる。
「条件は、d-dayの4W前から青が準備し始めです。ちなみに青側戦力はがんばって、現時点の1.5倍と仮に算出してます。」
各星系に示された番号が反転から強調になる。これで出撃準備が整った事を示す。 「出撃可能まで、2週間を要します。」と説明を続けた。
「この段階で、出師準備の報告を受けた赤側は出撃準備を開始します。」 程無くして、赤の番号も強調文字になった。
「青側は戦略移動して集結を開始します。」
青の番号が集まり始めるが、ソードワールズ領内外周域に集結場所を設けている為、 d-dayを過ぎて、2週間で半数が集結できていない状態であった。
一方、赤側は集結せずに、各個にソードワールズ領内に侵入を開始した。
「こんなの非常識だ。帝国側が積極的に有人星系を襲撃するなんて。」マクファーソン少佐は呻く様に呟いた。
「まだまだ。これからです。」イーデン中尉は、にっこりと少佐に笑い掛けた。
赤側の幾つかが拡大される。
各星系の衛星や軌道上にある、軍事施設を艦砲で殲滅している事を示していた。
「どうせ戦後に使い道がないと判断して、壊しちゃいました。」と補足説明しながら、はにかんだ。
SDB部隊も相当数、数値を減らしている、有人星域の防衛で積極攻撃できていない事が見てとれる。
各星系の士気値が急激に低下して、遂には反転した文字になる。
ソードワールズは連合体であるので、其々が帝国からの安全保障を取り付ける為に、無防備宣言等を出して交戦状態から離脱した事を示している。
ソードワールズ外周部でようやく8割の青側の艦隊が集結したが、ダリアン方面側からの2割の艦隊はまだ集結できずにいる。
一方、赤側の艦隊は、襲撃しながら、領内で集結しつつあり、後1ジャンプという処で、2割の青側艦隊とほぼ全軍の赤側艦隊が交戦状態になったことを示した。
すぐさま、青側が消滅する。
「ここで、全戦力比がおよそですが、ヤマナカ教授の交換比率を借用すると、 青80に対して、赤100になっちゃいます。公式に当てはめると交換比率1として、戦闘力は1.56倍です。」イーデン中尉が説明すると、図演はここで停止した。
「ここで、赤側が戦力優勢の上、どこでも艦隊決戦を挑める状況です。ハイデルバーグ退役大将閣下はここで状況終了を宣言しました。」と続けた。
「つまりは、統合参謀本部の言う、主力艦増産計画は、敵の積極策の呼び水になり、連合の団結をも危機に晒すという訳だ。」ギニアス大将が纏めると 統合参謀本部長ウェバー大将に向き直って、続けた。
「統合参謀本部の試案した、政略も視野に入れない安易な案は、我が連合の瓦解に寄与するという訳だ。」大きく腕を振ってギニアス大将が声を強めた。
「ここで、戦略研究所から、御提案があります。」
ギニアス大将は平素の声に戻って、モリス大将に向き直った。
「何かね?」モリス大将が不機嫌そうに答えた。
長く信奉していた艦隊決戦が否定された気がした。
「全艦隊の通商破壊活動化と全海兵隊の不正規戦部隊化です。」横合いからイーデン中尉がのんびりと言った。
まるで今日の夕食の献立を言うかのように。
会議場が大きくどよめいた。
要するに、全海軍艦艇で通商破壊のゲリラ活動を実施し、海兵隊でもゲリラ戦に徹するという提案である。 正規軍ではおよそ考えられる作戦ではない。
「連合領内防衛は、バトルライダーとSDB、陸上専科部隊に一任し、連合艦隊は分散して、敵領内に進攻、通商従事の船舶及び通商施設を徹底的に破壊します。 もちろん、敵戦力が当方の1/4程度であれば、可能な限り殲滅し、それ以上であれば、交戦を徹底して避け撤退します。」ギニアス大将は説明した。
「また、並行して、民間船も利用した海兵隊の浸透作戦を実施し、港湾、造船、燃料精製施設、指揮所、整備、補給所他の関連施設なんかを可能な限り襲撃、 敵艦隊を高人口系に足止めし、連合領内への進攻を阻止します。」イーデン中尉が補足した。 続けて彼女が補足説明をした。   つ
まりは、戦争の基本を考慮すると、突き詰めれば、継戦能力の暫減あるいは枯渇を誘引することであり、 直接戦闘力を決戦により打撃を行なう方法を連合は今迄採用して、それが優位であった事はない。
これは、ヤマナカ教授の指摘する個艦性能や兵器性能の問題であり、士気や錬度、戦術で補うという事は、可能な場合もあるが難しい。
では、継戦能力とは何かと考えた場合、戦力を維持し且つ指揮系統、兵員を含む専門人員、補給、整備、通信等を維持するということである。
一方、現在の各星系では、消費財・食糧・エネルギーを含めて恒星間の交易が不可欠であり、独立した生態系を維持できる星系は非常に少ない。
そこで、原点に立ち戻り、帝国の脆弱な輸送面と人員・整備・補給・通信に対しての攻撃を行ない、 (戦闘艦が非戦闘艦を襲撃する事を鑑みれば、比較的容易である。) 自軍の困難である、直接戦闘を可能な限り避け、戦力を温存し、帝国に自軍が健全な継戦能力を保持している事を解らしめ、 尚且つ、帝国の戦力を防衛行動にのみ対応させることで、決戦を断念させ、徐々に帝国の継戦能力を削いで行く。 連合軍の行動とは別に、外交面での有利な講和を柔硬合わせた交渉によって、引き出す事が充分に可能と考える。  
蛇足ながら、試算の結果、大規模な帝国内部のみの通商破壊を実施し、連合の商船のみを交易させた場合、 帝国内部の物価の急上昇と連合所属の交易利益の上昇が見込めるが、これでは全く充分ではなく、 1年近い通商破壊によって、各星系で数億規模での餓死を含む生存困難者が発生する可能性が高い。
また、生存困難に陥った市民の暴徒化を意図的に工作する事も非常に容易になる。
  最後に、 「試算では、帝国に150%以上の増援がない限り、1年半近くは継戦できちゃいます。そうすれば、帝国の対Z戦の行く先も見えて、外交的に先んじて 有利に交渉する事もできますよねえ。」
静まり返った会議場の面々を見て、モリス大将は時代が変わった事を実感して、妻に退役を考えている事をどう伝えるかと思った。

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