「美少女いりませんか?」1
帝国暦1110年。
ユーキーのひなびた宇宙港は、そこそこの活気とそこそこの倦怠感を漂わせていた。
宇宙港の一角に、古くて汚い灰色の宇宙船が停泊している。
宇宙船というより、まるでトレーラーハウスのように洗濯物が干してあったりして、妙に生活感がありすぎる。
リーリヤ・ティモシェンコは、その宇宙船内の一室で救難用の固形食糧を食べながら、求人情報誌を読んでいた。
船室の中には、様々な星の雑多な土産物が、所狭しと飾られていた。
リーリヤは17歳と若い。
美少女・・・と言っていいだろう。
しかし、長い黒髪を前髪だけ金に染め、レイヤーパーマをかけている。化粧は真紅のルージュに紫ラメのアイカラー。穿き古したジーンズに、軍からの流出品らしいボンバージャケットという服装。
これではどこから見ても、ダウンタウンの家出不良少女だ。
だが、リーリヤこそが、この宇宙船の所有者だった。
リーリヤの父は名うてのトレジャーハンターだった。
一攫千金を夢見て星々を駆けまわる“やまし”と呼ばれる連中の 中でも、父はとんでもなく最高の“ロクデナシ”だったと、リーリヤは思う。
男やもめでリーリヤを育てながら、幾つもの財宝や鉱脈を発見して、莫大な財産を手に入れた。
そして、その財産を惜しげもなくギャンブルで使い果たした・・・。
そんな父の生き様が、リーリヤは好きだった。
(だからって、宇宙船の停泊料くらい残しておけよ! バカオヤジ!)
リーリヤは、父が貯めこんだ停泊料の返済に追われて燃料代さえ払えず、まだこの船を宇宙に飛ばしたことはない。
「先週と先々週の停泊料、払えなければ出てってもらいますよ」
宇宙港の管理官の言葉が思い出されてくる。
宇宙船乗りのプライドとして、船を海に浮かべておくなんていう屈辱だけは避けたい。
「何かパ〜ッと儲かる仕事ねぇかな〜」
こういう発想自体、父の血を色濃く引いているな、とリーリヤは苦笑した。
「ん?」
リーリヤは、求人情報誌のあるページに注目した。
『チャーター便募集。ジャンプ2パーセク可能の宇宙船を持ち込みで働けるパイロット・・・諸経費支給、報酬3万Cr』
3万Cr! 停泊料5年分だ!
「これだ!」
リーリヤは情報誌に指定されていた、宇宙港に隣接するホテルの一室を訪ねた。
ベルを鳴らして来訪の目的を告げると、ロックが外れる音がして、インターフォンから返事が聞こえた。
「どうぞ、レディ」
部屋の中は広く、綺麗に整頓されている。リーリヤの部屋と正反対だった。
その男は部屋の中央のソファーに腰掛けていた。
白いフリル付の長袖シャツと、よくプレスされた黒のスラックス。まるでフィギアスケートの選手のような正装をしている。
年齢は30代始めぐらい、かなりの長身で、細面の美男子だった。
(貴族?)
リーリヤは、こういう毛並みの良いタイプが好きではない。
「?」
男はキザッたらしい仕草で前髪をかきあげ、リーリヤを上から下まで値踏みするような目で見た。
リーリヤはその態度に、思わず舌打ちをしそうになってしまった。
男はソファーから立ち上がると、開口一番こう言った。
「ケバイ女だな」
リーリヤは怒りを押さえながら、できるだけの礼儀正しさを保って自己紹介(18歳以下であることは隠して)した。
自分が父の形見の高性能宇宙船(古いことは隠して)を所持していること、その操縦と運用には自信がある(無免許であることは隠して)旨を説明する。
男はすごく胡散臭そうにリーリヤを眺めている。
リーリヤも負けじと自身満々なフリをして男を見返した。
「まあいい、僕が広告を出したカスパル・ルロワだ。リジャイナ大学で教授をしている」
カスパルは“教授”という言葉を強調した。
「はい」
30ちょっとで教授・・・すごいのかどうかリーリヤには分からない。何しろ、リーリヤは学校と名のつくものに通
ったことがない。
「ちなみに、僕はライラナー工科大学を主席で卒業した。専攻は物理学だが、その他の分野でも数知れない功績をあげている」
「はぁ」
「頭脳だけでなくスポーツにも自信がある。ハイスクールではテニスの星域チャンピオンになった」
(何でこんな奴の自慢話を聞かなくちゃいけないんだよ!)
リーリヤの思いに気づいたのか、カスパルは自嘲気味に嘆いた。
「ふ、天才が凡人の嫉妬を受けるのはいつものことさ」
リーリヤは、こめかみが引きつるのを感じた。
(殴ってやりてぇ!)
