1、建造の背景
第五次辺境戦争末期に通商破壊作戦においてデネブ海軍は少なくない護衛艦艇やSDBを喪失していた。デネブ大公の私的機関である統合戦略研究所は、第五次辺境戦争とその後の混乱によってデネブ領の開発は数十年単位で遅れたという報告をしている。事実、護衛艦艇や商船の不足による治安と経済の混乱によって深刻な問題となっていた。スピンワードマーチ宙域艦隊は、戦時動員した植民地海軍の艦艇や援軍としてデネブ宙域艦隊の派遣艦隊を除くと戦前に保有していた艦艇の半数以上を喪失していた。この数字には戦闘艦艇だけでなく支援艦艇も含む数字であるから割り引いて考える必要があるが、戦闘艦艇の被害を半分としても実質的には壊滅したといっても過言ではない。
デネブ海軍は、ゾダーンとの停戦講和後もすぐに戦時体制を解くことができなかった。スピンワードマーチ宙域艦隊を再建する為に戦時中に起工された艦艇の建造も続行され、当面の戦力不足を補うために予備艦隊から徴用した植民地戦隊の動員を解除することもできなかった。むしろ植民地戦隊の予備士官や下士官、兵を募集して帝国海軍の人材不足を補う必要に駆られたくらいである。1112年、デネブ海軍が新たに策定した艦隊整備計画では大型戦艦や戦艦の建造は凍結と護衛艦艇と汎用性の高い戦列型巡洋艦の大量生産を企図していた。
デネブ海軍艦政本部のエドモンド・カーライル男爵を中心とするグループは、第五次辺境戦争後の新たな建艦計画に疑問を抱いていた。この建艦計画がデネブ領の国力では最善の選択であることは彼らも承知していた。彼らは打撃力の中核となる戦艦や大型戦艦の建造抑制は、周辺諸国に帝国の艦隊戦力の弱体化を印象づけることを危惧していた。現在でも戦艦や大型戦艦は砲艦外交の有効な手段なのであるし、国内政策上の理由からも帝国の力を象徴する戦艦の建造を見送ることは容認しがたかった。プレゼンスと打撃力の維持を図る手段としてエドモンド男爵らは、戦前から開発していた大型バトルライダーの実用化を急ぐことにした。エドモンド男爵らは戦前にメイス重工が提案した軸線主砲搭載型モニター艦による実戦テストを行い、貴重な戦訓を手に入れていた。
第五次辺境戦争後、エドモンド男爵の主導する設計局では戦艦級の主砲を装備した大型バトルライダーの設計を完成させた。デネブ艦政本部には大型バトルライダーの建造計画などなく、あくまでも設計陣の技量維持を目的とした研究設計のひとつとして扱われていた。エドモンド男爵は、戦後の混乱から立ち直った星系政府が星系海軍の再建のためにデネブ海軍に助力を求めてくることを予想していた。戦訓によれば、ゾダーン艦隊から星系を防衛する為には自国で開発できる惑星防衛艦ではなく、帝国海軍が装備しているバトルライダーや砲艦並の性能が必要であった。こうした艦艇を自主開発できない星系は、相次いでデネブ海軍に開発支援と払い下げを求めてきたのである。
エドモンド男爵はこの状況を利用し、新型SDBの供給を求める星系との間に星系海軍艦艇供給協定を締結した。エドモンド男爵の「重要星系の防衛力強化は、長期的にはデネブ海軍の負担を軽減することなる」との主張がデネブ海軍省に認められたのである。この協定によって新型SDBやモニター艦の供給はデネブ海軍艦政本部が管理することが定められた。デネブ海軍艦政本部が一括して受注し、海軍用艦艇も含めて海軍工廠や民間造船所で建造し、海軍の定めた序列に従って配備が進められることになった。
第五次辺境戦争前に整備された惑星防衛艦は、各星系の独自設計であるために互換性がなかった。そのために自国以外では補修が難しく戦力減となっていた。デネブ海軍から惑星防衛艦として払い下げられたバトルライダーやガンシップの方が、海軍規格で建造されているために部品の調達や海軍基地での修復も容易で戦力として頼りになった。この戦訓から惑星防衛艦規格統合がデネブ会軍艦政本部の課題となっていた。国法によって内政不干渉が定められており、デネブ海軍といえども行政指導を行なうにも限界があった。エドモンド男爵は、この協定によってこの問題を多少なりとも是正できると考えたのである。
