Cthulhu リレー小説

悲惨なエンディングを迎えるのも、クトゥルフならではの楽しみではないでしょうか?
まだ終わったわけではないですが、絶望的な状況を用意してみました。
はたして生存者は(笑)???

書き出しコメント・化夢宇留仁


リーはもう動かない。
血まみれの肉塊になりはて、どこがなにだか見分けもつかない有様だ。
ジムはまだ息があるが、下半身がないのではそれも長く続かないだろう。
ヘンリーの脇にいるロアルドはただ笑っている。立ちつくして大声で笑い続けている。
なんとかエドガーは彼の隣に立って銃を構えていたが、片腕がもげていては彼も時間の問題だった。
だいたい銃が役に立つようならこんなことにはなっていないのだ。
やつは勝利を確信しているのか、ゆっくりと近づいてくる。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?
火急の状況に関わらず、ヘンリーは考えずにはおれなかった。
そうだ。そもそもはミリーの友達のエリザベスの相談から始まったのだ・・・・・・

執筆・化夢宇留仁


ガラスの外側を小さな虫が這っていた。
空は晴れ渡り、外で遊ぶ子供たちもコートを着ていない。
春の訪れを感じさせる陽気に、今日は良い日になりそうだとヘンリーは思った。
「ちょっと、あなた。リズの話ちゃんと聞いてるの?」
振り返ると、ミリーの責めるような視線と目が合う。
「もちろん聞いてるよ。」
ヘンリーは笑顔で言った。ミリーの機嫌が悪い時に、彼がいつもやる少し悲しそうな笑顔だった。
ミリーは溜息をつき、カウチの反対側に座るエリザベスに向き直る。
「この人いつもこうなの。気にしないでね、リズ。…それで、相談って?」
エリザベスは無理に微笑もうとしたが、苦痛に口元を歪めているようにしか見えなかった。
「実は…夫の事なの。」
エリザベスは先月結婚したばかりだった。
ニューヨークの弁護士事務所に事務員として勤めていた彼女は、昨年の暮れのクリスマスパーティーで一人の若い芸術家と出会った。名はジェイムズ・ラドクリフ。チェロキーインディアンの血が混じったミステリアスな面差しに、彼女は一目で心を奪われた。
程なく二人は交際を始め、一月後には婚約指輪を交わしていた。
彼女の親族や友人達は尚早な結婚を考え直すように勧めたが、ジェイムズと対面した者は皆「彼ほど魅力的な男はいない」と、揃って結婚賛成派に転向していった。
ハイスクール時代からの親友であるミリーも、その中の一人だった。
ミリーは、親友の幸運を喜んだが、自分の冴えない夫と比べると妬ましく思わずにはいられなかった。
そして、二人は結婚式を挙げた。
それは誰からも祝福された幸せな門出になるはずだった。
「…私…夫が怖いの。」
そう言って涙を零したエリザベスに、ミリーとヘンリーは顔を見合わせた。

執筆・秋山氏


と月早く訪れた春が、時間を遡り冬になったかのような様子で彼女は続けた。
「私はいつも見張られているの・・・」
ヘンリーは軽く受け流した。
「新婚なんだろう? 彼はいつも妻を気にかけているのさ。」
「素敵なご主人じゃない。うらやましいわ。」
ミリーはそう続けた。まるでたいした問題ではないかのように・・・
「そうじゃないのよ!!」
エリザベスは突然、激昂した。
「彼が近くにいなくても、いいえ、私がスーパーで何を買ったかも、誰と話したのかすらも全て知っているのよ!!」

