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湖の闇(10)
日時: 2006/10/27 00:51
名前: 化夢宇留仁   <kemkem@os.luice.or.jp>
参照: http://www.luice.or.jp/~kemkem/cthlhu/light/light.cgi

資産家考古学者ロナルド・ヴィンセントシリーズ第2作です。
前回から半年後の設定で、タイトルはなんとなくつけただけです。
後は野となれ山となれ・・・(笑)

続きを書いてくださる方で、なにか疑問な点や確認したいことなどがありましたら、遠慮なく化夢宇留仁にメールか、クトゥルフBBS(上のURLから行けます)で問い合わせてください。

※2005年9月24日追記
 途中から想定外の展開を見せ、上の説明だけでは不十分な状況となったので追記します。
「湖の闇」はシナリオ「ヨグソトースの影」とサプリメント「アーカムのすべて」に登場する人物や設定が使用され、その内容を知らないと執筆不可能な展開になっています。
ですので、もし続きを書いてみたいという方で上記資料をお持ちでない方は、化夢宇留仁に連絡していただければ要点をまとめた資料をお渡しします。
連絡はメールか、上記クトゥルフ掲示板でお願いいたします。
ちなみにこれはあくまで例外的処置で、他のスレッドや新たに開始されるスレッドには関係ありません。

※2006年8月6日追記
 執筆に最低限必要であろう情報をまとめました。
以下のURLで確認してください。
http://www.luice.or.jp/~kemkem/cthlhu/mizuumi.html
Page: [1] [2] [3] [4]

湖の闇(1/10) ( No.1 )
日時: 2007/06/09 12:06
名前: 化夢宇留仁

あれから半年。ロナルドはミスカトニック大学図書館に入り浸り、ラテン語版「エイボンの書」を注意深く読み、場合によっては部分的に写しをとってその内容を研究していた。
それは興味深いと共に、恐ろしい内容だった。
一度はその恐ろしい啓示のあまりの衝撃のため、館内で大声をあげて走り回り、司書に注意されるというようなこともあったが、なんとか次の日には冷静に戻ることが出来た。
ラテン語は得意というほどでもなく、この難解な書物を熟読するのには骨が折れたが、その内容は今まで信じてきた世界が儚くもろいものだと思い知らされ、かつ新たな知識と、それに伴う力も与えられたような気にさせられた。
特に知識に関しては、今までの人生で彼が得てきた膨大な知識が塵と化すほどの衝撃と、恐ろしいほどの興味を感じた。
モーガン博士がなにもかもを捨てて研究に熱中したのもうなずける。
 また記述の中には、実際に効果を現すのかどうかは分からないが、あたかも超常的な力を発揮するように示唆された、いわゆる呪文と呼べるものがいくつも見いだされた。
呪文などというものは、いくら奇異なものに興味を示すロナルドとて、簡単に信じるわけにはいかないが、半年前のニューヨークでの経験を鑑みれば、簡単にその信憑性を捨て去るわけにもいかなかった。
しかし見るからに恐ろしげな怪物が呼び出されてきそうな呪文は試しようがないし、変な生贄とかが必要なのも困る。そうして削ってゆくと、試せそうな呪文はおのずと数が限られてくる。
どれを最初に試してみようかと考えていると、ドアにノックがあり、ばあやのクリスティの声がした。
「旦那様。お手紙が届いておりますよ。」
1925年10月3日。
ロナルドは土曜の朝から自宅の書斎で、「エイボンの書」の呪文部分の写しと格闘していたのだ。
「ありがとうばあや。見せてくれ。」
クリスティが入ってきて、ロナルドに手紙を渡した。差出人を見てみると、ドミニク・モーガンとある。受付はカナダになっていた。
「やあドミニクからか。」
彼女は祖父のモーガン博士が遺していった資料を研究し、その中にいくつもの興味深い記述を発見した。
彼女は現在、その中の1つであるカナダのある湖の調査に赴いているのだった。
ロナルドが封を開けている間、クリスティは油断のならない目つきで部屋を見回していた。
「この部屋もずいぶんにぎやかになりましたですね。そろそろお掃除してもよい頃ではございませんか?」
言われたロナルドは手紙から顔を上げ、部屋を見回してみた。
積み上げられた本、書類の山、脱ぎっぱなしの上着、飲んだきりそのままのコーヒーカップが3つ、その他諸々・・・
「待ってくれ。もう少ししたら自分で片づけるから。今はどの資料もすぐ手に届く場所にないと困るんだ。」
「この前もそうおっしゃいましたがね。仕方ありませんね。じゃあコーヒーカップだけでもいただいていきましょうか。」
彼女がデスクの上のカップを持ち上げようとすると、それに一部が寄りかかっていたらしい書類の山が大きく揺れた。
「ま・・・待ってくれ。それも後で持ってゆくから。」
「・・・その方がよろしいようですね。」
クリスティがなにやらブツブツ言いながら出てゆき、ロナルドは大きくため息をついた。
彼にとって、小さい頃から世話になっているクリスティは実の母親以上に頭の上がらない相手と言えた。
 気を取り直してドミニクからの手紙を読んでみる。
読み進む内、彼の表情はこわばっていった。
Re: 湖の闇 ( No.2 )
日時: 2005/09/26 17:41
名前: Thorn

 手紙は一見、とりたてて変わり映えのしない体裁だった。
 高級そうな便箋に、育ちの良さをうかがわせる流麗な筆致で書かれてはいるものの、無駄な修辞を欠いた、軽妙な文体がドミニクらしい。かたくるしい時候の挨拶などは、もちろん省かれている。だが、その内容を目にしたときに受けた「感覚」は、ミスカトニック大学図書館に所蔵されている名を言うもはばかられるかの本と、相通ずるものだった。
 何と言ったらいいだろうか。オカルティストどもの古式ゆかしい表現を借用すれば、名状しがたい、禍々しい妖気のようなものが、文字の間から立ち上がってくるのだ。
 
