クリスティナ・イーデンは今年 クリスティ クリスティナ・イーデンは今年24歳になったばかりのソードワールド連合海軍、統合戦略研究所に勤務する海軍中尉である。
外見はそばかすの残るやや丸顔の目の大きい、子供っぽい顔立ちに、身長も150cmと低く、小柄で華奢な体格、更には
長い赤毛がかった髪を三つ編みにしたり、2つ束ねにしたりするので、ますます子供っぽさが強調させる。
海軍3種軍装もどこかのハイスクールの制服ぐらいにしか見えない。
軍令部に1人で行った時には、守衛に止められて、身分証を見せても信じて貰えなかった経歴を持つのは、
戦略研では有名であった。
 メインポリス商業区の1角で2つ下の妹と2人暮らしの彼女は、見かけと異なり、戦略研の特務研究ユニットの
リーダー(とは言っても、構成員は彼女1人であるが)なのであった。
「お姉ちゃん、起きないと会社遅れるよ。今日は大事な会議だって言ってたじゃない。」
大学に入ったばかりの妹、キャロラインがベットの中でもぞもぞしているだらしない姉を起こすのがこの姉妹の一日の始まりの光景であった。
「キャリー、愛してるから、後5分だけ寝かせておいて」
「もう30分しかないよ?その爆発した頭で行ったら、皆びっくりだよ。」
キャリーの言葉に飛び起きて、洗面所に掛け込む。見事な寝癖である。急いでコテで整え始めた。

「それじゃ、今日は遅くなるね。」官給品のパンプスを急いで履きながら、居間で3DTVの芸能ニュースを見ている妹に言い放ち、返事を待たずに駈け出す。
戦略研でも、新入OLみたいだと笑われるイーデンの私服スーツ姿は、有名であった。
官舎の前の屋外自動通廊を走る彼女を逆側の通行人が可笑しそうに見送る。
息を切らせて、近くのEVバス乗り場の列に並び、ぎりぎり間に合った事を停留所の電子時計で確認した。

「おはようございまぁす。」イーデン中尉は、上司である戦略研究所長ギニアス海軍大将に挨拶して、一応という感じで敬礼してから執務室に入室した。
「中尉、あまり言いたくはないがね、少しはしゃんとしたらどうだ?」自分の珈琲カップを傾けながらイーデン中尉を見ながらいつもの様な小言をいう
白髪交じりで冴えない風貌の壮年男性であるギニアス大将が苦笑しながら言う。
「私、低血圧なんです。艦隊勤務は健康上の理由で撥ねられましたし。」口を尖らせてイーデンが言うと、
「血圧低下剤を使ったというのは、知っているぞ。女性士官の間では、常套手段の様だが。」
「色々なスイーツが食べられて、お買い物ができる戦闘艦があれば、そんな事はないですよ。」
やれやれという素振りで頭を振って、ギニアス大将が話題を替えた。
「で、報告を聞こうか。」革張りの執務椅子に腰かけて促した。
「昇進したフォースター准将が護衛艦隊司令官になりました。今度、うちと基本方針を摺合わせします。」
「どれ位の戦力が配置できる?」
「ちょびっとです。軍令部けちですもんね。」
「まあ、私もなるべく増員できる様に今日の会議で提案するつもりだ。その方向での資料は出来ていたな。」
「たしか艦政本部の造船2課で500tDの襲撃専用艦の素案の提案も。」
「根回ししておいて、よく言う。」ギニアス大将が笑うと、合わせてイーデンはわざとらしく小首を傾げて笑って見せた。