執筆・すなふきんさん


かいことを大袈裟に相談してきた上に、今度はヒステリーか。
ヘンリーはもう嫌気がさしていた。
要するに新妻は新婚気分がさめてきて、それまでは目に入らなかった旦那の些細な欠点に気づき始めたのだ。それも多分に誇張されて。
旦那の方も同じようなものだろう。新妻の昔のボーイフレンドの話でも出て、心配になって様子を探っているとかはありそうな話だが。
こういう話は真面目に聞いてもいいことは1つもない。藪蛇を見つけるのが関の山である。
「魅力的すぎる奥さんを持った男は彼女のなんでも知りたがるものさ。」
エリザベスは首を振った。
「知るのが絶対不可能なはずのことも知ってるのよ!」
やれやれ。
「知るのが不可能だったら知らないはずじゃないか。意外に君の友達と話しでもしてるんじゃないか?」
言った途端にミリーににらまれ、ヘンリー自身しまったと思った。疑心暗鬼になっている女性の前で、他の女性の話は禁句である。さっそく藪蛇か。
しかしエリザベスはただ肩を落としただけだった。
「そうだったらいいんだけど・・・友達どころか誰にも話してないようなことまで知ってるのよ。例えば昨日私が一人の時、お茶を何杯飲んだか、あなたご存じ?」
「そんなこと分からないよ。」
「そうでしょ。」
しばらく静けさが部屋を包んだ。
ヘンリーは自分がこの話に少し興味を持ちはじめているのに気付いていた。
ちょっと変わった話なのかも知れない。
試しにミリーの顔を横目で見てみると、彼女もすっかり興奮した様子で、好奇心で目をきらきらさせていた。
自分もそんな顔にならないように気をつけて、慎重に話を続けた。
「じゃあご主人が君のことをなんでも知ってるとしよう。まあ夫婦なんだから以心伝心なのかもしれないけど。で、彼は前から君のことなんでも知ってたのかい?あのパーティーで知り合った時から?」
「最初からよく気のつく人だとは思ってたわ。でもはっきりおかしいって思ったのは確か5日前よ。彼が私が職場で食べたおやつを当てたの。」
彼女の家は、芸術家のジェイムズは家におり、エリザベスは元からの職場である弁護士事務所にまだ通勤しているのだ。
「それからはもうなんでも知ってるわ。それこそ今こうしてあなた達と話している内容も知ってるんじゃないかと思うと、私怖くて・・・」
彼女のセリフに、ヘンリーも思わず背筋に冷たいものが走った。いきなり当事者にされると確かに恐ろしい話である。ミリーも気味悪そうにまわりを見回していた。
「じゃあ彼がその・・・なんでも知ってるようになったきっかけはなにかないの?例えば・・・探偵を雇ったとか。」
我ながらすごくいい考えだと思ったが、エリザベスは首を振った。
ミリーが私を軽蔑するような目で見て言った。
「探偵を分かるように雇うわけないでしょ?」
そういえばそうだ。
エリザベスが震えながらつぶやくように言った。
「そういえば1週間くらい前に彼になにか届いたわ。最初はお祝いかと思ったけど、彼宛の外国からの荷物だったの。」
「ふ〜ん・・・それかもしれないな。」
外国製の盗聴器だろうか?
「中身はちらっとしか見てないんだけど、水晶みたいな窓のついた木の箱だったわ。」
ヘンリーは自分の考えをゴミ箱に放り込んだ。
しかしエリザベスは目を見開き、表情を輝かせていた。
「そうだわ。あれが届いてからよ。それまではそんなこと無かった。」
どうやら彼女は我々との会談内容に満足したらしい。それはいいのだが、その箱がなんなのか確かめるのに我々も同行することになったのは困った。
彼女が言うには、一人で確かめるのは怖いし、私には思い出させた責任があるのだそうだ。
ミリーも頼みこんでくるし、仕方が無くみんなで彼女の家に向かうことになったのだった。
道中ロアルドとエドガーが立ち話をしているのに出会い、エリザベスがいきさつを話すと、彼らも大いに興味をそそられたようで、一緒について来ることになった。好奇心は猫を殺すと言うが、まさにこういうことなのだろう。

執筆・化夢宇留仁


に乗り込んでからの彼女は無口だった。
たまに「そうよ。あの箱よ・・・」と呟くことを除いては。
私達もなんと声をかけていいのか分からなかった。だが、私達は所詮、彼女の妄想だとしか思っていなかった。
彼女の家まではそれほど時間はかからなかった。
玄関のドアには鍵がかけられており、ジェイムズは外出しているようだった。
窓の外から家を覗き込んでも、誰かがいる気配は感じられなかった。
エリザベスはあわてた手つきで鍵を開けると我々を中へと促した。
そこは・・・ただの日常を切り取ったような、新婚家庭の食卓が広がっていた。
正直、この風景からあのふざけた戯言は想像できなかった。
「何がおかしいんだい?」
私はそう呟くと、エリザベスはきつく私を睨み付け、ジェイムズの部屋へと駆け込んだ。
私は手を広げ、あきれたポーズをとるとミリーも私を睨み付けた。
「友達がいがないわね!!」
どうやら私には仲間がいないらしい。
「まぁ、直ぐに分かるよ。」
エリザベスは奇妙な箱を持ってやってきた。
「これよ!!」そういって彼女はその箱を私に押し付けた。
その箱は水晶の覗き穴が付いている以外には変哲のない骨董品にしか見えなかった。
私は興味をそそられ、それを覗き込んだ。
覗くとそこには、極彩色が渦巻いていた。
「不思議な万華鏡だなぁ。きれいというより気持ち悪くなりそうだ。」
それが像を浮かばせてきた。それは犬のように見えた。

