ソードワールズ宙域にあるソードワールズ連合は、1星域を超える領土を支配する。
グラムメインポリスは、中央に連合議事堂が威厳高く建っており、そこから放射線状に延びている8本の幹線エアラフト軌道が整然と走っている。
その周囲に幾つもの高層の連合政府関連設備、各星系関連設備が建ち並んでおり、恒星間国家の強大さを物語るには充分である。
 
 各星系の人口に比例した代議員数で構成された連合議会の1院制で政策が決定される機構である。
連合加盟によって、防衛上の庇護や貿易上の免税や優先取引、大型専用船による供給といった大きな利点が数多くある。また代議員を必ず送り込める為に、
連合全体への参画もでき、帝国の1領土では、単なる辺境の寂れた扱いをされるだろう星系でも、発言力を有する事が出来るのも魅力ではある。
 長い歴史の中で、帝国(とは言っても、スピンワードマーチの辺境領土の星域星系を治める公爵や侯爵、伯爵達が相手ではあるが、)とあらゆる点で摩擦と融和を繰り返し、
時には大きく衝突して、現在に至っている。
 
 敵の敵は味方という論理で、ソードワールズ連合は、ゾダーン連邦と友好外交を展開し続けている歴史も持つ。
帝国に次ぐ強大な国力と緩やかではあるが、中央集権制の色濃い連邦は、ソードワールズ連合に対して、技術供給、経済支援、物資支援、軍事支援といった、多くの物を与える
強力な友好国であった。
 
 すぐ隣の星域には、帝国と友好関係にあるダリアン連合がある。
彼らは在りし日の小さな帝国の末裔であり、今なお、高い技術力を保有しているが、ある社会学者の研究によると、人口や産業、全ての点で老齢期であり、
専守防衛を謳い文句として、多くの国家に於いてありがちな膨張政策を一切採用する事がここ数百年なかった。
SW連合としては、格好の蹂躙搾取対象でもあり、経済と軍事の両面で常に圧迫を加える相手でもあった。
 
 その様な情勢下にソードワールズ連合議会が本会議場で賑々しく行なわれているのであった。
 「先程のボールディング議員の見解は甚だ遺憾であり、連合全体の結束を弱める、利敵行為と言わざる得ません。」演壇に立ったリッジウェイ代表は議会全体を見渡しながら、力強く言った。
壮年から中年に差し掛かった、代表としては、史上2番目に若いこの連合代表は、グラム出身の議員の中でも取り分け、人気があり、支持率も高かった。
「軍部の方針は、軍部の検討と判断に任せるとして、我々執行部及び議会は、最大限に最善の判断をすべく、支援するのが、その責務でありましょう。
悪戯に異議を唱え、無用な混乱を招くことは、誰の為にもならないことは、賢明な議員方々は良く御理解されていると思いますが。」リッジウェイが柔らかな笑顔を質問台に立つ、サクノス選出の議員に向けた。
ボールディング議員もリッジウェイと同年輩ゆえに常々執行部に対し反対意見を述べ、失点を稼ごうとしていた。対抗心がありありと判るその様は、サクノス政界に於いても些か問題視されてもいた。
「ここに軍部の検討しております内部資料があります。これを読みますと、連合に非友好的な勢力の戦力が報告されております。」ボールディング議員は居並ぶ閣僚を見渡して一息区切った。
「この分析を信じるならば、相手の5倍以上の戦力が常に必要になる、いいですか、これは艦隊も陸上の防衛部隊も、対宙迎撃も全てです。これは国防上の重大な問題です。
ですが、代表は、連合の国防体制は万全であると常々世論に申されましたが、これは実態を理解された上での虚言と理解して宜しいのでしょうか?だとすれば星域住民全体を騙し、国防上の危機に
直面させて、為政者として無策に座しているだけとお認めになるでしょうか?」厳しい口調でボールディング議員が糾弾した。
議長に軽く挙手して発言を求めた代表は、おもむろに演台に立つと、少し笑って見せてから、
「どうやら議員は数学、いや算数が苦手でいらっしゃった模様ですな。」そう言うと、議場の一部が笑い声を上げた。
それを手で軽く制して、続けた。
「その報告書は私も読んでおります。同時に軍令部からの説明を受けております。
確かに単純に個別の兵器性能比を比較した場合には、議員の御指摘の通りです。軍事的常識では、攻撃する側は防衛する側の5倍の戦力を必要とするのは、歴史から見ても明らかであります。
故に万全と申し上げております。また、議員が全く失念されております重大な要因があります。
それは、実際に運営するのは人間、ということです。然るに我が連合の国防を司る将兵は、愛国の意識に燃え、厳しい訓練に耐え、守るべき人々を命懸けで守り切る信念に拠って立っております。
つまりは、地の利、兵の質と高い士気、そして、将軍達の弛まぬ努力に依って、連合の安全は堅牢と言える事は、誰も眼からも明らかでありましょう。
また、国際関係からも我々連合はゾダーン連邦という友好国があり、その強大な戦力は敵対勢力の侵攻意図を挫く事になりましょう。」
代表の演説が終わると議場は大きな拍手に包まれた。
 これでボールディング議員は軍関係者からの票と支持の殆どを失ったと見て良い、執政部を陥れるつもりが、墓穴を自分で掘ったな、
とリッジウェイ代表は拍手に手を上げてにこやかに答えながら思った。
 