グラムメインポリスの軍令部の一角で大将級の予備会議が開催されており、次の事務レベル会議に向けた方針細目を決定すべく
長々と会議が続いていた。もちろん組織として、出身星系としての派閥的抗争により複雑な様相になるのは、連合の常であった。
会議室の2フロア下にある誰もいない談話エリアでイーデンは持参したスティックチョコレートを口にしながら、椅子に座って足をぶらぶらとさせていた。
「こちら、いいかしら?」不意に声を掛けられて、イーデンは自分でも間の抜けたと思う表情で振り向いた。
そこに立っていたのは、同じ女性士官用第3種軍装を着た、美しい女性士官である。
襟章には帯1つの星1つ、少佐の階級章を付けており、優雅に立つその姿はまるでファッションモデルの様だ
官給品を履いているイーデン中尉と異なり、私物の9cmピンヒールで足を交差させて優雅に立っている。
よく見ると、軍装もタイトスカートは若干短くし、ウエストト廻りを締めて、上着の胸回りを開き気味にして、より類まれなプロポーションを強調している。
イーデン中尉は敬礼しながら、素早く頭の中のIFF(敵味方識別装置)と能動探知機を作動させた。
ジュリアーノ・メイヤー少佐、軍令部作戦課勤務、31歳、独身、目測、身長170cmちょい、上から95、60、91、
特記ミス連合軍3年連続。
「どうぞ、少佐殿」イーデン中尉は席を勧めた。
「ありがとう。いいかしら?」と言いながらメイヤー少佐は煙草の箱を手持ちの鞄からちらりと出してみせた。
「いいですよ。」イーデン中尉はテーブル中央の吸引式灰皿を作動させた。
「ありがとう。」メイヤー少佐は優雅にメンソールらしい細い煙草に優雅さを失わずに火を付けて、一息目を顔を背けて吐き出してから、長く美しい脚を組んで見せた。
通路を行き交う男性が皆こちらを見るのをイーデンは視界の端で見逃さなかった。もちろん視線はイーデンにではない。
「あなた、戦略研のイーデン中尉よね?」長いまつ毛の切れ長な青い瞳でミス連合少佐は問い掛けた。
「はい、少佐殿。その通りであります。」形に従った回答をして見せたが、口には相変わらずチョコレートが覗いている。
「そんな硬くならなくていいわよ、中尉。一度あなたと話してみたかったの。」
イーデンは彼女の思惑を考えつつ、索敵はあちらが先手、戦力分析もあっち、砲撃開始は完全に先手を取られたと思った。一撃目は回避せねば。
「陸戦演習で海兵隊の第1師団のローランド中将を破ったって聞いたわ。」
「いえ、あれはギニアス大将の作戦指揮で」
「実質あなたでしょう?斜形布陣でわざと戦力の薄い処を作って見せて単純な猛将を誘出して、正面は敗走に見せ、その間に他の部隊は連携して急進、あっという間の半包囲を完成して殲滅。
精鋭に勝った第23師団司令部は自分達でも驚いたって。」
「ですからぁ」
「軍令部でも一部では有名な話よ。戦略研の秘蔵っ娘は見かけと違うって。お偉いさんには判らないみたいだけど。」
こうなったら仕方無い。回避は無理なら迎撃せざる得ない。イーデンは考えた。
「それくらいの作戦は戦略研なら誰でもやりますよ。」
「でも部隊の実質運動性や作戦に追従できるかを見切るまでは違うでしょ?」メイヤー少佐は微笑しながら脚を組み替えてから続けた。
「その実戦的な処は、戦略研では活かせないわ。どう?軍令部の作戦課に来ない?悪い様にはしないわ。」
そうか、戦略研から自分を引き剥がして、ギニアス大将の引いてはグラム派の戦力を減少させ、且つ情報を引き出すのが狙いなんだ、
イーデンは遅まきながら気が付いた。
「ええと、まだまだ若くて未熟なので、もっと戦略研で勉強してと思いますが。」
わざと若いという単語にアクセントを付けて言ったイーデンを軽く睨んで、メイヤー少佐は少し頬を引きつらせて微笑した。
24歳対31歳、アドバンテージを取れる処で斬り込む。今迄の対応では、埋伏を掛けられたが、イーデンは突破口を構築すべく考えた。
いや、誘いに乗って見せて情報を引き出すことも可能かも知れないが、はたして連合にとってはどうなのだろう。
少ない戦力を有効に活用するには、作戦部は有用だが、長期の計画は難しい。それに出身星系派閥に加えて士官学校卒と一般大卒の間でも
争っていると聞く。そんな処で自分が長期計画が出来るとは思えない。