執筆・すなふきんさん


れはすぐにもやもやとした形のないものに変わり、更に覗き込んだヘンリーは突然違和感を覚えた。
まるで前にもこんなことがあったような・・・今と同じようにこの箱を覗いたことがあるような気がしたのだ。
いったん目を離してまわりを見てみると、相変わらず好奇心でキラキラしているミリーの目と合った。
「どうしたの?なにか見えた?」
「いや・・・そういうわけではないんだが・・・」
ロアルドとエドガーも不審そうにしている。
エリザベスは奥の方で一人手を合わせて、なにかを願うような顔をしていた。
その彼女がおずおずと口を開いた。
「なにか変わったことはないか、みなさんでよく見てみてくださいな。」
そう言われればヘンリー一人だけで覗き込んでいた。少し恥ずかしく思いながら、彼は数歩下がってみんなに見えるようにした。
「確かに変わったものだけど・・・特に怪しいものとまでは思わないけどね。」
しかしみんなヘンリーの台詞を聞いてはおらず、不思議な箱に興味津々のようで、はめこまれた水晶のような石に、穴が空くかと思われるほど集中して見つめていた。
その時エリザベスがなにかつぶやいた。
ヘンリーがなにかと思って振り返ると、彼女はきつく目を閉じていた。
どうしたんだと聞こうとすると、背後でなにかが光った。振り返ると、光っているのは例の箱にはめ込まれた水晶のような部分だった。
その光は薄桃色をしており、妖しくうごめいていた。

