GFB‐104 Grapple Forced Boat


背景

 美しいトリンの夜景。
 薄明を飾る、天の羽衣。
 だがそれは美しいだけではない。

 衛星の破片に紛れ込んでいた、はるか昔に投棄されたと思われる劣化ウランの塊が、600t客船の艦橋を直撃した。
 操縦者達は一瞬にして全滅。リークしたエネルギーにより、ドライブ区画にいたエンジニア達も重傷を負った。
 残されたのは、無力な乗客たちと接客要員だけだった。
 深刻な損傷を負った船は、暴走を始めた。激しい加減速、回転…本来の限界を超えた機動が繰り返された。

 そして、なすすべもなく見守っていた警備艇の前で、過剰な運転に耐えられなくなったパワープラントはついに爆発。
 乗員乗客53名全員死亡という悲惨な事故だった。
 だが、それだけではなかった。
 事故の本当の悲劇性は、船のフライトレコーダーを解析して初めて明らかになった。

 事故を起こし、暴走する客船の中で、十数時間もの間、乗員乗客たちは生き延びていた。
 フライトレコーダーには、絶望的な状況の中で、乗員達は乗客を励まし、乗客達は良く恐怖と戦った様子が記録されていた。
 だが報われることはなかった。
 その姿は大きく報道され、そして見るものすべての涙を誘った。

 宇宙艇設計技師、チャングアンは、十数年前、同じような事故で婚約者を失っていた。
 彼はそのときから事故を起こした宇宙船への乗り込みを可能にする宇宙艇について研究し、その必要性についてのレポートを提出し続けていたが、いつも冷笑をもって迎えられていた。

 惑星トリンの上級執政官、サティチャジャンの妻と、娘の名が乗客名簿にあった。
 彼は今回の事故で、まったく何もできなかったことに憤りを感じていた。

 彼は同じような事故の記録を調査してゆくうち、チャングアンのレポートを見つけた。
 そして、あらゆる状況下での対宇宙船乗り込みを可能とする強制グラップリング艇の開発を指示したのである。

 宇宙船への取り付きを可能にするためには、何らかの固定装置が必要だった。
 チャングアンは、数多くのシミュレーションによって、一般に船体に取り付けられた常磁性の磁気足場に、強力な磁気アンカーを取り付けることが可能であることを解明していた。
 だが、そのためにはまったく新しい機械装置、巨大なロボット・アーム、そして、アンカーを射出するための装置の開発が必要だった。
 アンカーの吸着力は一基が実に650t…それは、これ一基でトレピダ級戦車を楽につなぎとめておけることを意味している。そしてこの力に耐えうる巨大なロボット・アームの耐荷重は800tを超えた。
 このための開発費だけで、実に1000Mcr以上が費やされたといわれる。

 次に船殻に、気密を保ったまま穴を開ける方法の模索が始まった。
 チャングアンは、このことについてはまだ未解決のままだった。

 最初、耐爆シリンダーと爆薬の組み合わせで単純に解決できる問題だと考えられていたが、ことはそう単純ではなかった。
 決められた大きさと形状の穴を、頑丈な船殻に、計算どおり開けることは困難だったのである。
 レーザートーチを使う方法も試みられたが、これでは時間がかかりすぎた。
 正確、かつ迅速に穴を開ける、何らかの方法が必要だった。

 解決策は別のところからもたらされた。
 若き造船技師、モンナスはあるとき、戦闘で傷ついて造船所に運ばれた宇宙船を見て、その船殻にまるで切ったような破壊の痕があることに気づいた。
 ビームレーザーによる破孔だ。
 これを応用すれば…そう考えた彼は、新しい破孔装置の設計にとりかかった。

 こうして最初の試作機ができあがった。
 成果は上々だった。
 ただ、そのままでは予定されていた特殊艦載艇モジュールへの搭載が不可能だったため、船体設計のやり直しが必要となった。
 しかし、残された技術的問題はわずかだった。

 ところが、思わぬところから妨害がはいった。
 計画を知った帝国政府から、この艇が海賊に悪用される可能性が高いため、開発を中止せよとの指示が下ったのである。

 これに反発したサティチャジャンは、帝国政府への報告もしないまま開発を進めるようスタッフに指示。自らがデネブ大公の元まで陳情に向かった。
 そこで彼は、この新しい種類の艇は、あくまで事故を起こした船舶の救命用であること。こういった艇に頼るしかない事故が数多いこと、そして、この艇が帝国政府の言うようには海賊の役に立たないことを力説した。

