実験船マンパワー号の航海
第2回

死を呼ぶ壺


 どれくらい走っただろうか。
3人は路地裏で息を切らしていた。
「わ・・・私たちと、アトスとは昨日ちょっと会っただけだし、多分大丈夫だわ。」
「そう・・・願いたいものですね。」
トラバントが一番苦しそうである。
「なんで・・・私まで逃げてしまったんだろう・・・。」
クリスの疑問はもっともだが、これで彼が今までやったことのないことに挑戦できたのは間違いない。

「ふ〜。じゃ、行こっか。」
「どこへ行くんです?」トラバントは走ってゴチャゴチャになってしまったカバンの中身を整理している。
「この鍵でドアが開くところよ。」
ジョーンの鍵である。
「ああ、ツボをガメガという方に渡してほしいとおっしゃってましたな。しかしこの場合は警察に届けた方がいいかと思うのですが・・・。」
クリスはそうはいかないだろうと思っていたが、答えは予想よりもひどいものだった。
「なに言ってるのよ。人が殺されるくらい価値のあるツボなのよ!売り払うのよ!それで大儲け!」
「そんな・・・・だいたいアトスさん、いやグレイさんはまだ生きてますよ。」
「今更警察に届けてどうしようって言うのよ?さっきはなんで逃げたのかとか、色々聞かれるわよ。」
「そ・・・それは・・・」
クリスは現在リジャイナの行政官である息子のグレンに問いつめられる自分の姿を思い浮かべていた。
典型的な巻き込まれ型犯罪者の出来上がりである。
 鍵にはリジャイナ宇宙港のマークがついていた。


 宙港で目的のロッカーを発見した。
ロッカーの中にあったのは、しっかりしたケースだった。開けてみると、厳重に断衝剤で包まれた、複雑な紋章の彫られたツボが入っていた。
「小汚いツボねえ。ちょっと期待はずれ。」
「いやしかしこれは大層な年代物のようですぞ。様式は見たことのないものですが・・。」
「あら。クリスさん骨董品に詳しいの?」
「え?いや・・・」
少し赤くなるクリス。
 二人の話をぼんやりと聞いていたトラバントは、視界の隅のロッカーの角のところを、黒っぽい人影がよぎったような気がした。
「とりあえずここを離れませんか?うかうかしてたらグレイさんの二の舞になりかねませんよ。」
「そ・・・そうですな。しかしどこへ?」
「私の家・・・と言っても社員寮なんですが、病院は辞めたんですが、そこはまだしばらく使えるんです。そこなら怪しい者も入って来にくいでしょう。」
「お医者さんのお宅拝見!」
なぜか盛り上がるピピであった。


