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桃源郷(8)
日時: 2013/12/08 14:17
名前: ウルタール

江戸時代辺りにもクトゥルフ神話が有っても
面白いのではないでしょうか・・?
そんな軽い気持ちでスレッドを立ててみました。
日本情緒あふれる・・そして、あくまでクトゥルフの
神性が見事に噛み合ってくれたら、幸いです・・。
メンテ
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桃源郷(1/8) ( No.1 )
日時: 2013/12/08 14:18
名前: ウルタール

寛永11年(西暦1634年)三代将軍、徳川家光が政権を
担っている頃の不可思議なお話でございます・・。
10年前の寛永1年に幕府はスペインとの国交を断絶し、
世に言う【キリシタン狩り】の真っ只中でありました・・。
今年、寛永11年の2年後には、長崎に出島を築き
ポルトガル人達やその他の異国人を一まとめにし、
監視をし易い様に手配したので有りました・・。
その翌年には、かの有名な【島原の乱】が起こるのです・・。

・・これからお話しする物語は、そんな歴史の大舞台に
隠れて、取り沙汰されずに終わってしまった奇妙奇天烈な
お話しにございます・・。

刀鍛冶の弟子の1人に【佐吉】と申す、うだつの上がらない
冴えない人物がおりました。
歳のころは26歳・・、博打と歌舞伎が大変好きで
お暇を貰えさえすれば、足しげく通う毎日で有りました。
鍛冶暦はまだ2年と浅く、主な仕事といえば、
接客や熱した鋼玉を冷やしたり、伸ばしたりの繰り返しでした。

佐吉が妙な噂を聞きだしたのは、暑い暑い夏の陽気の頃でした・・。
「佐吉つぁん、知ってるかい?例の噂・・。」
そう問いかけるのは、歌舞伎好きの同志・野辺蔵(のべぞう)でした。
「ああん?なんだい、噂ってのは?」
みたらし団子をほうばりながら、面倒くさそうに返事をします。
「何でも白髪の・・そりゃあ、すごい美人を三回見かけると
何でも願いが叶うって代物だよ・・。知らねえのかい?」
鼻息を荒くして力説する野辺蔵でありました。
「ふ〜ん、白髪の美人を三回見かけるね〜・・。」
佐吉は当時、博打でかなりの借金をこしらえていましたので、
もしその噂が本物なら、借金を帳消しに出来るかもしれない
・・そんな魂胆を企んでいました・・。もし、本当なら・・。
たとえ法螺話、与太話の一つであったとしても美人なら
良い思いを出来るかもしれないと心の中でクスっと笑いました。
「南蛮渡来人か何かかい?それとも物の怪の一種かい?」
佐吉は、興味なしのそぶりで野辺蔵に聞き返しました。
「とんでもない!!どうやら、神さまの一種らしいって話だよ、これが!
町外れに山道へ続く小道が有るだろう?あそこら辺に
子の刻どき(深夜12時)に行くと会えるらしいってよ!」
得意満々で答える野辺蔵でした。 
メンテ
桃源郷(2/8) ( No.2 )
日時: 2013/12/08 14:19
名前: 秋山

その夜、佐吉は野辺蔵を伴い件の山道に来ておりました。
月明かりの他には灯火も無く、闇を包むは虫の声だけ。
二人は草むらの中に身を隠し、山に続く小道を睨みながら、既に半時(約1時間)が過ぎようとしておりました。
「佐吉つぁん、もう諦めて帰ろうぜ。やぶ蚊が多くて痒くて仕方がねえや。」
「何言ってやがる。何でも願いを叶えてくれる神様に会えるって言ったのはおめえだろ。痒いのぐらい我慢しやがれ。」
「俺だって神様には会ってみてぇけどよ、これだけ待っても来ねえんだ。今日は神様も都合が悪いんだろうよ。」
「ふんっ、帰りてぇなら一人で帰れ。」
(俺は神様に会って博打の借金帳消しにしてもらうんだ。)
喉元まで出かかったその言葉を、佐吉は呑み込みました。
「帰れだと?佐吉つぁん、おめえはほんとに冷てぇ奴だな。この噂だって俺が教えてやったってのに、俺に内緒で行こうとしやがるし。…いいよ!帰ってやるよ!」
矢庭に立ち上がった野辺蔵を、佐吉は慌てて引き留めます。
「まぁまぁ、本当に帰る奴があるか。ここまで待ったんだ。あと少しぐらい待っても良いじゃねえか。」
「…だったら、次に誰かが通りかかるまで待ってやるよ。神様ならそれで良し。神様じゃなかったら、そん時こそ俺は帰るからな。」
「そう来なくっちゃな。よしよし、ただ待ってるのも退屈だろ。野辺さん、一つ賭けをしようじゃねえか。」
「賭け?」
「次に通るのが男か女か当てるのさ。一分でどうだ?」
「一朱で十分だよ。」
「よし!決まった。先に選ばせてやるよ。どっちに賭ける?男か。女か。」
「男。」と野辺蔵。
「じゃあ、俺は女だ。」

それからさらに四半時(約30分)が経った頃。
小道の彼方にぼおっと浮かぶ灯りが一つ、ゆらりゆらりと揺れながら二人の方にゆっくり近づいて参りました。
「おい、あれ…。」
「…提灯か?人魂じゃあねえだろうな。」
その提灯に照らされて、やがて人の姿が見えてきました。
薄浅黄の地色に藍色の花が染め抜かれた派手な小紋を身に纏い、髪は若衆髷、唇には紅、眉墨を引いた色白の艶やかな面立ち。
「ありゃぁ、確か…」
「ああ、猿若座の松原小弥太だ…」

