第9回 突入(第三次イフェイト会戦)

リジャイナ会戦での敗北後、帝国軍がイフェイト方面で反攻作戦を計画していることは、ゾダーン軍も早くから気付いていた。  
しかし、ゾダーン軍上層部が積極的な対応策を打ち出すことはなかった。 結論から言えば、リジャイナでの大敗北が、戦力の増強をゾダーンに許さなかったのだ。  
事態の重要性にいち早く気付いていた、ゾダーン宇宙軍クロナー第二方面総隊司令官シレリキマ大将は、独断で作戦計画を変更し、手持ちの全ての予備戦力にイフェイトまでの進出を命じた。  

帝国暦587年第152日には帝国海軍第一任務艦隊の攻撃により、イフェイトの制宙権は瞬く間に奪取されたが、ゾダーン軍の増援部隊は到着する前であったため、この攻撃で被害を被ることなく、再度帝国から制宙権を奪い返した。  
また、ゾダーン地上軍3個師団の増援を載せた輸送船団が同星系内に到着していたものの、第一任務艦隊はこの発見に失敗し、損害を与えることが出来ないまま星系外へ離脱した。  
作戦スケジュールの遅延を憂慮した、帝国海軍スピンワード・マーチ宙域連合艦隊司令長官ヘンリー・アンブローズ上級大将は、惑星イフェイトのゾダーン地上軍の掃討を放棄し、ジュエル星系の奪還を海軍の第一戦略目標と決定した。  
これに対して陸軍はイフェイトでの全面攻勢を主張し、海軍と対立した。  

結局、イフェイトでの作戦行動は陸軍が主体で行うこととなり、海軍は陸軍の上陸作戦の間接的支援を行うこと、ゾダーン増援部隊を載せた輸送船団を叩くこと、の二点にのみ協力する、としてレスリー・ヒッチング伯爵の指揮する第二一三艦隊の投入を決定した。  

帝国暦587年第161日、ヒッチング伯爵はアザンティ・ハイ・ライトニング級辺境巡洋艦5隻、キンニール級小型巡洋艦2隻、護衛駆逐艦1隻を従え、イフェイト星系へと突入、ここに第二次イフェイト会戦が始まる。

「再度、作戦の概要を確認いたします」  
作戦主任参謀のベイカー大佐が幕僚達を見まわしながら言った。
レスリー・ヒッチング伯爵は、この参謀が好きになれずにいた。  
背は低く、肥満体形であり、まだ四十代だというのに頭髪は禿げあがっている。唇が厚く、細い目にはどことなく兆戦的な光を宿していた。  
そして、ベイカー大佐は常日頃から「無能な上官の下では働きたくない」と公言してはばからず、類まれな作戦立案能力を持ちながらも、将官への昇進のチャンスを棒に振り続けていた。ヒッチングの下に配属された時も、「他の上官よりはマシですな」と面前で言ったのけたほどだ。  
知恵が回りすぎ、人の和を軽んじる。
伝統と秩序を重んじるヒッチングには、そんな部下は好ましくない存在であった。  だが、こと参謀の能力という点に関しては、宙域でも一、二を争う逸材だということも、またヒッチングの認めるところであった。
「まずは第一段階です。第二衛星の裏側を通過するのが11時42分、同45分に第一衛星方向に転進、同56分から敵艦隊の警戒予想空域に入ります」  
ベイカーは少し言葉を切ってから、コンピュータ・スクリーンに予定航路を表示させた。
「そして第二段階。12時には敵艦隊と戦闘状態に入っているものと考えられますが最大戦速を維持、10分おきに転舵を繰り返しつつ、12時35分までにイフェイト上空に到着、敵増援部隊を20分間の戦闘で壊滅させ、12時56分に離脱を開始します」  
ヒッチングは静かに頷いた。
寡黙で知的な印象を持つヒッチングだが、最も得意とするのはこのような強襲型の作戦指揮であった。
「最後に第三段階。小惑星帯を抜けて安全空域まで離脱し、14時20分に補給艦隊と合流、15時までに燃料の補給を終了させ、ブーギーンに向けて全艦ジャンプ・インします」  
その後、ベイカーは細々とした留意点を延々と一時間喋り続けた。外見に反して、ベイカーは非常に繊細で神経質なタイプなのだ。
ベイカーの発言が終わった時には、会議室に倦怠感が漂っていた。  
ヒッチングは簡単に訓示を行っただけで解散を告げた。

