航海日誌番外編10
このまま伏せていても、どうしようもない。
かと言って立ち上がれば、銃撃の餌食になる。
敵の暗視装置が未熟で、狙い撃ちにされないのだけが救いだ。
「こっちだ!」
ジャイディが大声を上げ、ポケットライトを点灯させた。
ジュリエッタの方に集中している射撃を、引き付けるためだった。
チャンスはそれだけで十分だった。
ジュリエッタは銃撃が途絶えた一瞬の隙を見逃さず、立ち上がって拳銃を構えた。
拳銃は10メートルも離れれば命中させることが難しくなる、小火器の中で最も扱いが難しい武器だ。
しかし、そんな習熟の困難さとは反対に、軍隊では護身用の非常武器とみなされているため、実戦的な拳銃の射撃訓練はほとんど行なわれていない。
普通の兵士ならば、こんなジャングルで夜間に20メートルの距離にいる敵を倒すには、7,8発は撃ちまくらなければならないだろう。
だが、ジュリエッタは毎日500発以上の撃ち込み訓練をし、50メートルの距離で全弾命中させる、マスタートレーナークラスの技術を持っていた。
しかも、使用している拳銃も部品一つから徹底的に吟味して改造した、完全なカスタム拳銃だった。弾薬は発射速度が遅く、弾頭の重い人体抑止力のあるものを選んでいる。
立て続けに5発、それだけで5人の敵を排除した。
そこに、ゲイルが突っ込んだ。
敵の隊列に割り込み、SMGを乱射する。
ジュリエッタもそれを援護するように拳銃を撃ち続けた。
弾倉が空になった時、敵は逃げ出していた。
ジャイディがジュリエッタに駆け寄り、肩を貸した。ゲイルが威嚇射撃を続けながら背後を守る。
「敵はすぐ戻ってくるぞ。私は置いて逃げろ」
ジュリエッタの命令に、ジャイディは首をすくめて聞こえない振りをした。
「このバカ・・・」
手を振り解こうとしたジュリエッタを担ぎ上げ、ジャイディは川へと走り出した。
ジャイディを敵の銃弾がかすめた。
川面に銃撃の水柱が次々と立つ。
ゲイルが発煙筒で煙幕を張る。
その向こうから次々と銃弾が送り込まれてくる。
川に入ってから、ジャイディの動きが極端に鈍くなった。
「下ろせ、私は置いて行け」
ジュリエッタが再び言う。
「ヴァルグル人てのは、一度忠誠を誓ったリーダーや群れは絶対に裏切らないし、見捨てもしないんです」
ジャイディは余計に力を込めてジュリエッタを担ぎ直した。
背後では、ゲイルが応戦を続け、対岸からはチーム全員が援護射撃を行なっていた。
「このバカ共・・・」
その時、ジュリエッタの通信機に音声が入った。
「アクモラ空軍のワ・チャロ中尉です。川岸に戦火を確認。攻撃の誘導をお願いします」
まさに天佑に思えた。
「西側が敵だ。東は味方、川の中程にも味方3人。繰り返す、川の西側は敵、ジャングルの中にもいる」
「了解」
周囲にジェットエンジンの爆音が轟き始めた。
全長18.4メートル、翼長13.1メートル。
重量約30トン。
最高速度マッハ1.7、航続範囲3200km。
20mmバルカン砲1門搭載、最大兵装搭載量7トン。
赤外線暗視装置と自動火器管制システムを装備。
オモチャにも等しいスペックだが、この星では最新鋭の部類に入る戦闘攻撃機だった。
「攻撃を開始します」
敵の陣取っていたジャングルに大きな火球がいくつも発生した。
空気がビリビリと振動する。
こんな旧式機でも、さすがに火薬式火器しか装備していない歩兵に対しては、無敵に近い威力を発揮している。
川岸にもバルカン砲の斉射が加えられ、敵はバタバタと倒れていった。
川面を激しく波立たせ、救援のヘリが降りてこようとしていた。
基地のあった辺りにも別の攻撃機が攻撃を加えたらしく、火災が起きて夜空を赤く染めていた。
こうして、ジュリエッタ達はジャングルから生還した。