ある日の航海日誌7
そう、最初から嫌な予感がしていたんだ。
酒場でボルケスに会ったのは、本当に偶然だった。
あいつも、最初は俺のことが分からなかった。
無理も無い・・・15年ぶり・・・そう、15年ぶりだ。
だから俺も、つい懐かしさに酔いが回って、その話に乗っちまったんだ。
15年前、ボルケスの家に泊めてもらった時のことだ・・・。
あいつには女房がいた。赤毛のアニス。
料理は上手くなかったが、それでも、一生懸命俺をもてなしてくれた。
そのアニスが、借金のカタに小汚い金貸しに連れ去られ、そいつの愛人にされてるなんて話・・・俺には無視できなかったんだよ。
15年前に比べて、妙に饒舌になっていたボルケスに少し不安は感じたが、俺はフィカルゼとジュリエッタに、ボルケスに力を貸してくれるように頼み込んだ。
アニスを奪還して、後はベローチェ号で他所の星系に逃がしてやる・・・。
たったそれだけの、簡単で古い友人を助けてやれる、気持ちのいい仕事のはずだった。
でも、嫌な胸騒ぎが止まらなかったんだ・・・。
アニスはボディガードに囲まれ、金貸し野郎と四六時中ベッタリだった。
俺達は計画を立て、奴が屋敷に帰りついて、油断した瞬間を狙うことにした。
フィカルゼの運転するレンタカーを物陰に止め、俺達は奴らの帰りを待った。
その屋敷の周りだけが妙に明るかった。周りには家がないせいだ。
やがてやって来たエアラフトは三台。一台目は黒の高級車、二台目と三台目はバンだ。
俺はジュリエッタから双眼鏡を借りて奴らの動きを観察した。
ボディガード達がゾロゾロとバンから出てくる。どいつもガラの悪そうな顔つきだ。
高級車から、例の金貸しが姿を現わした。上等なスーツを下品に着こなし、手には多分大金が入っているだろうアタッシュケースを持っている。
それから、女が一人・・・アニスだった。
15年前の家庭的なイメージとは、ずいぶんと違って見えた。10万クレジットは下らないだろう毛皮のコートに身を包んで、荷物を運ぶボディガードをアゴで使っていた。
それを見て、俺の胸騒ぎはますます強くなった。
「行きますよ!」
フィカルゼは車を急発進させ、閉まる直前の門の隙間に車体を滑り込ませた。
ボディガードの群れの真ん中を突っ切り、二つのグループに分断したのは見事だった。
ジュリエッタがいきなりドアを開けて飛び出し、ボディガード達に襲いかかった。
ハイキックと電磁警棒で、すぐさま二人を地面に張り付かせる。
俺も車から降りたときにはジュリエッタはもう三人目の絞め落とし、何か怒鳴っていた四人目も電磁警棒の一撃で気絶させていた。
俺は目の前の相手を殴ろうとしたが、あえなくかわされた。反撃が来る。よけられなかった。頬に激痛が走り、目の前が一瞬暗くなる。俺は思わず尻餅をついた。
相手がナイフを抜く。ヤバイと思った瞬間、俺は反射的に転がって逃げた。足元をナイフがかすめた。
俺は何とか立ち上がり、二撃目のナイフをギリギリかわした。
次はもうヤバイと観念した時、ジュリエッタが跳び、ナイフを持った男が地面に沈んだ。
フィカルゼが金貸しの男と取っ組み合っているのが目に入った。
俺は背後から後頭部を殴られた。石頭が幸いして、何とか意識は保っていた。あてずっぽで背後に蹴りを放つ。手応えがあった。
そのまま振り向き、鼻血を出してうずくまっている男にパンチを叩きこんだ。
視界の隅で、ボルケスがアニスの腕を取って、必死に何かをわめいていた。
もうボディガード達は全滅している。
ボルケスはアニスに突き飛ばされた。アニスはボルケスから逃げながら、手でバッグの中を探っていた。
ボルケスがその後を追う。
アニスが何か黒いものを取り出した。
「ダメだ! ボルケス!」
俺は怒鳴った。ボルケスの手が、アニスの腕をつかんだ。
「やめろ!」
俺はもう一度叫んだ。
ボルケスはアニスに撃たれた。一発、二発、三発・・・。
スローモーションのように、ゆっくりと時間が流れる。
ボルケスはガクガクと揺れて、そのまま地面に倒れ動かなくなった。
続けて俺も胸を撃たれた。
その場から何とか逃げ出した俺達は、夜逃げ同然でベローチェ号を発進させた。
「・・・金融会社経営ガイッカ・ムニティス氏の自宅に数名の武装した男女数名が侵入し、同氏と社員、警備員を含む6人に怪我を負わせる事件が・・・その際、警備員に射殺された侵入者の一人が、ムニティス氏の妻アニスさんの前の夫であり、離婚後に度重なる脅迫や嫌がらせをアニスさんに対して行っていたというアニスさんの証言から、怨恨が動機であるとみて・・・これについて市警察はムニティス夫妻から詳しく事情を聞くとともに、逃走した他のメンバーの足取りについて・・・」
通信機で拾った地上のニュース放送が、俺たちの間抜けぶりを伝えてくれていた。
「カッコ悪すぎるぜ・・・」
俺の怪我は大したことなかった。肋骨が折れ、灰に穴があいただけだ。
だが、本当にバカだったよ。
こんな結果を招いちまって・・・余計なお節介は、止めておけばよかったんだ。
そう、最初から嫌な予感がしてたんだから・・・。