各艦の艦長達が連絡艇で自艦へと戻るのを、ヒッチングは敬礼で見送った。  
突入の時刻は迫りつつあった。  

先頭を行く旗艦「サン・ファン」のCIC(戦闘情報センター)で、艦長リッツ大佐は闘志に溢れた面持ちで暗闇のみが映るスクリーンを睨んでいた。  
リッツ大佐は少佐時代、駆逐艦の艦長として国境警備に4年間従事し、5隻のヴァルグル海賊船を撃沈したことがあり、スピンワード・マーチ宙域最高の艦長の一人として知られていた。  
リッツは、このアザンティ・ハイ・ライトニング級辺境巡洋艦を気に入っていた。お世辞にも最新鋭とは言えない老女だが、それだけに度重なる改修によって信頼度は高められている。  
乗組員は士気・練度ともに高く、この2年間リッツ自身の手で鍛え抜いてきた猛者ばかりだ。

艦内には極限まで張り詰めた、一種独特の緊張感がみなぎっている。
「間もなく回答点Aに到達。針路3−4−6に転向」  
航行長が厳かに告げた。  
リッツは艦橋へと通じるマイクを取った。艦橋にも艦長用の座席はあるが、儀礼用にしか使われていないのが普通だった。
「操舵手、転舵用意。針路3−4−6…転舵!」  
一瞬、艦内の重力がきしんだ。重力補正器の働きによりこの程度で済むが、素のままに転舵時のGにさらされたならば、人間など一瞬で壁のシミと化してしまうだろう。
「艦長、機関長よりの上申が入りました。右パワープラントの出力が安定しきらず、8%の減速を請う、とのことです」   
通信士官の報告に、リッツは艦隊司令の許可を得るべく、後ろを振り返った。
「やむを得んだろう」  
ヒッチングがうなずく。
「機関長に、許可すると伝えろ。それと、復旧に全力で励めともな」
「リッツ艦長。それよりも航行長に、減速におけるタイムテーブルの変更を再計算するよう指示して下さい」  
リッツの指揮に、ベイカーが割り込んだ。リッツはさも面白くなさそうに、作戦参謀殿の仰る通りにしろ、とだけ航行長に告げた。  

11時59分、「サン・ファン」の探知手たちは敵艦の存在を確認した。
「右前方に電波あり。出力源移動中!」
「1時方向、下方角度12、距離26万8000キロメートルに敵艦らしきもの有り」
「可視光増幅装置にて艦形確認、ゾダーン巡洋艦と思われます!」  
一斉に報告が流れ込んだ。  
リッツは武者震いを一つして、立ち上がった。
「主砲発射準備!」
「待て」  
再び、ベイカーがリッツの命令を遮った。
「出力を落とし、電磁マスカーを発信。隠蔽状態で惰性による航行を続行しろ。敵よりの攻撃があった場合にのみ反撃すればいい」  
リッツは異議を唱えようとヒッチングを見たが、ヒッチングは、言う通りにしろ、とばかりにうなずいて見せた。
「機関室、出力最低までダウン。艦橋、電磁マスカーを発信。総員…そのまま待機」  
リッツはそれだけ命令すると、不貞腐れたように艦長席に座り込んだ。  

それからの20分間で、第二一三艦隊は五隻のゾダーン艦艇をやり過ごした。
先日の戦闘の際に、第一任務艦隊が散布した大量の電波妨害剤が艦隊の隠密行動を助けていた。
「巡洋艦2隻、駆逐艦4隻…この星系に最初にジャンプ・インしてきたという、敵の前衛戦隊はこれで全部ですな」
「無人衛星からの最後の報告が正しければ、他に重巡4隻から成る戦隊が一つと、軽巡1隻、駆逐艦4隻に守られた輸送船団がいることになります」
「この前衛部隊は、第五惑星の周辺にいるとばかり思っていたが…ゾダーンは全力でイフェイトの防衛網を築く気でいるのか…」  
ヒッチングはベイカーに意見を求めた。
このまま気付かれないのをいいことに、ゾダーンの前衛部隊をやり過ごして輸送船団を目指すか、それとも奇襲で葬るか。
「やりましょう。後で後背を突かれては厄介ですし、反撃の間を与えずに全滅させれば、作戦スケジュールにもそれほどの狂いは出ないはずです。今、この位置から奇襲すれば、一方的に全滅させられます」  

12時21分、第二一三艦隊は一斉に、一隻のゾダーン駆逐艦へと襲いかかった。
わずか五秒間の攻撃で、この駆逐艦は原子の塵と化してしまった。  

12時33分、ゾダーンの前衛部隊の巡洋艦2隻、駆逐艦4隻は完全に消滅し、一方で第二一三艦隊には一発の命中も無かった。
「予定は遅れましたが、12時55分をもってイフェイト上空に到達、敵輸送船団への攻撃に移ります」  
ベイカーは冷静に言った。圧倒的勝利も、あくまで計算の内だと言わんばかりに、無表情で敵艦の残骸の映像を眺めている。  
リッツは、徐々にベイカーに対する尊敬の念を抱き始めていた。ただ、嫌な奴、という最初の印象が消えないことも確かだった。  

