ある日の航海日誌3
「“ランフェル鶏の蒸し煮”と“ココナ貝の辛味炒め”お待たせ!」
「オヤジ、ビールを5杯大至急だ!」
「だから俺はその税関の小僧に言ってやったんだ! 書類なら貨物室のヤギが食っちまったよ、ってな!」
どこにでもある宇宙港に隣接した、どこにでもある歓楽街の、どこにでもある宇宙船乗りたちが集まる安酒場、熱気と喧騒にあふれていて料理は美味い。
ささやかな航海の成功を祝うには、こんな場所が丁度いい。
宇宙船ベローチェ号の乗員たちも、この店で航海の打ち上げをしていた。
「皆、ご苦労さん」
船長のロイウェンが運ばれてきたビールのジョッキを配る。
「じゃ、乾杯!」
「カンパ〜イ!」
「乾杯!」
ベローチェ号の今回の航海は、珍しく苦労が少なく収益の多い、理想的なものとなったのだった。
「それもこれも、メールさんが的確な投機品目を選んでくれたからですね」
「ああ、あの鉱石の買い付けのおかげだよ」
フィカルゼとロイウェンが、口々に今回の功労者メールを誉める。彼女の仕入れた鉱石は、実に数万クレジットの粗利を稼ぎ出したのだ。
「そんなことないわよ。それより、何か食べ物を頼みましょう。もうお腹ペコペコ」
メールは照れ隠しのように、皆にメニューを差し出す。
「サンセ〜イ!」
「あたしは・・・“マグロのカルビ焼き”」
「オレは“スペアリブ”が食いたい」
「“チリオムレツ”と“シーフードの盛り合わせ”も美味しそうよ」
皆が口々に言っていくのを、フィカルゼがマメにオーダー票に書き込んでいく。
「あのね、アタシィ、ナシゴレンとクレームプリュレ」
「いきなり御飯モノとデザート頼むんですか!?」
「いいじゃない! アタシの勝手でしょう!」
ちなみに、ナシゴレンとはインドネシアの炒飯のことだ。 ・
・ ・ そんな感じでワイワイと楽しい時間が流れていく。
突然、一行のテーブルに一人の少女が駆け寄ってきて、こう叫んだ。
「助けてください!」
ロイウェンは軽い眩暈を覚えた。
自分が宇宙を飛び回る自由商人でなく、剣一本を頼りに未開の地を行くファンタジー世界の冒険者なのじゃないかと錯覚したからだ。
普通、少女が酒場に飛び込んで来て、見知らぬ船乗りに助けを求めたりするか!? 世の中は57世紀だっていうのに!
だが、その少女がさっき料理の皿を運んできたウェイトレスだと分かり、その後ろにヤバイ目つきの狂暴そうな男が彼女に手を伸ばしているのを見て、やっと事情が半分は飲み込めた。
アルコールと、それプラス“何か”でトリップしたマッチョマンに絡まれて助けを求めているのだ。
そういえば、男の足下には鼻血を出した男性店員が転がっている・・・。
ロイウェンはウェイトレスの手を引っ張り、背中に庇うようにしながら、頼りになる用心棒にGOサインを出した。
「ジュリエッタ、やっちまえ!」
だが、その言葉は半分無意味だった。
すでにジュリエッタはテーブルを飛び越えて、男の顔面にブーツの底をめり込ませていた。
男は派手に吹っ飛ばされ、フラつきながら立ち上がったところをロイウェンとフィカルゼに取り押さえられ、そのまま店外に叩き出されていた。
「本当にありがとうございます!」
すでに恋の熱い眼差しでジュリエッタを見つめているウェイトレスの少女・・・。
フィカルゼが呟いた。
「少女キラー」
すかさずジュリエッタのパンチがフィカルゼのみぞおちを捉える。
「グ・・・い、今ボスッて・・・」
うずくまるフィカルゼ。
これが、ベローチェ号6人目の乗組員となるアリーナ・エグシアとの出会いだった。