第5次辺境戦争 ルイス大尉の場合


 ゾダーン連邦から一方的な開戦通知を受けて開始された、帝国にとっての第5次辺境戦争は、開戦当初から劣勢に立たされた状態であった。

空間戦闘では、ゾダーン連邦のカテゴリーA(つまりは最新鋭)の大規模艦艇の集中運用により、分散していた帝国は、警備任務に近しい、星域海軍を初め、
頼みの帝国海軍艦隊もまた、各個撃破を強いられ、再集結に苦慮している状況にあった。
 この戦争は詰まる所、大人口高技術の星系を奪い合い、どれだけ手懐けるかが、暗黙のルールである。要するに戦争後にショウダウンして、カードをオープンにした時にどちらの取り分が多いか、それだけのカードゲームである。
 その1枚の為に今、ジェイミー・ルイス帝国海兵隊大尉は、ヴィリス星域ディンジティス星系主星の3番目に大きい都市デロイア・シティを占拠しているゾダーンの諸兵科連合部隊に強襲を掛けるべく、彼の中隊は、南から、他の2個中隊はそれぞれ東と北から進攻する手筈になっている。
 
 (ホ・イトキャッス・よりシンデレラ1へ、馬車は・こか、知・せ。送・。)酷い雑音の中、拾った声を
シンデレラとは、略番がない場合、帝国海軍海兵隊第102機甲師団第1大隊第2中隊、つまりはルイスの指揮する14両の反重力戦車LSP製の最新鋭、TM−42A 10th級の戦車達の指揮車と指揮官のルイスを指していた。
ホワイトキャッスルとは、管制している大隊本部である。
「シンデレラより、ホワイトキャッスルへ、馬車の位置はE3、繰り返すE3、送れ。」乱数で分割されたこの作戦だけに使う地図での位置を送る。
偵察衛星では、ジャミングされていて、全く位置が掴めていないということを意味していた。
 指揮席のスコープの映像にはキラキラと大気中に光る物が大量に舞っている。両軍が散布した対エネルギー兵器用減衰煙幕であった。
隊内無線を全車両モードにする。
「シンデレラリーダーより全シンデレラへ。舞踏会は霧が濃い。開始時間は、マーメイドとラプンツェルとステップを合わせる。以上。」
マーメイドとラプンツェルは他の中隊である。ここまでは手筈通り。ルイスは一人安心していた。
 「大尉殿、あの街にそんな価値あるんですかい?」操舵手のフォックス曹長が車内喉式有線で尋ねて来た。
「あの街自体はあんまり意味がないが、他の5都市、特に対宙高射砲陣地のあるママンへ通じる絶好の場所なんだ。ここを占拠しない側の補給が滞るかもしれないぞ。」
ルイスが答えると、砲手のマルティーニ曹長が、「そうそう、補給がないと、曹長のお楽しみの今月号のディスクが見れないぜ。」と言うと、含み笑いをした。
「それにまずいレーションでもないよりはマシだ。」面白くもなさそうな声でルイスは答えた。
こういう風に兵との対等に近い遣り取りをする為に、ルイスは大尉であるのに、妙に兵から人気があった。
 第2中隊は速度50Km/hで地表すれすれに走行(というか飛行)していた。砂煙が目立たない様に考慮した速度である。
「シンデレラリーダーより全シンデレラへ。ステップを合わせる。」と指示する。熟練のフォックス曹長はホバリング状態にする。速度0である。他の車両も小隊毎に停止した。
攻撃開始位置である。
正面に第1小隊のダイヤ型、左右に2、3小隊のダイヤ型、そのクサビの様な形状の根本部分に3両の中隊本部車両である。
 「シンデレラよりホワイトキャッスルへ、舞踏会場前に馬車あり、鐘を待つ。送れ。」ルイス大尉は、大隊本部へ送った。
つまり、第2中隊が攻撃開始位置に付いたという報告をした。
(ホワイトキャッスルよりシンデレラへ。オーケストラの準備をしている。しばらく待て。送れ。)
「了解、終わり。」ルイス大尉は、切った後に、オーケストラなんて符牒は聞いてないぞと思った。
「シンデレラリーダーより全シンデレラへ。アクセサリーの準備せよ。準備完了次第報告。送れ。」
(シンデレラAよりシンデレラリーダーへ、アクセサリー準備よし。終わり。)第1小隊を始め、3小隊それぞれ完了報告があった。
 
