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『アラクノラカン』 (10)
日時: 2005/08/02 02:57
名前: ウルタール

ネットの世界がクトゥルフの世界と繋がっていたら・・?。
こんな題材はどうでしょうか? 異世界から異型の神性達との
やりとりや、もしくは彼らの目的が盗み出せたら・・?
主人公の結末は、いかに・・!?
メンテ
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Re: 『アラクノラカン』 (1/10) ( No.1 )
日時: 2005/08/24 22:50
名前: ウルタール

私の名は、糸河 百鬼(いとかわ なきり)・・。
今は、一応小説で生計を経てている・・。
 
 最近、やたらとタバコと酒の量が増えた気がする・・。
これではイケないと思うのだが、2年前に亡くなった妻の死に
未だに直視出来ないでいる・・。我ながら情けないとは思うのだが、
妻の存在は私にとって特別であり、また唯一私を心から理解してくれた人物でもあった・・。
しがない小説家として、細々と執筆活動を続けて来たのだが、
ココ最近、【妻の死の直前】を夢で見る様になり、
日々いたたまれない気持ちになり、肝心の次の小説のテーマも
まだ浮かばないままだ・・。なので題材を求めるべく何気なしに
ネットをチラチラと眺めている次第だ・・。
どれもピンと来るサイトは見つからず、目の前に映し出される画面を
何の気なしにただ眺めているばかりだ・・。
しかし、ほどなくして私は奇妙なサイトを見つけてしまう・・。
 サイト名は【アラクノラカン】というちょっと意味深なタイトルの個人サイトであった・・。
そこは、異世界へ直接つながっている不可思議なサイトであった・・。
勿論、私は冗談半分に受け止めてそんな物は、信じていない・・。
どこかの誰かが【ファンタジー系】サイトを立ち上げただけだと思っている・・。
 しかし、そのサイトに書かれている膨大な神話、有史以前の地球の記録、異種族たちの歴史など、
今まで見た事も聞いた事も無い様な単語や逸話ばかりが事細かに記載されてあった・・。
そして驚くべき事は人類への監視や興味、警戒などのレポートであった・・。
 私は、わずかながら興奮してサイト内を巡回しまくっていた・・。
ふと時計に目をやると夜の11時を少し回っていた・・。
メンテ
Re: 『アラクノラカン』 (2/10) ( No.2 )
日時: 2005/08/26 12:12
名前: マッドハッター

「そろそろ休むことにしようか・・・」
明日早くに担当編集者との連載打ち合わせがあることを思いだした私は、そんな言葉をぽつりと口に出してつぶやいていた。
一人暮らしを初めて二年、増えたのはタバコと酒の量だけではなかった。
独り言を口にすることが多くなった。誰が言葉を返してくれるわけでもないのに。
反射的に唇が照れ隠しの笑みを形作る。が、これとて誰が見ているわけでもない。習慣から来る反射的行動。
人間というものは一人のときであろうと社会的な習慣に縛られて行動する生物、という事であろうか?
集団の中にいる事を想像しながら生きている奇妙な生き物、人間。
おそらく群れからはぐれた猿は独り言をつぶやいたり、照れ笑いをすることなどないであろう・・・いや、今度じっくりと調べてみるのも面白いかもしれない。

ブラウザを閉じようとしてブックマークを登録していないことに気付いた。いったん【アラクノラカン】のトップページに戻りブックマークを追加する。明日の夜にでもまたゆっくりと見てみることにしよう。
と、先ほどページを開いたときには存在していなかったコンテンツが一つ、新たにアップされていた。
「神話」「有史以前の地球の記録」「異種族たちの歴史」等と並んだメニューの一番最後に、
【アラクノラカン】NEW!
という項目が増えている。私がサイトを閲覧していたここ1時間ばかりの間に新規にアップされたのだろう。
私は苦笑した。ひとりぼっちの家の中に、ネットとパソコンを通じて「生きた人間」の存在を感じることが出来たからだった。
「サイト名と同じコンテンツとはどういうことなんでしょうね?」
再び独り言。
すぐにページを開いてみたい衝動にかられたが、まずはシャワーを浴びることにした。着替えをすませ、ウィスキーの瓶とグラスを手に書斎−とはいえ4畳半ほどのささやかなものである−に戻った。山積みになっている資料の谷間に、4年前購入したデスクトップパソコンが窮屈に押し込まれている。
「文秋文芸大賞」を受賞し、やっと小説家としての道が開けたばかりの私に、妻が実家から借金をして買ってくれたものだった。今では機能的に少々物足りなくなってきていたが、キーボードも使い慣れており執筆活動に使用するには問題ない。いずれにしろ思い出深いこの品を手放すことは考えられなかった。