 気付くとそこは鬱蒼とした森の中だった。
 ヘンリー達はなにが起こったのか分からず、呆然としながらあたりを見回していた。
いや、ただ1人エリザベスの姿は見あたらなかった。
 4人はわけが分からないまま進んだ。と言うのも彼らは流れる小川に沿った道らしきところに立っていたのだが、彼らの背後で木々が密集して道が終わっていたのだ。
 それにしても一体なにが起こっているのだろうか。
ヘンリーはどうしてもこれが現実だとは信じ切れなかった。
そう言えばこのメンバーでマージャンをしたのは一月ほど前のことだった。
あの時は調子がよかったのに、最後にロアルドのダイサンゲンに振り込んでしまって負けてしまったのだ。
そう言えば脇で見ていたジェイムズが妙ににやにやしていたっけ。
あの時は気分が悪かったが、今やあの時のことを懐かしいとさえ感じていた。
 道は木々に囲まれた池の畔で唐突に終わった。
その池には数え切れないくらいの川が流れ込んでいたが、池自体には流れらしいものは見あたらず、よどんでおり、水の色も暗い緑色で不気味だった。
池のそばには二人の人間がいた。
1人はエリザベスの夫であるジェイムズだった。彼はスラックスにシャツという軽装で、こちらに気付き、目を丸くしていた。
もう1人は見たことのない老人で、インディアンのシャーマンのような姿をしており、木の枝や鳥の羽などを組み合わせた祭壇のようなものの前にあぐらをかいていた。
老人はこっちに振り返ると、にやりと笑った。
 ジェイムズがこっちに駆け寄ってきた。
「皆さんどうしてここへ!」
どうしてと言われても、こっちが聞きたいくらいである。
「君こそなんでここにいるんだ?それよりここはどこなんだ?」
「ここは澱み。いったん流れ込んだらそこで腐ってゆくしか道のない澱みだ。」
答えたのは例の不気味な老人だった。しかし彼の言葉は聞いたことのないものだった。なのにはっきりと意味が分かるのはなぜだろうか。
「澱み?なにを言ってるんだ?」
口を挟んだのはエドガーだった。彼の手には銃が握られ、しっかりと老人に向けられていた。
彼の職業は探偵なのだ。
しかし老人は不気味な笑みを浮かべたまま答えようとせず、水面に顔を戻してしまった。
ジェイムズは沈痛な表情で目をふせ、つぶやいた。
「申し訳ない。全て私の責任です。」
なにがなにやらさっぱり分からない。
「いったいどういうことなんです?分かりやすく説明してもらえませんか?」
ジェイムズはその場に座り込んでしまい、大きくため息をついた。
「彼の言うとおり、ここは澱みです。時間や空間が正常な流れから弾き出されたときにたどり着く場所なのです。」
ますます分からない。
「ねえジェイムズさん、そんなことはいいからここから家に戻る道を教えてくださらない?私なんだか気分が悪くなってきたの。」
ミリーが女性特有の論理でのんきなことを言っている。
ジェイムズはますます深く頭をたれ、つぶやくように言った。
「本当に申し訳ありません。家には・・・もう・・・」
「もう・・・?」
みんなが固唾を呑んで耳を傾けていたが、続けたのはあの老人だった。
「澱みに流れ着いたものは元には戻れない。」
見ればまたこっちにいやらしい笑いを投げかけていた。
ヘンリーは腹が立ってきた。
「さっきからあなたはなんのつもりです?嫌がらせですか?」
老人は笑うばかりである。
ジェイムズがまたぽつりぽつりと話し出した。
「ここは・・・みなさんがここに来る前に見た箱の中です。」
正気を疑いたくなる話だったが、とにかく続きを聞くしか仕方がなかった。
ジェイムズの話はこうだった・・・。
 ジェイムズは昔からチェロキー・インディアンである祖先に興味を持っていた。
暇を見ては少しずつ調査を進め、やがては大陸発見より遙か以前の家系までたどり着き、自分が偉大なるシャーマンの子孫であることを突き止めたのだった。
そのシャーマンは居ながらにして全ての事物を見定め、時には正確な予言も行ったとされていたが、ある時行方不明になっていた。
更に調査を進めるうち、彼は現在はオクラホマ州のアメリカ人となっているチェロキー族とも深く親交を持ち、やがて彼らからシャーマンの呪物が送られてくるようになった。
最初は興味本位だったが、やがてそれらに実際に効力を表すものがあることに気付いてからは夢中だった。
彼は様々な呪物を試し、いくつかの呪法をマスターしさえした。
例えば人に好意をもたれる呪文もその一つだった。
 やがてオクラホマで寝たきりだったチェロキーの老人が亡くなり、その遺品の中に混じっていたもので、かのシャーマンが祭事に使っていたと言われている物が送られてきた。
それが例の箱だった。
ジェイムズはすぐにその箱に夢中になった。彼が今まで体得していた呪文で、その箱の力を解放することに成功したのだ。
その箱はいながらにして全てを見ることが出来た。例え遙か彼方の惑星上の出来事であっても。
有頂天になった彼は仕事中の妻の様子を覗いて、それを話して驚かしたりもした。
 彼の前には素晴らしい前途が広がっていた。
なにしろ全てが見通せるのである。なにもかもが彼の手中にあるも同然だった。
だが3日前、部屋に戻ると箱に魅入られたようになっているエリザベスを見つけて驚いた。
彼の留守中に箱を覗いてみたらしい。
それ以来彼女は変わってしまった。どこかよそよそしく、心ここにあらずといった感じだったのだ。
原因が箱にあると見たジェイムズは、更に詳しく箱を調べてみた。