 「親愛なるヴィンス。
 あれからもう、三月以上も経ってしまったのね。あなたはどうしてるの? うなされてたりしてそうね? 
 わたし……。ええ、わたしは、平気よ。おかしなことにはすっかり慣れっこになってしまったから。<印>だけは、いまだに手放せないけど。
 「畏レルベキハ己ノ内ノ<無作法>トイウ名ノ獣ノミ」が、もっぱら私の信条、ってとこかしら。『エチケット』の先生も、たまにはいいこと言ってくれるわね。皮肉じゃないけれど、今は六月のロンドンのように平和な気分よ。
 そうそう、昨年出た、ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』、お読みになった? 
 「なんという晴れやかさ! 大気へ飛び込んでいくこの気分!」
 古色蒼然とした礼儀作法の練習長に載ってる美文より、こっちのほうが断然いいわね。澄んだ感情が、まっすぐに伝わってくる気がするから……」

 ヴィンセントは、若い婦人に熱狂的な支持を得ているかの売れっ子作家の、神経症的な記述がどうしても好きにはなれなかったのだが、気にせず読み進めることにした。
 それから彼女は、最近の「ヴォーグ」の連載記事(フラッパーだとかいういわゆるひらひらした女どものライフスタイルを持て囃している提灯記事だ)を、論旨が不明快だとひとしきり腐したが、行が変わると、インクの色が微妙に薄くなった。
 どうやら、そこまで記した後に、いったん筆を置き、しばらく間を空けてからふたたび書き始めたようだ。
 再開された手紙の筆致は、かすかに震えていた。それは興奮のためとも、恐怖によるものともとれた。

 「ところでヴィンス、いまわたしがどこにいるかご存知? そう、カナダよ! といっても、世のなかのことに疎そうなあなたにはピンとこないかもね。
 五大湖の一番西に、スペリオル湖ってあるでしょ? あの北にあるニピゴン湖の近くで発掘作業をしているの。あなたの本職の真似事ね。同じ五大湖でも、オンタリオだったらニューヨークから簡単に行けたんだけど、ことはそう上手くは運ばなかったのよ。とっても田舎だけど、仕方がないわ。贅沢は言ってられないし、お祖父ちゃんといられるんだから、ちょっとぐらいの不自由は我慢しなくちゃいけないの。
 そうそう、大事なことを書き忘れていた。わたしは今、お祖父ちゃんといっしょにいるのよ! お祖父ちゃんと! きっとあなたは不思議に思っているわね。旅立ってしまったはずのお祖父ちゃんと、そう簡単に再会できるはずはないって? でもね、世の中、ちゃんとうまく出来てるものよ。<よきサマリア人>は本当にいるの!
 わたしがおかしくなったなんて思ったりしないでね。種明かしをしようか。正確に言えば、お祖父ちゃんの友達と会ったのよ。高名な人類学者の、レーバン・シュルズベリー博士! あなたも知ってるわよね?
 今は彼が、わたしのお祖父ちゃん役をしてくれているというわけ。
 どう、羨ましい? どうやって知り合えたか、気になるでしょ。
 教えてあげようか。あなたをびっくりさせようとして今まで黙っていたけど、そろそろ教えてもいい頃ね。
 <銀の黄昏錬金術協会>ってご存知? そう、最近メディアに出ずっぱりの、博識な人が集うので有名な友愛団体よ。事件のあと、お祖父ちゃんの資料を整理していると、<銀の黄昏>の「高貴なる哲人」、カール・スタンフォードという人の名刺が出てきたわけ。
 わたしも学者の娘だから、コネの力のすごさってのは、身にしみて知っているつもり。そこでわざわざ、ボストンくんだりまで出かけていったの……」

 そこから先、彼女の文体は急激に変化した。インクの色は格段に濃くなった。そして、「ヴォーグ」の記事を批評したときの、ある種冷静な調子とはうって変わり、熱烈な調子で、<銀の黄昏>に秘められた叡智の可能性を褒め上げるのだ。
 それでいて、肝心の協会の実態についての記述は抽象的かつ支離滅裂だったので、ヴィンセントは非常に困惑した。
 が、なんとか状況を整理すると、スタンフォードという名の「導師」の調査によって、ドミニクはシュルズベリー博士がニピゴン湖の側で独自の調査を続けていることを知り、その調査に件の<水晶>にまつわる謎を解くためのヒントが潜んでいるのではないかと見込んだのだった。
 そして無理矢理「頼み込む」形で、博士のチームに合流し、調査行に参加することができたのだ。
 スタンフォードとシュルズベリーがどういう関係にあるのかは今ひとつ不明瞭だったが、その後、手紙の内容は、湖での調査レポートへと移っていった。
 ここで一息ついたのか、手紙の文章はふたたび冷静さを取り戻した。
 湖の周辺はもともと、古代生物や「原始人」の化石が発掘されるので有名だったが、それが「学会の重鎮の眼鏡にかなわなかった」ために、本格的な調査はほとんど行われていなかったらしい。ドミニクが言うには、「お偉いさんたちに流された、わたしたちの努力が足りなかったせい」なのだ。
 シュルズベリーはドミニクと協力して最新の設備を有した探検隊を率い(金はほとんどがドミニク持ちらしい)、湖近くの洞窟をポイントに絞って、しばらくの間、調査行を続けているとのことだ。本人の筆によれば「調査状況は良好」だとのこと。
 そして彼らはとうとう、古代の言語らしき文様が記された、金属製の板を発掘することに成功した。その文様は、ドミニクの予想通り、『エイボンの書』のそれと酷似しているらしい。
 