開いたままになっていた【アラクノラカン】のトップページメニューから新着コンテンツ【アラクノラカン】をクリックする。
数秒の間をおいてページが表示された。いや、されたはずだった。
黒いページ。ただそれだけがディスプレイに表示されている。
接続のエラーだろうか?とトップページに戻ってもう一度【アラクノラカン】をクリックしてみる。同じだ。
私はホームページ作成に関してそれほど知識を有している訳ではないが、見当はついた。
サイトの運営者がアップさせるファイルを間違えたのだ。多分。おそらく編集途中の別のファイルをリンクさせてしまったのだろう。
隙のない巧妙な文章、奔放なイマジネーション、丁寧に作り込まれたデザイン。どれをとっても玄人はだしの出来映えのサイトである。が、やはり人間のやることだ。ミスもある。私は奇妙な安堵感を覚えていた。
タバコ一本分、ダブルで注いだウィスキー一杯分の時間を過ごしてから更新ボタンをクリックしてみた。やはり黒いページのままだ。時間は12時を少し回っている。どうやら更新ミスに気づかずにサイト運営者は床についてしまったらしい。
私はトップページに戻るとサイト管理人へのメールフォームを開いた。
見も知らぬ人間がサイトのミスを指摘するなど、いらぬお節介かもしれない。しかしこれだけ完成されたサイトに一つだけ存在する些細な傷は、稚拙で未完成なサイトのそれよりもはるかに深刻である。特にサイトの制作者にとってはそうであろう。
発表後に自分の作品のミスを発見するというのは制作者としてつらいことだ。私も物書きのはしくれとして、そのような思いを何度か味わったことがある。修正できるものならば出来るだけ早く修正したいものなのだ。
サイトの簡単な感想を述べ、【アラクノラカン】という言葉の意味を質問してみる、それに併せて新規コンテンツのミスにも控えめに触れておく。運営者はハンドルネームを明らかにしていないが、一応の礼儀としてハンドルネームの署名をしておく。私のハンドルネームは「ナリ」である。
それがすむとパソコンの電源を落とし、寝室へと向かった。

翌日、少し寝坊をした私は10分ばかり文秋社の担当編集者、井沢君を待たせてしまった。
待ち合わせ場所の新宿の喫茶店に慌てて駆け込む。
「おはようございます、糸河先生」
二十代半ば、身長180センチメートルを越える長身の井沢君は笑顔で私を迎えてくれた。明るく人好きのする性格で、話題も豊富な彼は一緒にいて飽きない相手である。担当編集者の内では誰よりも私のお気に入りだった。
「週刊文芸文秋」の連載、今回は紀行文の依頼である。ここ2年ばかり小説執筆活動を事実上中断している私にとって、紀行文という新ジャンルの仕事はある意味挑戦であり、またリラックスして取り組むことのできる仕事でもある。小説で息詰まっている私に対しての、編集長相川氏の配慮だったのかもしれない。
第一回目の取材先をいくつかの候補地から一つに絞る。屋久島と決まった。
一週間ばかりの宿泊となるが、打ち合わせの為現地で書き上げた原稿を随時送って欲しいとのことである。
大量の原稿用紙をFAXでやりとりをするのは厄介だ。また、最近では原稿用紙に万年筆で向かうよりも、キーボードを使う方になれてしまっている。借りられるノートパソコンが文秋社にあるかどうかという話にもなったが、自前でノートパソコンを新たに購入することにした。
「『文芸文秋』の経費で落とせるかどうか編集長に確認してみましょうか?」
と、申し訳なさそうに井沢君が頭をかいている。
「いや、相川氏にこれ以上迷惑はかけられないよ。自宅のパソコンも随分長く使っているしね、そろそろ新しいのが欲しかったところなんだ」
「そういっていただけると助かりますよ」
私はコーヒーを一口すすると、井沢君に片目をつぶって見せた。
「それにね、『文秋』さんに買って貰ったパソコンで他社の原稿を書くわけにもいかないでしょう」
「そりゃそうですね」
ひとしきり笑った後、善は急げ、ということになり二人で近くの家電量販店へと向かった。
井沢君が一緒に来てくれたおかげで助かった。私一人なら何を買っていいのやらと、一日途方に暮れていた事だろう。ノートパソコンとその他必要な物を井沢君が見繕ってくれた。
支払いをクレジットカードで済ませ店の外に出てから、気にかかっていたことを質問してみた。
「メーカー品より随分安かったみたいだけど、これ大丈夫なの?」
「ええ、あのショップで組み立てて売ってるから安いんですよ。有名メーカーのパソコンはごてごてプレインストールのソフトがついてるばかりで使いづらいだけです」
どうやらそういうものらしい。
各種の設定や、辞書登録の移行など面倒な作業は全て井沢君がやってくれるという。
私達は昼食を済ませ、タクシーで私のマンションへと向かった。
メンテ
『アラクノラカン』 (3/10) ( No.3 )
日時: 2006/08/04 23:24
名前: 化夢宇留仁