前衛部隊を失ったゾダーン艦隊は、軽いパニック状態に陥っていた。
「なぜ攻撃を受けるまで気付かなかった?」
「敵の戦力は? 位置は?」
「敵は大艦隊ではないのか?」  
不安がゾダーン将兵を蝕んでいたが、彼らはとりあえず自分達の当面の義務を果たした。  
惑星イフェイトとその衛星の重力圏が拮抗する、隕石群の巣。その中のわずかな航行可能な回廊を重巡洋艦4隻で封鎖したのだ。  

ゾダーン軍の予想では、帝国軍がイフェイトへの最短経路での進入を図る限り、ここを通過する可能性が最も高い、としていた。  
そして、第二一三艦隊もまた、この地点の突破を図っていた。  

激突は12時56分に起こった。  
最初にゾダーン艦隊を発見したのは、またもや帝国側だった。
「回廊入口の左下方、敵巡洋艦!」  
探知手からの報告に、ベイカーは即答した。 「艦長、撃たせろ」
「了解。砲術長、主砲斉射!」  
中間子砲の直撃が、ゾダーン巡洋艦を地獄の釜へと引きずり込む。  
ここでの斉射は、本当の一斉射撃であり、全砲を総力で射撃することをいう。これに対して、海軍で単に一斉射撃、とだけいう場合には、全砲力の三分の一だけによる射撃をいう。  というのも、主砲クラスの兵器が消耗するエネルギーは巨大なものであり、軍艦の強力なパワープラントといえども、その連続発射には耐えられず、斉射後には危険なほどの間が開いてしまうからだった。  
従って、今回のように一撃で確実に葬り去れるような場合でなければ、なかなか斉射は行わないのが普通であった。
「二番艦以降に連絡、旗艦エネルギー低下中につき、先行を許可する。各個に自由戦闘に入れ」  
ヒッチングは、次弾の発射準備に十分以上の時間がかかるのが必至である「サン・ファン」を隊列から外し、残りの艦を回廊に突入させた。  
ゾダーン巡洋艦が、炎を吹き出しながらゆっくりと二つに折れていく。やがて、この不幸な巡洋艦は、一瞬だけ閃光をきらめかせ四散して消えた。  

帝国巡洋艦「ボロズヌイ」の艦内にどよめきが満ちた。長時間の訓練の成果が、今まさに実を結んだ瞬間だった。  
その後方6万5000キロメートルでは、リッツ大佐が舌打ちをした。 「俺の分を残しておかない気か?」  
旗艦「サン・ファン」のCICに笑いが溢れた。
「一つだけ問題が残りました」  ベイカー大佐が言った。  
ゾダーン艦隊はすでに全滅していた。
「敵輸送船団の半数が、どうやら南半球に回っているようです」
「討ち漏らしたら陸軍は負けるぞ…何とか撃沈できないか?」
「ここからでは無理です」
「では、そこまで移動していったらどうだ?」
「駄目です。艦隊の再編成には、三十分はかかります。離脱が遅れると、惑星から上がってくる戦車部隊の攻撃にさらされます」
ヒッチングは考え込み、ベイカーを見た。
作戦参謀は、相変わらずの挑戦的な顔をしたまま立っていた。
「君の案を聞かせてくれ」  ヒッチングは、降参だ、とでも言わんばかりに、両手を肩まで上げてみせた。
ベイカーははニコリともせずに早口で答えた。
「旗艦と駆逐艦「モンデシー」の二隻のみで敵輸送船団を叩きに行き、残りの艦は予定通りに離脱します。二隻のみなら編成にかかる時間は必要ありません」
「二隻のみでか?」
「もう、敵には護衛の艦もありません。戦車除けに、駆逐艦が付いてくれば充分やれます」
「司令、やりましょう」  リッツ大佐が同意した。  
ヒッチングは目を瞑り、一秒、二秒…と考えてから、覚悟を決めた。
「よし、敵旗艦と「モンデシー」は輸送船団に向けて転進。後の指揮はカールトン少将に委ねる」  

「サン・ファン」から「モンデシー」に対して、我に続け、の信号弾が送られた。  


【トラベラー・ニュース】  ブーギーン/リジャイナ星域 帝国暦587年第170日  

帝国海軍は先日、イフェイト星系において圧倒的勝利を納め、同星系への陸軍の進出を決定的なものとした、と発表しました。  
詳細は未だ公開されていませんが、作戦に参加したのはリジャイナ星域常駐の第二一三艦隊とみられておりますが、消息筋によれば、作戦参加艦艇は全艦無事に帰還した、とのことです。  
これにより、イフェイトでの地上戦が我が軍の有利に運ぶことは確実であり、一刻も早いゾダーン軍の駆逐が期待されます。  
関連ニュースとして、海軍第十八管区広報参事官のケンジントン大佐は記者団に対し…。

By 龍太郎氏

手に汗握る艦隊戦。
乾いた描写が冷たい宇宙空間を感じさせて、かっちょいいっす!
RPGでもこんなシーンを味わってみたいものです。

化夢宇留仁