宇宙船シナノマルの人々

第10回

真夜中の遭難者達


 希望号(仮名)展望ラウンジ。
ブロブが投機品目の買い付け候補を発表し、その中から植物性の原材料を推薦し、購入を決定。
またリストにあった未公開情報という商品にロビンとチークが興味を示し、ブロブが難色を示したにも関わらず、これも購入することになった。
合計購入金額83,520クレジット

 ブロブは購入手続きのために退出し、今度はマービンが端末で調べてきたことを発表した。

「やっぱり・・・じゃあ病院に捕まってるのね。助けに行きましょう!戦闘ライフル持ってこなくちゃ。」
そんな事を言ってルシアが立ち上がりかけたので、3人が慌てて止めた。
「待て待て!まだ彼女がそうだと決まったわけじゃない!そう思いこんでるだけの病気の人という可能性だってあるんだ。」
そう言うロビンだが、ルシアは収まらない。
「そんなことないです。彼女は嘘をついてるようには見えませんでした。」
「まあまあ。その前にもっと考えることもある。」
チークのセリフに、ルシアが振り返る。
「なんです?」
「例え本当でも、我々には彼女を助ける理由がないってこと。」
「理由・・・でも可哀想じゃないですか。」
「そりゃあそうかもしれないが、もし彼女の言うとおりなら相手は警察まで巻き込んでる犯罪組織だ。返り討ちにあう可能性が高い。偶然会った人間のために、報酬も無しで命を賭ける人はいないでしょう。」
「でも・・・」
マービンが咳払いをした。みんなの視線が集まる。
「え〜。他にも調べてみたんですが、現フルーム元首のドロヌバ・ブリジット氏89才は病気でふせっています。もし彼が亡くなったら、後を継ぐのはローラの兄のロバートということになります。そして・・・」
「そして?」
みんなの視線が集中する。
「もしその兄妹もなんらかの理由で後を継げなくなった場合、元首になるのがデイル・ランカートという貴族です。つまりフルームにおけるブリジット家の権力は消滅するわけです。」
「なるほど・・・」
「興味深いのは、デイル・ランカート卿が現在フルーム警察の署長だということですね。」
「ほほう・・・」
なんとなくカラクリが見えてきたような気がする。
チークが言った。
「・・・結構報酬も期待できるな。」


 宙港でエアラフトをレンタルした一行は、ローラ(?)が連れて行かれたらしい精神病院に向かった。
ただしルシアは面が割れているので留守番である。

それは住宅地から離れた森林地帯に、広大な敷地を使って建っていた。しかし例の地図とは違う場所である。
受付でカイル・マッソーの名前を告げ、入院しているローラという女性に会いたいと申し込むと、しばらくしてカイル・マッソーだけがが出てきた。
「私が当医院の院長のカイル・マッソーです。どのようなご用件でしょう。」
ロビンが応対する。
「こちらに入院されているローラさんに会わせていただきたいんです。」
「ローラ?さて?そのような名前の患者はおりませんが。」
「嘘ですね。」
「なんで私が嘘をつく必要があるんですか。本当ですよ。」
「昨日あなたがローラという女性を、病院に連れ帰ったのを見た者がいるんですよ。」
「ああ・・・確かに。宙港から女性患者を連れ戻しました。しかし彼女はローラという名前ではありません。」
「あなたがそう呼んでいたようですよ。」
カイルの眉が一瞬ピクリと動いた。
「・・・そんなことはあり得ません。聞き間違いでしょう。」
「確かな情報です。」
「いや。違います。彼女の名前は患者のプライベートに関わるので言えませんが、間違いありません。」
「ではその彼女に会わせてくださいませんか。」
「申し訳ないんですが、病院の性質上、患者との面会は出来ないんです。」
押し問答になり、結局引き下がるしかなかった。
尾行に注意しながら船に戻って相談する。
「医院長は嘘をついてるわ。今度は銃口を見ながら話してもらいましょう。」
ルシアがそう言って、また神経ピストルをぬくのを3人で止める。
「彼が嘘をついているというのには賛成ですが、かと言っていきなり殴り込んでも返り討ちにあうだけですよ。警察も向こうの味方ですし。」
ロビンのセリフに、ルシアはしょんぼりしてしまった。
「じゃあどうしたらいいんでしょう?」
「その地図の示す地点に行ってみましょう。そのローラさんの言うとおりなら、彼女のお兄さんが捕まっている可能性が高い。」