この協定〉の成立によってデネブ海軍が、星系海軍に供給できるバトルライダーや砲艦は、現在、デネブ海軍に配備されている艦艇か建造されている艦艇に限られていた。唯一の例外は、すでに設計が完了したばかりのバナレット級である。エドモンド男爵らは大型バトルライダーの可能性を信じており、バナレット級を重モニター艦のカテゴリーに分類し、供給リストに含めたのである。
戦艦並の粒子加速主砲と装甲を有しているバナレット級は、星系海軍にとって打撃力の強化や防衛艦隊旗艦として十分な性能を持っていた。イフェイトやライラナーのような激戦を経験した星系では諸手を挙げて受け入れられた。惑星海軍艦艇供給協定に参加していなかったライラナー星系では、バナレット級の性能に着目しデネブ海軍にライセンスの供与を求めたほどである。
バナレット級の問題点の一つは、大型化した船体にある。在来型バトルライダーの倍のサイズを持つ為に在来型のバトルテンダーでは、半数以下しか搭載できないのだ。デネブ海軍では、バトルテンダーの数を増強するか、アドミラル・トハチョフスキーのような大型バトルテンダーを増強するか選択を強いられることなった。ライラナー海軍がバナレット級に注目したのもイフェイト海軍が完成したバナレット級を本国に回漕するジャンプキャリアの手配が間に合わず、乗員の完熟訓練をライラナーで行ったためである
2、バナレット級バトルライダー
バナレット級は通常型バトルライダーの倍、20000t級バトルライダーである。主砲に戦艦用の粒子加速砲を採用しているために打撃モニター艦に分類される。バナレット級の軸線主砲に戦艦級粒子加速砲を採用し、6Gの快速をもって戦場を駆けることができる。20000tの船体に強力な主砲と防御シールドを装備し、量産に向くように既存艦艇との部品の共用化を進めている。軽巡洋艦や重巡洋艦の共用部品が多く、全体の39%を他艦種からの転用で賄うことが出来た。装甲材質も巡洋艦で標準的に採用されているDS1238鋼材を採用している。星系海軍での採用が前提であるために建造費を抑える必要から意図的に既存艦艇との部品の共用を増やした結果、戦時急造に向いた設計となっていた。バナレット級は、実験艦として採用されたカーライル級の戦訓を取り入れて建造されている。カーライル級で採用された核融合ロケットは、艦隊戦のような足を止めての打ち合いには不向きであるために採用を取りやめ、スラスター駆動を採用している。副砲にはミサイルを多用し、航行日数を抑えるなど小さな船体に巨大な粒子加速主砲を搭載するための工夫が随所に見られる。
1115年頃からバナレット級は星系海軍向けに配備が開始された。主に配備されたのは、星系海軍艦艇供給協定を締結した星系の中でもイフェイトのように財政に余裕がある領邦であった。ライラナー星系が自国海軍向けにライセンス生産を決定したことで普及が一気に進んだ。この動きにモーラやトリンが追随し、デネブ宙域にも波及していった。デネブ海軍は、帝国海軍仕様の惑星防衛艦の普及が進むことに着目した戦時徴用を条件に補助金の支出を決定した。戦時には主戦線の後方に位置するデネブ宙域の有力星系からモニター艦を引き抜き、バトルライダー戦隊を増強する為である。
デネブ海軍がバナレット級を採用したのは、1120年になってからである。海軍工廠だけで無くデネブ領の有力星系でもバナレット級をライセンス生産しており、有力星系ではバナレット級モニター艦からなる戦隊が配備されていた。デネブ海軍は、有力星系から徴用することで最初のバナレット級バトルライダー戦隊を編制している。むしろ問題となったのは通常の倍の大きさを持つバナレット級に対応した戦列母艦が少なかったことである。デネブ海軍には、バナレット級1個戦隊を輸送し支援できる大型戦列母艦はアドミラル・トハチョフスキー級とその後継であるニューワールド級しか存在しなかった。前者は、旧式化が著しく用途もジャンプキャリアに変更され、海軍工廠や先進工業地帯で建造された惑星防衛艦やモニター艦の輸送に投入されていた。後者は第五次辺境戦争後に就役したばかりの新造艦で反乱の勃発以前は建造を抑制されていた為に数が少なかった。バナレット級バトルライダーの採用によってニューワールド級戦列母艦の建造に拍車がかかることになった。
