漱石と倫敦ミイラ殺人事件

光文社文庫/島田荘司
 夏目漱石(当時は金之助)が留学時代にホームズと出会い、奇妙な殺人事件に巻き込まれる。
カルチャーギャップも手伝って戸惑う夏目だが・・・。
  夏目漱石が倫敦に留学していた当時に、ホームズと出会っていたら・・・という日本人なら当然思いつくであろうパスティーシュアイデア作品。
 面白いのは夏目とワトソンの一人称で交互に語られる構成で、それぞれの視点の違いから、同じ状況でもまったく異なる受け取り方や表現の仕方をしているのが興味深い。中にはまったく食い違っている部分もあったりして、これまた楽しい。
 ホームズ像に関しては、とにかく夏目視点のホームズはいしいひさいちもビックリの奇人変人ぶりで、爆笑必至なのに対し、ワトソンのそれは原作に近い。
その対比が面白いのだが、ワトソンの視点の方も少しホームズを変人っぽく扱っている部分があり、これは少々余計だったのではないかと思った。
どうせ対比するならワトソンの方は徹底して原作通りにしてほしかった。
モリアーティーの存在や、ホームズが3年間姿を消していた間の設定は、「素敵な冒険」のそれに近いものになっている。そしてあれよりもホームズの扱いは酷い(笑)。
 問題の倫敦ミイラ殺人事件に関しては、ミステリーとしては物足りないと言わざるを得ない。
特にメインになる死体のトリックが、状況が提示された時点で読者である化夢宇留仁にも分かってしまうくらいなのに、ホームズが気付かないと言うのは納得いきかねる。
しかもやっとそれに気付いた後も、なぜ火を焚かなかったのかというそのトリックを裏付ける状況証拠でもあることに思いついていないなど、いくら病気でもホームズが馬鹿すぎ。
 振り返ってみると、面白いキャラクター小説だったと思う。
ミステリーとして読むべきじゃない作品なのかもしれない。

※表紙について。
 古本屋で探していたら、これとは別に渋い漱石の立ち姿が表紙の同じ作品もあった。
しかし化夢宇留仁的にはこっちの方が圧倒的に好み。
「ウィリアム・モリスのラッピングブック」に掲載されていた柄らしいが、当時の雰囲気を間接的に伝えていていい感じ。
キャラクターが出てくると、直接的すぎて小説の表紙にはあまりふさわしくないと思う。

本人度1 世界共通度△

シャーロック・ホームズ 東洋の冒険

光文社文庫/テッド・リカーディ/日暮雅道訳
 ライヘンバッハの滝でのモリアーティとの死闘の後、3年もの間姿を消していたホームズ。
その間ホームズは東洋の様々な国を渡り歩いていたらしいが、詳細は不明のままだった。
しかし実はワトスンは折を見てはホームズから話を聞き出し、記録していたのだ・・・。
というありがちな設定で書かれた短編集である。
話の順番はワトスンがホームズから聞き出した順番になっており、事件の日時順ではないのがややこしい。

総督の秘書
 インドのカルカッタで、ホームズが古い友人と出会うが、彼は陰惨な殺人事件の犠牲者となってしまう。
犯人はインドの占領政府の地位を崩そうとしているスパイの仕業だと見当をつけたホームズは、総督府と協力して犯人を追いつめる。

 この本の作品どれにも言えることだが、基本的にはミステリーではなくて冒険小説という感じである。
「総督の秘書」では冒頭で怪しい男の存在が描写され、それがホームズの仇敵だと臭わせるのだが、正典とは関わりのない人物だと分かってガッカリ。
犯人の行動も行き当たりバッタリだし、殺された人やその関係者の話など、宙ぶらりんの冠が否めない。
異国情緒という点では楽しめるところが多いのだが。

ホジスンの幽霊
 ネパールは、各国のスパイが入り乱れる魔窟と化していた。
そんな折、総督が病に倒れており、幽霊を見たと言っているのを知ったホームズは調査に乗り出す。
やがて浮かび上がったホジスンという人物は、ホームズのよく知る男によく似ていた・・・。