今はまだ、ギニアス大将の下で自由にさせて貰えるので、その間は長期計画を立案できる意味では有意か、と考えた。
よし、ここは突破して逃げ切ろう、イーデンは決心した。
「少佐殿こそ、戦略研に異動されれば、自由に戦略計画の立案が出来ますよ。近くに美味しいケーキ屋さんもあるし、かわいいブティックも
いっぱいですし。女の子にとっては、官庁街よりいい環境かなって。」
女の子にアクセントを付ける。31歳が女の子かどうかの議論は置いて。
長い艶やかなストレートの金髪を細い指先で掻き上げた少佐殿は、少し考えてから、煙草を消した。
「作戦課ならあなたの考えた通商破壊戦も指揮できるわ。自分の立案した作戦を実現できるのよ。」
「実地にはベテランの方々がいらっしゃいますし、私みたいな小娘の出る幕はないですよ。」
「新しい経験に何事も挑戦する姿勢って大事だと思うわ。」
「そうですね、若い時には何事も経験って言いますものね。」
なかなか手強い。少佐が本当に作戦課に勧誘しているとは思えないが、威力偵察にしては執拗だし、どんな思惑があるのだろう、
イーデンはチョコレートを噛み砕きながら考えた。
「まあいいわ、今日は御挨拶程度だし。今度お食事でも御一緒しましょう。グラムセントラルホテルのレストランなんかは大人の雰囲気で、ゆっくりお喋りできるわ。
今度御招待するわね。」
「いいですね、女同士なら男性の眼もなく気楽ですもんね。」
イーデンは言外に、他に連れて来ない様に牽制した。
そこにギニアス大将が会議を終えて降りて来た。
二人の女性士官は直立して敬礼する。
一人はモデルの様な美しく鋭敏な敬礼、もう一人はいかにもだらしない有様である。
ギニアス大将は答礼してから、「やっと長会議が終わったよ。帰ろうか。」とイーデン中尉に声を掛けてから、
「君は確か・・・」とメイヤー少佐に向かって言い淀んだ。
「軍令部作戦課勤務メイヤー少佐であります、閣下。」もう一度見本の様な敬礼をして答えた。
「それでは、失礼するよ。中尉、今日は夜まで仕事があるぞ、良かったな。」と言って、ギニアス大将は手にしたコートを着込んだ。
「急に具合が悪くなりました、早退します。」イーデン中尉が口を尖らせて言うと、
メイヤー少佐は、イーデンに軽くウインクしてから、「失礼致します。」と言って離れて行った。
「で、何を持ちかけられたんだ?」ギニアス大将は笑いながらイーデンに問い掛けた。
「単なる威力偵察ですよ。でも作戦課は何か狙ってますね。」イーデンは大きく伸びをしながら答えた。
「派閥抗争してる場合じゃないんだけどな。それが判る者が軍にも政府にも少なすぎる。」
「平和な証拠です。どこだかの星系での選挙、指導者選出会議、国内の色んな権力闘争に明け暮れてるのは、他所と戦争するよりも微笑ましいですよ。」
「そこで、我が戦略研としては、その微笑ましくない分野を権力闘争しながらやらねばならんと言う訳だが。」
「それにしてはうちもグラム出身者の構成が大きいですから」
「そこでだ、グラム出身のイーデン中尉、私と貴官とが認識を共通した処で、命ずる。先程の美貌のサクノス出身の少佐殿を作戦課の紐付きで、我が戦略研に異動する様に働き掛けたまえ。私の名前を出していいぞ。」
うへえ、そう来たか。表情を隠さずにイーデンはうんざりした表情をして見せた。
つまりは、程度の良い作戦課との連絡将校として仕立ててしまい、尚且つ、彼女の動向を掌握することで作戦課の意図を探る一種の受動探知機としてしまうという考えである。
ギニアス大将はイーデンの小柄な肩を軽く叩いて、
「まあ、ゆっくりやるとしようじゃないか、中尉。怖いのは情報部と統合連絡部ぐらいな物だ。」
「今のセクハラです。それに統合連絡部のアントロープ陣営は勝ってるうちは心情的に味方ですから。」
「勝ってるうちは、ね。ワインバーガーは食えない男だ。グラムとサクノスが共倒れすれば良い位に思っているよ。」
そういうと、イーデンを促して、公用のエアラフトに乗り込んだ。

イーデンはハイウエイからのメインポリスの高層ビル群ンの美しい街並みを見ながら、この中で行なわれている無数の陰謀と小さな闘争を考えてそっと溜息をついた。
はたして、この国は本当に、本気で巨大な帝国と戦争して生き残るつもりがあるのだろうか。

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