 「詳細を確認するため、至急カナダまで来てほしいの。やっぱり、信頼できる友達に観てほしいから。出来るだけ早く来て、ヴィンセント! あなたに見てほしいの!」
 
 手紙は、そう結ばれていた。

 しかし、ヴィンセントは釈然としないものを感じた。いや、違和感なんてものではない。はっきりとした疑念だ。だいたい、ドミニクが彼を、「ヴィンセント」なんて、他人行儀な呼び方をするものだろうか。それも、いちばん大事な手紙の末尾に!
 「ヴィンスでいい。友人は皆そう呼ぶんでね」と言ったときの、極上の笑顔を忘れたのか。
 
 そこで彼は、それまで打ち込んでいた「エイボンの書」の研究を一時中断することにした。
 旅行に出発するためではない。状況をはっきりと整理するためだ。
 ミスカトニック大学付属図書館には出かけるものの、いつもの閉架書庫ではなく、人名録コーナーへ行き、「レーバン・シュルズベリー」の名を調べてみる。
 
 レーバン・シュルズベリー。1837年生まれ。アーカム市西ストリート498番地在住。ミスカトニック大学名誉教授。専門の人類学のほかにも、考古学、天文学、哲学、宗教学の学位を所有。著書『ネクロノミコンにおけるクトゥルフ』(ミスカトニック大学出版局)、『ルルイエ異本を基にした後期原始人の神話の型の研究』(プレス・ケイオジアム)ほか多数。
 そして……。
 1915年、謎の失踪を遂げる。

 そこまで読み進めたときに、ヴィンセントは肩を叩かれた。振り返ると、図書館長の顔があった。
 70歳は過ぎているだろう。年齢のためか、それとも重なる心労のせいか、皺としみに塗れてはいたが、いかにも学者然とした、毅然たる表情は崩されていなかった。怪訝な様子で、彼は尋ねた。
 「前々から気になっておったんだが、あんたいったい、毎日毎日、何を一生懸命に調べとるんだね?」
 ミスカトニック大学付属図書館長にして文学博士、ヘンリー・アーミティッジは、片手でポケットのなかのパイプをいじり、もう片方の手で眼鏡を上げ、じっとヴィンセントの顔を見やった。
 「寄付金の件もあって大目に見てはおったが……。いいか、あんたが調べていることは、素人が首を突っ込んでいいモノじゃない。くだらない調べ物はとっとと切り上げて、家に帰るんだ。さもなければ、暗黒の世界に足を踏み入れたまま、二度と戻れなくなるぞ!」
湖の闇(3/10) ( No.3 )
日時: 2005/02/25 22:20
名前: 化夢宇留仁

「ご忠告ありがとうございます。肝に銘じさせていただきます。アーミティッジ博士。」
「うむ。」
ロナルドの素直なセリフに、博士は満足したようだった。しかし続く彼のセリフは博士をあきれ顔にさせた。
「ところで『ネクロノミコンにおけるクトゥルフ』と『ルルイエ異本を基にした後期原始人の神話の型の研究』はどうやったら閲覧できますかね?あと他にシュルズベリー博士が著した書物も知りたいのですが。」

 アーミティッジ博士を口説き落とし、なんとか『ネクロノミコンにおけるクトゥルフ』の閲覧を許されたロナルドは、日が暮れるまでその書物と格闘していた。
英語で書かれているというのに、あまりにも想像を絶するその内容は、彼の柔軟な知能を持ってしても理解できるように噛み砕くのは難しかったのだ。
なんとか読み進める内、彼はその内容に件の『エイボンの書』と重なる部分があることを発見し、戦慄を覚えていた。
あのニューヨークでの一件で、『エイボンの書』はある程度は信用の置ける内容であることが証明されている。その『エイボンの書』と重複する内容が散見されるということは、『ネクロノミコンにおけるクトゥルフ』もある程度は信用できると考えることが出来る。しかしその内容は、真実だとは到底信じられない、また信じてしまえば自分の足場が全て失われるような恐るべきものだったのだ。

 レーバン・シュルズベリー博士のことはロナルドも会ったことはなかったが、論文や考古学学会誌などで知っていた。
彼のことを調べてみたのは自分の知らない側面を期待してのことだったが、その収穫と言えるものは知っている内容が正しいということくらいだった。
しかし彼の著書が闇に隠された恐るべき真実の一端を表しているのは確かなようである。
すると今カナダでドミニクが関わっているの遺跡は、ニューヨークの地下や骨董品屋で見たような、現実とは信じられないような恐怖に満ちた事柄なのかもしれない。

 日も落ちて大学を後にしたロナルドは、すぐ近くにあるらしいレーバン・シュルズベリー博士の家へデューセンバーグを走らせた。
 博士の家はミスカトニック大学とは川をはさんだ反対側の町はずれにあった。古風な住宅街だったが、ここより北に進むと廃屋やうち捨てられた工場などが見えてくる場所である。
そこは広い敷地に昔ながらの切妻屋根の建物がある立派なものだった。
しかし門は閉じられており、鍵付きの鎖がかけられていた。鎖にはプレートがつけられており、現在家屋を管理しているらしい弁護士E・E・ソールトンストールという名前と連絡先が書かれていた。
この様子だと、博士は10年前に行方不明になってから、まともに帰ってきたことは無さそうである。
いったい博士はカナダで調査を始めるまではどこにいたのだ?それとも人知れず10年間ずっと調査を続けていたというのか?
そもそもドミニクと一緒にいるのは本当にレーバン・シュルズベリー博士なのか?
そして博士を彼女に紹介したというカール・スタンフォードとは何者なのだろうか?