3、開発の影/カーライル・マフィア
バナレット級の開発の影にはエドモンド・カーライル男爵と彼を支持する造船官や将校たち暗躍があった。エドモンド男爵は、モニター艦の多星系共同開発計画をぶち上げる前に同期生や彼らの知人たちを集めて親睦会を開いた。彼らはライラナー工科大学の同期生であり、皆が造船官や海軍将校としてそれなりの地位を得ていた。彼らの中には地縁血縁で各星系の有力者につながっているものも多かった。彼らはそこでいささか専門的に過ぎる雑談を交わし、エドモンド男爵の構想に協力を約束した
ある技官は、上官との間に通常の倍のサイズの艦隊母艦の必要を論じ、あるバトルライダーの艦長は、バトルライダーの火力増強の必要を仲間と語り合った。ある海軍官僚は、第五次辺境戦争の戦訓から惑星防衛艦やモニター艦のコスト面や性能面で問題視し、規格の統合の必要性を訴えた。後にカーライル・マフィアと呼ばれるエドモンド男爵と彼の同期生たちの暗躍によってバナレット級建造への布石が打たれていったのである。4、戦績
バナレット級バトルライダーは1120年に徴用艦艇によって最初の戦隊が編制されて以後、アスランやヴァルグルとの戦闘に投入され、多大な犠牲と引き換えに数々の武勲を挙げた。特に戦闘戦隊での戦艦の護衛戦力としての評価が高く、貴重な戦艦を守るためにバナレット級の増産が決定された。1123年に起きたアスランとの戦いでは、バナレット級を搭載した艦隊母艦の集中運用が試みられ、多大な戦火を挙げることに成功している。この戦訓によってデネブ海軍は、打撃型バトルライダーを戦力の中核に据えることにした。デネブ海軍では、戦艦や大型戦艦に代わって打撃型バトルライダーを搭載した艦隊母艦を戦闘戦隊の主力として配する編制を増やしていった。長引く戦乱によって戦艦や大型戦艦の消耗が著しく改装や修復の為に後方に下げ、その穴をバトルライダー戦隊で補おうとしたのである。
バナレット級の建造自体は、星系海軍向けの建造は1113年頃から開始されていたが、主に星系海軍向けの生産が主でデネブ海軍向けの建造は、1120年
の正式採用からである。同年、デネブ海軍は星系海軍から徴用したバナレット級によって最初の戦闘戦隊を編制している。海軍工廠での建造と星系海軍からの徴用で戦力を整えたバナレット級は主にアスラン戦線に投入され、1123年の決戦を勝利に導く原動力となった。海軍工廠ではバレット級の建造を1127年に打ち切り、設計を簡略化し既存艦艇との部品共用率を向上させた改良型のベサリウス級の建造に移行した。その後は、バナレット級の建造はすべて民間造船所に委託され、以後も建造は継続された。1130年にはベサリウス級の就役が始まったが、主にゾダーン方面に優先的に配備された為に1130年以降もバナレット級が第一線で運用された。
タイプ: |
G型連絡艦 TL15 MCr42.25MCr(MCr33.78) |
船体: |
180/450 排水素=200 形状:0/非流線形
装甲=40G 重量=692.09t 総重量=1676.82t |
パワ−: |
2/3 核融合=414Mw 航続=15(通常状態) |
移動: |
4/8 通常(スラスター)=1 6/11 ジャンプ=2
地表=40kph 最高=300kph 巡航=225kph 移動力:0 |
通信: |
電波式=星系内×3 |
探知機: |
能動ESM=遠軌道×3 受動ESM=遠恒星間×3
能動物体探知=並 能動物体追跡=並 受動エネルギ−探知=易
受動エネルギ−追跡=並 |
