美女と野獣探訪記15

 結局、遺跡には4日間滞在した。
 親切だったフォークトン博士やスタッフと涙のお別れをすると、僕達はショルプス高原に向かい、昆虫を採取しまくった。
 それから、シャイワン族の部落で民話を採集した。
 シャイワン族は第二帝国時代にこの星に殖民した人々の子孫で、帝国崩壊後の暗黒時代に独自の自然崇拝文化を育んだ人々だ。
 第三帝国による再接触の後も森の奥に住み、自分たちの生活スタイルを守り続けている。
 現在、シャイワン族の習俗は文化人類学的見地から、かなり注目を浴びている。
 文化人類学は、人間というものをその文化に注目することで考えてみようという学問だ。
 人々がその暮らす状況に応じて見せる暮らし方、考え方の特徴が文化だ。
 そこには、衣、食、住という生活のもっとも基本となるもののあり方から、仕事や生計の立て方、家族や村や町といった社会のあり方、さらに信仰や芸術といった領域までが含まれ、しかも銀河中に暮らす人々がその対象となる。
 こうした広い領域にわたる人間の文化のあり方を考えるのに、文化人類学では特定の場所でフィールドワーク(現地調査)をおこなって得た資料をもとにするのが一般 的だ。
 この調査は、生活習慣の異なる場所で、しばしば数ヶ月から数年にわたる長い時間をかけて行なわれるもので、文化人類学という学問の基礎をなすものである。
 だから、僕達の4〜5日滞在して話を聞き、記録映像を撮って回るだけ、というような博物学的な短期間の形式的なだけの調査は本来は邪道なのだが、そこは次々と星を飛び回り続けるという僕達の旅の性質上仕方ない。
 シャイワン族はとても友好的で、色々なご馳走や歌と踊りで僕達を歓待してくれた。
 どうやら、マスターの差し入れた永久ライターとセラミックナイフの効能らしかった。
 そんなこんなで、僕らは賓客として彼等から色々な知識を吸収することができた。
 こうして、僕達は有意義な成果を納めながら、フォーボールドンの中央大陸を横断していったのだった。


 
 帝国暦1111年060日。
 濃霧に覆われた、大陸最西端の岬にマスターと僕は立っていた。
 空気は刺すように冷たく、目の前に広がる鈍い色の海には、無数の流氷が浮いている。
 背後で東の地平線に沈んでいく、血のように赤い太陽が世界を不気味に彩っていた。
 世界の終末のような光景だった。
「綺麗ね」
 マスターが呟いた。
 僕が驚いてマスターのほうを見ると、マスターは優しく微笑んだ。
「どうしようもない過酷さも含めて、全て美しい自然よ」
 そう言って、マスターは僕の頭を撫でた。
「暗くならないうちに戻りましょう」
 僕は頷き、とりあえずその風景を数枚撮影してからエア・ラフトに戻った。
 帰り道は高空を飛行して真っ直ぐ宇宙港に向かったので、あまり時間はかからなかった。

 ここ2週間半でたどってきた道を、S−600改はたった8時間で駆け抜け、真夜中の宇宙港に滑り込んだ。
「何よこれ」
 マスターが不機嫌そうに言った。
 フォーボールドン宇宙港は、僕達がやってきた時とは全く違って、戦争中の軍港かのように混雑し、活気に満ちていた。
 その言葉を待っていたかのように、宇宙港のスタッフが声をかけてきた。
「これは本日、ジェンゲから惑星開発公社の輸送物資を載せた船が多数到着しまして・・・それでですね、お客様方が今日お帰りになられるとは思いませんでしたので・・・」
 大体、何を言いたいのかは予測がつく。
「申し訳ありませんが、お客様方のホテルは、すぐに用意するというわけにはいかないのですが・・・」
 要するに、自分達の船の中で寝ろ、ということだ。
 マスターは肩をすくめた。
「そうね、宇宙船内のほうがまだ寝易いかもしれないわね」
 外では、ひっきりなしに離発着や貨物の積み出し作業が続いていてうるさかった。
「チューリ、あんたさっきナビシートで大口開けて寝てたわよね?」
「は、はい」
「じゃあ、少しは疲れが取れてるでしょ? あたしはもう寝るから、船までおぶって連れていきなさい」
 そう勝手に言うと、マスターはぼくの背中に飛び乗って、すぐさま寝息を立て始めた。僕は周囲の視線に晒されつつ、船までマスターを背負っていった。
 僕達はこの後、とても壮絶な事件に巻き込まれるのだが、その悲劇の幕開けは、実はこの夜にあったのだ。
 それが、もしこの時に分かっていたら、あの惨劇を未然に防止することができたのでは・・・というのは、神ならぬ 身には傲慢な考えだろうか?
 だが、そんな地表で起きる人々の苦しみや悩みとは無関係に、銀河の星々は夜空を美しく彩 っていた・・・。


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