「美少女いりませんか?」2

 一時間後、リーリヤは釈放されてカスパルの車の助手席に乗っていた。
「僕に感謝するんだな」
 すでに十数回目になるセリフに、リーリヤは「ハイハイ」と投げやりに答えた。
「返事は1回でいいんだ」
「そっちこそ、恩着せがましく何回も言うんじゃねえ!」
「ふん、反省の無い女だ」
 カスパルは両方の鼻にティッシュを詰め、ほとんどギャグのような姿でいる。
「いいか、君は2回も僕を殴ったんだ。なのに僕は寛大にも許した。君はひれ伏して感謝すべきなんだぞ」
「ひれ伏して欲しいのか?」
「君みたいな小娘にひれ伏されたって嬉しくもない」
「だったら言うなよ」
「だから、代わりにカラダで返してもらおうと思っている」
「この外道! スケベ! 乙女の敵!」
「・・・それ、オチが分かって言ってるだろ?」
「・・・まぁな」
「もちろん、僕の言うカラダというのは“労働力”のことだ。アンダースタン!?」
 嫌味なほど力のこもった「アンダースタン!?」の発音にうんざりして、またリーリヤは「ハイハイ」と投げやりに呟いた。

 カスパルの車は1098年式の小型反重力自動車、ベレンガリアM−370だった。
「この車はね、シリア宙域のベレンガリア自動車工業が・・・」
 延々と続くカスパルの薀蓄に、リーリヤは眠りかけていた。
 リーリヤは車なんて動けば何でもいいと思っているクチだ。
 リーリヤが完全に熟睡した所で、車はリーリヤの宇宙船が停泊している宇宙港へと到着した。
 突然、デコピンを食らわされてリーリヤは夢の世界から引き戻された。
「痛っ! あにすんだよ、この野郎!」
「それぐらいなんだ。さっきの君のパンチはもっと痛かったぞ」
「もうちょっとでステーキ食ってた所なんだぞ!?」
「・・・何の話だ?」
「夢だよ、夢! ナイフで切って、もうちょっとで口に入れる所だったんだぞ!」
「お前、どこの星の生まれだよ? 普通、年頃の娘が夢でステーキ食うか?」
「んなの、オレの勝手だろ!? 弁償しろよ、あのステーキ!」
「弁償って、実在しないだろうが!」
「夢でも食ってりゃ味はしたんだよ!」
 と、ステーキの味を想像した途端にリーリヤのお腹が“グー”と鳴った。
「・・・分かった、レストランでおごってやる・・・」
 カスパルは車を港内のレストランへと向けた。

 レストランにつくなり、リーリヤはステーキを2枚注文した。
「うおっ、久しぶりの肉だぜ」
「ふ、お子様だな」
 カスパルは紅茶とシュークリーム2個を注文する。
「シュークリーム?」
「文句あるか? 僕の大好物なんだ」
「どっちがお子様だよ?」
「ステーキ食わせてやらないぞ」
「素敵なご趣味ですね」
「・・・」
 気まずい沈黙が続きそうになったところへ、料理が運ばれてきた。
 リーリヤは「いただきます」と言うなり、肉にかぶりついた。
「ナイフ使えよ」
「うふふぇ、さっひはふぉへでまにあふぁなあったんふぁ」
「もういい、しゃべるな」
 カスパルはリーリヤをしばらく放っておくことにして、目の前にシュークリームに手を伸ばした。
 様々な角度からシュークリームを観察し、色、つや、香りとシェフの仕事をしっかり確認してから、おもむろに口にほおばる。
 目を閉じ、口に広がるめくるめく味の官能に身をゆだね、至福の時に漂う。
 カスパルは、どうやらシュークリームにかなりこだわりがあるようだった。
 リーリヤがガツガツとステーキを貪る間、カイパルは恍惚とした表情でシュークリームを味わい続け、皿が空になると新しいものを注文し、また空になると注文して、を繰り返した。

 リーリヤが思わず聞く。
「お前、それ何個目だ?」
「7個目だ」
「太るぞ」
「ふふ、君は脳が使用するエネルギーの多さを知っているかね?」
「知らねぇよ」
「僕のように常に脳が高速回転しているような人間には、そのエネルギーとなる糖分の補給が欠かせないんだよ」
「ウソくせぇ・・・」
「そういう君こそ、何枚目のステーキだ?」
「4枚目」
「そっちこそ太るぞ」
「発育途上だから大丈夫だよ」
 言ってから、リーリヤはしまったと思った。