防御: |
防御DM+2 装甲DM+0 |
管制: |
コンピュ−タ=1bis×3
パネル=ホログラム型(リンク)×293
環境=基本環境 基本生命維持 高度生命維持 重力プレ−ト
重力補正器、エアロック×1 |
居住区: |
乗組員=3[艦橋2 エンジニア1]
小型専用室×3、二等寝台×70 |
その他: |
船倉=949.205kP、燃料(ジャンプ/機関)=405kP/74.52Q、
燃料精製装置(ジャンプ/機関)=48時間/48時間
目標サイズ=小 視認レベル=弱 |
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コメント
デネブ海軍は民需用の小型輸送船を改装し、ヴォイス級連絡艦として採用した。ヴォイス級は、バトルライダー乗員の士気を維持するために採用されたといっても過言ではない。バトルライダー戦隊の戦術では、母艦を後方に置き、前進したバトルライダー戦隊が敵と交戦することになっていた。バトルライダー戦隊を機動部隊からも分遣された駆逐艦や巡洋艦が支援し、撃破されたバトルライダーからは脱出した乗員は最寄りの艦艇に救出してもらうことができた。第五次辺境戦争の戦訓ではバトルライダー戦隊は巡洋艦や駆逐艦の支援を受けられない場合も発生した。そうした場合にはバトルライダーの戦いぶりは消極的になる傾向があった。ジャンプ能力を持たないバトルライダーでは、劣勢に陥り母艦が撤退した場合や撃破された場合には敵中に孤立する恐れがあった。ジャンプ可能な艦船が随伴していた場合には問題は無いが、バトルライダーだけで攻勢を行なう場合にはどうしても士気が低下しがちであった。
ヴォイス級はバトルライダー乗員の不安を払拭することを目的に採用された。原型となった商船は、港湾設備の整った星系間での交易に的を絞った安価な外航型商船である。デネブ海軍艦政本部の指示によった改装は民間造船所で行なわれた。改装といっても船室を撤去し、二等寝台を増設した程度の簡単なものである。公式にはバトルライダー向けの雑役艦となるために最低限の貨物スペースが保持されていた。ヴォイス級を受け取ったバトルライダーの乗員たちの評価は低かった。十分な船倉を有しながらも船室が用意されておらず、二等寝台の使用が前提となっていること、それに脱出艇として用いるにしても1G加速では鈍足に過ぎる点などが挙げられた。デネブ海軍の将兵は、二等寝台に不安を隠しきれなかった。デネブ海軍では、二等寝台の度重なる事故によって医療機関や緊急時を除いて二等寝台の使用を制限していた。ヴォイス級にはコールドスリープ技術に長けた医療関係者による管理を期待できなかった。二等寝台の技術自体は、ジャンプ航法の開発以前に開発された技術で枯れた技術といっても過言ではない。ジャンプ航法の開発後は需要が激減した為にハードウェアとしては完全であるが、肝心の運用ノウハウが消滅してしまった。現時点では、宇宙船における実用的な二等寝台の運用は職人芸や伝統芸の世界に属してしまっているのである。こうした職人たちの技能や偵察局や海軍、それに一部の医療機関を除くと伝承されているとはいいがたい。
バトルライダーの乗員たちにとってヴォイス級の存在は冗談にしか見えなかった。バトルライダーは戦隊単位の運用が前提である為に燃料や弾薬、それに食料は専門の輸送艦から補給を受けることが期待できた為にヴォイス級の船倉に価値を見出すことはできなかった。バトルライダーの艦長たちは、艦政本部との交渉によってヴォイス級の船倉の改装に対する黙認を勝ち得た。艦長が自弁で改装すること、転任時には元に戻すことが条件とされた。改装費用を捻出するために乗員の出資による艦ごとに基金が設けられた。資金の運用は、才覚のある乗員が担当したが多くの場合には信託投資会社に委ねられた。やがて資金の捻出の為に裏金作りがはじめられるに至り、1136年には憲兵の一斉検挙によって実態が明らかになりスキャンダル化した。