エアラフトの運転席から降りてきたのは、カールした金髪に綺麗に切りそろえた口髭、フリル付きの高価そうな生地の派手なコートを着た30代半ばくらいの男だった。
いわゆる貴族のボンボンといった感じだ。 エルザがドアをあけると、フリフリのついた袖を優雅に振りながら入ってきた男は、所内をざっと見回し、すぐにソファに4人が座っているのに気づいて遠慮なしにじろじろと観察を始めた。
「あの・・・どうぞソファの方へ」
エルザが案内しようとするが、男はかまわず4人を見つめ続けた。
マービンは男と目が合うと、思わずそれをそらしてうつむいた。
まったくこの状況は彼にとって最悪といえた。
そもそも人と話すことが苦手でハンターになったのだ。それなのに、加えて自分を値踏みされるような状況は我慢できない。
だいたい最初にこの研究所にのこのこ来てしまったこと自体が一時的に気が触れたとしか思えなかった。
こういうのを魔が差したとでも言うのだろうか?
彼は必死でこの状況から逃げ出す方法を考えた。
具体的にどうすればいい?
「帰ります」と言って立ち上がればいいのか?しかし引き留められたらどうする?
などと考えて思考がループにはまり、とにかく断ろうと決断しかけたとき、男が口を開いた。
「よさそうですな。見るからに現場で技術を磨いてきたという感じだ。ぜひお願いしたい。」
まさに値踏みの末の発言である。
マービンは先手を打たれた形になった。喉まで来ていた台詞を思わず飲み込む。 ここでなんでもいいから断るという内容を言えばすむものを、これも人付き合いを避けてきた故の不甲斐なさだといえる。
「それはよかったですわ。じゃあ立ち話もなんですからどうかソファにお座りくださいな。お茶をお入れします。」
エルザがほっとしたようにソファを引き、それから部屋の隅の小さなキッチンをいじり始めた。 ヤカンに水を入れて、コンロにかけている。
なにやら恐ろしいほど原始的である。
男は少しだけエルザの様子に気を取られていたが、すぐに真顔に戻ってソファに座り、改めて4人を眺め回しながら言った。
「私はラシッド・ローバンという。このたびは私のためにお集まりいただき、感謝している。ありがとう。」
礼儀正しいのかそうじゃないのかよく分からない内容である。
ロビンは彼をナイト爵と見ていた。
特にはっきりした理由があるわけではなかったが、長年貴族たちと付き合ってきた勘のようなものだった。
ちなみに彼自身もナイト爵扱いの貴族であった。
チークはやってきた依頼人が予想よりも遙かに金持ちそうだったので、腹の中で舌なめずりしていた。
これは久しぶりにいい獲物がかかったぞなどと、海賊時代そのままの思考になっていたが、本人は気づいていなかった。
現在リジャイナ近辺で広く交易業務を行っているメガコーポレーションのテュケラ運輸は、160日に発生した同社が保有する800トン級客船トリムカーナ・ブリリアンス号がジャンプ直前に爆発し、213名の死亡者を出した事件を鑑み、リジャイナ星域での大規模商業輸送を停止すると発表していた。
大手のテュケラ運輸が輸送業を停止した影響は大きく、乗客や船荷は小さな会社や個人経営の自由貿易船に流れ、どこも人手と宇宙船不足に悩まされていた。
さて、サー・ラシッド・ローバン卿は、前々から欲しかった恒星間飛行能力を持つY型ヨットを購入した。
リジャイナのドックで建造が終わり、最終メンテナンスも終了し、いよいよ出発しようと思ったところ、現地で雇うはずだった乗務員がすでに自由貿易船などに雇われており、いるのは故郷からついてきている付き人の3人だけだった。
もちろん彼らは宇宙船の操作などできない。
そこであるつてをたどって研究所に操船技術のあるメンバーを募っていた・・・・ というのが話の大筋であった。
要するに金持ちのボンボンがでっかいおもちゃをもてあましているのだ。
目的地はウォンガ。ここリジャイナから4パーセク離れているが、ヨットにはジャンプ4の能力があり、1回のジャンプでたどり着ける。
報酬は通常の雇われ船員と比べて倍近いもので、いい話といえた。
4人のうち3人はこの話に飛びついた。
残った1人は勿論マービンである。
確かにいい話だと思ったが、そもそも彼はここリジャイナで自分の居場所を見つけたかったのだ。いきなり出ていっては話にならない。
彼がどうやって断ろうかと考えている内、話はトントン拍子に進み、今夜から全員ヨットに泊まり、明日の夜明けに出発ということになっていた。
マービンが断る台詞を吟味し、いざいおうと思ったとき、ローバンが立ち上がって言った。
「よかった。君たちには感謝している。これから私も出発の手続きをしてくる。船は地上港の9番着陸床だ。めいめい準備して乗り込んでおきたまえ。宙港には私から連絡しておく。」
彼は優雅でかつきびきびした動きで研究所を出、表に停めてあり他の交通の邪魔になっていたエアラフトに乗り込むと、さっさと飛んでいってしまった。
マービンは中腰の姿勢のまま固まっていた。
4人は研究所を出た。
研究所からはホロクリスタルビデオカメラと記録装置がレンタルされた。