 ギニアス大将は統合戦略研究所執務室の机上のボタンを操作して、議場を放映していた3Dテレビジョンを消した。
「で、国民やマスコミの大部分は、参謀本部の報告書と同時に例の教授の論文も机上の空論、と位置付けた、と言う訳だ。」
ギニアス大将は面白そうに言って執務椅子に身を預けた。
 執務室に設けられている豪奢な接客用のソファーに小さく腰掛けて、テーブルの上に所狭しと大量のお菓子を広げて頬張っている年若い女性士官に向けて言った。
「あれで誤魔化せるんなら、連合の教育体制に問題がありますよ。全員初等科から入り直すべきです。」つまらなそうに女性士官、イーデン中尉が答えた。
ギニアス大将は苦笑して、「まあ、皆には危機的状態よりもファンタジーを見てて貰う方が我々は楽が出来て良い。」と言って
「前の統一作戦会議で空間戦力の通商破壊は認められた。また、これならば、遣り様によっては、非戦争状態で相手の体力も削ぐ事が可能だ。
なにせ、帝国内は海賊と自称する連中やらヴァルグルやら無法者も一杯だからな。」とギニアス大将は煙草に火を付けて、紫煙を燻らせてから続けた。
「だが、通商破壊戦は、主力艦は使用不可で軽巡以下を掻き合わせてすると決まった。」
「帝国を刺激しすぎるって言い訳でしたよね。」イーデン中尉がチョコレートを齧ってから付け加えた。
「まあ、通商破壊なんてすればいずれ推測されるのは判るだろうにな。とにかく、こっちの意見は部分的に認められたが。」
「戦略的には何の意味もないですよ。」
「そういうな、あの戦略会議で、玉虫色の、部分的な通商破壊戦と主力艦の建造という戦略研と参謀本部の意見を折衷する結果を軍令部が選択するとは私も思わなかった。」
「戦略うんぬんじゃなくって、海軍工廠が3個、通商破壊専門部局、たしか護衛艦隊でしたっけ?の合計3個のポストが増設ですもんね。あ、後、新造艦設計局の担当課が幾つかなあ。お偉いさんは出世できるチャンスですもんね。」
つまらなそうに、中尉はポップコーンの袋を開けながら言った。
「そりゃあ俸給が上がるのは嬉しいだろう。私だって出来れば上げて欲しい。」
イーデン中尉は急に意地悪そうな表情になって、温和な上官を斜めに見てから、
「そして、元奥様の慰謝料も上がると。国家と軍隊は国民に奉仕する、理想的ですよね。」と微笑した。
「君、そういう事言うから、いつまでも嫁の貰い手がないんだと思うぞ。」慌ててギニアス大将は答えた。
「あ、今のはセクハラです。軍の労組に訴えます。」
「あのなあ、軍に労組はないぞ。あったら大変だろう。戦時にストライキされかねん。」
「じゃあ私が造ります。女性の人権を踏みにじって、幾つも仕事を押し付ける横暴な上官に立ち向かいます。」
「後半部分は承服しかねるな。労働者の中尉殿。むしろ少ないくらいじゃないか?」
「労働者的には、造船特需になるのは確実ですね。サクノスとグラムそれぞれ1つずつ新設工廠を建設なんて、各星系の重工業企業と癒着してるって邪推しちゃいます。」
「言っておくが、株取引したら、商法違反だからな。」
「しませんよう。私は、かっこいいお金持ちの優しい旦那様の処に嫁に行く予定ですから。」
今度はギニアス大将が意地悪そうに
「そんなファンタジーを見ているより、君は現実の仕事をしてくれ。」と言い返した。
 
 モリス海軍大将はソードワールズ連合軍令部長である。
グラム出身の50歳半ばとは思えぬ張りのある声と威厳を兼ね備えた人物である。
その執務室に2人の人物が訪れていた。
「閣下、グラムの衛星軌道上には、造船施設を建設することは確実ですね?」片方の恰幅の良い紳士が汗を拭きながら尋ねた。
「うむ、計画では、20万トン級を同時に建造できる仕様が必要となっているな。」モリス大将は執務机の1枚の極薄電子紙を見ながら言った。
「もちろん入札になりましょうが、その前の入札権の御審議で、私どもグラム経済団体連盟の加盟企業だけに絞って御指定頂ければ、及ばずながら閣下に御協力できることもあろうかと。」
もう一人の長身で対照的に痩せた若い男が付け加えた。
「さあ、それは公平にせねばならんよ。本職の立場だからな。特にサクノス経済機構も報国の志を言って来ている。」モリス大将は男達を見ながら答えて、
「さて、私はこれから会議がある。」と言うと立ち上がってから付け加えた。
「このプリントは今度の工廠の仕様だが、私も見終わったので、普段はシュレッダーに掛けるが、どうも忘れてしまったらしい。そのまま廃棄書類入れに入れてしまう。
私が捨てた物を君達が拾っても、私は知らんよ。」と無表情に言った。
「あ、ありがとうございます。この御礼は閣下に御迷惑にならない形で。」と恰幅の良い方が言うと、
「おやおや、書類を捨てて忘れただけだ。礼を言われる覚えはないな。」とモリス大将は言った。
 