 デューセンバーグを帰路につかせ、闇夜に輝く三日月を眺めながら、ロナルドは<銀の黄昏錬金術協会>のことを考えていた。
 ドミニクはメディアに出ずっぱりだと書いていたが、彼は日々隠者のような生活を送っているせいか、それほど有名だとは知らなかった。
彼の聞いたところによると、いわゆる知識系の金持ちが集まる会で、定期的に集まってはオカルト談義に花を咲かせたり、美食を楽しんだりしているらしかった。高名な人物が多数参加しているという噂があったので、多分それでメディアも騒いでいるのだろう。そういう俗物的な嗜好を嫌悪するロナルドがよく知らないのも無理はなかった。
問題は会は極度に秘密主義で、関係者に行方不明になった者がいるという噂も流れているということだ。
ロナルドにとっては<銀の黄昏錬金術協会>は、友愛団体というよりも秘密結社というイメージが強かった。
もちろん秘密結社と言っても、その秘密自体を楽しんでいる罪のないものが大多数だが、中にはそうでもないのもあるのだ。

 かく言うロナルドも、ある秘密結社の一員だった。
その会は<古の暗示に瞑想する集い>と言い、内容は考古学や伝説と化した歴史を語り合い、造詣を深めると共に、美食と美酒を楽しむというもので、秘密になっている理由は勿論「美酒」の部分である。
彼は数年前に考古学的興味からこの会に参加し、他では誰も話しに乗ってこないような、荒唐無稽とも言えそうな話題、例えばニューヨークの地下に人間が退化した不死の怪物がのさばっているというような話題を交わして楽しんでいた。
太っ腹な寄付金のおかげもあって最高名誉会員の立場まで上りつめたのだが、ここ数ヶ月は興味を失って参加していなかったのだ。
知識に空想の彩りを加えた与太話というのは、与太話だから楽しいのであって、真実だと分かってしまっては酒を酌み交わして楽しむ話ではなくなる。
しかしこんな時は、あのうわさ話の好きな連中も役に立ちそうである。
カール・スタンフォードやレーバン・シュルズベリーに関して、普通には耳に入らない話が聞けるかもしれない。
 今度の<古の暗示に瞑想する集い>の会合は3日後だった。
早くドミニクがどんな様子なのか確かめたい気持ちもあったが、手紙の最後にこっちに来るように誘っているのが、逆に彼に時間的余裕を感じさせた。
どういう状況であれ、また彼女が書いているのでは無かったとしても、誘うということは向こうに待つ気があるということである。
手紙に彼は来ないようにと書かれていれば即日向かったところだった。
 ロナルドはその日を待つ間、カナダ遠征の準備を進めた。
 またレーバン・シュルズベリー博士の家を管理している弁護士に連絡もとってみた。
弁護士は博士は10年前から一度も帰ってきていないと話し、行き先も分からないと答えた。しかし博士はきっと帰ってくると約束していたという。
単なる遺跡の調査で弁護士に行き先を伝えないというのはおかしくはないだろうか。
話題が先行して何人もの考古学者が狙っているもの、例えばファラオの墓のようなものなら分からないでもないが。
 カナダ遠征の準備は、ただの旅行の準備とは異なっていた。
なにしろ半年前の経験がある。
あの透明の化け物にはライフルがまったく効かなかった。ドミニクは彼自身の呪文めいた言葉で怪物をひるませていたと言っていたが、そのきっかけとなったらしい深海の夢もここ数ヶ月はまったく見ていない。元々無意識でつぶやく言葉などに期待はしていなかったが。
方々のコネに連絡をとり、3日後にはトムプソン・マシンガンを手に入れることに成功した。
他にダイナマイトとショットガンとオートマチックピストルも購入した。
愛用のエンフィールドも勿論持ってゆくが、どんな状況に陥るか分かったものではない。念には念である。
他にも様々な状況を考慮して準備を行った。

 <古の暗示に瞑想する集い>の会合は、ボストンのある高級レストランを借り切って行われた。
久しぶりに顔を出したロナルドは他の会員に大歓迎され、しばらくは挨拶を受けるだけでも大変だった。
各会員の荒唐無稽な考古学上の仮説の発表などがあり、内容はインディアンは土から生まれたとか、黄色人種は腐敗の中で生を受けたために突然変異を起こした種であるとか、相変わらずの馬鹿馬鹿しさだった。
一段落してみんなが酒と料理に舌鼓を打ち始めた頃、ロナルドはさりげなくカール・スタンフォードと<銀の黄昏錬金術協会>、そしてレーバン・シュルズベリー博士についての聞き込みを開始した。
 まずレーバン・シュルズベリー博士についてだが、こちらは大した情報は得られなかった。
博士を知る人の中には、彼が遙か彼方に宇宙の全ての事物が書き記された本が並ぶ図書館があると話していたと教えてくれ者もいたが、どうも今の状況と関わりがあるとは思えなかった。
それにしてもそんな図書館があるのなら一度行ってみたいものだ。
 カール・スタンフォードに関しては知る者は少なく、知っていたとしても名前くらいというのが大多数だった。
それというのも<銀の黄昏錬金術協会>の中心人物はジョン・スコットという男で、カール・スタンフォードは彼の補佐をしているにすぎないらしい。
それならなぜドミニクはスコットのことを書いてこなかったのだろうか?それともスタンフォードは会の外部との連絡役なのか?
 ジョン・スコットという男は、<銀の黄昏錬金術協会>の教祖であり、指導者であるらしいが、その経歴は不明で、噂では本当の魔術師だという話だった。
そして<銀の黄昏錬金術協会>は、表面的には<古の暗示に瞑想する集い>と同じような知識的な楽しみを謳歌する平和な会だが、完全に隠匿されている裏の会が存在し、そちらでは本当の魔術や生贄の儀式が執り行われているというまことしやかな話しも聞くことが出来た。
どんな集まりでも秘密を保っていると外部からそのような噂が囁かれるものだが、実際に<銀の黄昏錬金術協会>に関わっていた友人が行方不明になったと話す会員が何人かいたのには眉をひそめざるをえなかった。
 そしてたった一人だが、<銀の黄昏錬金術協会>の会員だったという男もいた。
彼の話では<銀の黄昏錬金術協会>は<古の暗示に瞑想する集い>と大して変わらない内容だったが、どうも表向きの階級よりも更に上位の階級が存在しているらしいということだった。
と言うのもジョン・スコットとカール・スタンフォードを除いてはマスターと呼ばれる階級が最高位の筈なのに、明らかにマスターよりも高い地位の扱いを受けている人物が何人もいたらしい。
そして漏れ聞こえてくる会話の中から、どうやらそれら上位のメンバーは頻繁に外国に出かけているらしいことも分かった。
彼自身はなんとなく怪しい噂に真実味を感じ始め、つい最近退会したのだが、その間際に謎の上位メンバーらしき連中の会話の一部を聞くことが出来た。
それは「ニピゴンで2つの収穫があった」というものだった。