これで仕事の内容を克明に記録して返却すれば、それで斡旋料を払ったことになるということだった。 マンパワー・サイコヒストリーとかいう研究の材料にするそうだが・・・もちろん4人にはどんなものだかは分からなかった。
それぞれ荷物を取りに行くのだが、収まらないのはマービンである。 彼1人肩を落としてトボトボと歩いていた。 そんな彼に背後から話しかける声があった。
「あの・・・セガリオンさんとおっしゃいましたね?」
「は?」
振り返るとそこにはコートを小脇に抱えたロビンが立っていた。
「さっきからお見受けしたところ、どうもあなたはこの話に乗り気ではないらしい。心配事でしょうか?」
「いやあの・・・・」
マービンはこういう状況も苦手だった。 いつも人を避けるように行動している彼は、人からも避けられやすい雰囲気を醸し出している。
そんな彼に注目して親身に話しかけてくる.もまたまれだったのだ。
「その・・・」
言葉に詰まり、ロビンを見ると、彼はマービンの目をしっかりと見返してきた。 ますます言葉が出にくくなる。
ロビンは眉を寄せ、言った。
「失礼しました。よけいなお節介でしたね。どうやら私は少し興奮しているらしい。頭を冷やしましょう。」
そう言って去ろうとする。
マービンは焦っていた。そうやって去られてもなにか大事なことを逃すようで不安であった。
「ま、待ってください。」
ロビンが振り返る。
「あの・・・確かにボクはこの話に乗り気じゃなかったんです。というより人付き合いが苦手で、みなさんと一緒に仕事ができるかどうかも・・・」
ロビンはにっこりと微笑んだ。
「よかったら一緒に夕食を食べに行きませんか?腹がへっててはいい考えも浮かんできません。」
二人は安っぽい酒場のカウンターの隅に陣取った。
ロビンはビールを頼み、マービンはウィスキーを頼んだ。
マービンは昔から強い酒を好んだ。
料理が運ばれてくると、ロビンはゆっくりとビールを飲みながら話し出した。
「実は私は子供っぽい夢を持ってましてね、そう・・・・私はビデオクリスタルに出てくるような宇宙の英雄になりたいんですよ。」
マービンは黙っていた。というより言葉が見つからなかったのだが。
「笑ってしまうでしょう?こんな中年の親爺がスペースオペラの主人公に憧れてるんですからな。」
「いえ・・・そんなことは・・・」
笑っちゃうというより少し不気味である。
「私の家は古くから海軍の家系でね、代々海軍士官を勤めてきました。親父は少し違いますが・・・」
ロビンの父親は海軍を早くから離れ、政治に首を突っ込んでいた。
「小さい頃から祖父や叔父の武勇談には胸をときめかしていたものです。ですから私も海軍に入ったときには嬉しかった。小さい頃からの夢に着実に近づいていると思ってました。なにもかもが立派で、勇敢で、正義のため動いていた。」
「はあ・・・」
「ところが!」
ロビンは残ったビールを一気に飲み干し、勢いよくジョッキを置いた。
「そうじゃなかったのです。」
「はい・・・」
「海軍は正義じゃなかった・・・・いや正義もあった。しかし私の求める正義ではなかった。」
「はあ・・・・」
「セガリオンさん!」
いきなりロビンがマービンの顔をのぞき込んだ。
「あ・・・いや・・・マービンで結構です。」
「マービンさん、私はこの話にかけてるんです。」
「と・・・言いますと?」
「この仕事は初めて自分一人で実行すると決めた仕事なのです。今までのように親や上官の命令ではなく。この歳になって初めての自立とでも言いましょうか・・・お恥ずかしい限りなんですが・・・」
マービンはようやくロビンの言いたいことが分かってきた。
要するに彼もマービンと同じなのだ。自分の居場所を見つけようとしているのだ。
「いや、何となく分かりますよ。ピッポーさん。」
「ありがとうございます。私は・・・なんとしてでもこの仕事を成功させ、自分の力で自分の夢に近づきたい・・・。」
ロビンの話を聞きながら、マービンもだんだん気分がよくなってきた。
お酒のせいもあるだろうが、なにより自分の生き方について悩んでるのが自分だけじゃなく、しかもこれから一緒に仕事をする仲間になれるかもしれないと思えたからだった。
思えば昔少人数のハンターのチームで行動していたとき、一匹狼の集まりのようで、誰もオフを一緒に過ごしたり、腹を割って話すようなことはなかった。
もしかしたらこの仕事でなにかを得ることができるかもしれない。
夕方になり、マービンとロビンは示し合わせて宇宙港にやってきた。
二人とも荷物らしい荷物は持っていなかった。
実は宙港のロッカーには二人とも物騒な大荷物を預けてあったのだが、それはすでに船に運び込まれている筈だった。
ゲートをくぐって宙港内の地下通路を通り9番着陸床に来ると、話の通りY型ヨットが停泊していた。
アーモンドのような船体に昆虫の目のような展望ドーム・・・恒星間宇宙船には珍しい効率より見た目を優先したデザインである。
しかしこれでジャンプ4の能力を有するのだから侮れない。
ヨットの昇降部では、ちょうどルシアが荷物を持って乗船しようとしているのが見えた。
なにやら重そうな1.5メートルほどの長方形のケースを抱えている。どうやら大型の弦楽器のケースらしかった。 チェロだろうか?