 デネブ大公は概ねこの陳情を受け入れたが、ひとつだけ条件を入れた。
 海賊の役には立たないこと…を証明せよというのである。
 これは難題だった。つまり、艇の優秀性を示すのではなく、逆にだめなところを見せろというのである。
 だが、開発チームはこの問題に正面から挑んだ。

 単純で明快な方法がとられた…操縦者なしで、アンチハイジャックプログラムのみを起動させた宇宙船と、操縦者がおり、乗り込みを阻もうとする宇宙船の二つを用意し、それに試作機で、実際に乗り込み実験をしてみると言うものだ。
 公平性を保つため、実験パイロットはトリン星域海軍、帝国海軍のそれぞれから代表者を募って行われた。
 その結果、プログラムのみで動く宇宙船の場合、どちらのパイロット達によっても乗り込み成功率は80パーセントを上回った。
 しかし、操縦者がいる場合、乗り込み成功率はトリン星域海軍パイロットによる場合30パーセント、帝国海軍パイロットによる場合実に5パーセント未満という結果をもたらした。

 これは皮肉にも、トリン星域海軍パイロットの優秀さを示す…あるいは帝国海軍パイロットの無能さを露呈する…結果でもあった。
 いずれにせよ、この結果、この艇が海賊などによる強制乗り込みを行うには“優秀”な帝国海軍パイロット並の操縦技術があっても難しいことが証明され、開発続行の許可が下りることとなった。

 実に事故より7年、5000Mcr以上の巨費を投じ、ついに強制グラップリング艇は完成した。


概要
タイプKN 強制グラップリング艇 TL15 MCr26.7(量産21.5)
船体9.9/24.8 排水素=10+1.0 形状=4非流線 装甲=40G
重量=201.4 総重量=208.3
パワー3/6 核融合=630Mw 航続=1/3 移動力=6
移動1/2 反重力=1300t(6.27G)
地表=75k/h 巡航=225k/h 最高=300k/h
真空中      巡航=2952k/h 最高=3936k/h
通信電波式=星系内距離×2
探知機受動EMS=遠恒星間距離×2 能動EMS=遠軌道距離×2
質量探知=低貫通/250m×2 中性微子=10kw×2
生命探知機=超遠方×2
能動物体探知=並 能動物体追跡=並
受動質量探知=並 受動物体追跡=並
受動エネルギー探知=易 受動エネルギー追跡=並
攻撃兵器Bレーザー‐13 貫通=75/5 ダメージ=600 範囲=45 射程=500000
フルオート=無 音光=低 迎撃管制装置=有
(Bレーザー‐13=×02)
防御防御DM=+14
管制装置コンピュータ=6×2 ヘッドアップホロディスプレイ×2
パネル=ホログラフ型,リンク×48
環境基本環境 基本生命維持 高度生命維持 重力プレート
加速補正器(最大補正能力:12G)
エアロック×2 空気圧縮機×1
居住区画乗員=8(14)内訳=操縦×1 破孔作業員×1 その他×6(12)
座席=ラッシュ×8(窮屈×2 ラッシュ×12)
その他船倉=3.8kl  カスタム腕=6.75t×4 ロケットパンチ×4
電磁アンカー650t×4



デッキプラン解説

@居住区

 居住区と操縦席とは分割されていない。
 また、乗客用のシートは、最低限のベンチシートしか用意されていない。
 しかし、これにより、緊急時には簡易寝台としての使用を可能にし、また短時間であれば最大12人の乗客を詰め込んで輸送することが可能になっている。
 シートの下が貨物スペースとなっている。


Aエアロック

 エアロックへは船体上部のアイリスバルブから出入りする。
 エアロックからは、居住区画、及び耐爆シリンダーへとアイリスバルブが通じている。


B対爆シリンダー

 対爆シリンダーは、エアロックへと通ずるものと、船体上下へのアイリスバルブが通じている。
 二重構造になっており、破孔作業を行うときには、内殻が半回転することで、エアロックへ通ずるアイリスバルブへの衝撃を遮断する。
 上部のアイリスバルブの開口は10cm程しかなく出入りに使うことはできない。