 そこは宙港街と高級住宅街の中間あたりで、リジャイナでも1〜2を争う大病院の脇にあった。
門に囲まれた敷地内は緑の多い庭が広がり、建物も立派で、社員寮というイメージではなかった。
「お医者さんってやっぱり儲かるんだ〜。私も今から医学の勉強しようかな。」
「いやいや、儲かってるのは病院だけですよ。」
とか言いながら、トラバントの部屋も豪華なものだった。大きな窓からは綺麗な庭が一望できた。
「見事なものですね。トラバントさんはこの病院でも高い地位をお持ちだったと見える。」
「いやいやいや・・・そんなことよりツボを調べてみましょう。」
ツボはケースから出され、眺め回された。
「やはり相当な年月を経ていますね。見たことの無い文様ですが、美術品としても価値がありそうです。」
「クリスさん流石♪でもほんとかしら?私には小汚いツボにしか見えないんだけど。」
「私にとっても単なるツボ以外のなにものでもないですね。」
そう言うのは冷凍食品のピザを暖めてきたトラバントである。
「引っ越し前なんで、大したものがなくて申し訳ない。」
「いやいやとんでもない。ごちそうに・・・」
そう言ってピザの1枚をとろうとしたクリスだが、真っ赤なトマトソースを見て手を止めた。
「あ〜・・・どうも食欲がないようです。せっかく作っていただいたのに申し訳ない。」
「いえいえ。」
「もったいないわね〜。」
そう言いながらトラバントとピピはばくばくとピザを食べ出した。
クリスはトマトソースを見て、ジョーンの傷を思い出したのだ。
彼は食欲旺盛な二人を半分あきれ顔で見ていた。医者のトラバント氏はともかく、ピピさんまで・・・どんな神経をしているのであろうか。
気を取り直してツボを見直す。それにしても変わったツボだ。
ピピがツボに手を伸ばした。
「あ、油の付いた手でツボを触らないでくださいよ。」
手を引っ込めるピピ。
「古いものは小汚くもなります。年月による風化は仕方がないですが、ピザの油がついたら価値が下がりますよ。」
「もう触らない。それにしても詳しいわねえ。で、いくらくらいになりそう?」
「いやそこまでは・・・しかし何件か懇意にしている骨董品店がありますので、そこに持っていけば詳しく教えてくれるでしょう。」
「それは詳しくて当たり前ね。でもちょうどいいわ。」
「クレド(リジャイナの首都)のコットービルの3階にあるハニワという店がお勧めです。そこは展示品も素晴らしく、眺めているだけで時のすぎるのを忘れるほどです。」
「そんなことはどうでもいいのよ。でもクレドは遠いわね。近場でどこか無いの?」
「近場では・・・宙港街に1件あります。そこは小さい店ですが、主人はなかなかの目利きで。」
「じゃ、そこに持っていって高く売れるようならそのまま売り払っちゃいましょう。」
「いやそれは・・・・」
「とにかく行くわよ。でもその前にピザを食べちゃいましょう。」


 夕闇が迫る頃、宙港街のクリスのなじみの骨董品店ツボックにやってきた。
主人は骸骨のような老人で、ツボを見せると眼鏡を掛けて神妙に調べ始めた。
「これは・・・見たことのないツボだが、この文様には見覚えがあるね。」
「ほう。どこのものです?」
フルーム星系にあるオトレイという惑星の遺跡に、似たような文様があったと思う。 調べてみないとはっきりしたことは分からないが。」
「価値はあるの?」
遺跡などまったく興味のないピピである。
「価値はそれなりにはあると思うのだが、それよりなにか重要なことがあったような気がするのじゃ。 多分宗教的な意味があるはずじゃ。」
「それなりってどのくらいよ?遺跡も宗教もどうでもいいから値段を言ってちょうだい。」
「あわてなさんなお嬢ちゃん。ちゃんと調べないと値段のつけようがなかろうが。調べなかったらただの古いツボじゃからの。」
「も〜。」
仕方なく今日はいったん引き上げることにした。
ツボは置いておくのは不安だったので、写真を撮ってもらい、それで調べてもらうことにした。
店を出るとき、トラバントは通路の角を、再び黒っぽい人影が見えたような気がした。なんとなく危機感を覚える。
相談の末、 ツボはスレイドが使っている銀行の貸金庫に預けることになった。


 すっかり日が暮れた頃、3人はツボを預けた銀行から出てきた。
なんとなく歩き出す。
少しして試しにトラバントが後ろを振り返ると、今度ははっきりと遠くの建物の影に黒い人影が消えるのが見えた。
「どうやら我々は尾行されているようですよ。」
「それはさっきから言っている黒い人影かね?」
「そうです。」
「何人いるの?」
「とりあえずは一人しか見えませんでしたが、はっきりとは分かりません。」
「に・・・逃げますか。」
慌てるクリスだが、ピピは落ち着いていた。
「下手に逃げて人気のないところに出ちゃったら危ないわ。どこかお店でも入ってどうするか相談しましょう。」
なぜかこういう状況に慣れているらしい。

 近くにあった酒場に入り、入り口の見えるテーブルに陣取った。
入り口の横にはテレビが置かれ、バラエティー番組を流していた。客もそれなりに入っており、ここならとりあえず安全そうだ。