 伊沢君は見とれてしまうほどテキパキとパソコンの設定を進めていった。
「オーエスノインストール」や「プロバイダートノセツゾク」「ブックマーク、アドレス帳ノカキダシトヨミコミ」など、私には意味は分かってもどうやるのか皆目見当もつかないことを手際よく行う様は、一種の魔法を見ているようだった。
「見事な手際だね。そういう仕事の方が向いてたんじゃないのかい?」
私がそう言うと、伊沢君は照れくさそうに、また少し自慢げに頭を掻いた。
「最近は今まで手書き専門だった先生もパソコンに手を出される方が増えてまして、だいたいそういう時のセッティングは編集者がやることになるんですよ。おかげでうちでこの辺の設定が出来ないのは編集長だけですよ。」
 なるほど。確かに私の大先輩にあたる作家でも、最近パソコンを始めたのが多い。みんな編集者にお世話になっているわけだ。
「でも糸河先生は最初からパソコンを使われてましたね。こっちのデスクトップの設定は・・・」
そこまで言って、伊沢君は顔をこわばらせ、言葉に詰まった。
相変わらず頭の回転が速いが、今回は見当違いだ。
「いやいや、あいつがやってたわけじゃないよ。それにそんなに気を使わなくてもいい。」
「あ、いや、すみません。」
「いいよいいよ。気にしないでいい。こっちの設定は買った店の業者がやってくれたんだよ。」
「そうでしたか。ほんとすみません。どうも余計な気を回してしまう癖があるようで。」
「いやいや、実際色々気を回してもらって助かってるよ。そうじゃないと偏屈の作家から原稿を取ってくるような仕事は出来ないんだろうね。」
実際彼は、歳の割には実に気が利いて、場合によっては人の心が読めるんじゃないかと思うこともあった。

 伊沢君が小さなスティックのような物を、キーボードの横の穴に差し込み、マイコンピュータにアイコンが出たのを確認して、うんうんとうなずいた。
「なにかねそれは?」
「これはUSBメモリーと言いましてね。こうやって差し込むだけで使える記憶装置なんですよ。この小さいのに256メガの容量があります。」
「256メガ?すごいね。フロッピィにしたら・・・」
「ざっと160枚分ですかね。とにかく手軽だし、持ってて絶対損は無いんで、ついでに買っといたんですよ。最近はめっきりフロッピィは使われなくなりましたし。」
 つまりこれは、私に古いパソコンの古い規格はそろそろ使うのを控えるようにと言う遠回しのメッセージだろう。言われてみれば、さっき店で見たパソコンのほとんどがフロッピィディスクドライブらしい穴が見あたらなかった。今までも私からフロッピィで原稿を渡されて、読み込むのに苦労していたのかも知れない。
勿論あのパソコンを手放す気にはならないが、こんなに手軽に大容量のデータを持ち歩けるのだし、なにより彼が持っていて損は無いと言うのだから尊重すべきだろう。
「相変わらず頼りになるね。これなら屋久島で未発見の猛獣に襲われても遺言は残せそうだ。」
「その時は文秋社宛でお願いしますよ。」
商魂もたくましい。