夢中になっていた彼が背後にエリザベスが立っているのに気付いたのは、彼女が呪文めいた言葉を発したときだった。
それ以来彼はここにいるのだ。
 あまりに荒唐無稽な物語に、全員口を半開きにして突っ立っていた。
今のが本当だとしても、よけいにわけが分からなくなっただけである。
「その箱はわしがレンのガラスを操作できるように加工したものだ。」
振り返ると再び老人が不気味な笑みをたたえていた。
レンのガラスとはなんだ?
一行が見つめる中、老人はとうとうと語った。
「いながらにしてあらゆる場所をのぞき見ることが出来るレンのガラス。しかし欠点があった。覗く場所を特定できないことと、覗かれているものに気付かれるおそれがあるということだ。わしは研究を重ね、それらの欠点を克服するのに成功した。更にレンのガラスの力を開発し、未来をも覗くことが出来るようになったのだ。」
「だが、時間を超越することはあまりに複雑で、大地の神の祝福を受けたシャーマンであるわしにも制御しきれなかった。時間の狭間に巣くう怪物に見つかってしまったのだ。怪物に追われたわしは、やつもろとも澱みに逃げ込んだ。澱みでは時間の流れは止まり、一つになっていた。そしてわしとその怪物も一つに溶け合ったのだ。」
ミリーが悲鳴をあげた。
老人の話は狂人の譫言としか思えないものだったが、その姿が少しずつおぞましい怪物の姿に変化しているのを見てしまったのだ。
「澱みからは抜け出すことは出来ない。だからわしはここで得物が流れ着くのを待ち続けているのだ。」
老人はもはや人間ではなかった。それはすでに人間の数倍の大きさとなり、全身から粘液に包まれた触手を生やした、腐れ果てた犬のような怪物となっていた。
 エドガーの銃が火を吹いた。
しかし怪物は痛がる様子も見せず、少しずつ迫ってきていた。
「やめろ!あなたは偉大なシャーマンじゃなかったのか!」
ジェイムズが怪物の前に立ちふさがったが、怪物は数本の触手を伸ばし、彼をつかんで噛みついた。ジェイムズの悲鳴と、大量の血が噴き出した。
触手が振り上げられると、上半身だけとなったジェイムズの身体が池の畔にどさりと落ちた。
更にミリーが悲鳴をあげる。
今度は怪物は彼女に触手を伸ばし、彼女の身体をがんじがらめにして締め上げた。
ヘンリーは恐ろしい悲鳴をあげるミリーを助けたいとは思ったが、まるで悪夢の中にいるようで、恐怖のためか身体が思うように動かなかった。
エドガーが彼女に駆けつけたが、触手の一本が素早く動くと、彼の片腕を吹き飛ばしていた。
やがて彼女の全身から煙が出始め、悲鳴は断末魔のそれとなった。
触手が離れると、そこには半分溶けて肉塊と化したミリーの残骸が転がっていた。
ヘンリーのすぐ横で、笑い声が聞こえた。
それはただ立ちつくして笑っているロアルドだった。その目は完全に狂気に支配されていた。
 ヘンリーは信じられなかった。こんなことが実際に起こっているなど、到底信じられない。
感覚の麻痺した頭で周りを見回してみる。
ミリーはもう動かない。
血まみれの肉塊になりはて、どこがなにだか見分けもつかない有様だ。
ジムはまだ息があるが、下半身がないのではそれも長く続かないだろう。
ヘンリーの脇にいるロアルドはただ笑っている。立ちつくして大声で笑い続けている。
なんとかエドガーは彼の隣に立って銃を構えていたが、片腕がもげていては彼も時間の問題だった。
だいたい銃が役に立つようならこんなことにはなっていないのだ。
やつは勝利を確信しているのか、ゆっくりと近づいてくる。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?
火急の状況に関わらず、ヘンリーは考えずにはおれなかった。
そうだ。そもそもはミリーの友達のエリザベスの相談から始まったのだ・・・・・・
 彼の思考をとぎらせたのは、ジェイムズの声だった。
彼は自分が助からないことを悟っているらしく、冷静な表情でなにかをつぶやいていた。
なんと言っているのだろうか。
 全身の意志を総動員して、箱から目を離したジェイムズは愕然としていた。
身体の震えが止まらない。
 ここは彼の書斎である。
暦の上ではそろそろ春の筈なのだが、まだ寒さが身体に響く冬の残り香が色濃く残る日だった。春の訪れを感じるにはあと2、3日必要だろう。
 今日は金曜日で、リズは仕事に行っていた。
ジェイムズはここ昨日の彼女の変化の原因が、この箱にあると考えていた。
そして今日、今まで勇気が無くて出来なかった異なる時間を見る行為を、意を決して試してみようと思ったのだ。成功すれば彼女の変化の秘密が分かるはずである。
 しかし見えたのは時の澱みに閉じこめられ、無惨に殺される恐ろしい光景だった。
果たしてこれは本当にこれから起こる出来事なのか?
もし本当だとすれば、まず最初に自分がこの箱の中に閉じこめられることになる。
水晶の中に見えた映像では自分は、箱を覗き込んでいるときに背後から彼女の声がしたと言っていた。背筋に冷たいものが走り、振り返ったがリズの姿は無かった。
彼は安堵のため息をついたが、今度は外で物音がしたような気がして、慌てて椅子から立ち上がった。
彼女が帰ってきたのだろうか。
耳をすますが、もう物音はしなかった。
多分気のせいだったのだろう。
彼の心臓は早鐘のように打ち鳴らされていた。
このままではまずい。
今の内になんとかしなければ。
彼はゆっくりと箱に向き直った。
そうだ。この箱を破壊してしまえばいい。そうすればあんな事は起こりようがないのだ。
彼は震える両手を、その箱に伸ばした。

