美女と野獣探訪記13
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マスターは憤慨していた。 フォーボールドンは帝国最大の殖民計画が現在進行形で進んでいる。 星中が活気に満ち、工業、鉱業、農林水産業、牧畜業といった第2次産業が急速に発展を続けている。 そして、マスターが見たがっていた、普段は流れの少ない静かな淡水中に棲み、翼を使って水面 を跳ねるように飛んで昆虫を捕食する、ソテスィアという原生鳥類が絶滅していたのだ。 無茶苦茶なスピードで進む近代化と、大規模な惑星改造、それに加えて目の前にあるこの巨大なダム建設のせいだ。 今年、本格殖民がスタートした。 これから、次々と他の生物達も絶滅への道を進むだろう。 マスターは、ダムの守衛に食って掛かり、自然破壊の恐ろしい結末と生態系保護の重要性について熱く語り、そうしたことに無関心らしい守衛に必死で説教していた。 しかし、そんな話をされても、守衛だってたまらないだろう。 別にこの守衛がダム建設を計画して、自然を破壊しているわけではないのだ。 警察を呼ぶぞ、守衛は厳しい口調で言った。 当たり前の対応だ。 僕はなおも抗議を繰り返すマスターを引っ張って、ダムを後にした。 |
「あんたは一体、どっちの味方なの!」 マスターの怒りの矛先が、今度は僕に向かった。 どっちの味方、と言われても困る。 僕はマスターの味方ではあっても、別にダムの守衛の敵ではない。 抗議するならするで、ちゃんと手続きを踏んでしかるべき筋にするべきだ、と僕は冷静に正論を言った。 だが、そんなことこの人にはお構いなしらしい。 「あんたはあたしが不愉快になったら一緒に不愉快になって、あたしが怒ったら一緒に怒ればいいの! 右と言われたら右、駄 目なら駄目、黒いカラスもあたしがサギって言ったら白って言うの! 分かった!?」 それじゃあ本当に下僕だ。 それに、お互い無視しあう大喧嘩を始めたのは、そっちじゃないか・・・と思ったが、何も言わず曖昧に頷いておいた。 マスターはとりあえず満足したのか、怒りを納めて地図を取り出した。 「ここよここ」 地図の一点を指し示す。ホーギ湖と書いてある。 「ここが何か?」 「イカルイスの越冬地」 「はぁ・・・」 僕にはイカルイスが何なのかは分からない。 「ここに今から行くのよ」 僕はもう一度地図を見た。今いる場所とは遠く離れている。 「でも遠いですよ」 「たった2Cmじゃない」 地図で2Cmでも、これは惑星全体の世界地図だ。実際には2000Km離れている。 |
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「じゃあ、街に戻って飛行機の予約をして・・・」 「あれで行くわよ」 マスターが、ここまで乗ってきたエア・ラフト、恐怖のベレンガリアS−600改を指す。 「エア・ラフトじゃ、この距離は大変ですよ」 「行くわよ」 聞いてない。 「それに、ホテルの予約を変更したり・・・」 「行くのよ」 マスターは、もうエア・ラフトに向かって歩き出している。 「ちょっと聞いてくださいよ」 僕はその後ろを追って手を掴んだが、すぐ振りほどかれた。 「行くったら行くのよ、このバカ犬!」 犬と言われて僕もさすがにカチンときた。 「じゃあ勝手にしてください。僕は知りませんから」 「乗りなさいよ」 S−600改に乗ったマスターが命令したが、僕はそっぽを向いていた。 「・・・バカ! 行くのよ! 乗りなさい!」 マスターはガンガンと超高価なエア・ラフトを叩いて僕を呼ぶ。 これじゃ、ほとんどオモチャをねだって駄々をこねている子供だ。 僕は溜め息をつき、仕方なく助手席に乗りこんだ。
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「行くわよ」 マスターが少し涙混じりの声で言った。 S−600改は砂塵を上げて空中に飛び上がった。 グッとシートに身体が押し付けられ、スピードメーターはどんどんと数字を大きくしていき、すぐに時速400Kmをキープした。 「ちょっと! 止めてくださいよ!」 僕が叫ぶと、マスターは急ブレーキをかけた。 ほんの数秒で、時速400Kmから完全停止するエア・ラフト・・・僕はフロントウィンドウに蛙のような格好でへばりつく羽目になった。 しばらく2人とも無言だった。 「で、イカルイスって何なんです?」 先に口を開いたのは僕だった。 僕はもう、そんなに怒ってはいなかった。 多分、マスターは目の前にあっけない生物の絶滅という現実を突き付けられ、いてもたってもいられなくなり、一刻も早く次の目的地に行きたかったんだろう。 「イカルイスは目を持たないで、超音波で獲物や周囲を把握する珍しい大型の鳥。もう2000羽しかいないの・・・」 早くしなければ、次の場所でも絶滅が今にも起こってしまうかもしれないという焦燥感が、いつもは理性的なマスターをあんな風にしたのだろう。 「さっきはバカ犬って言ってごめんね」 マスターが言った。 「いえ、いいんですよ」 これがいけなかった。 ここでマスターに妥協などするべきではなかった。 マスターに、殊勝という言葉なんてなかったのだから。 |
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「ううん、本当にゴメンね」 マスターの息が僕の耳にかかった。 「チューリは可愛い、あたしの大切なワンちゃんよ」 今思えば、こういう犬扱いはヴァルグル人として断固として抗議しなければならないのだが、この時の僕はこれで不覚にもデレデレになってしまった。 ごめんなさい、ご先祖様。 「その生物が本当に生きている所を観察して、手で触れてみなくてはダメなの。人々が暮らしている所を見て、言葉を交わさなきゃ」 マスターは、僕の手を握って言った。 「資料や文献なんて全てを完全に紹介できている訳じゃないし、その正確さも保証されているわけじゃないわ。著者の誤記、誤認、誤解、創作、捏造・・・」 マスターがそっと僕の毛を撫でる。 「このままじゃ、遠くないうちにこの星の生態系は滅茶苦茶になる。この星本来の生物の姿を忠実に記録するには、今しかないのよ」 マスターは僕の頬にキスをした。 「ね、お願い・・・」 そして、僕はマスターの誘惑に負けた。 |
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僕は、とりあえず一旦は宇宙港まで戻って装備を整えることを条件に、マスターに言われるままフィールドワークの旅を開始することに同意したのだ。
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