美女と野獣探訪記10

 陽光の下、『シュペトレーゼ(遅摘み葡萄)号』の白銀の船体が輝いていた。
 偵察局が放出した、いわゆる独立任務用の中古のS型偵察艦。
 中古とはいえ、船齢はたった2年で新品同様だった。
 購入代金は16MCr。S型偵察艦の通常価格は28.938MCrだから、破格の値段だといえる。
 代金はマスターが5MCr、トラベラー・ダイジェスト誌が4MCr、ラスラップ卿が個人的に1MCrを出資し、残り6MCrは分割でマスターが支払っていくことになった。
 普通、偵察局の中古船払い下げには分割払いは適用できないということだから、価格の面 といい随分と優遇をされているようだ。
 それというのも、ラスラップ卿の口利きのおかげだろう。

 S型偵察艦は、Xボートと並んで偵察局のシンボルといえる船だ。
 2パーセクのジャンプ能力と2Gの通常加速。本当に理想的な多目的小型艦といえる。
 僕は子供の頃、偵察艦「MkVI・後期バージョン」のダイキャストモデルを部屋に飾っていた。
 そして、いつかこれに乗りたいと子供心に思っていたのだ。
 残念ながらマスターが手に入れた「シュペトレーゼ号」は、ある意味で最も完成されたスタイルを持ち、生産数も最大の「SEVEN・S2」というタイプだった。
 この「シュペトレーゼ号」は特に調査用に改造されていて、後部の汎用室の半分をモデル9のコンピュータと分子シミュレーターが占め、残り半分には様々な研究機材が無造作に並んでいる。
 とにかく狭苦しい。
 それは置いておくとして、多くの人達が、偵察艦と聞いて思い浮かべるのは、このS型偵察艦の「S2」か、一世代前の「S1」だろう。
 「S2」は尖ったノーズと、大きく張り出した豊満な両翼が特徴的なモデルだ。
 「S1」の頃はノーズから後方に至るラインが全体的に鋭角になっていた。

 僕が一般にS型と呼ばれる「SEVEN」ではなく、古い「MkVI」を好きなのは、俳優のラル・ブランセンがやっていた1050年代のTVドラマ『裂溝の彼方で』を子供の頃、再放送で見た影響だ。
 毎週、ラル・ブランセン扮する偵察局員と、相棒のヴァルグル人カカが、色々な惑星を「MkVI」で冒険するのをワクワクして観たものだ。
 特にアメーバ生物が偵察艦の中に侵入し、どんどん増殖していく話は怖かったのでよく覚えている。
 最初、その生物は検疫で見落とされた、たった1個の細胞だった。
 だが、その細胞が分裂を繰り返し、2個、4個、8個、16個、32個・・・と増えて、やがて異常を感じて貨物室を覗いたカカを襲う。
 生物にはどんな攻撃も効かず、倒すには宇宙港にある消毒薬をかけるしかない。
 どんどん増殖を続ける生物は、わずか3時間後には船全体を覆ってしまう。
 その前に宇宙港まで着けるのか・・・。
 思い出すと今でもドキドキする。
 

 

「バカね! どんな攻撃も効かないのに、何で消毒されただけで死ぬのよ? それに、有機細胞なんて、高熱を加えれば絶対に死ぬ んだから」
 この話をマスターにしたのが間違いだった。
「第一、エネルギー源になる有機物が無いのに、そんなに生物が増殖できるわけないでしょう?」
 また始まった・・・。
「偵察艦1隻分の有機物なんて、人間2人と食料、カビとか空気中の微生物ぐらいよ。それを完璧に取り込んで、自分の体に100%変換させたとして、せいぜい300Kgがいいとこ」
 僕はただ、あの怖さを伝えたかっただけなんだ・・・。
「宇宙船をウネウネっと覆い尽くすなんて、とてもじゃないけど・・・あれ、でも平均の薄さ1mm位 なら内隔全てを覆うことぐらいは・・・」
 マスターは何やらブツブツと呟き始めた。
「大体、そのアメーバがいた元の惑星ってどうなってるの? 先にそっちが覆われてんじゃないの? 1個の細胞が30分で2個に分裂すると仮定して、1日を地球と同じ1440分に設定すると、1年後には2の17520乗個の細胞が・・・」
 あんなにバカにしていたくせに、今は自分がもっと夢中になって架空のアメーバ生物が惑星を覆い尽くすところをシミュレーションし始めている。

 僕は完全に自分の世界に入ってしまったマスターを置いて、コクピットに行く事にした。
 マスターはこうなると、もう他のモノは見えなくなるし聞こえなくなる。
 隣でボーッとしているより、フォーボールドン星系へのジャンプ計算の準備でもしていた方が有意義だろう。
 それに、これから作る昼食も何にするか考えなくてはならない。
 マスターは、自分で料理しないくせに、味にはうるさいからなぁ・・・。
 こうして、僕達の旅が始まった。


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