 インターネットの接続で、家の電話回線を使う場合と、ホテルの回線を使う場合の方法の違いを教えてもらっていたところで、なんとはなしに一番最後にブックマークに登録した「アラクノラカン」ホームページが表示された。
「あ、失礼。」そう言ってすぐ消そうとする伊沢君の肩を「待てっ」と言って掴んでしまったのは、昨夜と様子が違っていたからだった。
彼が不審な視線を送っているのは分かったが、なぜかその時はホームページの内容の方が気にかかった。
そこには昨夜はあった「神話」「有史以前の地球の記録」「異種族たちの歴史」等のメニューは無く、追加された筈の「アラクノラカン」項目も無くなっていた。
あるのは英文の論文じみた文章で、それはいわゆる蜘蛛恐怖症「アラクノフォビア」に関してのもののようだった。
ウィンドウのタイトルもいつの間にか変わっており、英文で「蜘蛛恐怖症について」とある。
ページ内のホームボタンをクリックすると、精神病理学者の個人ホームページらしきトップページが表示された。蜘蛛恐怖症はいくつもある恐怖症項目の一つだった。
「どうしました?なにか興味深い新説でも載ってるんですか?」
伊沢君の声に、現実に引き戻された。
「いや・・・昨夜見た時と内容が変わってるんだ。おかしいな。寝ぼけて操作を誤ったのかな。」
「いくら寝ぼけてもまったく違うページをブックマークしたりはしないと思いますが・・・あ、ウィンドウがたくさん開いていたら分からないですね。」
「いや、それも違うと思うんだが・・・」
そこまで言って、昨夜「アラクノラカン」ホームページを見たこと、その内容が興味深かったことを、彼に説明しても時間ばかりかかって利益が無さそうだと言うことに気付いた。
そもそも彼は仕事でここにいるのだ。無意味な長話に付き合わせることもない。
「もしかしたら作者が内容を変えただけかも知れない。まあ今は関係のないことだ。それより丁度いいからこのままネットで屋久島でチェックすべき場所を探そう。」
「分かりました。そうですね。とりあえずは観光案内でも覗いてみますか。」
 そうしていくつかの屋久島に関するホームページを見た後、更に買ってきてあった書籍をチェックし、旅程の骨組みを作りおえたところでお開きになった。
もっとゆっくりしていけと引き留めたが、伊沢君はこれから編集長に報告しないといけないということだった。

 すっかり日が暮れた寂しい田舎道に彼を送り出したところで、ふと思いついて訪ねてみた。
「伊沢君。真っ黒でなにも表示しないホームページって、どう思うかね?」
一瞬怪訝な表情をしたが、作家の気まぐれには慣れているのだろう。すぐに真面目に考える顔になった。
「真っ黒でなにも表示しない・・・それはおかしいですね。なにもなければエラー表示が出るはずです。そこには真っ黒なページがわざわざ作って置いてあるんですよ。」
「わざわざ作って置いてある・・・。」
「そうです。全部選択してみるか、HTMLソースを覗いてみたらなにかあるかもしれないですね。よければ見てみましょうか?」
「いやいや、そんなことで君の手を煩わすわけにはいかないよ。後で試してみよう。全部選択か、HTMLソースだね。」
「ええ。黒い背景に黒い文字でなにか書いてあるなら、全部選択すれば見えるようになるはずです。それでダメならHTMLソースですね。HTMLで分からないことがあったら聞いてくれれば調べますよ。」
まったく頼りになる男である。
メンテ
Re: 『アラクノラカン』 (4/10) ( No.4 )
日時: 2009/09/07 22:38
名前: マッドハッター

