美女と野獣探訪記11

「航路情報を申し上げます。偵察局リジャイナ航路部、標準時035日21時発表。座標B−091より座標A−032へ軌跡を引く流星群があり、両座標を結ぶ宇宙域には航行禁止警報が、隣接宇宙域には航行注意警報が出されています」
 僕は通信機のバンドを合わせる行為が楽しくて、もう三度目の航路情報を聞いていた。
「アシニボイア第4航路ハーコート軌道付近で、故障した商船から積荷が流出する事故が発生、40Cm四方、重量 50Kg程の金属機械数個が漂流している模様です。付近を航行する船舶は十分に注意し、発見した場合には通 報をお願いいた・・・」
 ビーッ。
 通信機の音声が途切れ、出航20分前を告げるブザーが鳴った。
 僕はシュペトレーゼ号の自動チェック機構を作動させ、最終点検を行なった。
 無数のパイロット・ランプが次々と点滅を開始した。
 燃料フル、電圧正常、核融合炉異常なし、重力補正器正常作動中・・・そして最後に、全機構異常なしのランプが点灯した。
「マスター、そろそろ出航ですよ」
 僕は、隣のシートで本を読んでいるマスターに声をかけた。
「あっ、そう」
 マスターからは無感動な返事が返ってきた。本から顔を上げもしない。
 大体、僕はせっかく宇宙服を着込んで気分を出しているのに、マスターは普段着のシックな薄手のセーターとハーフパンツという姿だった。
「あの、もうちょっと緊張感ていうか・・・」
 僕が抗議すると、マスターは面倒くさそうに本から顔を上げた。
「はいはい、目の前に16MCrのオモチャがあるんだから、静かに1人で遊んでてね」
 ひどいことを言い、また本に顔を戻してしまう。
 確かに、最新型のあらゆる装備を持った宇宙船にとって、宇宙港からの発進やジャンプインなど、危険とは全く無縁の行為だった。
 とんでもない故障や、宇宙船が爆発するような事故など、滅多に起こることはない。
 もし、何かが起こるとすれば、それはジャンプした後のことだ。2度とジャンプアウトしてこなかったり、とんでもない場所に飛び出してしまったり・・・。
 僕も海軍時代、通常空間での事故は2回しか見ていない。
 あれだけ大量の軍艦や輸送船があわただしく、整備や誘導もそこそこに行き来しながら、2年半でたったの2回だったのだ。
 平時のAタイプ宇宙港で入念な整備を受けて、きちんとした管制の下で航行して、それで事故が起こるなどとは考えにくい。
 だけど、気分ていうものがあるじゃないか!
 せっかく初めての出航だっていうのに・・・。
 僕は憮然としながら、スイッチを押した。
コクピットのエアロックが静かに閉じていく。
 頭上では、耐圧ガラス製のキャノピーの上から、ディスプレイ・スクリーン、耐重力スクリーン、耐熱スクリーン、放射線防護スクリーンが、次々とカーテンを引くように閉まっていった。
 真っ暗になったコクピットに、計器類だけが点滅している。
 いよいよ出航の瞬間が近づいてきた。
「ちょっと、暗い! 本が読めないでしょう!?」
 マスターが苦情を訴えてきた。気分が台無しだ。
 僕は憮然として、スイッチを操作した。ディスプレイが外部の様子を映し出し、コクピット内には照明が燈った。

   

 

「こちらA1管制塔、F725便シュペトレーゼ号へ。これより発進位置まで誘導します」
 ディスプレイの片隅に、若い女性の管制官からの通信が入った。
「こちらF725便、了解!」
 僕が背筋をピシッと伸ばし、声を張り上げて答えると、ディスプレイの中で管制官がクスクスと笑った。
「あのね、ここの宇宙港は宇宙船の年間発着が26万回もあるのよ。皆があんたみたいに、いちいち張り切ってたら身が持たないのよ」
 何か変なことでも言ってしまったのかと狼狽している僕に、マスターが説明してくれた。
「いえ、笑って失礼しました。ああ、これが初めての航海なんですね。それじゃあ緊張するのも無理はないですよね」
 管制官はニッコリと笑いかけてくれた。
 ああ、マスターにもこういう優しさがあったらなぁ・・・。
「では・・・誘導信号に従って、22番離陸床に移動してください」
 僕はシュペトレーゼ号を動かした。
 といっても、単に管制塔から出ている誘導信号に航行コンピュータをリンクさせただけだ。
 ガクンと少し強い振動が起き、シュペトレーゼ号は車輪走行で発進位置へ向かって走り出した。
 ほとんどの宇宙船は反重力で飛び立つことができるため、滑走する必要はない。
 極端な話、宇宙船が肩を並べている間から、そのまま上昇していくことも可能だ。
 実際、海軍にいた頃は小艇でそうやって急な輸送任務に向かうこともよくあった。
 しかし、民間の宇宙港では大概、それぞれ十分な間隔と距離をとった離着陸床を用意している。
 万一の事故や操作ミスの際に、他の船を被害に巻き込まないためだ。
 マスターがそっと僕の耳に口を近づけてきた。
「この管制官の女、なかなかやるわね。初めての航海だって聞いて、すかさず一番離れた予備の離陸床に誘導したわ」
 ・・・みんな嫌いだ。

 その後、僕はただっ広い宇宙港の一番端っこまで誘導され、他の船が近くにいない地点からシュペトレーゼ号を発進させた。
 やっぱり、全く信用されていないらしい。
 シュペトレーゼ号は反重力の力で軽やかに空へと飛び立った。
「A1管制塔より、F725便へ。大気圏離脱コースK32を進んでください。時速750Kmまで増速を許可します」
「F725便、了解」
 僕はディスプレイの航路指示パネルが示すコースに進路をとり、反重力装置のパワーを徐々に上げていった。
 陸地がどんどんと遠ざかり、宇宙港が小さくなっていく。
 シュペトレーゼ号は雲を抜け、成層圏へと向かいつつあった。
「F725便、航海の無事をお祈りします。またのご来港まで、お元気で」
 管制官がにこやかに微笑んだ。
「誘導有り難うございました。行ってきます」
 僕も笑顔を返した。
 こうしてシュペトレーゼ号は、マスターと僕を乗せて惑星リジャイナを離れたのだった。


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