 ロナルドは例によって高価な葉巻を一口吸っただけでもみ消し、決意を固めた。
明日カナダに向かう。
湖の闇(4/10) ( No.4 )
日時: 2005/09/23 14:40
名前: Thorn  <thorn0925@muse.ocn.ne.jp>

 愛車のデューセンバーグを走らせながら―相変わらず気難しいクルマだ、などとぼやきつつ−ロナルドはこれからの行動計画を練り始めた。ポケットには、ニューヨークでの惨劇の最中、ドミニクから渡された五角形の模様が刻み込まれた石がいくつも入っている。それらを弄びながら、幾重にも縺れ合った糸を頭のなかで整理立てようと懸命に記憶を辿り、それらの因果関係を繰り合わせる。

 好事家特有のひとたび思い込んだら周りが目に入らなくなってしまう性質を多分に有するロナルドは、案の定、考えに気を取られすぎて、カナダに通じるハイウェイを走っている際に二度も大きな事故を起こしかけた。
 「旧き」力も、人間が起こす災いにはまるで効果がないようで、そのうち一度などは、警察のパトロールカーが検問を行うため停止の合図を出していたのに気が付かず、怪しまれて追いかけられ、目下ハリウッドで制作が進んでいるという噂の映画「バビロンの王子」の主人公よろしく、ちょっとしたカー・チェイスを繰り広げてしまった。

 「事件」を大目に見てもらうためには、結構な額が必要だった。いまだ保守的な南部の農民が見たら目を回すほどの額の小切手を切りながら、ヴィンセントは慨嘆した。――なるほど、俺はパルプ雑誌の主人公でなければ、流行の映画スターでもない。現実社会での法的な責任を可能な限り回避することはできても、そこから一歩踏み出し、既存の体制の枠から乗り越えることを許されない凡庸な市民に過ぎないのだ。家柄というくびきに縛られた、哀れな、一人の物好き(ディレッタント)、それが俺だ。ちっぽけな存在だ、ここにこうして立っているのは――そこまで考えてから、一息吐いた。

 そして、あくびをしながらのんびりと給油作業に勤しんでいる田舎者丸出しのガソリン・スタンド店員をよそに、途中寄ったドラッグ・ストアで手に入れた写真週刊誌を手に取った。
 ざっと全体を斜め読みする。極彩色の表紙には、溜息が出るほど景気の良い文句が踊っている。清廉潔白を売りにした政治家、ハーディング元大統領に関する汚職事件に関する新たな展開、人気女優の下半身に纏わるいつもながらのスキャンダル、新型のフォードがいかに機能美に満ちたフォルムを備えているのかを力説している解説記事、そしてあの「ジャズの神様」ルイ・アームストロングの新譜に纏わるエピソードなどなど……。
 なかでもとりわけ、スコット・フィッツジェラルドという名前の気鋭の作家が記した、『グレート・ギャッツビー』だとかいうタイトルの新作小説の内容には心惹かれた。
 フィクションの登場人物が現実よりも荒唐無稽な具合に設定されているのは、おそらく今も昔も変わりはない。それこそ紀元前のアテナイやらメンフィスやらで発明された浄化(カタルシス)の法則の域から出ることなしに、二十世紀の現在まで連綿と続けられている退屈極まりないお約束をそれとは知らずに踏襲してくれている。
 しかし、この落差はどうだろう。彼、ギャッツビーだとかいう新興ブルジョワジーは、ここまでチャンスと精力に恵まれながら、溢れんばかりの才能を「まっとうな」ことに浪費してしまっている。馬鹿げたことだ、詮なきことだ。
 日曜学校での説教でいつも牧師が言っていた――偉大な先達、尊敬すべきフランクリン大統領を見習って、質素倹約を旨とし、誠実に生き、天職を見つけてそれに殉じよ、と。汝の財布に金が入る音がするとしたら、それは天国への階段を一歩上がったこと意味するのだ――おそらく、それこそが「正しい」生き方なのだろう。だが、同時にそれは、最も単調で味気ない処世術の指南でもある。

 −もちろん俺は、そんなつまらない生涯を送るつもりはない。誰も解くことが適わない秘められた世界の謎を究明することこそが、真に打ち込むべき価値のある何かであり、達成すべき目標であるのは間違いないのだ−だが、そうした想いを熱くすればするほど、自分がどこか遠いところへ行ってしまって、もといた場所へと還ることができなくなってしまうのではないかという、えも言われぬ焦燥に駆られてしまう。
 ニューヨークでの怪事件が思い出される。禁じられた知識の集積に熱中するあまり、人間社会との絆と、人としての尊厳とをかなぐり捨てたフェルデナント・モーガン教授。往年の彼の姿と、変わり果てた彼の様子とが、ヴィンセントの脳裏で二重写しとなって反芻される。これこそが人間のあるべき形だと、「まっとうな」道徳を嘲笑うかのように突き出された骨と皮だけの痩せ衰えた呪われし痴態。その、自然ならざる様子で飛び出した眼窩が、不気味に嗄れた声が、絶えざる腐臭が、焦点の定まらないぎらぎらと灼けるような眼差しが、無言で地獄めいた何かを物語っている……。

 ハイウェイの出口が近づいてきた。この先の検査所を抜けると、その先はもうカナダだ。とはいっても、国境沿いの検問という言葉から連想されるほどまでに、ものものしい警備体制は敷かれてはいないようである。そのせいでかえって、人為的に敷かれた「国境」と名づけられた境界線は、近隣の住民にとってはさほど重要な意味を有していないという事実に、今さらながら気がつかされてしまう。