モリス大将は執務室を出て、総務局大会議室に向った。
既に総務局長、艦政本部長が副官達と共に到着していた。
「待たせて済まないな。」モリス大将は各長の敬礼に軽く答礼しながら席についた。
その後に、女性士官が入室して、「お連れしました。」と室内の高官達に伝えた。
続いて第2種海軍装の背の高い男が入室し、見本の様な海軍式の小さな敬礼して、
「フォースター海軍大佐であります。」と挨拶した。
 「御苦労。掛けてくれたまえ、ウィル。」総務局長グリースバック中将が声を掛けた。
「はっ、閣下、御無沙汰しております。」
「君のゾダーン交換留学帰還式以来じゃないかな。御父上は御元気かね?」
「相変わらず、釣りと読書の毎日ですよ。最近は小さな子供達に昔の武勇伝を聞かせてます。」
「ほっ、それは。勇将ダニエル・フォースター武勇伝は拝聴に値するな。」
「いつもの山場のヴィリス攻略戦を繰り返すので、娘は飽きてしまいました。」
小さく笑った後、グリースバック中将は一つ咳払いをして、改めた。
代わりに、軍令部長モリス大将が秘書官から略章と辞令書を手に取って、読み上げた。
「発、連合海軍 総務局長並びに軍令部 本日より、ウィルソン・フォースターを准将に任ずる。
合わせて、護衛艦隊司令官を命じる。以上だ。」秘書官が略章と辞令書を大将から受け取ってフォースターに手渡した。
フォースターは敬礼して、「ウィルソン・フォースター大佐、喜んで拝命致します。」と答えた。
グリースバック中将が「これでまたサクノスの連中とグラムの将官数に差が出るのは仕方がないな。」と艦政本部長オーウェル大将に声を掛けた。
「現在の差はこれで8に広がりました。たぶんあと1,2人昇進させろとウェーバー大将あたりは言ってくるでしょうね。
とサクノス出身の現統合参謀本部長を名指しした。
退席指示が出ない為、大将同士の会話を黙って聞かざる得ないフォースターは、拝命した初めて聞く護衛艦隊についてあれこれと考えていた。
「ああ、准将、附き副官から詳しい説明があるとは思うが、軍令部としても説明する。
貴官の指揮する護衛艦隊の任務は、平時に於いては帝国とダリアンの通商破壊任務だ。艦隊から抽出する軽巡以下の戦闘艦と商船に偽装した仮装襲撃艦全て
が指揮下に入る。君も知っての通り、艦隊は、これから主力艦の増強を計るが、同時に仮想敵のつまり、帝国とダリアンの国力削減を並行して実施する事が
統合戦略会議で議決した。この部分を貴官に一任する。何か質問は?」
「作戦行動範囲と期間はどう御考えでしょうか?」
「範囲は可能な限り、期間は戦時まで無期限だ。戦時に於いては、護衛艦隊は艦隊輸送艦や大型商船の護衛に当ってもらうことになる。」
「承知致しました。粉骨砕身、報国の志を軍に捧げる所存であります。」
「よろしい、では、退席して、副官や参謀と打合せをして、戦力を整備して任務に就け。」モリス大将は重々しく命じた。
 
フォースター准将が退席した後も室内に残った高官達は話を続けた。
「ところで、あの若者でこの難しい任務を遂行できるのかね?下手をすると大規模戦争の引き金にもなりかねん。」艦政本部長オーウェル大将は同僚に尋ねた。
フォースターは、若者と言っても、40代前半であるが、昇進速度は軍の中でも抜きんでている。将官としては、若い部類である。
「仮装襲撃艦ならまず問題ない筈だ。そういう任務専用艦だからな。」モリス大将は革張りの席に沈み込んで言った。
「勇将フォースターの息子は、勇将かという事だな。」グリースバック中将は腕組みして続けて、
「まあ、ゾダーンでの成績とこれまでの派遣軍実績を考えると、今回の人事に異議は少ないだろう、サクノスを除いて。」
モリス大将は同僚達を見渡して、
「これから10年余の来るべき戦争の準備を我々が整えるのだ。連合の興亡は彼の様な次世代に託され、実戦は、我々の想像から形を変えて行なわれるだろう。
ひょっとしたら、彼が連合艦隊司令になる1歩を造ったのかも知れんぞ。」と言うと、愉快そうに笑った。
 
 こうして着々とソードワールズ連合軍の戦争に至る道が開き始めたのであった。
それが、何人の運命を変えるかを知る者は、いなかった。

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