航海日誌番外編1

「アクモラでの麻薬組織壊滅作戦で、実行部隊の指揮をしてもらいたい」
 ニキフォロフが煙草に火をつけながら言う。
 ジュリエッタは軽く頷いた。大体の予想はついていたからだ。
 この男が自分を呼び出すからには、単に食事でもして旧交を暖めたい、などというわけがない。
 ホテルのレストランで食事をし、その後にリザーブしてある部屋に誘われたからといって、それが色気のある話でないのも分かっていた。
 アレキサンデル・ニキフォロフ。表向きは帝国陸軍退役大佐。マッシリア宙域青少年保護協会の顧問、惑星ナウトの教育評議員。
だが、実際はプロジェクト・ゾンビ、帝国陸軍特殊作戦部隊の退役者で編成された秘密工作グループの責任者だ。
 そして、ジュリエッタも、プロジェクト・ゾンビの一員だった。

「1ヶ月前、アクモラの警視総監が自宅で家族もろとも射殺された。続けて2週間前には麻薬捜査担当の検事長が車に爆薬を仕掛けられて・・・」
 アクモラは小国分裂状態の、とある惑星の辺境の小国に過ぎない。しかし、そこから供給される麻薬が、惑星、星系、ひいては星域に多大な汚染を広げつつあった。
 そこで帝国は現地政府に麻薬取締の強化を要請したが、それは不幸な敗北に終わった。
「そして先週、徹底抗戦を呼びかけた上院議員の令嬢が拉致され・・・身体を15等分されて送り返されてきた」
 ニキフォロフが紫煙を吐き出した。安煙草のにおいが部屋に充満している。
「我々はもう傍観しているわけにはいかない。もちろん、直接帝国が手を下すわけにもいかないが・・・これが、作戦の詳細とメンバーのリストだ」
 いつものことだ。
帝国軍が姿を現わすことの出来ない星系に、誰にも知られぬように潜入し、誰にも知られぬ ように任務を達成し、誰にも知られぬように去っていく、不正規作戦のプロフェッショナル、それがプロジェクト・ゾンビだ。
 
 ジュリエッタは作戦内容を一読した後、メンバーのリストに目を通した。
「どうかね、そのメンバーは?」
「スティットソン准尉は信頼できます。それから、フィナン曹長、クライフ一等軍曹、ウェンイン三等軍曹も、Cグループ時代からの私の部下ですから、よく知っています」
「それは優秀だろうな」
ニキフォロフが苦笑しながら答えた。
ジュリエッタは現役当時、降下猟兵師団の特殊戦闘大隊に所属していた。階級が伍長以上で従軍年数3年以上、降下戦闘経験3回以上の猛者ばかりを集めた部隊だった。
それでもジュリエッタは指揮を任されたCグループの隊員20人から、プロとして不適格だと判断した者を次々と追い出していった。
結局、最後まで残ったのはスティットソン等4人を含む、たった6人の兵士だった。
だが、その6人が他のどのグループよりも多大な戦果を上げる精鋭グループとなったのだ。
ニキフォロフも、もちろんこの逸話を知っていた。だからこそ、まだ現役でいる1人と戦死した1人を除いて、残りの全メンバーを召集したのだ。

「ゲイル上級曹長・・・組むのは初めてですが、噂は聞いています。元Aグループ所属、行動力、判断力とも申し分無いプロで、今までの任務は全て完遂してきたと・・・」
「ああ、母親の胎内にいた時から兵士だったような男だ」
「ジャイディ二等軍曹とオクパラ三等軍曹というのは?」
「そう、ヴァルグル人だが・・・二人とも能力は折り紙付だ。ジャイディはロードランナー(長距離偵察パトロール要員)だ。チャ・コソロの補給ルート分断や、ボナンゾン戦での爆撃誘導で実績がある。オクパラも降下戦闘6回、対ゲリラ戦闘4回のベテランだ」
 ジュリエッタは納得してリストを閉じた。
「商船の仲間に別行動することを伝えてから、明朝出頭します。作戦終了後、Xボートで仲間のところまで送っていただけますか?」
「ああ、約束しよう大尉」
 これで快適な民間船の旅とは、しばらくお別れになる。
 ジュリエッタは密林や砂漠の厳しい生活、血と硝煙の臭う戦場に思いをはせ、不思議と頬が緩んでいる自分に気づいた・・・。

 

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