部屋に戻った私は冷蔵庫の中を引っかき回し、簡単な夕食を摂った。一人暮らしも二年ともなると自炊もそれなりに板についてくる。
食器の後片付けをし、シャワーを浴びる。缶ビールを片手に書斎に戻ったときには午後9時を少し過ぎていた。
買ってきた新品のノートパソコンとその説明書、付属品、購入してきた資料等があふれかえり、デスクの上はひどい有様だった。屋久島での旅程をもう少し詰めておこうかと思ったのだが、たちまちやる気が失せてしまう。
パソコンデスクに向かうと、とりあえずメールチェックをすることにした。プルトップを開く。最初の一口目が胃の腑に流れ込んでくる頃には、いくつかの電子メールもまた受信ボックスに収まっている。その殆どは広告メールである。不必要なメールを次々削除していくと一通のメールが残った。仕事仲間からのメール。
少しばかりがっかりしている自分に気がつき、驚いてしまう。どうやら無意識のうちに「アラクノラカン」管理人からの返信メールが来ていないかと期待していたようだ。

そのメールは海野祥子からのものだった。
海野祥子は二十代後半の翻訳家だ。相川氏の紹介で英文資料の翻訳を依頼したことが縁で知り合った。父親が外務省勤務の彼女は生まれた時から日本と海外を行ったり来たりの生活をしていたようで、いわゆる帰国子女。父親は現在海外赴任中で、彼女は東京で一人暮らしをしている。
仕事の打ち合わせでうちに立ち寄った海野祥子は、妻とすぐに意気投合した。どちらかというと内向的で人付き合いの苦手な妻とは対照的に、社交的で誰に対しても物怖じしない彼女。お互いの性格の相違が二人にとって新鮮だったのかもしれない。
彼女はやがて仕事の用向きがなくともうちに頻繁に出入りするようになった。
妻は10歳近く年下の彼女に料理や裁縫を教え、彼女は海外生活での様々な体験を妻に物語った。熱心に彼女の話に耳を傾けくすくすと笑い声を上げていた妻の姿が目に浮かび、私は胸に鋭い痛みを感じた。
葬儀の日のことが思い出される。海野祥子は黒のワンピース姿で葬儀場に現れたが、その時は既に瞳一杯の涙を溢れんばかりにしていた。焼香を終え喪主である私に振り向いたとき、彼女は突然その場で泣き崩れた。
私や妻の両親以上に妻の死を悼んでくれた人物がいたとすれば、それは彼女かもしれなかった。
妻の死後も、彼女は度々うちに立ち寄ってくれた。
一人暮らしで不便をしている私を気遣っての事だったと思う。また心配もしてくれていたようだ。妻を失ったばかりの私の悲嘆ぶりは彼女に負けず劣らずだったから。そして彼女もまた妻という友人を失って寂しかったのだと思う。
彼女は掃除や妻が育てていた観葉植物の手入れを手伝ってくれた。そしてその度に妻譲りのその料理の腕を揮ってくれたのだった。
あの日までは。
あの日は…いや、あの日のことを思い出すのはよそう。
あの日以来、私達は仕事で顔を会わせるだけの関係に戻っている。あれ以来、私も彼女もあの日の事には一言も触れることはなかった。言葉にして約束したわけではない。だがこれは私と彼女との暗黙の約束事だった。言葉にすれば妻と友人を裏切ってしまった悔恨の念に打ちのめされてしまうから。お互いに。
何を言っても言い訳になってしまう。勿論彼女が悪かったわけではない。そしておそらく私も。ただ…
私は深い罪悪感に見舞われ、また一本、胸にナイフが突き刺さる傷みを感じた。
…もう考えるはやめるんだ!

