航海日誌番外編2

アクモラの国土の大部分は高温多湿のジャングルだった。
農耕に適した土地は少なく、その少ない海岸側や川沿いのわずかな土地に、数千万人の国民がひしめき合って暮している・・・典型的な貧困国の構図だ。
そして、政府の統制の取れないジャングル奥地では、栽培しやすく高価で売れる麻薬が名産品となり、その麻薬資金を元手に犯罪組織が独立国のような巨大な力を持ち始める。
力で叩き潰そうと、根本となる貧困が解決されない限り、第二、第三の麻薬組織が誕生するのは目に見えている。
しかし、組織の蛮行を放置することも、何の解決にならないのだ。
ジュリエッタは行軍の途中、ふとそんなことを考え、すぐに思考を中止した。今は作戦の成功だけを考えるべきだ。

ジャングルに潜入し、すでに3日・・・。
先頭のウェンイン三等軍曹が何かを発見した。
親指を突き立て、それから手首を一回転させ、指を三本出して見せる。
無言のまま、スティットソン准尉がその手信号を後ろに送った。
ジュリエッタが握り拳を作り、手を激しく振る。
クライフ一等軍曹とジャイディ二等軍曹が右に、フィナン曹長とオクパラ三等軍曹が左に展開していく。
ジュリエッタはウェンインの所まで前進し、双眼鏡を取り出して周囲を観察した。
ジャングルの真ん中に、不自然に開けた幅5メートルほどの整地された土地があった。
それは南北に長く人工的なカーブを描きながら続いていた。
ついに麻薬輸送ルートを発見したのだ。

この3日、チームは一言も口をきいていない。無駄口も喫煙も、火を使って食事をすることも、自由に排泄することさえ特殊作戦の最中には許されないのだ。
ジュリエッタは後ろを向き、耳の高さで手を開閉させた。
ゲイル上級曹長が後方を監視しながら、ゆっくりとジュリエッタの脇までやってきた。チームは全員、ブーツや金属装備を全て麻袋でくるみ、音がしないようにしている。
そして、身体には原生の葉をすり潰して塗り付け、体臭を消している。限りなくジャングルと一体になること、それが生き残る秘訣だ。
 ジュリエッタは音を立てないように注意深く紙を取り出し、簡単な現状の地図を書いてゲイルに見せた。
 ゲイルに前方の道を基準に、地図を確認させる。そして、隊員の配置と地雷を設置すべき場所を次々と書き込んでいく。
 ゲイルがそれを頭に入れたのを確認し、今度は紙を裏返した。
『作戦・L字型待ち伏せ攻撃』
『運用・銃撃による攻撃で地雷原へと敵を追い込む』
『注意1・目的は敵の戦力低下と心理的消耗。全滅までは必要としない』
『注意2・予想外の方向からの敵出現の場合は即時に作戦を終了、脱出する』
『射撃開始・最初の地雷爆発を合図とする』
『1度目の笛・一旦射撃中止』
『2度目の笛・射撃再開』
『3度目の笛・フェイント。射撃継続』
『4度目の笛・撤退開始』
 と作戦の詳細を書き込む。
 ゲイルは頷くと、自分の持ち場である後方警戒地点へと向かおうとした。
ジュリエッタはそれを止め、念入りに作戦の手順と撤退の合図を完全に把握しているかの確認を行った。
完全な奇襲と素早い離脱、そしてチーム全体の作戦認識と意志統一の徹底こそが、ジュリエッタの作戦指揮成功率を100%に保ってきた秘訣だった。
 ゲイルもそれを分かっているのか、初めて指揮下につく古参兵とは思えぬ従順さで、ジュリエッタの慎重過ぎるほどの打ち合わせに付き合った。
 それから、ジュリエッタは地図を持って隊員一人一人の所へ指示を伝えに向かい、作戦をそれぞれの頭に叩きこんでいった・・・。

 

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