美女と野獣探訪記06
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そんな風に、何だかんだしていた楽しい時間も、終わる時がきた。
帝国暦1107年、戦争の始まる直前に、僕は海軍に徴兵された。
マスターと僕は、お別れに小さな日帰り旅行をした。
レンタカーを借りて、リグニ市の郊外まで行って、惑星開発初期の宇宙港や、六角教団の遺跡やらを見て周った。
山奥の滝川をバックにして、マスターが僕の写真を撮り、そこで僕達は生還と再会を誓った。
夕方、川沿いのキャンプ地でバーベキューをした。
「種族は違うけど、すごく好きでした」
僕は火を起こしながら、そっと呟いた。
答えが無いのでちらりと顔を上げると、マスターは僕を見下ろして優しく微笑んでいた。
時折吹く風が、さわやかな夏草の匂いを運んできた。
「必ず帰ってきます」
マスターは、静かに僕の頭を撫でてくれた。
「この指輪覚えてる?」
マスターは、僕にプレゼントさせた指輪を見せて言った。
「ええ、もちろん」
あの日以来、マスターはずっとその安物の指輪をしてくれていた。
「婚約指輪はね、本当は高価な物を贈るのよ」
マスターは言った。
「すみません」
僕は謝った。
何しろ、たった660Crの指輪だ。婚約指輪なんて呼ぶのもおこがましい。
それも、マスターがああいう風に料金を貯めてくれてのこと・・・自主的にだったら、指輪なんか買っていなかっただろう。
「いいのよ。高い婚約指輪を贈るのは、結婚前に自分に万一のことがあったときに、相手に財産を残すためなの」
マスターはもう一度、僕の頭を撫でてくれた。
「チューリは無事に帰ってくるんだから、婚約指輪なんて安くていいのよ」
「あの・・・それ、本当に婚約指輪として受け取ってもらえるんですか?」
僕が聞くと、マスターは微笑んだ。
「それは、帰ってきたら答えてあげるわ」
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次の日、僕はマスターに見送られて、海軍に入った。
マスターは海軍基地のゲートをくぐろうとした僕に突然駈け寄って、驚く僕の唇を強引に奪った。
人間とヴァルグル人のカップルなんて、ほとんどお目に掛かれるものではない。
しかも、それが宇宙港の海軍基地のゲート前でキスなどするのは、多分これが宙域史上初のことじゃないだろうか?
宇宙港の海軍専用エリアは、この美女と野獣の前代未聞のキスを一目見ようとする野次馬達で溢れ返った。
ウェディングソングを大声で歌い、はやし立てる奴もいた。
数分もの長い長いキスを終えて、マスターは僕の首に手を回したまま高らかに宣言した。
「いい!? あんたはどこに行っても、あたしのドレイだからね!」
僕の海軍生活は、マスターのとんでもない暴挙で始まった。
勘違いして欲しくないのは、僕がマスターを嫌いなわけないってことだ。
僕自身、不器用なマスターが照れ隠しでしたのだろう、この高圧な愛情表現自体は嬉しいとは感じていた。
だけど、僕はそれから先ずっと、海軍で言われ続けて苦労したのだ。
“あの”ヴァルグル人と・・・。
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その後の戦争の記憶は、とりたてて書くようなこともない。
2年半、荒くれ男達に囲まれて、ただ黙々と小艇で貨物を運び続け、機械を整備していただけだった。
最初は冷やかされながらも毎日のように書いていたマスターへの手紙も、次第に疲れて書けなくなることが多くなり、その内に僕が別
の星系に転属してマスターとのやり取りは音信不通になった。
20歳から22歳までの青春を失って、代わりにエンジニア養成所での教育と、パイロット免許、整備士免許を手に入れた。
それだけのことだ。
戦争が終わってから、ああもう2年以上も経ったんだな、とぼんやり感じただけだった。
帰ってきた、本当にそう実感できたのは、リジャイナの宇宙港に着いてからだが、そんな感傷もすぐに吹っ飛ばされた。
リジャイナはゾダーン艦隊の艦砲射撃を受けて、焼け野原になっていた。
生家も焼け、家族も死んでいた。
大学も破壊されて単なるガレキの山になっていた。僕はしばらく卒業することなく終わった母校の変わり果
てた姿を見つめて、溜め息を一つついてその場を立ち去った。
マスターの生死も分からないし、生きて帰れて良かった、と思える状況ではなかった。
軍はその代わりに敵艦隊に多大な損害を与えて、戦略的に大勝利を納めたと発表していたが、僕は誰にともなくバカ野郎と思っただけだった。
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僕はしばらく無気力に浮浪者同然の暮らしをしていた。
もう、このまま死んでもいいような、投げやりな気分だった。
全てのモノを失い、守るモノもなく欲しいモノもなくては、生きていく気力など沸いてこない。
けれど、逆に“何も無い”という状態は強いものだった。
これ以上失うモノなどないから、何も怖くい。やれるだけやってみて、ダメでも後は死ぬ
だけだ。
そう思うとあとは早かった。
僕は薄汚れた格好のまま復員兵で溢れる職安に向かい、次の日から 宇宙港の整備士として勤務することになった。
それから半年近く、僕はオイルに塗れながら宇宙船の整備をして暮らした。
考古学への夢は、心の奥底にしまい込んだ。
何も考えずにただ黙って、機械だけを相手に自分自身を機械のように押し殺しながら、僕は何とか虚無感と折り合いをつけて生きていく道を見つけ始めていた。
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