美女と野獣探訪記14

 僕達はまず数時間エア・ラフトを飛ばし続け、ホーギ湖に行ってイカルイスとやらの観察をした。
 その日は野宿になったが、あまりの寒さにマスターと身を寄せ合って眠った。
 次の日はメリナ火山に行き、ホアリカ文明の遺跡を撮影したのだが、先に調査に来ていたミルトン大学の考古学者フォークトン博士から、様々な説明もしてもらえた。
 考古学は、いろいろな時代に暮らした人々が遺した「モノ」の資料により、それぞれの場所と時代の人々の生活、文化、社会を明らかにする学問だ。
 「文字史料」を基にして研究を進める、「文献学」と呼ばれる方法を採る歴史学とはその点で異なる。
 基礎資料を入手する方法も他の分野とは異なっている。通常、「モノ資料」を発掘調査をはじめとする野外調査で入手し、 その資料を分析し、資料の中にある情報を最大限抽出するように努める。
 抽出した情報を発表する時には、写真や図を多数用いて報告をすることになる。
 したがって写真や録画、図画といった記録するための多くの技術も必要になる。


 考古学には基になる資料の特徴に応じた研究をするのに必要な独自の方法がある。
 それは資料が出てきた位置と層から資料の「新旧」を判断する『層位学』と呼ばれる方法と、資料そのものがもっている色々の特徴から資料の推移を考える『型式学』と呼ばれる方法である。
 この二つの方法を組合せて資料の年代を決めることが調査と研究の第一歩である。
 これは考古学のもっとも考古学らしい方法であり、これを基にしてさまざまな遺物や遺構の編年がなされ、編年を基にしてさまざまな方面 の調査や研究がされることになる。
 資料の年代が決まらないことには、時代や社会の様相が全く違う資料を同じ基準で比べることになり、意味のないことをすることになる。
 例えば、数千年も年代が異なり、複雑な階層差のある社会の資料と、単純な平等な社会の資料を比べることになりかねない。
 年代を決めるのには層位学と型式学を組合せ、自然科学の技術を応用して相対年代を求め、調査と研究をするのが本来の考古学の在り方である。
 資料の年代を決めるのはすべての調査・研究の基礎になるのでもっとも必要なことであるが、それは手段であって、それだけでは考古学が目的にする研究をすることにはならない。
 年代だけでは研究を進めることはできない。
 考古学が目的にするのは資料の年代を明らかにすることだけではない。
 年代が明らかになった資料を使い、そこにあった人々の生活・文化・社会のありさまを明らかにすることである。
 しかし、それには考古学的資料だけでは万能ではなく、分野やテーマによっては及ばない部分もある。
 そこで他の分野の研究成果を参考することによって多角的なアプローチをすることが可能になる。
 文字記録がある場合には主として文字記録が、文字記録がない時代・地域・分野では生態学・環境学・動植物学・地理学・地質学などの自然科学の研究成果 を参考にするのが一般的である。
 この点、マスターはもともとが理系出身で本来そちらが専門家なのだから、非常に有利で多角的な研究を進めることが出来た。
 マスターと僕は、発掘調査の手伝いをして数点の資料の発掘に成功し、祭祀が執り行われていた広場の跡を発見した。

   
「この星の地面は、何だかパサパサしてますね」
 僕は円柱の発掘を行ないながら、音波測定で地中を探っているマスターに聞いた。
「うん・・・水資源が少ないし、それに地中に生息している線虫が極端に少ないのよ」
「線虫ですか?」
 耳慣れない単語だ。
「線形動物門線虫綱の細長い線形の生物。固体数、種類、生活圏の多彩さ、どれをとっても地球で最も繁栄している多細胞生物よ」
 それを聞いて、僕は間抜け面を作ってしまった。
「地球で最も繁栄してるのは、ソロマニ人じゃないんですか?」
 マスターはフンと鼻を鳴らした。
「地球の全動物の体重をグラフ化すれば、十数パーセントが線虫で、種類は約百万種。氷点下から高温の硫黄泉、水中から砂漠までどこにでも住んでるのよ。ソロマニ人がいくらしぶとい奴らでも、線虫にはかなわないわよ」
「ハァ・・・」
「地球の土壌が有機物に満ちて栄養豊富だったのは、線虫の生命活動によるところが大きかったのよ」
 僕は、なんとなく足下のパサパサの地面を見つめた。
「だけど、この惑星にはムエンダっていう雑食性の昆虫がいて、こいつが自分より小さな生物を何でも捕食してしまうから、線虫みたいな微小生物が繁栄できなかったの。その結果 が、この貧弱な土壌よ」
 マスターが土を手ですくって、指先でこねて見せた。土はパラパラと粒のように流れていく。
 本当に痩せた土だ。
「・・・」
 マスターは汚れた自分の手を見た後、そっと僕の服で手を拭いた。
 子供じゃないんだから・・・。
「その話は、私も聞いたことがあるな」
 コーヒーを持ってきてくれたフォークトン博士が言った。
「惑星改造の一環で、管理公社が300兆トンの水を運んできたそうなんだが、一緒に線虫をユーキーから運んできたそうだ。確か・・・何京匹のそのまた何十倍だとか、ものすごい数らしい」
「畑などは1平方メートルに10億を超える線虫が生息してますからね。そのぐらいの数は簡単に集まるでしょうけど・・・結局はムエンダに食べられて終わりじゃないですか」
 マスターが皮肉っぽく言う。
「そう、管理公社の連中もそう考えて、ムエンダ退治のための動物まで仕入れる予定らしいよ」
 マスターの顔が曇った。
「どんな動物です?」
「詳しくは知らないが、モグラに似た生物だそうだよ。ジェンゲから運んでくると言ってたかな・・・」
 マスターは不機嫌そうに、ふーん、と言った。
 そうやって、人間が様々な手を自然環境に加えることに、マスターはひどく反発を感じるらしい。
 マスターはコーヒーを飲みながら、しばらく何かを考えているようだった・・・。


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