「ふふふ・・・発育途上?」
 カスパルがジロジロとリーリヤを見る。
 特に、頭と胸に視線が集中する。
 リーリヤは新体操の選手のような体形をしていて、日頃から背の低さと胸の無さを気にしている。
「何見てんだよ!?」
「別に・・・君が大食いなのはいいとして、そのエネルギーはどこに行ってしまっているんだろうね?」
 カスパルが嫌味な笑いを浮かべる。
「そのうち、こう・・・ボーンとすごいことになるんだ」
 リーリヤが両手で架空のバストラインを作って見せる。
「無理だな」 
 即答するカスパルの顔に、リーリヤのパンチが・・・今度は当たらなかった。
「そう何度もやられるものか。僕はね、Jrボクシングでチャンピオンになったことがある。しかも、ウェルター級とライトミドル級の二階級制覇だ」
 確かに、そのパンチの見切りと紙一重での回避技術はボクサーのものだった。
リーリヤは舌打ちした。
「だったら、何で前の2発は食らったんだよ?」
「あのなぁ、いきなり初対面の小娘に顔面殴られるなんて思うか? 鉄格子の向こうからパンチが飛んでくると思うか? 警戒してなかったんだよ。不意打ちでなきゃ、素人のパンチなんて当たるものか」
 カスパルは鼻の穴を広げて自慢し、シュークリームをほおばった。
「ん〜、デリシャス!」
「お前、テニスやってたって言ってなかった?」
「テニスもやっていたさ。言った通り星域チャンピオンになったし、プロからも誘いがあったほどだ」
「ふーん」
「それだけじゃないぞ、乗馬で幾つもトロフィーを取ったし、水泳も得意だし、フェンシングもボクシングも敵無しだ。要するにスポーツ万能なんだな」
「一つだけ分かったことがある」
「何だね?」
「全部、個人競技だってこと。要するに、協調性が無いんだな」
「・・・ふん、天才は常に孤独だ」
「性格の問題だろ?」
 二人はにらみ合って、しばらくバチバチと火花を散らしたが、やがてどちらからともなく目の前の料理を片付けることに専念し始めた。

「まあ、散らかってるけど上がってくれよ」
 レストランを出てから、リーリヤはとりあえず、カスパルを自分の宇宙船に招き入れた。
「本当に散らかってるな」
「まあ、そこいらに勝手に座っててくれ」
「・・・クッションもないのか?」
 リーリヤは不平を言うカスパルにクッションを投げつけた。
「今、茶ぐらい入れてやるからよ」
 そう言うと、リーリヤはハッチを手動で開けて、狭い穴の中に降りていった。
「おい、どこ行くんだ?」
 穴を覗きこみ、カスパルが聞く。
「機関室だよ、機関室。これが近道なんだ!」
 リーリヤが答える。
 機関室・・・そこで茶を淹れるのか? そこに給湯台があるのに・・・。
 カスパルが不思議に思いながらも待っていると、船がグググと振動を始めた。
「何だ?」
 船体が小刻みに揺れ、確実に機関はアイドリング状態に入っていた。
 やがて、リーリヤが穴から這い出してくる。
「お待たせ」
 手には何も持っていない。
「お茶は?」
「せっかちだな、これから淹れるんだよ」
 リーリヤは給湯台に走り寄って、鼻歌交じりにお湯を沸かそうとしている。
「・・・一つ聞くが、今は何しに行ってたんだ?」
「はぁ? エンジン点火しに行ってたに決まってるだろ。パワープラントが動いてなきゃ、電気コンロが使えないんだよ」
 予想通りの返答に、カスパルは咳を一つした。
「あのなぁ、君は茶を淹れるのに、いちいち核融合炉に点火するのか?」
「何だよ、そうしなきゃ湯が沸かせないだろ?」
(この小娘・・・一般常識を本当に知らないらしい)
 カスパルは珍獣を見るような目つきをリーリヤに向けるのだった。
 
「僕はノービスに行きたい」
「ノービスに運べば3万Crくれるのか?」
「いいや、そう簡単にそんな大金をやるわけがないだろう。問題はその後だ。学会の日程の都合で、ノービスからリジャイナには、どうしてもジャンプ−3で飛びたいんだ」
「なるほど」
 リーリヤの淹れた紅茶の匂いを、何度もクンクン嗅ぐ用心深いカスパル。
「毒なんて入ってねぇよ」
「この紅茶自体が毒かもしれないだろう?」
「殺すぞ」
「この船はジャンプ−3で飛べるそうだな?」
「ん? ああ、大丈夫だ」
 カスパルはやっと紅茶を飲んだ。しかし、それも一口だけ。口の中で転がして、危険がないかよく確かめている。
「ノービス、リジャイナと運んでくれれば1万Crをやろう」
「3万Crじゃなかったのかよ!」
「君は僕を殴っただろう?」
「そ、それは・・・」
「よし、ならこうしよう」
 カスパルはズズズッと紅茶を飲み干した。
「ノービスで、僕の言う仕事をしたまえ。それで2万Crだ」
「仕事って何だよ?」
「これは、君のワイルドさを見込んで言うんだが、ツリー・クラーケンを捕まえてもらいたい」
「ツリー・クラーケン? そんなもん、自分一人で捕まえればいいじゃん」
「いや、その・・・僕は他にも見たい生物もいるし、捕獲の様子の撮影もしなければ・・・」
「要するに・・・自分でやるのは怖いんだな?」
 そう意地悪を言いながらも、リーリヤはそれぐらいで1万Crなら、とやる気を出し始めていた。


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