 まず出来る限りの装備をととのえる。
マービンは狩猟用ライフルだけでは取り回しが厳しいので、宙港の武器店でドイッチェというメーカーの9mmマグナムレボルバーを購入した。
 あたりが闇夜に包まれた頃、一行は地図の示す地点へ向かった。
その頃にはすでにあたりは闇夜に包まれていた。
そこは標高が高く、えんえんと森が続いており、民家を見なくなってからずいぶんたった。
黒々とした森の上を飛び、地図の示す辺りに来ると、少し離れたところに小さな光を確認した。どうやら山小屋らしい。
気付かれないように離れたところにエアラフトを着陸させ、そこから徒歩で接近する。
夜の山道を苦労して進むと、木々の合間から建物の輪郭が分かるほどまで接近できた。建物の脇にはボロい大型のバンが停まっている。
チークを先頭に、更に接近する。
建物のすぐ近くまで来たとき、中から3人の男が出てきた。
全員木の後ろで息をひそめるが、チークが木の枝を踏んで大きな音を立ててしまった。
「なんだ?」
「やっぱり誰かいるぞ。」
意を決したチークは自分から彼らの前に出ていった。
「ああ・・・助かった。民家だ・・・。」
そう言いながらよろよろと近寄ってゆく。
「なんだおまえは?」
「旅行者です。道に迷ってしまって・・・どうか助けてください。」
「行き倒れか。こっちへ来い。」
チークは建物の中に連れ込まれた。
中には顔に傷のあるごつい男が丸太の椅子に座っていた。この男がリーダーらしい。
もう一人の男がピストルの整備をしている。
合計5人。
「やっぱりいましたよ。俺の耳は確かでしょ。道に迷ったと言ってます。」
部下らしい男の一人が報告する。こいつが外の物音を聞きつけたらしい。
「そうか。旅行者か。道に迷っちまったのかい。ここは夜は冷えるんだ。これでも飲んで元気を出しな。」
そう言って地元のスープをごちそうしてくれた。野趣あふれる味で美味い。
他の男達もめいめい椅子に座り、酒を飲んだりよく分からない干し肉のようなものを食べ始めた。
意外な反応・・・しかしチークは部屋のすみに追いつめられた形で、外に出るには男達がよける必要があった。
やんわりと閉じこめられているような気もする。
 外で物音がした。
中の様子を見ようとしていたロビンが、建物の脇にあった30cmくらいの高さの白い虎の石像につまずいたのだ。
「なんでこんなところにこんなものが・・・」
すぐに男達が出てきてロビンを発見した。
「なんだおまえは?」
「あの・・・旅行者で、道に迷ってしまったんです。」
「そうか。そりゃあ可哀想にな。中に入んな。」
というわけで、ロビンもチークの隣に座らされた。
リーダーらしい男は、大きな干し肉のかたまりを口に放り込み、更にホットウィスキーを流し込み、もぐもぐしながら2人を見ていた。
「おまえら・・・知り合いか?」
2人は顔を見合わせ、うなずいた。
「そ、そうなんですよ。探してたんです。見つかってよかった〜。」
「ええ。彼がここにいようとは、想像もしませんでした。」
白々しいセリフを並べる二人を見ながら、干し肉を飲み込んだ男は、木のテーブルの端をむしり取り、それを楊枝がわりに奥歯をせせり始めた。
「なるほどな。」
そう言って、楊枝を捨て、懐から銃を出した。
「おまえらなめるのもいい加減にしろ!」

 二人はパンツ1枚の姿にされ、地下室に放り込まれた。
そこは石壁で冷え切っており、小さいライトが一つついているだけで薄暗かったが、なんとか先客が一人いるのは確認できた。先客もパンツ一枚の姿だったが、なかなかの美青年だった。
その先客が話しかけてきた。
「誰です?ブリジット家の関係者ですか?」
若い男性の声である。
ロビンが慎重に訪ねた。
「あなたはもしかして、ロバート・ブリジットさんですか?」
「そうです。あなた達は?もしかしてローラが呼んだ他星系の方ですか?ローラは?」
ロビンがなんと答えようかと思案しているうちに、チークが話し出した。
「その通りです。我々は帝国海軍情報部の者です。あなたを助けに来ました。」
ロビンがなにか言いかけるが、チークが止めた。
「そうですか。よかった。じゃあ捕まったのも作戦ですか。」
「ああ。あんたの居場所を確認したかったんだ。あとは外にいる仲間がなんとかしてくれる。」