 五大湖の一つスペリオル湖は、既にハイウェイを走っている間に通り過ぎてしまったが、まだ、湖は大きく四つの部分に枝分かれしている。数百万年前には一つの巨大な湖であったのだろう。しかし、この北米有数の巨大な湖沼群の周辺には、近年、急激な工業の発達によって、自動車製造や鉄鉱石の精錬を目的とした工場群が次々と乱立し、湖周辺で執り行われていた漁業や農業などの伝統的な産業を締め出してきている、という。 

 そういえば、この間、美容室へ行った際の待ち時間に雑誌で読んだ、ハワード・フィリップス・なんちゃらという男の小説にも、うらぶれた漁村が登場していた。
 ……小説じゃあ東海岸が舞台になっていたが、案外、こんな場所がモデルになっていたのかもしれないな。
 生来楽天的な性格であるヴィンセントには、「ウィアード・テールズ」なる仰々しい題名の雑誌に載っていたその不気味な怪奇小説が、超自然的な事柄を扱いつつも、いわゆる形而上学的な深淵とは無縁なものであり、そこで語られる恐怖の感情が、つまるところは日常生活における嫌悪感を顕微鏡で拡大して語ったかのように見えてならなかったのである。どんなに努力しても完全には拭い去れぬ閉塞感や素性の知れぬ「他者」への恐怖が、小説の行間からは滲み出ていた。驚くほど純真で繊細な書き手の感情が、客体的な事物の本質を、恐怖という名のヴェールで覆いグロテスクに肥大化させていたのである。

 しかし、意識を回想から差し戻し、目の前の光景に集中すると、途端に幼き日の記憶が甦ってきた。――確かに、ここには来たことがある――かつて両親に連れられてヴァカンスにやってきた際に見た景色と、眼前のそれは、何ら変わり映えがしていなかった。
 前世紀にフロンティアの消滅が叫ばれてから既に久しい年月が経過したが、ちっぽけな人間に比べてこの大陸はまだまだ大きく、人間の手が触れていない場所も数多く残されているのだろう。

 ニピゴン。未来への確固たるヴィジョンを有した産業資本家によってではなく、酔狂な学者連によってではあるが、この地に横たわる秘密は着実に解明されつつある。だが同時にその行為は、畏しい何かと繋がりうる可能性を常に孕んでいる。どうしてそのことがわかるのか? 答えは簡単である。ヴィンセント自身の体験と、<銀の黄昏錬金術協会>の会員だったという男の発言が、隠された事実の重大さを裏付けてくれたからだ。

 彼はロバート・プラモントンという髭面の中年男で、浅黒く皺だらけの顔は、かのカール・スタンフォードの容貌とどこか通ずるところがあった。とはいっても「導師(マスター)」の位であるスタンフォードと、下から二番目の位階である「外宇宙の騎士(ナイト・オブ・アウター・ヴォイド)」にすぎない彼とでは、教団内においての立場は天と地ほども異なるのであるが。

 彼から聞いた「ニピゴンでの収穫」というのは、大きく二つに分けられた。
 一つは、湖畔から湖底にかけて沈んでいた遺跡群に学術的価値があることが明らかになったため、最近、アーカムはミスカトニック大学文学部考古学専修の調査隊による発掘作業が進んでおり、その調査内容に<銀の黄昏錬金術協会>も大いに関心を寄せている、ということ。
 そしてもう一つとは、遺跡とは別に、湖近辺の山麓の地形が、<銀の黄昏錬金術協会>的に大変好ましいものである、ということのようだ。

 ここまで聞いて引っ掛かるところがあったヴィンセントは、もう少し酒を飲ませてより詳しい話を聴きだそうとしたが、前者の発見については「手足のついたピラミッドが…」、後者については「夢の世界で開かれるのを待つ『門』が…」などという譫言とも妄想ともつかぬ切れ切れの言葉しか引き出すことができなかった。
 だが、「まっとうな」人たちのように、ヴィンセントはそれらを無意味な妄言として切って捨てることはしなかった。なぜならば、ヴィンセントもその土地に奇妙な違和感を感じていたからだ。ニューヨークの事件の際、ドミニクより教えられた『門』が関係しているらしいということだけではない。

 男から得た情報のなかに、レーバン・シュルズベリー博士とドミニクの話が一言も出て来なかったことが問題なのだ!

 似通ったような発掘調査が進められているのにもかかわらず、その実体がまるで異なっているというのはいったいどういうことだろうか。同じ湖に二つの調査隊が入り込んでいるのか? そんな馬鹿な。しかし、ドミニクは「円盤」を見つけたという。円盤は「エイボンの書」と関係が……ああ、わけがわからない。考古学者としての経験と勘とが、この地には何かがあると告げている。胸中の危険信号が鳴っている。

 そして、実際にここに来てようやく、それが記憶の底に眠っていた、子供の頃の忌まわしき体験にも、何らかの関係があるものだということにも気が付かされた。この地に因縁があるのはドミニクだけではない。俺にとっても重要な何かが潜んでいるのだ。

 だが、肝心な部分、つまりなぜか当時そこで「何が起こった」のかが思い出せない。ニューヨークでの『蛇』のような、明確な敵が潜んでいるのであればまだ気分が楽なのだが……。こんなことならニューヨークにいる間、専門のカウンセラーに精神分析を行ってもらい、過去にあった出来事を追体験させてもらえばよかった。しかし、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。何より時間がない。こうしている間にも、ドミニクの身に異変が起きているかもしれないのだ。

 ヴィンセントは検問所の入り口に車を停車させ、窓を開けてパスポートを職員に見せる。カナダへの入国目的はと訊かれると、観光目的だと答えた。滞在期間は二週間ほど。無事スタンプを貰い、念のため規定の料金にそれなりの色を付けた額を支払うと、あっけないほど速やかに国境を越えることができたのだった。

