ある日の航海日誌2

「何だって、いつもいつもこんな目に合うんだ!」
 それは、ロイウェンの心からの叫びだった。
 ミハエル・ロイウェンは宇宙船ベローチェ号を駆って星間貿易を営む若き自由商人、株式会社リップ・エンタープライズの代表取締役、いわば青年実業家だった。 TVドラマなら格好いい主役か、嫌味だが有能で金持ちのライバルとしてでも描かれていいような設定ではないか。
それなのに、現実は違っていた。
ローンに追われ、経費に追われ、納期に追われ、海賊に追われ、あげくに社長自ら宇宙空間で危険な修理作業に追われている。
「どうして俺が・・・」
ロイウェンはブツブツと文句を言いながらも、バーナーでの溶接作業を続けた。 この不幸の原因を作ったバカのことを思い出しながら、そいつらを焼くように念入りに・・・。
そもそも今回の航海、リアレットからアンゴアへの旅にロイウェンは反対だった。 まず第一に、リアレットまで載せてきた積荷の売却先が見つかっていなかったことが挙げられる。
客室担当兼、貿易業務と法律業務一切を担当するメール・ド・ウェイラン女史のミスによるものだが、それは仕方ない・・・人間誰にでもミスはある。 結局、急な出航のために、胡散臭いブローカーに足下を見られた値段で買い叩かれてしまった。そのことが問題なのだ。
第二に、アンゴアの鉱夫が電子部品を求めているという、怪しげな情報だけを頼りに航路を決めることへの不安があった。
特に、整備士のフィカルゼ・ロメオの仕入れた情報だったことが不安を増大させた。
フィカルゼは帝国海軍にエンジニアとして入隊し、その後士官候補生養成所を経て艦隊情報部での任務についたという変り種だが、情報部時代の主な仕事は、装備の横流しの内偵調査。
天性の詐欺師を自称しているフィカルゼは、囮捜査で多数の横領犯を捕まえたという。
しかし、ロイウェンにはフィカルゼほど隙だらけで詐欺のカモになりやすそうな男は他に思いつかない。軽薄で落ち着きが無く、何でもノリだけで行動して女にも弱い・・・。 
案の定、電子部品は割高で買わされ、そのくせ売却先が見つかっていなかった前の積荷は安く買い叩かれた。
その上、アンゴアでは鉱山会社と独立鉱夫との対立という厄介な揉め事に巻き込まれることになってしまった。
とりあえず、アンゴアでの一連の騒動は、船医のジュリエッタ・ロメオの活躍で一応事無きを得たが・・・。
ジュリエッタは陸軍士官学校から陸軍病院付属大学に進み、陸軍降下猟兵師団の特殊戦闘大隊付軍医、 最終階級は特務大尉という物騒な経歴をたどってきた、人間を「直す」のも「壊す」のも得意だと広言している怖いお姉さんだけあって、実に頼もしい用心棒ぶりを発揮してくれた。
正確にはこちらに被害は無かっただけで、事無きどころか事態は大事、まるでマフィア映画の大抗争のような状態になってしまったのだが・・・。  
  まあ、これも仕方ない。不可抗力という言葉がこの世にはあるのだから。
アンゴアへの航海に反対な第三の、そして最大の理由は、アンゴアにはガス・ジャイアントがなく、燃料は宇宙港で購入しなければならないことだった。
アンゴアのような低TLの惑星の低純度燃料をベローチェ号に入れることへの不安は言いようが無かった。ただでさえベローチェ号の33型核融合炉は規格外品で不安定なのだ。
だが、雑用係のシルビア・オザキ・カートレットの「ダイジョ〜ブだって!」という何の根拠もない無責任な意見に乗せられてしまって・・・。
ベローチェ号はアンゴアを出て間もなく、不自然な揺れを起こした後、機関をいきなり停止させてしまった。
やはり低純度の燃料がパワープラントに負担をかけていたのだが、最大の原因はフィカルゼが計器も見ずにシルビアとイチャついていて発見が遅れたためだった。
そしてロイウェンは、女のベッドに潜り込むのは好きだが、閉所恐怖症だから宇宙服を着るのが大嫌いという、とんでもない役立たずイタリアン整備士の代わりに、こうして船外で修理活動に従事するハメになっている。
「やっぱり、ほとんどがあの野郎のせいじゃねぇかっ!」
 ロイウェンは、戻ったらフィカルゼをブン殴ってやることを誓いつつ、健気に修理を続けるのだった・・・。
 と、その時、背中を何かに引っ張られるような感触と、強烈な痛みを感じた。
 そして、どこからか、シューッというくぐもった音が聞こえてきた。
 ロイウェンには一瞬、自分の身に起きたことが何が起こったのか分からなかった。
(宇宙服に穴が開いた!? いや、裂けてるのか?)
 呼吸用酸素が漏れ出しているらしいことだけは分かった。
(今の衝撃・・・隕石か?)
 恐らく、目に見えないほどのチリのような隕石が高速で宇宙服を突き抜けて行ったのだろう。
(体を貫通しなかっただけマシか・・・)
 宇宙服に搭載された自動修復装置が働き出し、瞬間硬化ゴムで何とかその亀裂を補修しようとしているが、どうも焼け石に水のようで空気の流出は止まる様子が無かった。
「警告! 本船から5万Kmの距離を流星通過中! 微小天体物の接近の可能性有り! ただちに船外活動を中止してください!」
 ベローチェ号の“クリスチャン・ルカ・アルベルティーニ”というご大層な名を持つメインコンピュータから通 信が入る。
「もう遅ぇ! 今やられた所だよ、救助してくれ」
 ロイウェンは言いながら、ポケットからパッチ・キットを取り出して、傷口が痛むのを我慢しながらスーツの裂け目にパッチを貼り付けた。
 すぐに5枚のパッチを使い果たしたが、まだ空気漏れは続いていた。
(イテェ・・・けっこう深いぞ、この傷・・・)
 パッチを貼り付けた宇宙服のグローブには亀裂から空気と一緒に流れ出た血がべっとりとついている。
(・・・・・・息苦しく・・・なって・・・きた・・・)
 意識が朦朧としてきた瞬間、ヘルメットの首回りの部分が強烈に膨らみ出した。
 ロイウェンは一瞬で気を失った・・・。
「でね、あのままだと救助より先に酸素が切れる危険性が高い、ってアルベルティーニが言うんですよ」
 救助されてベッドに寝かされているロイウェンに、フィカルゼが説明した。
「だから、ヘルメットを遠隔操作して頚動脈を絞めて気絶させたんです。とっさの判断だったんですけど、酸素の消費量 を減らすためにね」
「そうか、おかげで助かったよ」
 とりあえず、こいつをブン殴るのは延期にしといてやろう・・・ロイウェンはフィカルゼの入れてきたホットワインを飲みつつ、そう思った。

 

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