 その頃外にいる仲間二人は途方に暮れていた。
「どうしましょう。二人とも捕まっちゃいましたよ・・・。」
「正面から襲撃しましょうか。こういうのは勢いがある方が強いんです。」
強気な発言はもちろんルシアである。なにしろ強襲に関する論文を書いた経歴があるのだ。
「それは駄目ですよお。向こうの方が人数が多いし、ロビンさんとチークさんを人質に取られるかもしれない。」
「じゃあどうしましょ?私正面から強襲しかしたことないのよ。」
マービンは正面から強襲したことがある人も珍しいと思ったが、それはさておいてなんとか侵入できないかと頭を絞った。
ふと見上げると、建物の近くには屋根を遙かに越える高さの木が建っており、その枝の一本は建物の2階の窓の近くまでのびていた。
「2階から侵入しましょう。」
ルシアも木を見上げて納得した。
「じゃあ私が正面で注意をひいているうちに、マービンさんが2階から侵入して背後をとってください。」
 マービンが木の上から合図を送ったらルシアが騒ぎを起こすという計画になった。
苦労して木を登るマービン。ハンター時代も木にはよく登ったが、当時からまともに練習したことはなく、己の敏捷力任せである。
なんとか目的の枝の途中まで来たマービンは、下で見ているルシアに合図を送った。
ルシアはうなずき、ドアをノックした。
ドアが開き、男が一人出てきた。
「なんだおまえは?また道に迷ったのか?」
「そうなんです〜。他にも二人探してるんですが、ご存じないですか?」
下の様子を確認したマービンは、勢いをつけて2階の窓に飛び込んだ。
派手な音がしてガラスが割れ、フレームとガラスの破片をまとって窓の下にあったベッドに着地。勢いよく跳ね返り、奥の壁に激突した。
すぐに体勢を取り直し、ドイッチェをぬく。
ドアの向こうに近寄ってくる人の気配がする。それがドアのすぐ後ろまで来たところで、ドアごしにドイッチェを乱射した。
悲鳴と共に、向こうで誰かが逃げていった。
1階からはルシアの悲鳴が聞こえてきた。

 地下室では、地上での騒ぎを聞きつけた3人がなんとか脱出しようとしていた。
「くそう!かんぬきがかけられてるのか!?」
蓋が重くて開かない。
男3人がパンツ1枚の姿で汗を流す姿はなんとも異様である。

 2階の1室にいるマービンのところに、廊下を近寄る足音が再び聞こえてきた。今度は複数だ。
なにやら相談している気配がする。
しばらくなにも起こらなかったが、いきなりドアが開き、一人の男が入ろうとした。マービンが迷わず引き金を引き、男は倒れた。
すぐにもう一人の男が突っ込んできて、部屋に転がり込んで銃を乱射した。
1発がマービンの胸に命中したが、彼の着ているフラックジャケットに防がれ、マービンの反撃でその男も動かなくなった。しかし数発目で引き金を引いてもカチカチとしか言わなくなった。
「動くな。」
はっと気付くと、ドアが空いた向こうから手だけが出て、銃口をマービンに向けていた。
「弾切れとは可哀想にな。とりあえず銃を捨てろ。話を聞かなきゃいけねえから、命までは奪おうとは思わねえ。」
マービンはドイッチェをドアの向こうに投げ捨て、次のアクションに入った。
こっちに向けていた銃の持ち主の、顔に傷のある男がドアから姿を現した。
「ゆっくり話を・・・」
マービンは構えていた狩猟用ライフルを撃った。
男は廊下の向こうの壁まで吹っ飛ばされ、動かなくなった。