 デューセンバーグを快調に飛ばしていく。すぐに、ニピゴン湖畔へと曲がる道が見えてきた。いささかも躊躇せずに進むと、発掘キャンプらしき場所が見えてきた。作業服姿の人足たちが、賢明に地面を掘り返している。小さな鑿のようなものを持って、細かい手作業を行っている者もいる。

 陣頭指揮にあたっているのは精悍な顔立ちに知的さを兼ね備えた40歳前後の逞しい男だ。テンガロンハットをかぶり、ぼろぼろのシャツを着込んでいる。腰には鞭のようなものが据え付けられている。その隣には、かつてはかなりの美人だったであろう小柄で意志の強そうな顔をした女性が、ラフな恰好で図面を片手に立っている。歳のころは50歳くらいだろうか。考古学学会の機関誌を毎号熟読しているヴィンセントには、男がミスカトニック大学のフランシス・モーガン助教授、女性のほうがクラリッサ・ジェイムスン教授だということがすぐにわかった。

 念のために確認してみたが、レーバン・シュルズベリー博士とドミニクの姿は見当たらない。

 二人は仕事に気をとられていて、背後から近付いてくるデューセンバーグには気が付いていない。声をかけようかと思ったが、警戒されてはまずいと考えて止めにしておき、一度車をUターンさせて、目立たないところまで行き、そこで車から降りて、カメラを持ち、湖畔のリゾート地へ保養に来ている観光客を装うことにした。

 ゆっくりと発掘現場に近付いていくと、その傍らにはいくつものテントがあった。そのうちのひとつの入り口のチャックが、半分ほど開いていた。中には書類が散乱している。好奇心に負け、ヴィンセントは足音と気配を殺し、テントの中を覗き込んだ。誰もいないことが確認できると、こっそり忍び込み、内側から入り口のジッパーを閉じた。

 大部分は機械的な作業日程表と、大学に送るための日報で占められていた。ざっと見た限りでは、発掘作業はかれこれ二箇月以上も続けられているようだ。だが、反故の山を引っ掻き回していると、そのうちの一枚に、興味深い記述を発見した。

 ページ上の余白に、<ドイツ語原版『無名祭祀書』からの英訳文抜粋>とあり、その下に「写し」た内容らしきものが記されていた。

「スコットランドにあるミュラードッホ湖には、古代ローマの軍勢によって追放の憂き目を見せられた邪悪なピクト人が住んでいて、他の土地では「魔王」として畏れられる−当のピクト人でさえ別の場所では口に出そうとはしない−存在を崇拝している。そして余は、彼らが崇拝していた存在は現在では死に絶えてはいるが、形を変えた末裔がかすかに生き延び、この地球上で生を得ていることを知っている。
 同様の例は、北アメリカのニピゴンという湖にも見られ、この場所に建てられていた神殿では、コロンブスがアメリカに到着する遙か以前より、口に出すのも忌まわしき存在への礼拝が、永き間、続けられてきたのであった。」

 そのとき、入り口のチャックを空ける音が、テントのなかに響き渡った。ヴィンセントは仰天した。

湖の闇(5/10) ( No.5 )
日時: 2006/08/08 09:18
名前: 化夢宇留仁

「誰?なにをしてるの?」
入ってきたのはジェイムスン教授だった。
ヴィンセントは書類に夢中で完全に虚を突かれた形で、どうにも言い訳のしようもなかった。
とりあえず平静を装ってみる。
「ピクト人はスコットランドの原住民族だと記憶していますが、アメリカ大陸にも足を延ばしていたというのは初耳ですな。」
いきなりの意見に、ジェイムスン教授は眉をよせたが、それでも話ができる相手だと分かって少し安心したようだった。
「ここにいたのはピクト人じゃないわ。彼らが崇拝の対象にしていた存在がこのあたりにもいるらしいってこと。物取りってわけでも無さそうね。」
「ロナルド・ヴィンセントという者です。人を探してまして。」
「それで書類の山を漁ってたってわけ。」
書類の束をひっくり返しているので、これも言い訳のしようがない。
「これはその・・・私は好奇心が強い方でして。」
「どうしました教授。見つからないですか?」
そう言って入ってきたのはフランシス・モーガンだった。

 警察を呼ばれては時間と、なにより金の無駄である。そんなに持ち合わせがあるわけでもなく、恐らく警官は小切手は受け取らないだろう。
ヴィンセントはドミニクからの手紙を見せ、簡単に事情を説明した。
2人は最初は疑っていたが、レーバン・シュルズベリーの名を聞いて眉をひそめた。
「彼がここに?それはほんとうなの?」
「この手紙の通りなら。確か博士は10年前に行方不明になられてますね。ご存じだったんですか?」
「彼はミスカトニック大学の名誉教授でもあるから、何度かお話ししたことはあるけど、一言で言えば変人ね。でも凡人にはない面白い着眼点を持っていたわ。近くにいるのならぜひ意見を聞いてみたいわね。」
「と言うことは、こちらの調査隊にはいないと・・・。」
「そういうこと。それに金属の円盤なんてものも発掘してないわ。もちろんそのドミニクという女性も。」
「そうですか。ではこの湖周辺にもう一つ調査隊がいるということになりますね。」
「そうかもしれないわ。五大湖に比べたら小さいとは言え、ニピゴン湖だって周囲だけでも300k以上あるし、島だってあるんだから。でも3ヶ月も同じ湖を調査しているなら、お互い見つけてもよさそうなものだけどね。」
「そうですな。しかし・・・指定の場所はこの近くの筈なんですよ。」
ヴィンセントは、ドミニクが手紙に書いた指示に従ってここまでやって来たのだ。
「悪魔の口じゃないか?」
それまでほとんど口を挟まなかったモーガンだった。
「そうかもしれないわね。」
ジェイムスンはうなずいたが、その表情は曇っていた。
「悪魔の口とは?」
「洞窟よ。この辺にもたくさんあるんだけど、悪魔の口は中が複雑な上に、高低差も激しくて、危険すぎて調査出来ないのよ。悪魔の口っていうのはこの辺の原住民がそんな名で呼んでたの。」
ドミニクのことだ。そういう場所の調査と言われれば、返って喜んで行くだろう。
「それはどの辺りです?」
「ここから北東に20kくらい行ったところに、森が切れて荒れ地になっている場所があるわ。そこからストーンヘンジじみた石造りの遺跡が見えるの。そこから北に5kくらいだけど、険しい山道だから、そのまま行ったら遭難しかねないわよ。」
「そのストーンヘンジもどきはなにか分かってるんですか?」
「本家と同じく謎のままよ。この辺の原住民もいつ作られたのか知らないの。」
いよいよ興味深い。