二人の抱く彼女のイメージには、チェロはピッタリだった。
彼女はそれを船倉に持ち上げようとしているようだったが、重さに苦労しているらしかった。
二人はルシアに駆け寄ると、持ち上げるのを手伝った。
「あ、どうもありがとうございます。」
「いえいえ、これから最低一週間は同じ目的の元、協力しあっていかなければなりません。例など無用です。」
ロビンが気の利いたセリフを話すのを聞き、マービンは彼には自分にはない人とのコミュニケーションの技術を持っているのだと漠然と考えつつ、ケースを持ち上げるのを手伝っていた。
ケースがハッチの縁に当たって、ロックが開き、蓋が10cmほど開いた。 マービンの鋭い視力は、ケースの中に入った戦闘ライフルを捉えてしまった。
思わず息をのんだマービンだが、なにも言えず、ただロビンもそれに気づいたか確認しようと振り返ったが、ロビンの目はルシアのぴっちりした黒いレザースーツのお尻に釘付けだった。
なにか言うべきだろうか?
言えばもしかしたら騒ぎになり、宙港の警備員が駆けつけてくるかもしれない。そうなったらこの話はダメになるだろう。
マービンは黙ったまま、力を入れる振りをしてケースの蓋を閉めた。
戦闘ライフルがなんだというのだ。この物騒な世の中、最近は護身用でもその程度の物が必要なのかもしれないではないか。
かく言うマービンも、宙港のロッカーからは狩猟用ライフルが船に運び込まれている筈だった。
ルシアのお尻に釘付けに見えたロビンも、実はケースの中身に気づいていた。 しかしもちろん黙っていた。
誰にでも事情はある。ロビンなど、宙港のロッカーから直送で14型プラズマガンを運び込んでいるのだ。
しかしこの宙港のセキュリティは大丈夫なのだろうか・・・・?
ルシアの荷物を乗せ終わった頃、3人の背後から呑気そうな口笛が聞こえてきた。
酔っぱらったチークであった。
「いよう、元気に働いとるねえ♪」
彼のセリフに、ルシアがにっこり笑って答える。
「チークさんはご機嫌ね。」
嫌みのようにも聞こえるセリフだが、どうやら彼女にはそんなつもりは毛頭ないらしい。
「俺は荷物らしい荷物なんて全然ないからな。飲み屋でリジャイナの水に別れを告げてたのさ♪」
要するに暇だったから飲んだくれていたのであろう。
4人が乗り込むと、話に聞いた3人の付き人が部屋に案内してくれた。
付き人たちは3人ともおかっぱ頭で地味な顔をしており、見分けもつきにくかった。
エイビーとビートとシーガルと言うらしい。
付き人たちはやってきた4人に慇懃な態度で接したが、どことなくよそよそしいのは隠せなかった。
やはりこんなどこの馬の骨とも知れぬ人間と行動をともにするのは気が進まないのであろう。
彼らはローバン卿のことを心配しているようだった。
まだ帰ってないらしい。
夜も更けた頃、ローバン卿が帰ってきた。
彼の後ろにはなぜかスーツを着た40代くらいの男と、荷物を抱えたロボットが2台ついてきていた。
「みなさん揃ってますな。事情が事情だけに大したものは用意できませんが、まあ明日の出発に備えて鋭気を養ってください。」
そういうローバンの背後で、ついてきた男は素早くシェフのかっこうに着替えていた。
どうやらコックの出前を頼んだらしい。十分大したものである。
その夜は遅くまで酒宴が続いた。
酒や料理はどれも豪華で、無くなりそうになるとすぐにロボットがお代わりを持ってきた。
ローバンははしゃいでおり、今まで行った世界や狩りの話を自慢げに話した。彼はクロスボウがプロ級の腕・・・と自分では言っていた。
付き人はただただローバンの話にうなずいて話を盛り上げようとしていたが、たまに一人がローバンに耳打ちし、その毎に
「まだ時間はある。心配するな。」
などと言って追い払われていた。
明日は早いしもう切り上げてはどうかなどと言っているのであろう。 なんだか典型的なわがまま貴族である。
マービンはこういう場も苦手だった。適当に相づちを打ちながら、なるべく目立たないようにしていた。
他の3人を見てみると、チークとルシアは素直に喜んで酒をかっくらい、研究所が貸し出したカメラで宴会風景を撮ったりしていた。
これも仕事の内と言えるのだろうか?