C核融合パワープラント

 船体左右に分割された核融合パワープラント。
 どちらかが完全に作動停止に陥っても、最大加速度に必要なパワーを生み出せる。
 ただし、この場合移動力は4に低下し、レーザー砲の射撃は行えない。


D反重力推進器

 船体の四隅にバランスよく配置することで、機動性を高め、一度にすべての動力を失う危険性を軽減している。


Eロボットアーム

 ロボットアームには電磁アンカーを装備したロケットパンチ発射装置が組み込まれている。
 頑丈なつくりになっているが、その分自由度は低く可動範囲も狭い(自由度7:概念図参照)


F電子制御機器

 コンピューターを含む、大部分の電子機器は居住区画の床下に収納されている。
 このため、居住区画の天井は低くなっている。
 10tの小型艇でありながら、コンピューターレベルは6と高い。
 これは、複雑な機動を制御するためである。


G燃料タンク 及び レーザー砲塔基部

 燃料タンクは小さく、最大可動時の航続時間は1日と短い。
 もともと母船として、特殊艦載艇を使用することを前提としているためである。


Hレーザー砲

 レーザー砲は破孔作業だけではなく、可能であれば暴走したドライブ区画を破壊するのに使われる。




ある救出劇

 スクランブルの音が響く。 「畜生…今月、三回目だぞ…」寝床から這い出しながらウイルバーはぼやいた。
 ここ、惑星トリンは、かつての衛星の破片に覆われており事故が多い。
 いまどきの宇宙船は、少々の石質隕石があたったくらいでは傷ひとつ負わない。
 しかし、すべての隕石が安全なわけではない。

 特別救命係…それが彼らに与えられた名だ。
 事故を起こした宇宙船の乗員を救う最期の希望…といえば聞こえはいいが、正直手に負えないような事態が回ってくるということだ。
 彼らが行かねばならないときは、大体死人の山が出るか、出た後だ。

 宇宙港の隅に、廃棄されたブロードソード級傭兵船を改造して作られたのが、彼らの宿舎である。
 その中には、特殊艦載艇が収められており、常に発射体制が整えられていた。

 ウイルバーが宇宙服に着替えながら艦載艇に乗り込んだとき、特殊モジュール内にはすでに先客がいた。
「遅いよ…兄さん。」弟のオービルだ。
「フレイヤは、とっくにスタンバイしてるわよ。」操縦席にいる女性はタルハ。特殊艦載艇のパイロットだ。
「あいつはいつだって、あの中だよ。」不機嫌な調子でそう答えると弟の横に座った。
「それじゃあ、いくよ…」
 特殊艦載艇は改造で開けられた格納庫の天井の穴から、真っ直ぐ宇宙へと飛び立っていった。

「別にたいした被害はなさそうだがな…」
 特殊艦載艇から見たところ、事故を起こした小型ヨットの損害はたいしたことは無いように見えた。
「そのようですね」モジュールに搭載された特殊作業艇の中のフレイヤからも意見が聞こえる。
「スラスターの平衡がちょっとイカレた位じゃないのか…」
「そうだね、兄さん…でも、乗員が全員逃げ出しちゃったらしいよ。」
 無線を受けていたオービルが答える。
「なんだそりゃ…」
「そうなんだよ…船長兼パイロットが貴族のお坊ちゃまらしいんだけどね、ご友人達と、トリンの夜景を見に来てたらしいよ。」操縦席のタルハからも返事が返ってきた。
「で、事故を起こして本人が真っ先に逃げちまったってか…」あほらしい、やる気が6G加速で急降下だ。
「じゃあ、残っているのは?」
「お坊ちゃま達の身の回りの世話をする使用人達だけだって。」
「で、わけもわからず操縦して、この有様か。」
 損害はたいしたことはないが、ヨットの動きはめちゃくちゃだ、いわゆる“クソ回転”というやつだ。
「うーん、そうじゃないね、お坊ちゃま達が脱出するとき、アンチハイジャックをかけたらしいよ。“盗まれたら困るじゃないか”とかいってるわ。解除コードは…忘れたらしいね。」タルハの声のあとに、大きなため息が続く。
 ウイルバーは頭を抱えた。もはや、やる気は“0”を通り過ぎて、マイナスだ。
「…撃っちゃていいかな?」
 もちろん、スラスターのことだ。いや、正直、吹き飛ばしたい気分だが。
「だめだね、スラスターとパワープラント、一体型のやつだから…うかつに撃ってパワープラントが止まると、重力補正が切れて…中の人達、ぺちゃんこになるよ。」
 まあ、だからこそ、俺達のところまで回ってきたんだよな…ウイルバーはそう心の中でつぶやいた。
「やるしかないか…よし、乗り込むぞ」