二本目の缶ビールが空になり、少し落ち着いた気分になった。
本当に最近、やたらとタバコと酒の量が増えた気がする。
三本目に取りかかりながら、改めて海野祥子のメールを開いてみる。
開く前からメールの内容はわかっていた。先日田舎から送られてきた大量の夏みかん。その処分に困った私は、それを文秋社の編集部に持ち込んだのだ。編集部で定期的に翻訳の仕事をしている彼女にも、その時ことづけておいたのだった。そのお礼のメールだろう。
果たしてその通りだった。
堅苦しい調子でもなく、かといって馴れ馴れしくもない。普段通りの彼女の文章を久しぶりに読んで、私は安堵した。元気にしているようだ。
最後の一行に予想外の事が書かれていた。私が屋久島に行っている間、観葉植物の鉢を預かりましょうか?という申し出だった。
鉢植えの事など全く念頭に無かった私はいささか恥じ入ってしまった。妻が我が子のように育てていた鉢植え。二、三日に一回水をやり日光に当ててやる。その程度の世話しかしていないが、いつも葉は青々としている。しかしこれからが夏も本番というこの時期、一週間も密閉した室内に放置しておいて大丈夫だろうか?
しばらく考えた後、返信メールを送った。彼女の申し出を快く受けることにしたのだ。明日なら一日中家にいることが出来る。時間は彼女の都合に合わせることにした。
すぐに返信が来た。どうやら彼女も自宅のパソコンの前にいるらしい。明日の夕方5時に車で引き取りに来るということになった。
彼女と会う約束をしてしまったのは、多分にアルコールの効用だったと思う。すぐに私の心の中に後悔というしこりが凝り固まった。
あの日以来彼女がうちに来たことはない。少しは気持ちの整理がついたのかもしれない。彼女にとっては良いことだった。
私自身は未だ少し複雑な心境である。まだ個人的な用件で彼女と一対一で相対する勇気がなかった。彼女には申し訳ないが明日は玄関先で鉢植えを渡すだけにしよう。そうしよう。
再度の確認とお礼のメールを送ろうとした時、ふと思いつくことがあった。
私はブラウザを開き、「アラクノラカン」のブックマークをクリックしてみた。
…昨夜見たとおりのサイトが表示された!
やはり私の勘違いやミスではなかったのだ。
何故昼間別のページが表示されたのか?理由は見当もつかない。やはり管理者がページの内容を書き換えているのだろうか?何故?
私はサイトのURLをコピーすると海野祥子へのメールの最後にペーストした。
「とても興味深いサイトなので良かったら感想を聞かせて下さい。あと『アラクノラカン』という言葉の意味について何か心当たりがあれば教えてもらえないでしょうか?」
と書き加えてメールを送信した。語学に堪能な彼女なら何か思い当たる事が有るかもしれないと思ったのだった。

時計を見ると既に11時を回っていた。飲み物をウィスキーに切り替え、「アラクノラカン」サイトの「アラクノラカン」コンテンツへのリンクをクリックしてみる。
…黒いページ。相変わらずの黒いページが表示された。
サイト管理者は私のメールを読んでいないのかもしれない、とその時ふと思った。
仮に読んでいたとしても修正する時間がなかったのか?しかし管理者は昼間には違うページと差し換えている?訳がわからない。
いや、それとも井沢君の言うとおり、「黒いページ」がわざわざ置いてあるのだとしたら…
私はブラウザの編集メニューから「全てを選択」してみた。

ディスプレイ上に文字列が選択され、色の反転した文章が浮かび上がった!
井沢君の言ったとおりだった。黒いページに黒い文字で書かれたコンテンツだったのだ。
ミステリ小説の謎を解いたような満足感があった。…もっとも謎を解いたのは井沢君なのだが。

文章はページの真ん中あたりから突然に始まっていた。それはとても…とても奇妙な文章だった。

『 ミラレテイル
ミツメラレテ
ナニ?
ナニガ ナニヲ?
ナニカガ
ワタシヲ。

ワタシ。

ワタシ ト
ワタシデナイ ナニカ。
ナニ?



カタリカケテ キタノ?
ミツメテイタモノ?
ムズカシイ コトバ
ソウ コトバ。
コレハ コトバ。

<ナリ>
ワタシニ カタリカケルナニカ
<ナリ>
アナタデスカ?

<ナリ><ナリ>
<ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ><ナリ>

イマセンカ?
イッテシマッタ?


マタヒトリ
ヒトリボッチ。
ワタシハナニ?
ドコ? ココハドコ?
オシエテクダサイ

ココハ
ワタシダケ
ワタシイガイ
ナニモ アリマセン

ワタシハ
サミシイ

サミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイサミシイ

<ナリ> コタエテクダサイ
モウイチド コトバヲ キカセテ』
メンテ

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