帝国海兵隊のサミュエル・ベルティ一等兵は、19歳になったばかりの青年である。
アラミスの地底型都市出身の彼はハイスクール卒業後、希望した海兵隊に入隊し、1年間の基礎訓練後に
現在、第352歩兵師団第2大隊第2中隊第3小隊第2分隊に所属した。
彼の所属する大隊は、5万tD級強襲揚陸艦アムレード3023に押し込められ、他の艦隊と共に、母港のリジャイナを出港した。

初めの全艦隊でのジャンプ航法は興奮したが、すぐに艦内での訓練が開始され、目が廻る様な忙しさであった。
基礎体力造り、銃器取扱、BDの着脱訓練、降下カプセルの乗り込み訓練、爆発物取扱、格闘技訓練、やるべき事は数多くあった。

「ようし、5分間の休憩だ。」分隊長のマルケス軍曹が兵隊達に命令する。
基礎体力訓練を1時間続けた兵隊達は、へとへとになってその場に座り込んだ。
サミュエルの隣にいた、ドナルドは下を向いてやっと息をしている有様だ。
「貴様ら、海兵隊の訓練を舐めているのか?明日の訓練でもこの醜態を俺に見せたら、生まれて来た事を後悔させてやるぞ。」軍曹は怒鳴った。
一斉に、ノーサーと力の抜けた返事がする。
「判った。お前達がその気なら俺もやる気になって来た。全員銃を担げ!屈伸開始!」と言いながら軍曹も屈伸を開始した。
サミュエルは、強化服を着るのにどうしてこんな訓練が必要なのかと疑問に感じながら銃を両肩に担いで、屈伸し始める。
やけになった兵隊達の調子外れの掛け声と共に分隊全員が倒れる迄、続いた。
勿論、最後まで残ったのは、マルケス海兵隊軍曹であった。

サミュエルが軌道降下兵になったのは、幾つかの幸運と不運の混じった結果でもある。
本来は、駐屯任務か訓練が海兵隊に入隊したばかりの若者達には用意されるべき処であるが、海兵隊はごく一部の部隊に対して、
帝国に対して叛旗を翻した地方の一勢力に対して強襲任務を振り向けたのである。

そこは地方を治める何とか云う伯爵だか子爵だかの私設軍隊を敗走させ、自分達独自の小帝国を樹立しつつある場所だった。
故郷のアラミスやリジャイナと比べたら、文字通りの辺境である。
大気はそこそこだが、乾いた茶色の大地が広がり、小さなオアシスが点在するのが軌道上からでも見える星系である。
強襲目標の勢力は軌道上の数個の迎撃衛星を有していたが、帝国の艦隊は容易に撃破して、軌道上を周回した。
軌道上を攻撃できる対宙砲台は存在しない事が潜入している海軍情報部よりもたらされており、同時に敵主力の主要兵器群の仕様や
およその兵力についての情報もあり、軌道降下兵大隊を含む第352反重力化歩兵師団、第228反重力戦車大隊、第837反重力化砲兵大隊
といった、地上戦力1万5千は、敗走している私設軍隊残存と合わせると、反乱勢力の約8千の反重力化の少ない戦力は、相手にもならないと思われた。

「いいか!坊や共!訓練の成果を見せ付ける時が来た!もし気合いの足りない奴がいたら、俺が後ろからその薄汚れた尻を蹴飛ばしてやるからそう思え!」
マルケス軍曹はBDのヘルメットを外したまま、片手にプラズマライフルを持って怒鳴った。
「サー!イエッサー!」兵隊達が負けずに大声で怒鳴る。
「ようし、返事だけは一人前だ。作戦を説明する。お前達はこれからカプセルにおとなしく納まる。」軍曹は声のボリュームを少し落として言った。
兵隊達は難しい作戦説明があると思って軍装の次の言葉を待った。それを見てにやりと歯茎をむき出しにして笑った軍曹は、
「降下して!ぶっ放して!そして!回収される!うちの5歳の息子だってやれる簡単な任務だ。おむつのとれたばかりのお前達にもたぶん上手くやれるだろう!」
「サー!イエッサー!」兵隊達が声を合わせて答えた。
「仲間を救出して生きて帰る事だけ考えろ!搭乗開始!」
降下カプセルにはそれぞれのBDの暗号キーがある。決まったカプセルに決まった兵士が乗り込むのである。
この暗号キーがなければ搭乗すらできない。