執筆・化夢宇留仁


ェイムズは震えを抑えながら、思い切り振りかぶり目を瞑りながら箱を床に叩きつけた。
ガラス質のものが砕け散る音と木の割れる音が遠くで聞こえたように思えた・・・
突然、耳元で声が聞こえた・・・
「時の淀みといった筈だぞ・・・」
ジェイムズは振り返り、手に違和感を覚えた。
そこには投げ捨てた筈のあの箱を自分の両手に持ったままだったのだ。
ジェイムズは絶叫を上げるのを何とか押さえ、老人に震える声で尋ねた。
「何故・・・」
老人は口元に嘲笑を浮かべ、獲物を見る猟犬のような目でジェイムズに呟いた。
「ここも淀みの中だからだ。」
「次の獲物が近づいている。もう少し知りたいだろう?」
そう告げると、老人は奇妙な呟きを漏らし、ジェイムズが気がついたときには鬱蒼とした森の中にいた。

執筆・すなふきんさん


・・・気付くとそこは鬱蒼とした森の中だった。
 
ヘンリー達はなにが起こったのか分からず、
呆然としながらあたりを見回していた。
いや、ただ1人エリザベスの姿は見あたらなかった。
4人は訳が分からないまま進んだ。・・と言うのも、
彼らは流れる小川に沿った道らしき所に立っていたのだが、
彼らの背後で木々が密集して道が終わっていたのだ。
道は木々に囲まれた池の畔で唐突に終わった。
その池には数え切れないくらいの川が流れ込んでいたが、
池自体には流れらしいものは見あたらず、よどんでおり、
水の色も暗い緑色で不気味だった。
池のそばには二人の人間がいた。
1人はエリザベスの夫であるジェイムズだった。
彼はスラックスにシャツという軽装で、
こちらに気付き、目を丸くしていた。
もう1人は見たことのない老人で、
インディアンのシャーマンのような姿をしており、
木の枝や鳥の羽などを組み合わせた
祭壇のようなものの前にあぐらをかいていた・・・。】
ジェイムズは、この光景を覚えている。
そしてこれから起こるうる出来事も・・。のんびりしては居られない!!
ジェイムズはヘンリー達の所まで全速力で駆け出し、合流する。
『ココはどこなんだ、ジェイムズ?一体何なんだ?』
ロアルドは、確かに自分達が今さっきまで、
ジェイムズの書斎に居たと記憶している。
『いいから逃げろ!来た道を引き返せ!あの老人には近づくな!!』
ジェイムズのただならぬ形相に4人は呆然とするが、
ジェイムズの肩越しにわずかに見えるその老人の姿は
今はもう跡形無く、犬とも肉塊ともつかぬ姿に成り果てていた・・。
ミリーは絶叫し気を失い、ロアルドはガタガタと震えて、
尻餅をついてしまった・・。ヘンリーは素早くミリーを抱きかかえ
エドガーとジェイムズは、ロアルドに肩をかして
両側から支える状態で小走りにその場を立ち去った・・。
『ジェイムズ!アレは何だ!?』
エドガーが問い掛けるが、【説明してる暇はない!】と一蹴されてしまう。
ほどなくして最初に降り立った、森の中でも比較的開けた場所まで
一行は戻り着いていた・・。
・・逃げ切れたのであろうか?・・
言葉もなく、一同はそう思ったに違いない・・。
ミリーを抜かした男4人は一斉に後ろを振り返ってみる・・。
・・だが不気味な気配もうなり声も、聞こえては来ない・・。
ジェイムズ以外の3人が、彼を見つめる・・。
『多分、あの怪物は池の畔から離れる事が出来ないんだ・・。』
確証を持って言った言葉では無かったが、3人にとっては
その言葉だけでも十分であった。 しばらくしてミリーが意識を取り戻し
ジェイムズは自分が見てきた光景を4人に話し始めた・・。
〜あそこは『澱み』と言って、時間や空間が正常な流れから
 弾き出されたときにたどり着く場所である事・・。
  自分は、昔からチェロキー・インディアンである祖先に
 興味を持っていて、暇を見ては少しずつ調査を進め、
 やがては大陸発見より遙か以前の家系までたどり着き、
 自分が偉大なるシャーマンの子孫であることを突き止めた事。
  一方で、オクラホマ州のアメリカ人となっているチェロキー族とも
 深く親交を持ち、彼らからシャーマンの呪物が送られてくる様になった事。
  そのオクラホマで寝たきりだったチェロキーの老人が亡くなり、
 遺品の中に混じっていたもので、かのシャーマンが祭事に使っていた