 ウイルバーとオービルはモジュールに積み込まれた特殊作業艇[バイター・タートル]に乗り込んだ。
 中ではフレイヤが待っていた。
 フレイヤというのは、RR−01A(装甲強化型)という女性型の救急救命ロボットだ。
 レーザー溶接機が扱え、救助作業や医療行為ができるので、こういった任務にはうってつけだ…今は、ほとんどこの作業艇の備品と化している。

「どこを狙えばいいかな。」
 パワープラントを起動しながらオービルと相談する。
「狙うなら、第三層の艦尾付近だね、エアラフトの格納庫があるよ。近くはキッチンやランドリーだし。被害が少なくて済むんじゃないかな。」
「いや、エアラフトが乗ってるんだろう?…それじゃあ、破孔したときに大事になりかねない…よし、決めた。」
 ウイルバーは乗り込み箇所のデーターを入力する。
 そこへ向かっての機動方法がディスプレイされる。
「よし、いけそうだ…やるぞ!」その声にオービルから抗議の声が上がる。
「ちょっと、兄さん…そこは…」

[バイター・タートル]が特殊艦載艇から離れる。
「アンチハイジャックの先読みは?」
「楽勝だよ…兄さん。あっちはレベル1だよ…こっちはレベル6だからね。」
「OK、計算完了。取り付き作業、開始!」
[バイター・タートル]が、目を覚ます。
 船体両脇のパワープラントが全開運転に入り、それにあわせて4基の反重力推進器が低い唸りを上げる。
 そして、ヨットの回転と、動きに同期しながら近づいてゆく。

乗り込み相手の宇宙船と動きを1分間同調させるには:

難、〈大型救命艇〉、敏捷力
宇宙船が回転している(DM−4)、宇宙船が加減速している(DM−4)、(危険)
攻撃=コンピューターレベル、移動力
防御=コンピューターレベル、移動力、〈大型救命艇〉、敏捷力、(対立)

レフリー:
防御側のDMは、アンチハイジャックが起動しているか、操縦者が取り付きを阻止しようとしている場合に適用。取り付こうとする相手より加速力の小さな宇宙船では実行不可能。

 オービルは、4本のマニュピレーターを伸ばし、電磁アンカーのセーフティをはずした。
 同期がうまくいっているため、ほぼ相手は止まって見える。
(さすがは元エース・パイロット…)そう思いながら慎重に狙いを定める。
 距離、50m。
「アンカー、射出。」
 特殊繊維で編まれたワイヤーを引きずりながら、電磁アンカーがヨットめがけて飛ぶ。
 両手、両足のフィードバック装置に、船殻を掴んだ感触が伝わってくる。
 左足の感覚が弱い。力をこめたものの、するりと外れた。
「ごめん、兄さん。」
「ひとつはずしたな…大丈夫、アングラ(反重力)で調整する。」ウイルバーが答えた。

動きを同調させた宇宙船にアンカーを取り付けるには:

難、〈砲塔(ロケットパンチ?)〉、敏捷力、6秒
攻撃=コンピューターレベル
防御=コンピューターレベル(対立)

 ワイヤーの巻き取りと反重力推進器での機動で作業艇はヨットの船殻に取り付く。
 最も危険な作業だ。

アンカーを取り付けた宇宙船に取り付くには:

難、〈大型救命艇〉、敏捷力
宇宙船が回転している(DM−4)、宇宙船が加減速している(DM−4)、1分、(危険)
攻撃=コンピューターレベル、移動力
防御=コンピューターレベル、移動力、〈大型救命艇〉、敏捷力、(対立)