 今度は正典に大いに関わる人物が登場するが、その扱いがもう一つ納得がいかなかった。

フランス人学者の事件
 東洋をさまよっていたときにホームズが描いた絵を発見したワトスン。それには不思議な寺院が描かれていた。
それはネパールのカトマンズの北東数マイルのところにある、チャング・ナラヤンという寺院だった。
フランス人の科学者が、そこに隠された財宝を探していたのだが、行方不明になると言う事件が発生し、ホームズは地下への入り口を発見する・・・。

 インディー・ジョーンズばりの秘密に、伝説の真実が隠されているという展開はワクワクする。
ちょっとホームズものとしては、やりすぎに感じるところもなきにしもあらずだが。

ラサへの使者
 いつも壁に刺さっているナイフが、金の装飾のついたエキゾチックなものに代わっているのに気付いたワトスンは、ホームズがそれを手に入れた経過を聞くことになる。
それはホームズがマイクロフトからの依頼で、チベットのラサに侵入した事件が発端で、行方不明になったイギリス政府の使者を見つけだし、チベットとの国交を正常化するという困難な任務だった。

 チベットの拷問刑や国家間の水面下でのつばぜり合いなど、興味深い要素が多い。
ラストのチベット政府高官の正体とその半生も面白かった。

アントン・フーラー事件
 名うての犯罪者アントン・フーラーを捕まえたホームズは、彼と出会ったインドでの事件を思い出す。
当時フーラーは、貴重な遺跡を盗掘しては移動して荒稼ぎをしていたのだ。

 そもそもの2つの仏像に関する事件の内容が理解できない(汗)。

スマトラの大ネズミ
 ホームズがシンガポールで遭遇した事件を、ホームズ自身が記録したという内容。
巨大なネズミの化石に興味を持って化石発掘の協力をしていたホームズだが、やがて古来から伝わる大ネズミを崇拝する種族と、大規模な人身売買事件に巻き込まれ・・・。

 なんだか滅茶苦茶な話である。
ホームズと言うよりもクトゥルフ神話っぽい(汗)。

トリンコマリの奇怪な事件
 女王陛下の即位60年に当たる1897年6月の暑さは例年にないもので、ホームズとワトスンは涼しさを求めてディオゲネス・クラブへ向かう。
そこで女王陛下の祝賀行事に関する、セイロンでの事件を思い出したホームズは、マイクロフトと共に当時の話をワトスンに語って聞かせることに。
 女王陛下のために最高の真珠を手に入れる任務をおったホームズは、セイロンでその行方を追う。
その時彼の目に入ったのは、仇敵モラン大佐の姿だった。
やがてイギリス政府に軟禁されているエジプトの革命家が真珠の行方を知っていると突き止めたホームズは、彼との取引を行うことに・・・。

 モランとの決着は、化夢宇留仁の好みの形とは言い難い。
真珠の収穫の描写は興味深かった。

泥棒市場の殺人
 ホームズはボンベイで、友人のイタリア人伯爵の召使い夫婦が被った殺人の濡れ衣を晴らすべく、調査に乗り出す。
ホームズは犯人にたどり着くが、その犯罪の経過は彼が思っていたものとは大きく異なっていた・・・。

 同じ情報からいくつもの解釈が成り立つという話だが、どれもとってつけたような感じ。
もっと意外性が無いと、こういう物語は盛り上がりに欠けると思う。

ジャイサルメルの謎
 インドのデリーで知り合った2人と砂漠を旅することになったホームズ。
しかしその2人は様子がおかしいところがあり、やがてホームズは彼らが歴史から隠された王国からある任務をおっているのを突き止める。

 インディー・ジョーンズ風。
砂漠の旅の描写はなかなか楽しかった。
しかし部屋の再現はやりすぎでは?

 読んでから少し時間がたったので記憶が曖昧なのだが、あとから思い起こすにホームズの物語としては少々ポイントが外れていたように思う。
読んでいる間はなかなか楽しかったのだが、そういうところも冒険小説っぽい。

本人度3 世界共通度△