 と言われている、【例の箱】が送られてきた事。
  そして、いながらにして全てを見ることが出来るその箱を
 シャーマンである老人がレンのガラスを操作できる様に加工した物である事。
  ・・最後に、時間を超越することはあまりに複雑で、
 大地の神の祝福を受けたシャーマンである老人にも制御しきれず、
 時間の狭間に巣くう怪物に見つかってしまい、怪物に追われ、
 澱みに逃げ込み、その澱みでは時間の流れは止まり、
 老人とその怪物も一つに溶け合ったという事を・・〜
一同は押し黙ってしまい、自分達の置かれた状況を絶望的なまでに
受け止めるしかなく、うつむくだけであった・・。
ジェイムズは、最後の皆殺しの部分だけは、話さずに居た・・。
『悲劇のシナリオは、私が変えてみせる』・・そう心の中で思っていた為である。
不意に、『出口を探しましょう』とミリーが提案すると
エドガー、ロアルド、ヘンリーの3人は同時にうなづき、
表情に生気がみなぎって来ていた・・。だが、ジェイムズだけは
不安そうなその表情は最後まで変化しなかった・・。
やつから逃れた気が、一向にしなかったからである・・。
4人は辺りを見回し、脱出の手がかりになる何かを懸命に探し続けていた・・。
その時である・・。
森の奥深くから、ヨロヨロと人影が5人に近づいて来た・・。
ジェイムズは、真っ先にその人影に近づいた。
『エリザベス!!』
・・そう、彼の妻・エリザベスであった・・。服はボロボロに引き裂かれ
肩や足、ウデや額からもおびただしい出血をしていた。
『ジェイムズ・・ああ、あなた・・。』
そう言うとジェイムズの胸にもたれ掛かって気を失ってしまった・・。
 しばらくして、エリザベスが目を覚ますと、涙を浮かべたミリーと
ジェイムズの表情が見てとれた・・。
『あなた・・、ごめんなさい。私がイケなかったのよ・・』
エリザベスがジェイムズに泣きながら謝罪してきた。
『こ、こんな事になるなんて・・。私のせいで・・。』
綺麗な顔をクシャクシャにしながらジェイムズに抱きついた。
それを温かく受け止め、【もう良いんだよ、エリー】と
優しい言葉を投げかける・・。
それで、全てが上手く行くハズであった・・。
ジェイムズは不意に、腹部にするどい痛みを感じ、腹部の周辺が熱くなっているのを感じた・・。
何か異物が腹部に突き刺さる様な感覚・・。 何とも言えぬ表情でエリザベスを見つめる。
エリザベスは、血も凍る様な冷たい表情でニヤリと笑い、口を開いた・・。
            ・
            ・
            ・
【バカめ!エリザベスは、とうに死んだわ!!】
彼女の口から出てきた声は、まぎれもない、あの老人の声であった。
『・・そ、そんな・・』
あまりの展開にジェイムズは言葉を失う・・。
彼はそのまま、おびただしい出血とともに、その場にうずくまってしまう・・。
みるみる内に、エリザベスは犬とも肉塊ともつかぬ、
『名状しがたき者』へと、その姿を変え果て、
他の4人は蛇に睨まれた蛙の様に、ピクリとも動けずにいた・・。
・・・ただ、そこに在るのは、いくばくかの惨劇のみ・・。
・・・そして、この世のものとは思えぬ、恐ろしいうなり声と高笑い・・。
【ミリーはもう動かない。
血まみれの肉塊になりはて、どこがなにだか見分けもつかない有様だ。
ジェイムズはまだ息があるが、下半身がないのではそれも長く続かないだろう。
ヘンリーの脇にいるロアルドはただ笑っている。立ちつくして大声で笑い続けている。
なんとかエドガーは彼の隣に立って銃を構えていたが、片腕がもげていては彼も時間の問題だった。
だいたい銃が役に立つようならこんなことにはなっていないのだ。
やつは勝利を確信しているのか、ゆっくりと近づいてくる。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?
火急の状況に関わらず、ヘンリーは考えずにはおれなかった。
そうだ。そもそもはミリーの友達のエリザベスの相談から始まったのだ・・・・・・
 彼の思考をとぎらせたのは、ジェイムズの声だった。
彼は自分が助からないことを悟っているらしく、冷静な表情でなにかをつぶやいていた。
なんと言っているのだろうか。