だが、何としてでも仕事をもらい、停泊料を稼がなくては・・・。
「それで、仕事はどんなことなんですか?」
忍耐力を総動員して顔面に愛想笑いを浮かべ、リーリヤはカスパルに尋ねた。
カスパルは肩をすくめて、リーリヤを哀れむように言った。
「残念ながら君みたいな小娘を雇うつもりはない」
リーリヤの鋭い右のストレートがカスパルの顔面にヒットした。
「大変なことをしてくれたな」
テーブルの向かいから、ひげ面の中年男が声をかけた。
わざとらしい、嫌味な声音だった。
デップリとした貫禄のある体を、上等なダブルのスーツで包んでいる。
手には葉巻・・・リーリヤの父を海賊扱いして眼の敵にしていた男、ユーキー警察のボスラトック警視だった。
「ええと、その・・・」
リーリヤはぼんやりする頭を左右に振った。
「お前が殴ったのは、いつもケンカしているような、そこらへんのチンピラとは訳が違うんだぞ」
男を殴った直後、部屋に駆けこんで来た警官達に、電磁警棒で気絶させられたのを思い出した。
「いや、ちょっとカッとしちゃって・・・」
「カッとして、じゃ済まん」
ボスラトックはフォッフォッフォッと怪しげな声で笑った。
(何だ、このジジイ!)
そうは思いながらも、リーリヤは辛うじて愛想笑いを保った。
「そんな、ちょっとワンパンチ入れただけじゃ・・・」
リーリヤがしゃべろうとするのを、ボスラトックが止めた。
「相手は貴族だ。ポロズロ政府首相のルロワ男爵のご子息に手を上げたんだ・・・どういう意味か分かるな?」
「どういう意味ですか?」
「実刑は免れないぞ。もしかしたら、絞首刑もあり得るな」
リーリヤは血の気が引くのを感じた。
フォッフォッフォッと嘲るような笑いを背中に浴びながら、リーリヤは拘置所へと連行された。
勾留され拘置所に移送されたリーリヤは、逆に最初の混乱から回復し始めていた。
(貴族相手とはいえ殴っただけ、こっちはまだ18歳未満だし・・・死刑はもちろん、懲役はないな)
そう冷静に計算ができてくると、次に心配になってくるのは罰金と慰謝料のことだった。
(やべぇ、もう手元には500Crしかないのに・・・)
リーリヤは独居房の片隅で、色々と金の工面を考え始めた。
いや、考えたフリをしただけだ。
考える前に結論は出てる。
先週と先々週の停泊料が延滞金を含めて230Cr程度、燃料代のツケが50Cr、次のバイト代が出るまでの食費が1日6Crで暮らすとして66Cr・・・残り何だかんだで100Crだ。
(パンチ一発入れたぐらい100Crで・・・許してくれるかな?)
リーリヤはカスパル・ルロワが自慢話をしていた時の大人気無い顔を思い出した。
「あのボンボン野郎が許してくれるわけねぇよな〜」
自然に溜め息が一緒に漏れる。
「当たり前だ。許すわけないだろ」
突然声をかけられビックリして振り返ると、房の鉄格子の前にカスパルが立っていた。
相変わらず傲慢でキザなポーズをとっているが、鼻にティッシュが詰めてあるので間抜けだった。
「あ、坊ちゃん!」
「誰が坊ちゃんだ! それに、今ボンボン野郎とか言ってなかったか?」
「言ってないわよ、助けてよ〜」
リーリヤが媚びるような声を出してシナを作る。
「気持ち悪いんだよ、この色気無しケバケバ小娘!」
「誰がケバケバ小娘だ!」
「お前だ、お前! このジャジャ馬! 人の顔面に突然グーでパンチ入れる女がいるか、普通
?」
「それぐらい避けろ、クソジジィ!」
「ジジィとは何だ!? 僕はまだ33だぞ!」
「33〜? やっぱりジジィじゃないか、オレの倍近い年だぜ」
カスパルの動きがピタッと止まった。
「倍って・・・お前、年いくつだよ?」
「17だよ」
カスパルは唖然とした顔をしている。
「な、何だよ・・・」
リーリヤが聞くのにも答えず、カスパルはジロジロとリーリヤを眺めている。
「ウーン」
そう唸って考え込むカスパル。
「おい、何なんだよ! それ、新手の嫌がらせかよ!」
数秒唸り続けたカスパルは、突然こう言った。
「てっきり12ぐらいの家出娘だと思ってた」
次の瞬間、パーンという音がした。
鉄格子の間を器用にすり抜けたリーリヤのパンチが、再びカスパルの顔面を捉えていた。
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