 ヴィンセントが教授達とテントを出ると、調査隊の作業員らしい黒人が遺跡の方に歩いていく後ろ姿が見えた。
「彼は?」
「この近くで雇った作業員の一人よ。なにか?」
「いや、別に。どうやら神経質になっているようです。」
話を立ち聞きしていて、テントを出る気配に気付いて歩き出したらちょうどあのくらいの距離である。
この調査隊のことは銀の黄昏錬金術会で報告されていた。つまり彼らは姿を隠してこっちの調査隊のことを監視しているのだ。
その最も簡単な方法は、現地の雇い人を買収することだろう。

 近くの街まで戻り、郵便局で用事を済ました後、新たに装備を調える。
半年前のニューヨークでは遅れをとったが、今回はヴィンセントにも少しは知識があり、準備をするだけの知性も、必要なだけの金もあった。
今度は前のようにはいかない。
 その日は近くにホテルに泊まり、翌朝早くに悪魔の口へ向けて出発した。
ジェイムスン教授に言われた通り、ニピゴン湖の北東へデューセンバーグをとばすと、ほどなくして森が切れて荒れ地が見える場所に出た。
デューセンバーグを路肩に停めて双眼鏡で見回してみると、確かにストーンヘンジを小型にしたような遺跡が、荒れ地の中に寂しげに立っているのが目に入った。
デューセンバーグを森の中に隠し、荒れ地に入る。用意してきた武装のほとんどは置いていくしかなかった。
辺りを注意深く見てみると、予想通り何台かの乗用車とトラックが同じように森の中に隠されていた。おそらくドミニクのいる調査隊のものだろう。

 その遺跡は、確かにストーンヘンジに似ていた。石の数や大きさは異なっても、その独特の並び方は明らかに共通するものがあった。
古代の日時計だという説が有力なストーンヘンジだが、あらためて見ると日時計と言うよりも、中央に神を戴く座場のような印象を受けた。
北に目を向けると、次第に大きく高くなるノコギリのような岩が続き、やがては大きな岩山を形成していた。
確かにこれは骨が折れそうである。
 ヴィンセントが肩に掛けていたフック付きロープをほどき、クライミングの準備を始めたところだった。
「ヴィンス。あなたなの?」
声の方に振り向くと、岩山の脇に若い女性が立っていた。
ドミニクである。
「ドミニク!無事だったのか!」
「無事もなにも、手紙に書いたでしょ。平和で充実した毎日よ。ヴィンスこそ遅かったわね。もっと早く来てくれると思ってたわ。」
ドミニクはつばの短い丸い帽子にポケットの多い麻の上下、それに長いブーツといういかにもな探険家風の姿で、怪我をしているとか、パッと見で分かるような変化は無かった。
しかしヴィンセントは、半年前と同じように好奇心でキラキラ光る彼女の眼の中に、わずかに異質で、どこかうつろななにかが潜んでいるように感じた。
具体的にどこと言うわけではないが、なにかが違っている。
そしてこのタイミングで彼女が現れたことも、それを裏付けているような気がした。
ここは演技力が試されるところである。
「すまなかったね。準備に手間取ってしまったんだ。それにしてもグッドタイミングだね。君のことだから、現場につきっきりかと思っていたよ。」
ドミニクは一瞬言葉に詰まり、次の瞬間にはにっこり笑って流れるように答えた。
「気分転換に散歩してたのよ。ず〜っと、洞窟の中にいたら気が滅入っちゃうわ。」
「そう言えば現場は洞窟だと書いてあったね。そう言えばレイバン・シュルズベリー博士が一緒らしいじゃないか。彼は現場に残ってるのかい?」
そう言ったとき、ドミニクの背後からもう一人の人影が現れた。
「私を呼んだかね?」
長身痩躯ではげた頭頂部のまわりから伸びた、白く少しウェーブがかった長髪。なによりの目印は丸くて色の濃いサングラスだ。
レーバン・シュルズベリー博士である。
「はじめまして・・・だね。ミスター・ロナルド・ヴィンセント。」
そう言って握手の手をさしのべる博士のサングラスの縁からは、いたずらっぽい小さな眼が覗いていた。
hrNGjaQFTwugEtqCQt ( No.6 )
日時: 2018/08/16 08:48
名前: hwsgkheuwug  <niovng@ozhkdt.com>
参照: http://hgfdlsvmaqfy.com/

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日時: 2018/08/16 09:36
名前: xzwprmhdxn  <nynhlz@oeraut.com>
参照: http://iiywkrjnyrfp.com/

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日時: 2018/08/18 02:38
名前: Alexander  <randalpud@yahoo.com>
参照: http://www.musictherapy.biz/remedy-rx-pharmacy-winnipeg-5b4f.pdf

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名前: Ian  <franceso26@usa.net>
参照: http://www.hawaiipapaya.com/dapsone-webmd-35f7.pdf

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日時: 2018/08/18 02:40
名前: Efrain  <chaunceyl33@gmail.com>
参照: http://combinedev.com/app/wwwlinde-healthcarecomar-d0ea.pdf

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