 (ホワイトキャッスルよりシンデレラへ。ダンスの時間だ。5分前カウント開始。送れ。)
「シンデレラより、ホワイトキャッスルへ、5分前、準備よし。送れ。」と言うと、通信回線を中隊にして、
「シンデレラリーダーより全シンデレラへ、アクセサリーを付けろ。」と入れる。
途端に、全車から上空に向けて大量に放射される、と同時に全車両が50Km/hで移動を開始する。
 防御側のゾダーンは、予め設置した探知機や中継器でこちらの位置情報をECM影響下ではあるが、掴んでいるのが強みだ。
優れた指揮官であれば、少ない戦力での対応防御も容易なのは、戦訓の中に枚挙にいとまがない。
攻撃側対防御側が、3対1とか4対1とかの戦力比が必要との議論はここに根拠がある。
 こちらの発射した放射物に対して、市街地から大気中の塵を蒸発させながら伸びていく対空レーザーの軌跡があり、先程の放射物を撃ち落とす。
だが、全てが落とせる訳ではなかった。放射物は、使い捨て探知機と中継器であった。
 「大尉、40基以上は着地しました。そちらの指揮CRTに情報出ます。」マルティーニ曹長が報告する。
全員、耐環境服のヘルメットを装着したので、くぐもった声である。
ルイスの正面CRTに敵戦車や車両、強化歩兵か装甲兵、あるいは戦闘ロボットの位置情報が表示される。
敵戦車は街の外に中隊規模が全ての様だ。後は歩兵が市内に籠った様子で、第1中隊側は、戦闘ロボットの群れらしい。
貧乏籤は、第1中隊のエマーソン大尉が引いた事になる。
 同時に本隊からの5分カウントが終了した。
(ホワイトキャッスルより、オールプリンセスへ。レッツ、パーティー。)それを聞いて、ルイス大尉は、短く大隊本部に了解を告げてから、中隊全てへ命令を下した。
「パンツァー・フォー」
 
 航空電子機器の制約によって、最高速190Km/hを発揮し始めた機甲中隊は、各車ランダムにスラローム機動で回避運動しつつ、標的に肉薄する。
途中でスモークディスチャージャーからスモークと対レーザースモーク弾が前方に向けて広範囲で発射されて行く。視界がたちまち暗くなる。3中隊で街の東側を覆ってしまう程である。
レーザー/電波通信で中継している使い捨て探知器の反応が弱まる。が、弱まる前の情報から、大凡の現在地点をルイスは推測して、中隊に伝える。
「シンデレラリーダーより全シンデレラへ、市街5時半より侵入。蹂躙せよ。送れ。」
各車から了解の返答がある。
 市街を守っていたのは、ゾダーンの機甲部隊と機械化歩兵、それにM級戦闘ロボットである。
たちまちゾダーン戦車がルイス大尉の正面モニターに画像処理される。肉眼ではとても見えないだろう。
「正面、0時15分、敵戦車12両、打ち方用意。」ルイスが中隊に命令する。
矢じりの様な隊形を保ちながら、14両はゾダーンの戦車へ接近する。
「距離20、撃て。」命令と同時に発砲。速射フージョンガンRFY−15の加速プラズマが一斉に発射される。同軸レーザーも効果は薄いが射撃を開始する。
ほんの少し遅れて、ゾダーン戦車からも発砲があった様子だ。
(シンデレラAよりシンデレラリーダーへ、我攻撃不能。離脱する。)
「シンデレラリーダー了解。」と短くルイスが答えた瞬間、大きな衝撃が車内を揺さぶった。
「大尉、被弾しましたが、装甲が弾きました。まだ行けます。」すまなそうにフォックス曹長が報告した。
被弾によって彼の自信も傷付いた様であった。
 