レフリー:
取り付きが終わるまで、毎分チェックが必要。

 接触式の振動伝達で、乗客たちへ避難するよう伝える。
 生命探知機で、全員の避難が完了したことを確認した。
「さて、ここから仕上げだ。オービル、頼むぞ。」
「了解。耐爆シリンダー、準備よし。レーザー砲、起動…作業位置へ。」
 作業艇の上部にレーザー砲が立ち上がる。
 質量探知機が船殻の正確な強度と厚さを割り出す。
「レーザー照射時間…0.103秒にセット…」そのとき、ウイルバーが割り込んだ。
「いや、0.110にセットだ。」
「あ、やっぱり?」オービルが苦笑いする。
「…確実に穴を開けないと…な。」
「オーケー。照射時間を0.110に修正。対爆シリンダー、安全弁開放。砲身、回転開始。」
 回転の振動が伝わってくる。
「定常回転にはいった。レーザー照射、カウントダウン開始。5・4・3・2・1・照射…」
 船殻が急激に加熱され蒸発し、船体をゆさぶる。安全弁から蒸発した船殻の蒸気が噴出する。
 地獄のような瞬間が終わった。

 取り付いた後は、壁に穴を開けるルールでよいでしょう。(プレイヤーズマニュアル、P93)
 250ポイントのダメージで破孔できます。
 ビームレーザー13は貫通力75、ダメージ600…
 ということは装甲度75までは1ラウンドで楽に破孔できます。
 76を超えた装甲度を持つ船には、常に例外的成功8+だとしても
 250/4=63ラウンド…約12分かかることになります。

「気密確認。耐爆シリンダー、冷却開始…フレイヤ、後を頼む」
「了解。」フレイヤが座席を離れ、エアロックへと向かった。彼女にはこれから救命作業が待っている。
 ウイルバーも作業艇をオービルに任せるとエアロックへと向かった。
 彼にもヨットの動きを止めるという仕事が残っている…アンチハイジャックを解除して…カウンター推力を計算して…それから…

 数日後、三人は査問委員会からの呼び出しを受けた。

「うぬ等は、自分達のやったことがわかっておるのか。」
 委員の一人が不快な甲高い声で詰問する。
「…よりによって、帝国貴族の宇宙船の特別室を破壊してしまうとは…あそこにはうぬ等が一生かかっても稼ぐことのできぬほど価値ある品が、幾つも並んでおったのだぞ。」
 それを聞いて、ウイルバーは、密かに溜飲が下がるのを感じた。
「お言葉ですが…」オービルが反論する。
「あのまま、ほおって置けばよかったとおっしゃるのですか?」
「そうは言わぬ…だが、動力を止めて曳航するなり何なり、他の方法があったであろう?」
「その点は…」タルハが答える。「確かに説明したはずだけどね…」彼女はこの星の出身ではないので、身分差に無頓着だ。「あの中にはまだ人が居たんだ。あんな状態の宇宙船の動力を切ったりしたら…」
「…だが、死ぬとは限るまい?」
 その言葉にタルハが切れた。彼女はもともと腕利きの海兵隊員だ。殴りかかろうとしたのを、ウイルバーとオービルが血まみれ痣だらけになりながら、かろうじて止めたとき、査問官のコミュニケーターが鳴った。

 しばらく待たされた後、戻ってきた査問官は憮然とした表情でこう告げた。
「今回のことは不問とする。三人とも下がってよい。」

 宿舎へ戻るエア・ラフトの中で、ウイルバーとタルハは首をかしげていた。
「急にお解き放ちって、どういうことかね。」
「お坊ちゃまが、許すといったそうだ…でもなんで…」
 そういぶかしむ二人に、オービルが笑いかけた。
「…手紙が効いたみたいだね。」
「手紙?」
「僕だって、あの後何もしてなかったわけじゃあないよ。事故の記録は録っておかなきゃあね…そんなわけで、ヨットのコンピューターやフライトレコーダーのデーターをコピーしておいたんだけど…」
「…おまえ、あのあと、助けた若いメイドを口説いてたんじゃあ…」
「ん?あれは、パスワードを聞き出すついでだよ…快く教えてくれたよ…連絡先もね…まあ、教えてくれなくても、どうにかできたけどね。」
「そんなこと、どこで覚えたんだ…」
「そりゃあ…偵察局で8年も遊んでたわけじゃないさ…で、まあ、解析してみたら、色々と…僕らにとってはちょっとした火遊び程度のことだけど…で、コピー・データーを添えて、手紙を送ったわけさ。“何か問題が起こりますと、まことに不本意ながらこういった資料も提示しなくてはならなくなります。よろしいですか?”ってね。」