 階下に降りてみると、二人の男が倒れていた。
ルシアが悲鳴をあげながらも神経ピストルで二人を片づけていたのだ。

やがて地下に捕らわれていた3人と、更に放り込まれていたルシアも救出された。
「流石は帝国海軍情報部ですね!あざやかな手並みです。」
感動するロバートのセリフに、なにか言おうとしたマービンの前に立ってチークが言った。
「すみません。それは嘘です。本当の事を言ったらあなたが不安になるだろうと思いまして。」
「じゃああなた方は?」
「ローラさんに助けを求められた自由貿易商人です。でもこうなったらとことん行きましょう。」

一行はエアラフトに乗り込み、街に戻ると、宙港の公衆端末から事のあらましを発信した。
一通り入力が終わる頃、何台ものエアラフトパトカーのサイレン音が近寄ってきた。
すぐに上空にパトライトの光がひしめき合った。
その内1台が降下してきた。
「そこのエアラフトと端末にはりついている者!動くな!動いたら発砲する。」
見ているとそのエアラフトは着陸し、中から銃を構えた警官が二人降りてきた。
「全員両手を上げろ。不審な動きをしたら発砲する。」
ルシアはなんの躊躇もなく神経ピストルを連射した。
麻痺した警官が二人とも倒れた。
散発的に上空から銃撃が始まった。
「私がこっちに乗って攪乱するわ!その間にみんなは船に戻って!」
ルシアが無人になった警察のエアラフトに向かう。
「待てよ!俺もそっちに乗る!」
チークが駆け寄る。こういうところはお互い知らなくても、元いた海賊の血が似たような行動にさせるのだろうか。
2台のエアラフトは急上昇し、異なる方向へ逃げ出した。
警察のエアラフトも二手に分かれてそれを追う。

レンタルエアラフトに乗った一行は、激しい銃撃戦を交えつつも、なんとか宙港施設内にたどり着いた。
宙港施設内は公式には帝国の領内ということになっているので、治外法権で地元の警察もすぐには手が出せないのだ。

 船に入った一行に、通信が入った。
「こちらは宙港長だ。君たちが拉致している男をただちに引き渡したまえ。警察には君たちの仲間も2人捕まっているそうだ。警察はその男を解放すれば、捕まえた仲間と交換してもいいと言っている。」
「少し待ってくれ。」ロビンがいったん通信を切った。
「ルシアさんとチークさんやっぱり捕まっちゃったんだ・・・どうしましょう。」
現場では躊躇のないマービンだが、情報戦となるとからっきしである。
「僕を警察に渡してください。これ以上あなた達に迷惑をかけるわけにはいきません!」
そう言うのはロビンに借りたシャツとスラックスを着るのに苦労しているロバートである。
「そうはいかん。そのために公衆端末から情報を流したんだ。あとは時間が解決してくれるはずだ。」
そう言うロビンは船長席で腕を組み、おまけにあぐらをかいていた。
「籠城戦だ。ナナちゃん夜食を頼む!」
「かしこまりました。」
ナナちゃんと行き違いに、ブロブが入ってきた。
「何事です?あまり大きな騒ぎは商売に差し支えますよ?」
「ああブロブさん。船内にいてくれてよかった。大丈夫です。夜が明ければ全て解決するでしょう。」
やっと服を着終えたロバートが言った。
「ドロヌバ様に連絡します。通信機を貸してください。」
通信にはドロヌバ氏の執事であるグスタフが出、ロバートは事情を説明した。


 翌朝。
テレビをつけると、どのチャンネルも一行が端末で流した情報をまくし立てていた。
昼頃にはデイル・ランカート卿の会見が流され、彼は全て悪質なデマであると連呼していたが、やがて病床のドロヌバ・ブリジット氏が画面に現れ、3ヶ月前の事故に不審な点があることと、ローラとロバートの行方が1週間前から分からなくなっていることを明かすと、世論は一気に傾き、次にデイル・ランカート氏が叛乱を起こしたというニュースが流れたが、それもすぐに鎮圧されたようだった。フルーム皇室親衛隊が、ランカート卿の配下につくのを拒否したのだ。
やがてドロヌバ氏の指示でデイル・ランカート卿は警察署長を解任され、身柄を拘束されたというニュースが流れた。

精神病院も捜査の手が入り、カイル・マッソーは捕まり、ローラ・ブリジットは解放された。


宇宙船シナノマルの人々 第10回 終了

NEXT


リプレイホーム

化夢宇留仁の異常な愛情