サミュエルは、体を縮めて、自分のカプセルに納まった。手には自動装着されたプラズマライフルがある。
言うならば、磁気ライフルを想像した方が判り易い。つまりは弾体を電磁誘導によって加速して打ち出す、ただそれだけの事である。
しかし、弾体には緩衝材に包まれてはいるが生身の人間が入っており、
加速は秒速2Kmにも達し、その加速度は最大10G(尤も生体保護の為に、加速方向とは逆向きに耐G用重力プレートと加速補正機が積載されている。
突入する先は、厚い大気の層なので、その表面温度は2千度を超える。これを内部構造と断熱材で冷却して内部への影響を無くし、
かつ同時に電波障害を掛けることができる降下兵のカプセルは高度な技術に支えられている。
これを1発射管あたり、100人/分で射出できるが、作戦や敵状によって配分を替えるのが常である。
また同時にダミーカプセルも射出して、対空防御火力を兵員に集中しない様にするのも常識である為、
10本の発射管を持つ、5万tDクラス、グリフォン級強襲揚陸艦アムレード3023であっても、最高1個中隊/分を越えない降下速度である。
基本的に大隊全てが降下することとなるので、全大隊と装備が射出され終わるまで、5分と掛からない。

サミュエルの分隊は分隊長マルケス軍曹から順番に降下する。
大隊は、第1中隊の指揮官から順に第3中隊まで降下し、最後に大隊司令部が降下する事になっている。
軍曹が言うには、降下兵は、早く降りる順にガッツを見せることが出来るそうだが。

マルケス軍曹は同僚のステイ曹長と相談して、士官学校出たてのリッチェンス少尉と彼の率いる第1分隊を安全なポジションに配置できるかを考えていた。
尤も、降下して見ない事には判らないが、新米少尉を古参下士官が2人も居ながら殺す訳には行かなかった。
また、彼らの率いる兵隊共も殆どが今回初の実戦降下、訓練ですら1回降下が大半の連中である。
上層部は敵が少ない戦力の上に技術水準も低いとあっては、ちょうどいい実戦訓練だとでも思っているかも知れないが、
実弾の飛び交う戦場では慢心が死を呼ぶ事は、軍曹も良く承知していた。
BDと言えども、高出力のレーザーライフル、モンロー効果が期待できる使い勝手のいいRPG、大口径ライフルなど装甲に頼れない場面が多い。
要は、多くの小火器に対抗できる耐弾性、それに跳躍力や筋力を強化したそれだけの物である。
結局、戦場であてになるのは、兵士の能力である。

自分のカプセルがコンベアに運ばれる小さな加速感をマルケス軍曹は感じた。
恐らく新米兵士であれば、耐G用重力プレートの御蔭で何も感じないだろう。
射出準備が完了した第2分隊10名は、小さなブザーを聞いた途端に、10秒程度で全てが宇宙空間に10G近い加速度で射出された。
耐G装備を越えた加速度にマルケス軍曹と言えども歯を食い縛って耐えた。たぶん分隊の中では、気絶し、粗相をした兵士が殆どだろう。
まあ、着上陸までは、殆ど出来る事はない、分隊長以上は別だが。

大気圏を再突入して高温を発し、赤熱したカプセルとダミーはジャミング電波を撒き散らしながら、地表を目指した。
3個大隊で、1500名、ダミ—を含めて、17000個の流星雨である。
地表からは散発的に対空レーザーや対空砲、地対空ミサイルが上がってくる。命中しても殆どがダミーだが、運が悪い兵は何もできずに戦死する。
超高空を抜け、地表が視界の大部分を占める頃には、カプセルの冷却も完了し、艶の無い黒色の卵が大量に自由落下する。
ますます激しい対空射撃のなか、(尤も、古参の兵士に言わせると、この程度の対空射など無いに等しい)地表10Kmを切ってから、カプセルが爆散して、
中の兵士がゆりかごから出る様な姿勢で開放される、と同時に反重力傘により、急減速が掛かる。
この衝撃で気絶から立ち直った兵は多いだろう、軍曹はそう思いつつも、降下点を定めるべく傘を操作する。
遮蔽物が程良くあり、傘が絡まない障害物の無い処が望ましい。
例えば、今眼下にある、廃墟の低層市街地の様な。

マルケス軍曹は高度30mで傘を切り離した。
高すぎれば、その分、対空射を受ける危険は減るが、降下時の衝撃が大きく、負傷する可能性がある。
低すぎれば、対空射を受ける可能性が高まるので、そのタイミングは降下兵にとって重要な判断でもある。
着地と共にプラズマライフルを目見当で射撃しながら隠蔽物に身を寄せる。
安全を確保してから、無線を分隊域にして、呼び掛ける。
点呼の結果、分隊10名は着地に成功した様だ。
次に小隊指揮系に切り替えて、少尉と曹長の無事を確認する。
その間も敵兵の火線と味方の兵の火線か交錯し、あちこちで爆発の閃光とそれに続く炎が発生する。
軍曹はそれを見て、知らずに笑みを浮かべた。これこそ降下兵のあるべき姿だ。
PRを構え直すと、分隊に指示を出した。
「第2分隊、正面で撃ちまくってやがる連中をやるぞ。ロケットには気を付けろ。跳躍用意。」
低く跳躍した分隊員に正面建物の瓦礫から射撃していた十数人の兵士を無力化するのに30秒と掛からなかった。
この後、マルケス軍曹達は、目標である議事堂へと向うが、その途中でゾダーン軍事顧問団の新型戦車に出会うが、
それはまた別の話である。