だが、そのジェイムズの言葉は、ヘンリーを地獄の底へと
突き落とすモノでしか、なかった・・。
『すまない・・。エリー』
ヘンリーの耳に、その言葉が届いたかどうかは、分からない。
彼はジェイムズの最後を見届けると、今・・目の前にいる、どうにもならない
絶対的な敵をただ見つめるしかなかった・・。その目には、うっすらと涙をうかべて・・。
そして、スローモーションでハッキリと見える、
逃れなれない『死』を、あと数秒で味わう事になる・・。
          ・
          ・    
          ・
          ・
          ・
ある晴れた日に、その悲惨な事件は起こった・・。
19××年、5月11日の事である。
【ラドクリフ邸で6人の変死体、見つかる!?】
この新聞記事は町中の噂になり、信仰深いこの町の住人達は
『悪魔の仕業』と、はやしたてた。 発見者は飲んだくれの
テイラーという炭鉱労働者であった。金の無いテイラーは
酒代欲しさに、強盗をやらかそうとしてラドクリフ邸に侵入し、
当主ジェイムズ氏の書斎でミイラ化し、皮膚全面が黒に染め上がった
変死体を見つけたらしい・・。地元警察は、当直の3人を残して
26名が現場へ急行し、事故処理を行ったという・・。
当初、テイラーが盗みを見られて殺害したと推定されたのだが、
6人には一つも外傷がなく、ミイラ化し、その上、不可思議な状態で
全員の皮膚がドス黒くなり果てていた為に、異端宗教の儀式か何か・・
という結論に達したので有った・・。 しかし初見での死体解剖/検査では、
【死後2時間】という奇妙な診断が下されていた・・。
外見はミイラ化しているが、内臓その他はすこぶる状態が良く、
胃の内容物がまだ消化されてないとの事であった・・。
一説によると、古くからこの町に住む老人達は『魂が抜き取られている』
と口々にそう説明しているが、定かではない・・。
変死体が見つかった書斎は、異常なまでに水臭く、
まるで沼か池の畔に居るかの如く、捜査員たちは、
この点を皆で指摘し合っていた。しかし、部屋やその他の部屋にも
荒らされた後がなくテイラーが唯一進入出来た、この部屋にも
(他の部屋はカギが掛かっていた為)
水をこぼした形跡もなかった・・。 証拠物件として提出されたのは、
一つの奇妙な古ぼけた木箱であった・・。捜査員達がどうやっても
この箱を開ける事が出来ず、警察の保管庫に今も収まっているという・・。
             −END−

 

執筆・ウルタールさん


化夢宇留仁あとがき

 リレー小説&リレープロット掲示板のオリジナル作品第3弾です。
冒頭で絶望的な状況を描写し、その状況に至る経過を語るというのはクトゥルフ関連作品で散見される手法です。
そこでリレー小説でも面白くなりそうだと試してみたのがこの作品です。
ストレートに終わった分、ラヴクラフト(ダーレス?)らしくなったと思います。

リレー小説メニューへ

Call of Cthulhu