ある日の航海日誌4
シルビアのドロップキックが綺麗に決まった。
「グアッ!」
悲鳴を上げて倒れるフィカルゼ。
そこに情け容赦なく蹴りの嵐が降り注ぐ。
「このスケベェ!」
「痛っ! 痛い! 痛いって!」
「あんな年増にデレデレしてぇ!」
フィカルゼに馬乗りになってパンチを入れるシルビア。
「うわ! と、年増って、彼女は結構若いですよ!?」
「ダァ〜ッ! そういうこと言ってんじゃないの! この浮気男〜っ!」
「〇■×△!」
急所にパンチを入れられて、フィカルゼが悶絶する。
ベローチェ号のクルー達の険悪なムードの原因は、現在船を借り切っているであるアルメイダ卿の二人の愛人、サマンサとベロニカのせいだった。
アルメイダ卿は若く美しい二人の愛人に思うがままの贅沢をさせており、彼女達は船内でも同じような待遇を求めたのだった。
体を洗ってほしい、髪を整えてほしい、爪を切ってほしい、マッサージしてほしい・・・わがまま放題の二人の要求に、シルビアとメールのストレスは極限に達していた。
ジュリエッタに至っては食事の時以外はほとんど自分の部屋から出てこようともせず、出てきた時もイライラを体全体で表現していた。
そんな中、フィカルゼとロイウェンが、サマンサとベロニカのどちらが美人かなどという下らないバカ話をしていたものだから、ついにシルビアの怒りが爆発したのだ。
「まったく、痴話ゲンカってのは、犬も食わないって言うから・・・なぁ?」
ロイウェンは呆れたように言い、メールに同意を求めた。
「・・・・・・」
だが、メールからは冷たい視線だけが返ってきた。
「ど、どうしたんだ?」
「ロイウェンさんは、ああいうタイプの女性がお好きなんですね・・・」
いつもは冷静で人当たりの良いメールの言動も、かなりトゲトゲしくなっていた。
「バッ、な、何を言ってるんだぁ!?」
ちなみに、ロイウェンはベロニカを美人だと言ったのだが、彼女にコキ使われているメールには、それが面
白くないのだ。
「だいたい、私は色々な仕事で忙しいんですから、客室のほうまでやっている暇なんか本当は無いんですよ!」
メールに不満をぶつけられ、ロイウェンは困り果てた。
「ああ、そうだな・・・そのうち、ちゃんとしたスチュワーデスを雇おうか」
何とかメールのご機嫌を取ろうとしたが・・・
「何それ! それじゃアタシがちゃんとしたスチュワーデスじゃないみたいじゃない!?」
今度はシルビアの怒りがロイウェンの方を向いてしまった。
「いや、その・・・そういうわけじゃ・・・ああ、そうだ・・・用事を思い出した」
だってお前ぜんぜん仕事してねえじゃないか、と心の中で思ったものの、これ以上場を刺激しないように、ロイウェンは言葉を濁してそそくさと逃げていく。
取り残されたフィカルゼは、その後しばらくシルビアに小突き回され、次の寄港先で指輪を買ってプレゼントすることを約束させられた。
ロイウェンが、この間出会った酒場のウェイトレスをスチュワーデスとしてスカウトすることを決めたのは、この事件のすぐ後のことだった。