 装甲の結合超密素材は現在得られる最も優れた装甲だ。
 戦車と言うのは、ひどく矛盾した機械で、重い装甲に可能な限りの火力や探知能力を与え、同時に機動性を保持させる。
ついでに云えば、航続距離、低コストで短時間の建造時間、コンパクト性も求められる。
重量を持った車体に重量のある大きな動力を与え、火砲を積載し、兵士を詰め込む。
 良く考えれば、機動性と防御能力と火力は両立が難しい事は明らかだ。
要するに市販のエアラフトとは技術的に似て非なる物だと、常々ルイス大尉は思っていた。
 が、敵の火力の前では、恐怖と興奮が先に立って、目標を指示して、発砲命令を続ける。
 「敵距離18、L1.5修正、仰角2.2、撃て。」命令を聞いて、マルティーニ曹長が発砲する。
双方が最高速で同一エリアに集結した為、中隊指揮車も発砲せざる得ない程になった。混戦である。
敵も前進して5分余りで直ぐそこに敵がいる状態だ。戦車にとっては至近距離である。
「全車、蹂躙せよ。」とルイスは指示する。ここで引く訳にはいかない。
蹂躙戦は、戦車同士が衝突し合い、振動で相手が行動不能になる時を狙う。
その為に前方下部に特別に厚い装甲を構成しているのが戦車の常道であった。
横合いからも他車の加速された青白いプラズマ弾が飛び交う。
次々と敵味方の戦車が火を噴き可燃物とそうでない物を焼いていく。
 こうして、第2中隊は、3両の擱坐、4両の軽損傷を受けて、敵12両の内、7両を破壊し、5両を撤退させた。
ルイスは即座に追撃指示を出す。よい戦車兵とは敵の損害のチャンスを見逃さないものだ。
 市街地はもう5Km程になった時、突然、左側と正面から強力な熱反応があり、2両が途端に炎上する。
ルイスは一瞬何が起こったか判らなかった。が、数分の1秒後に理解した。
「シンデレラリーダーより全車、ホワイトキャッスルへ、敵は88mm高射レーザーを使用。市内より複数発砲。」
符牒を途中で使うのを忘れた。それ位緊急の事であった。この対空レーザーは艦砲レーザーを自走化させた、いわば両用砲である。
こいつにとって、戦車の装甲は紙みたいなものだ。
 こちらが進攻する様にわざと戦力の低い1点を設けて、ここに複数の88mm高射レーザーのクロスファイヤ点を作り、
そこに我々が突入するように機甲戦力を誘引としての位置に配置した訳だ。
つまりは、主力として見る機甲戦力を初めから捨て駒的使い方をして、こちらの戦力の殲滅を企図している。
ゾダーン指揮官の思い切った作戦を理解して、ルイスは震えた。まして、罠にかかった状態である。
 
(ホワイトキャッスルより、オールプリンセスへ。踊り場まで許可する。)つまり、一時後退の指示だった。
第2小隊の1両が恐慌を起こしたのか、上昇して後退しようとした。そこを複数の対空射撃で撃墜される。
 幾ら対エネルギー火器用煙幕で対空レーザーが減衰しているとは言っても、蹂躙用に強化されている前面下以外は、下面の反重力ユニットが最も脆弱なのである。
高度を取った飛行はそこを晒してしまう結果になる。
それゆえに航空電子機器の制約によって、190Km/hが最高速であり、安全な場所での移動のみ、飛行が許される。
とは言っても、戦車とは酷く壊れ易い機械でもあり、多くは戦車トランスポーターでの移送になるが。
 「後退、後退。」ルイスが中隊向け無線に慌てて呼びかける。
その間、マルティーニ曹長が主砲の応射をして牽制しつつ、フォックス曹長が必死に回避運動を続ける。
 指定の後退位置に到着した時には、3両が完全撃破されており、合計、14両中6両を失い、
事実上、ルイス大尉指揮下の第2中隊は損耗状態、つまり戦力として使い物にならない状況になった。
 
 後退位置までなんとか戻ったルイスが大隊無線に耳を澄ませていると、遠距離支援チャンネルに感があった。
もちろん無線封鎖チャンネルなので、ルイスから送ることはできない。
(修正、W12、N3寄せ。)雑音の中、声がする。
(修正、E2、増せ。)小さいが何か命じている声の様だ。
(撃て、効力射。)
 
 途端に後方から多数の飛来音がし、デロイア・シティに向って行ったのをルイスは後々思い出しても戦車の装甲越しに聞こえた気がした。
続いて、市内に爆音と火柱と舞い上がり、多くの破片を観測した。
 (ホワイトキャッスルより、オールプリンセスへ。オーケストラの演奏中。ダンスパーティは再開せよ。)
ルイスは了解の返事と中隊への再突入指示をしてから気が付いた。
あれは、オーケストラとは、たぶん帝国海兵隊試作の1000th級反重力艦だ。大口径曲射砲を山の様に積んで、師団規模の砲撃ができるとか聞いた怪物だ。
これでは、街に籠っている連中も一堪りもないだろう。
 始めから、砲撃支援があれば、失われずに済んだ兵もいるのに。と思うと、ルイス海兵隊大尉は久々に軍の組織硬直が恨めしくなった。
実の処、砲兵はこの様な戦場ではやるべき事が多すぎ、これが最速の砲撃支援であったことは大尉には知らされなかった。
 
 こうして、デロイア・シティは、半壊しつつも、帝国軍の手に落ち、補給路の確保に成功したのである。
が、その1ヶ月後に、戦略判断にて、帝国軍は星系全体を放棄し、後退するのであった。
この星系の戦闘で、戦死した者は1万余名、12万余の負傷兵を作り出し、百数十万人の家族を失い、家や財産を失った、戦争被害者を生み出した。
 何よりも、この戦場でばら撒かれた物質の為に、呼吸器が必要な程に生態系が破壊された星自体が被害者であるかも知れない。