反撃(仮題)

離発着ハッチに、攻撃部隊の戦車が次々と着艦を行っていた。  
海軍戦車隊史上最高の戦果をあげた彼らは、速度を殺しながら母艦の軸線上に乗り、激しく体当たりするかのように、しかし音もなく次々と着艦を行っていた。
「戦果の一次集計出ました」  
艦隊司令付副官ナタリー・プレティシコワ大尉が報告した。
「現時点で確認できた敵の損害、撃沈のみでも戦艦5、空母2、巡洋艦8、駆逐艦17、輸送艦5、艦種不明20、戦車約100両……撃破したる敵、戦艦2、空母1、巡洋艦4……」  
参謀達の間で、今まで抑えていた喜びが一気に爆発した。  
開戦以来敗北を続けていた帝国海軍に、初めて大勝利をもたらしたという、喜びだった。   
アレクサンダー・ベイリュース中将はゴリラのような顔をしかめた。
「俺様は、ゾッドどもを皆殺しにしろ、と言ったんだぞ。中途半端な戦果で喜ぶんじゃねぇ!」  
参謀達はただちに冷静さを取り戻した。  
戦争の歴史の中で、攻撃が成功したとき、その後どうするのが最も良い結果を生むのか。それを思い出したからだった。
「第二次攻撃隊を発進させろ。いいな、ゾッドどもを一人も生かして帰すなよ」  
帝国暦578年第137日16時35分、リジャイナ星系で帝国軍第一任務艦隊は、戦車500両による壮絶な第一次攻撃に続いて、徹底的な戦果拡大を図るべく、第二次攻撃部隊の準備へと突入した。  
第一任務艦隊の誇る新鋭空母16隻から、新たに350両の戦車が発進しようとしていた。  

ソダーン艦隊は瀕死の重傷を負っていた。  
当初、このリジャイナ星系には戦艦15隻を含む、168隻の艦艇から成るゾダーン軍最大の艦隊が侵攻した。  
しかし、今58隻が撃沈され、また残った110隻の内50隻以上が戦闘能力を失っていた。
「私はこれで、ゾダーン宇宙軍で最も多くの艦艇を失った、無能な提督として歴史に名を残すことが確定したわけだな……」  
ゾダーン艦隊の旗艦で、艦隊司令官は自嘲気味につぶやいた。
「だが、私の経歴が終わっても、ゾダーンの戦争が終わったわけではない」  
彼は参謀達に振り向いた。
「有志の者を残して、総員退艦せよ。これより旗艦は艦隊と独立して行動し、敵に対する能動探知を行う」  
広大な宇宙空間での戦闘では、相手を目視して戦闘を行うことはほとんど不可能である。  そこで、電波傍受や赤外線探知による索敵を行うことになるが、対策に注意を払っている軍艦を探知できる確率は低い。そのため、通常の宇宙戦闘は終始互いの位置を探り合うことに労力のほとんどが費やされる。  
しかし、こちらから様々な電波を発射し、その反射を確認すれば、敵の位置はすぐに発見できる。しかし、その代償として即座に敵からの攻撃がおまけとして付いてくることは避けられない。  
だが、ゾダーン艦隊司令官は、このまま座して敗北するよりも、旗艦を犠牲にして帝国艦隊の位置を割り出し、反撃を行おうとしたのだった。
退艦作業が終了したのは、時に17時04分。帝国の第二次攻撃隊が発進を始めたのと、ほぼ同時であった。
「敵の能動探知です。こちらの位置を知られました」  
参謀の一人がベイリュース中将に報告した。
「敵の位置は?」
「方位3−2−6、角度36。距離109万Kmです。攻撃しますか?」  
ベイリュースは面白くもなさそうに参謀を見返した。
「そいつは捨て石だ。放っておけ」
「はっ……」  
困惑する参謀を無視して、ベイリュースはナタリー・プレティシコワ大尉を呼んだ。
「全艦、現在位置より高速離脱させ、エネルギー探知に全力を注がせろ。この探知をかけてきたゾッドは別働隊で、きっと本隊に探知結果を知らせるはずだ。その本隊が攻撃をしてきた時に……」
「その方向から敵本隊の位置を探り出すのですね」  
先回りして結論を言うナタリーに、ベイリュースはフンと一声だけ応えた。  

