スピンワードマーチ宙域にあるソードワールズ連合は、1星域を超える領土を支配するが、各星系から人口に比例した代議員で構成された連合議会の1院性で連合全体の政策が決定される恒星間政治機構である。
その軍事部門たる連合軍は、海軍と海兵隊がそれぞれの星系の生産高の割合によって捻出される供出金(口の悪い代議員は、上納金とか年貢等と言っているが。)によって決定された国家予算の内の防衛費によって運営される。
各星系の防衛を担うSDBや陸上部隊は、其々の星系独自の予算(これも連合によって推奨される割合が決まっている)によって運営されている。
連合海軍の統合軍令部の指揮下にある統合戦略研究所は、常々独断しがちな統合参謀本部の向こうを張って、軍令部が設置したのだと噂される程の組織である。

 グラムの首都、グラムメインシティの連合議事堂より南に下った、近代的なオフィスビルの一角を占めているこの組織は、統合連絡部や連合通商護衛部といった大型部門の間借り人ともいうべきひっそりとした存在ではあるが、構成している人材は連合内部の各組織から(硬軟合わせた)様々な手段で集められていた。

「それでは、ヤマナカ教授の我海軍に関する論文を読んだ君の意見はどうかね?」ギニアス大将は連合海軍で戦略研を率いる新進気鋭の最も若い大将である。
「あのう、ええとお。」イーデン中尉は、口籠った。
「安心していいぞ。この部屋は毎朝信頼できる者を2班にして、ダブルチェックの掃除をしている。」
ギニアス大将の言葉に、イーデン中尉は、形を整えた眉をしかめた。
つまり大将の執務室であっても、盗聴器の類が頻繁に取付られている事を示唆していた。
その防止として電波障害としての対策に窓全体に銅の薄板が張ってあることを彼女は知っていた。 「とにかく本音を言え。君がきちんと仕事しているのに、署名だけ他の者にさせているのは知っている。それは、隠蔽工作というんだぞ?」
「ええと、それは私は御手伝いしただけなので。」言い訳がましくイーデン中尉が言うと、
「リン少佐にあんな検討書を書けるなんて私が思うと君は考えているのかね?」とギニアス大将は意地悪そうに笑った。
「それに彼が統合参謀本部の隠れた親しい友人であることは付き留めてある。」
ギニアス大将は右手の人差し指を立てて横に振り、片目を瞑って見せた。
「尤も、我々にも統参本部の中に隠れた御友達がいるがね。」というと、執務机のコンソルを操作して、正面の大画面CRTにグラフを映し出した。
「今更君に説明するまでもないが、近傍における戦力、赤が帝国、青が我々、黄がダリアン連合、緑が援軍を約束したゾダーン連邦の艦船数だ。」
次に棒グラフが半透明になって重なる。
「これが、ヤマナカ教授の論文を元に戦力評価し直した値だ。現在の我々を100としている。」
同等だった赤が急上昇し、他の色も青以外は伸びて、青色を凌駕する。
「後は絵空事だが、全部が交戦した場合として、2乗してみる。」更にその差は開いて行く。
「これが計算上の実情だ。」
まるでハイスクールの新入生のような様子で聞いていたイーデン中尉が欠伸を噛み殺しながら、頷いて見せた。
事実、実年齢の20代前半よりも、ハイスクールにいるような顔つきの彼女が2種軍装で立っていても、まるで職務室で叱責されている生徒に見えなくもない。
「で、ここまでは、戦略研を参謀本部も共通認識と見て良い。」
どうもこの娘と話していると、教師の気分になる、ギニアス大将は学生時代にしていた家庭教師の経験を思い出していた。
「夏休み前に出したレポートには、ダリアン方面への戦力分散については、彼らが防御に徹するのが装備的にもドクトリンとしても確実なので、意味ないと書いた気が。」イーデン中尉が少し不服そうに口を尖らせた。
「ああ、それは私も読んだよ。全く同感だが、参謀本部にはゾダーンへのおべっか使いもいるから、そう易々とは止められん事情がある。」
ギニアス大将は苦笑して、「つまりは戦略としての我々の出番の前には外交という前提が存在するという訳だ。」