猿若座とは、江戸の中橋(現在の日本橋辺り)にあった歌舞伎小屋で、日本で最初の歌舞伎劇場でもありました。
この頃の歌舞伎は、現代の歌舞伎とは様子が違い、年若い美少年達が歌や踊り、軽業などを披露する若衆歌舞伎と呼ばれる物でした。
彼らは芸を披露する一方で男娼も行っていたと言われ、後にそれが原因で若衆歌舞伎が禁止され現在の歌舞伎に変わって行く事になります。
松原小弥太は、猿若座で最近急に人気の出てきた新人だったのです。

「提灯の灯りで見る小弥太も綺麗だねえ…」
「ああ、全くだ。」
ゴクリと喉を鳴らす佐吉に、野辺蔵は黙って手のひらを差し出します。
「何の真似でえ?」
「通ったのは男。俺の勝ちだ。さあ、一朱よこしな。」
「…まあ、待て。あれを見な。」
「なんでぇ、往生際が悪いぜ。佐吉つぁん。」
「いいから、よく見てみろ。」
言われて小弥太を良く見てみれば、その後ろに隠れるもう一つの人影。
小弥太に付かず離れず添う姿は女の様です。
「女も一緒だから、この勝負はちゃらだ。」
「いや、女かどうか、まだ判らねえよ。」
その時、不意に小弥太が立ち止まり、後ろの連れを振り返りました。
揺れた提灯が照らし出したその姿に、佐吉と野辺蔵は息を呑みます。
鈍色の着物に青白い肌、赤い唇と大きな瞳、真っ白な髪を腰まで垂らしたこの世のものとは思えない程の美しい女。
「…で、で、出た!」
メンテ
桃源郷(3/8) ( No.3 )
日時: 2013/12/08 14:19
名前: 化夢宇留仁

 明くる日、佐吉は眠い目をこすりながら、鍛冶の仕事も上の空で、昨夜のことを思い出していました。
予想していたにも関わらず、その女の美しさはこの世の物とは思えず、妖気さえまとっているように見え、二人とも一も二もなく悲鳴をあげて逃げ出してしまったのです。
その日は師匠にどやされながらもなんとか仕事を終え、早々に床についたのですが、目を閉じれば浮かんでくるのは昨夜の女の顔。
悲しそうでもあり、恨みを抱いているうでもあり、笑っているようにも見えるなんとも言えない表情がこれまた浮世離れしており、生きた人間とは思えません。
しかし同時に、言いようのない魅力があり、それは吸引力と言えるほどだったのです。
 最初に野辺蔵に聞いた話では、白髪の美人を三回見れば願いを叶えてくれるということでした。それを思えば、佐吉はあと二回、あの女を見れば願いが叶うわけです。
しかし二回目は取り殺されないとは言い切れず、なにより怖ろしくて、もう一度あの寂しい小道に行く気にはなれません。
そこで次に浮かんできたのが松原小弥太の顔でした。
あいつなら女のことを知っているに違いない。なんとか話が聞けないだろうか。
しかし小弥太は新人とは言え、今や猿若座で一番の人気者。囲う金なんてありはしないし、話しかけても洟もひっかけてくれないでしょう。
それでも諦めがつかず、眠れぬ夜を過ごした佐吉でした。

 次の日、佐吉は中橋に向かっていました。
とにかく小弥太の注意をひいて、なんとか話を聞くつもりでした。
しばらくすると、後ろの方から佐吉を呼ぶ声が。
野辺蔵でした。
「やっぱりこっちにいたな。おやじさんに佐吉つぁんが出かけたと聞いて、慌てて追っかけてきたら、冴えない後ろ姿が見えたって寸法よ。一人で歌舞伎に行こうとは、おめえほんっとに冷てぇ奴だよ。」
「すまねえ。俺はどうしてもあの女の事を小弥太に聞きてえんだ。」
「それは俺だって同じ事よ。あれから女と小弥太の顔がちらついて、夜もおちおち寝てられねぇ。それであんたを誘いに行ったらもぬけの殻ときたもんだ。おめえって奴ぁほんとに・・・」
「分かった分かった。俺が悪かった。仲良く二人で歌舞伎見物といこうじゃないか。」
そんなこんなで二人は中橋に着き、若衆歌舞伎を満喫したのでした。

 絢爛豪華な出し物に目を奪われ、大いに盛り上がっていた二人でしたが、いよいよ松原小弥太が出てくると、緊張して黙り込んでしまいました。
なんとか小弥太が出ている間に、彼に気付いてもらうよう声を掛け、出来ればその後の予約に繋がるお金を渡したいところなのですが、お金は全然無い上に、緊張のあまり声も出てこないのです。
お互い肘で小突き合い、小声で「おめぇが呼べ」「おめぇこそ声出せ」とかやっている内に、踊りを続けたまま、小弥太が目の前に。
ただ口を開けて固まっている二人のところに、小弥太の方から近寄ってきたのです。
それでもなにも言えない二人でしたが、小弥太は更に二人に近づくと、二人の耳元で、「今夜またあの場所に来てください。」それだけ言って、また踊りに戻っていきました。
佐吉と野辺蔵は顔を見合わせました。
「小弥太は俺たちの顔を覚えてたんだ。」
「しかしあの真っ暗な山道で、提灯も点けてなかったのに。」
「それでも見えてたんだよ。月明かりがこっちに当たってたんだろうよ。」
あの日は月は細く、人の顔まで分かるような明るさではなかったのですが、それ以外考えようがありません。
 舞台が跳ねる頃には、日も暮れかかっておりました。
二人は近くの屋台でなけなしの金で酒を買い、しばらく居座った後、その勢いを借りて、再びあの小道へ向かったのでした。
メンテ

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