17時25分、ゾダーン艦隊の攻撃が第一任務艦隊へと降り注いだ。
「護衛駆逐艦シャルトリューズに命中一。機関小破」
「空母アルテミスに至近弾一。損害微弱」  
数光秒離れた位置から放たれた光線の束は、ほとんどが虚空に飲まれていった。
「攻撃の発生源はどこだ?」
「方位3−1−3、角度31。距離96万Kmです」  
ベイリュースは満足げにうなずくと、ナタリーに向かって手を出し、マイクを要求した。
「第二次攻撃隊に向け敵の位置を発信後、艦隊は方位1−2−0に転向。移動しつつ続けて第三次攻撃隊の編成と発進を行う」  
参謀達がどよめいた。方位1−2−0とは、つまりUターンすることを意味するからだ。
「敵には向かわないのですか?」  
質問をはさむ参謀を睨み付けると、ベイリュースはスイッチを切ったマイクをナタリーに放り投げた。
「どうして俺様の方から、わざわざ弾の当たる位置まで出向いて行ってやらなきゃならん?」  
それだけ言うと、ベイリュースは指揮官用の椅子にふんぞり返り、目を閉じて仮眠を始めた。  
17時29分、エンジントラブルで発進に失敗した2両を除く、第二次攻撃隊の戦車348両がゾダーン艦隊のいる空域へと針路を取った。  
今日二回目の虐殺ショーが始まろうとしていた。  

19時31分、戦場から30万Km後退し、隠蔽状態に入っていた第一任務艦隊の無線機は、第二次攻撃隊の大量の通信を受信した。
「第一戦隊所属戦車隊、敵戦艦及び巡洋艦群を発見」
「第二戦隊所属戦車隊、敵空母らしきもの発見。周囲に駆逐艦4を伴う」
「第三戦隊所属戦車隊、敵らしきもの10隻発見」
「こちら隊長車、ウィンザード大佐。全車、各個に攻撃せよ!」  
19時43分、第一戦隊所属戦車隊から入電。
「撃沈戦艦1、重巡洋艦3、残る重巡洋艦1に命中多数」  
19時49分、続けて第三戦隊所属戦車隊から入電。
「軽巡洋艦2、駆逐艦8を撃沈。周囲に残敵なし」  
19時53分、第二戦隊所属戦車隊から入電。
「敵空母1、駆逐艦4を撃沈、さらに後方、20隻を越える敵艦艇を発見」
19時55分、スコット中佐に率いられた第三次攻撃隊276両が戦闘空域へと到着した。
「第三次攻撃隊、戦場に突入せよ」  
スコット中佐は自ら12両の「ディアブロ」戦車を従えて、敵空母への攻撃を開始した。  
母艦を護ろうと、数隻の大型戦闘艇がスコット達の針路を阻もうとする。スコットはゆっくりと操縦桿を倒し、左右のフットバーを交互に踏み込んだ。  
スコットの戦車は螺旋を描くようにするすると敵の大型戦闘艇に近付き、その後方に張り付いた。距離は30Kmと離れていない。  
スコットは祈りの言葉を発すると、フュージョンガンの発射ボタンに指を触れた。光線は大型戦闘艇に吸い込まれ、機体を中央で二つに切り裂いた。  
スコットは車体をバンクさせて爆発の破片から遠ざけつつ、周囲をモニターで観察した。彼の部下達は1両と数を減らしていないのに、6機いたゾダーンの大型戦闘艇は全て消滅していた。  
スコットが敵空母に近付く構えを見せると、部下達も絶妙のタイミングで三隊に分かれて攻撃を開始していった。  
ゾダーン空母の艦長はこの攻撃にうめき声を漏らした。  
この三方向からの同時攻撃は、どう反応しても全ての攻撃を避けられないことに気付いたからだった。   
数秒後、3両の帝国戦車がフュージョンガンを発射しながら、空母の1000メートル脇を飛び去っていった。
「被害を報告!」  
無駄と知りつつゾダーン空母の艦長は大声を張り上げた。  
それに答えるかのように、室内に閃光と猛火が侵入してきた……。  

「撃沈125隻、降伏27隻……あと15、6隻足りませんね」
「逃げられたな」  
第二次、第三次攻撃隊の収容も終わり、第一任務艦隊は心地良い疲労感に包まれていた。
「まあ、いいさ。俺様の恐ろしさをクロナーに帰って伝える奴も必要だからな」  
ベイリュースはナタリーの容れた紅茶を一口飲み、ゴリラのような顔をしかめた。
「俺はコーヒーとバーボン以外飲まんのだ、覚えておけ!」  
帝国暦587年第137日。戦史家が「スピンワード・マーチ宙域中部迎撃戦」と呼ぶ(一般には「リジャイナ会戦」として知られる)の結果、ゾダーンの戦争計画は破綻への第一歩を踏み出した。  
この後、第三次辺境戦争の主導権は、帝国が握ることとなった。  

By 龍太郎氏

龍太郎氏による、辺境戦争史第8回。

とうとう帝国の反撃が始まりました。
なが〜いスパンで計画されていた反撃だけに、その効果は凄まじいものがあります。
航空宇宙軍史を思い起こさせるような乾いた文体も気分を盛り上げてくれます。
この戦争はどんな終局を迎えるのでしょうか。
ますます楽しみです。

化夢宇留仁

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