「じゃあ外交で他国と仲良くお話合いで決めればいいんです。明日から私も失業手当貰いながら次の仕事探します。」
イーデン中尉は子供の様に小さく舌を出して見せた。
彼女が士官学校を首席卒業する際に、大企業から破格の年俸を提示されたという噂を考えるとギニアス大将は満更嘘でもなさそうだと思った。
「戦力が足りないのに2正面作戦に固執するなんて、どう考えても変です。」
「それもあるが、戦力が足りないという大問題はどう考える?」
「指揮権さえあったら、論文が発表される前に、ヤマナカ教授が発表できない体にしちゃいます。」
「遅い。それは全ての海軍の重責関係者は思ったろうな。だが既に発表されてしまった。」
「じゃあ論文賛成者と反論者をものすごおく大量に作って、何が何だかわからない状態にしちゃいます。あるいは、教授の論文に致命的な間違いがあるとかデマをながしちゃおうかな。」
「君が統合情報部に転籍願いを出しても絶対受理せんぞ。」少し苛立って話の方向を変えた。
「とにかく、戦力が足りない現状をどうするかだ。そこで、君の本音を聞きたいのだ。」
「参謀本部のお友達は、何か教えてくれました?」
「複数のルートから、戦力の増産を企図しての計画を検討しているらしい。無論、艦船だけでなく、乗員、整備、補給を含めてだ。
艦船数主力だけを1.5倍以上らしい。さらにこの資本投下でGDPが向上するとかいう見当もあるそうだ。」
「それは見かけ上の計算マジックです。客引き看板ですよね。」
イーデン中尉は、苦笑いをして、続けた。
「生産力が向上した訳でもないのに、軍事力に対して使用したら、何か社会的な投資になったという理屈が通用しないのは、 今どきのハイスクールの学生だって騙せませんよ。」
「しかし、参謀本部の見解として、提出する様だ。」ギニアス大将が答えた。
「そうして連合全体の経済力や産業力、流通能力は大打撃、かあ。」
イーデン中尉は肩をすくめた。
「下手な戦争より大効果ですねえ。国家も一般家庭も遊興費がGDPの5%を超えたら一般的に破産するって 士官学校の教科書に書くべきです。」
「軍事費は遊興費か。」可笑しそうにギニアス大将が言うと、 「所詮、おもちゃやお菓子を買うのと変わりませんから。」とイーデン中尉は答えた。
「しかし、今度の軍令部の戦略会議では、参謀本部案が提出されることになる。 戦略研としては、この線での是非を検討したいのだ。そこで君の本音を聞かせろと言う訳だ。」
「そうですねえ。我々がもしインフラも犠牲にして、1.5倍の艦船数にしたらってことですよね。」
イーデン中尉はまるで昼食のメニューを迷う様な表情で考え始めた。 暫くして明るい表情で、 「ちゃんと検討しないとですけど。私が帝国側だったらって案はありますよ。」 と答えた。
「聞かせて貰おうか、非公式でかまわんよ。」身を乗り出して、ギニアス大将が尋ねた。
「それはですねえ。・・・」  

 中尉から手早く説明を聞いたギニアス大将は、 「確かに貴官の意見には一理ある。つまりは教授の論文は各国のドクトリンの見直しを迫る戦略兵器になったと言う訳だな。」と言うと、 鍵を廻して引き出しを開けて、中から煙草を取り出して、火を付けた。
「あれ?禁煙してたんじゃないですか?」イーデン中尉が問い掛けると、煙を一息吐き出して、 「禁煙を破ったのは何回目かな。」と独り言の様に答えた。
「とにかく今の計画を纏めろ。図演で証明できるな?」と尋ねた。
「ボーナス出ます?」イーデン中尉が言うと、
「金はないぞ。うちが監査に睨まれているのは知っているだろう?」
「そんな事言いませんよう。遊興費ってことで、仔山羊屋の苺ケーキ1ホールで良いですよ。」
それを聞いて、血糖値の高めな為に主治医に注意されているギニアス大将は急に気分が悪くなった。
こうして統合戦略研究所の戦略会議への対応案は検討が開始されたのであった。

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