「やはり警察に届けた方がいいのでは?命あっての物種ですぞ。」
「命があってもお金がなかったら楽しくないじゃない。」
それはそうかも知れないが・・・この台詞には、クリスだけでなくトラバントも驚いた。
最初に注文した飲み物が運ばれてきた。
いったん話が中断する。
テレビではバラエティー番組が終わり、ニュースが流れていた。
「約1時間前、宇宙港近くで骨董品店を営むミミック・ツボックさんが、同店内で刺殺死体で発見されました。 死因は鋭利な刃物で心臓を一突きにされたためで、店内は荒らされており、警察は強盗の線で調査を進めています。次のニュース・・・」
クリスはビールジョッキを取り落としそうになった。


 バラバラに行動しては危ない。
おそらく追っ手は1人か、そうじゃなくても少ないので、ツボックが店で一人になった途端に狙われたのだと思われる。
クリスは警察に通報することを強く主張したが、ピピはそれだけは絶対折れず、それどころか通 報するくらいなら犯人はクリスだと話すと言い出した。
まさに典型的な持ち崩しパターンである。
全員が夜を明かすにはどうすればいいのか相談する。今からトラバントの寮に行こうと思うと、どうしても人気のないところを通 らなければならない。
散々迷った挙げ句、ピピの強引な意見で目的地は決まった。

 インターフォンは壊れているのは分かっているので、直接ドアをノックする。
「は〜い。ちょっと待ってくださいね。」という声が聞こえ、すぐにドアが開かれた。
「あらピピさん。クリスさんにトラバントさんも。どうなすったんですか?」
「ちょっと事情があって。」
そう言いながらピピはずかずかと中に入ってゆく。
「あのすみません。お仕事の斡旋業務は今日は終了してるんですけど・・・。」
困った顔をしているのはエルザである。
ここは例の研究所なのだ。

「と言うわけで、一晩・・・いえほとぼりがさめるまで泊めてほしいのよ。」
「ピピさんそんな無茶苦茶な・・・」
トラバントも慌て気味である。
「そうですよ。そんな迷惑をおかけするわけにはいきませんよ。」
もちろんクリスも。
まさかこんなに図々しい態度に出ようとは思わなかったのだ。
「でも他に思いつかないんだから仕方が無いじゃない!」
「あの・・・事情がよく分からないんですが、とりあえずみなさんは危険な立場なわけですね?」
「そうなのよ。一人でいたらあっという間に殺されちゃうの。」
「分かりました。今夜はここの2階でお休みください。こんな時に備えて部屋を空けてあるんです。」
「え!?」
驚いたのはクリスとトラバントである。
「そんな・・・よろしいのですか。あまりにも申し訳ない・・・。」
「かまいませんよ。ただ私はもう帰りますので、なんおおかまいも出来ませんが・・・」
「ええ〜?帰っちゃうの〜?それじゃあ安心できないじゃない!」
無茶苦茶な要求である。
「大丈夫ですよ。教授はここで寝泊まりしています。」
教授・・・そう言えば彼女の背後に、いつも背の高い老人が立っていたような気がする。 今は姿が見えないが。
「あんなお爺ちゃんがいたって被害者が増えるだけよ〜!」
「大丈夫ですよ。教授はああ見えてお強いんですから。私が保証します。」
「ええ〜???」
贅沢を言える状況ではないのだが、クリスとトラバントもあの老人がそんなに頼もしいとはとてもじゃないが信じられなかった。

 結局そのまま研究所で夜を明かすことになった3人は、明日どうするかを相談した。
「こんなこといつまでもやってられないわ。」
「まったくですな。」
「こうなったら逆にあの黒い奴を捕まえちゃいましょうよ。」
「やっと通報する気になってくれましたか。」
「なに言ってるのよ!私たちで捕まえるのよ!」
「出来ますかね?」
答えたのは簡易キッチンで夜食の「サポラーメン」を作っていたトラバントである。どうも料理が好きらしい。材料はもちろんここにあったものを無断で使用していた。
「出来るわよ。相手の人数が少ないのは分かってるんだから。尾行させといて曲がり角で待ち伏せすれば一発よ。」
ピピは豪快にラーメンをすすりながら自信ありげに話している。
ほんとうにそううまく行くのだろうか?
クリスは上品にフォークで麺をたぐり寄せながらも、不安を拭いきれなかった。

結局その夜は何事もなかった。


249日。
 出勤してきたエルザに朝ご飯をごちそうになった後、研究所を出た。
意識して後ろを振り返らないようにして、人気の少ない裏路地をうろうろと歩き回る。
やがてトラバントが背後の気配に気付いた。
こっそりとピピに伝える。
「来たみたいですよ。」
「何人いる?」
「はっきりしませんが、多分一人です。」
「いいわ。じゃあ次の曲がり角で実行するわよ。聞こえたわね。クリスさん。」
「了解した。」
曲がり角に来ると、3人がいっせいに角を曲がり、同時に振り返った。
計画通り道幅いっぱいに広がる。追っ手の姿が見えたと同時に3方向からつかみかかるのだ。
息を殺して待つ。
追っ手はなかなか姿を現さなかった。
クリスは自分の心臓の音で鼓膜が破れるかもしれないと思った。
まだ現れない。
「なにしてんのよう・・・」
ピピがささやいた。
トラバントはふと後ろを振り向いた。
そこには黒いフードつきマントを被り、禍々しく曲がった短剣を持った額に異様な入れ墨をした男が立っていた。
「どわあ!後ろ!」
彼の声にピピが振り返った瞬間、前方からもう一人の男が姿を現した。
「こっちもですよ!」
クリスの悲鳴のような声。
「逃げ場は無い。抵抗すれば殺す。大声を出しても同じだ。」
男の冷え切った声が、3人の身体に突き刺さった。
どうせなにも持っていないのだが、とりあえず手を挙げる3人。
「ロッカーの中身をどこへやった?」
「壺ならあなた達には見つからないところに隠したわよ。」
まだ威勢のいいピピだったが、彼女の台詞に黒い男達からの殺気が強まったような気がした。
「壺を返せば命は助けてやる。案内しろ。」
「ほんとうに助けてくれるんでしょうねえ。」
「勿論だ。ところでこの短剣には強力な毒薬が塗ってある。逃げようとしたり大声を上げたりしたら一瞬で死ぬ ことになる。分かったか?」
「・・・分かったわ。」
確かに短剣は異様な光を放っていた。


 銀行にやってきた。
貸金庫から壺の入ったケースを出し、黒い男に渡した。
男はケースの中身を確認し、蓋を閉めた。
「よし。では外に出るぞ。解放した途端に捕まるわけにはいかんからな。我々が逃げやすい場所まで付き合ってもらおう。」

促されるまま連れてこられたのは、再び人気のない路地だった。
背後の殺気が強まっているような気がする。
3人はなぜかはっきりと分かった。彼らは壺を見た者を、最初から生かして帰すつもりは無いのだ。
ピピが即座に、ほとんど無意識に動いた。
背後に脚を蹴り上げ、確かな手応えを感じつつ、身体を回転させつつ横に跳ぶ。
もう一人の男がトラバントに短剣を振り下ろしたのが見えた。しかしなんとか避けたようだ。
男がこっちを振り返ったが、その顎にはピピの右フックが迫っていた。
一瞬男の顔がオモチャのようにぶれたと思うと、白目をむいた。

「あら?」
ピピがまわりを見回すと、二人の男は倒れて気を失っており、壁際にはピピから少しでも遠ざかろうとするように、恐怖の表情で縮こまったクリスとトラバントが見えた。

ピピが壺の入ったケースを拾おうとしたところで、上空からエアラフトパトカーのサイレン音が聞こえてきた。

あとで分かったのが、挙動が不審だったクリスの様子を見て、銀行の頭取が通報していたのだった・・・。



実験船マンパワー号の航海
第2回終了

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