ロビンは微笑を絶やさずローバンの話にうなずいていたが、酒は意識してちびちびなめているだけのようだった。
さすが出来た大人は違う・・・とマービンは思ったが、当のロビンは単にあまり酒が飲めないだけなのだった。
明け方近くになり、ようやくローバンが床についた。
実は酒に滅法強いマービンが見回すと、まだ起きているのはルシアだけで、ロビンとチークはソファに轟沈し、付き人たちが忙しく片づけをしていた。
付き人の一人、エイビーがマービンとルシアに水を持ってきた。
「どうも来た早々遅くまでつきあわせてしまって申し訳ありませんでした。お疲れでしょう。」
「あ、いえいえ楽しかったですよ。」
言いながら確かに苦手なシチュエーションにしては楽しめたと気付くマービンだった。
ルシアは色白の顔をピンク色にしてにこにこ笑っている。彼女も酒が強いようでご機嫌で、エイビーを捕まえてなにやら話しかけはじめた。
「ローバンさんは貴族の方なのに気取らず接してくださってお優しい方なんですねえ。」
「はあ。どうも・・・気取らないと言うか・・・最近はなんでもお一人でやってしまうので。」
マービンにとってはローバンはとてつもなく気取り屋だとしか思えなかったが、それについては黙っていた。しかしいい機会なので疑問に思っていたことを聞いてみた。
「あの・・・ローバンさんにはみなさん3人も付き人の方がいらっしゃるのに、今日とかどうして一人で行動されてたんですか?地位 の高い方ですし、少し危険なのでは?」
エイビーはグラスを片づけながらため息をついた。
「少し事情がありましてね・・・前から行動力のある方だったんですが、今は半分意地になってなんでも一人でやろうとしているんです。私たちも心配なんですがね・・・故郷のこともありますし。」
「故郷・・・ローバンさんの故郷はウォンガじゃないのですか?」
エイビーはしまったという顔をした。
「ま、調べれば分かることですから言いますが、サー・ローバンはダイナムの惑星議会にも席を持つ、ローバン家の長男にあたります。ローバン鉱石の株主でもあります。」
「はー・・・ダイナムですか。」
ダイナムといえばリジャイナから2パーセクのところにある星系で、ウォンガからは反対方向である。
それ以外にもなにか大きなニュースがあったような・・・
ルシアが口をはさんだ。
「ダイナムといえば反乱が起きてましたよね。収まったんですか?」
言われてマービンも思い出した。半年ほど前に大規模な反乱が起きたというニュースをやっていた。
エイビーはますます大きなため息をついた。
「実は反乱は収まるどころか根付いてしまいまして、惑星議会もほとんど解散状態で反乱軍が暫定政府を運営してるんです。」
「え〜!?それじゃローバンさんは故郷から逃げてきたんですか!?」
マービンとルシアが同時に叫んだ。
「違います!断じて違います。」
エイビーの鼻息が荒い。
「反乱は労働者層の労働条件の向上を主旨に発生したのですが、元々ローバン家の方々は労働者の味方だったのです。惑星議会でももっと労働者階級の生活水準を上げるように努力してきました。ローバン鉱石の労働条件も他社よりも遙かによいものですし、ストも数えるほどしか起こっていません。ただ・・・・」
「ただ?」
「他の議員はもとより、ローバン家御血縁の中にもそうは考えない方もおります。ラシッド・ローバン卿はそのような自分の主権と金さえあればいいという輩に我慢が出来なかったのです。」
「だから故郷を出たと・・・・やっぱり逃げたんじゃないですか。」
マービンが言い放つ。
「違います!他にも星を発った理由はあるのです。」
「どんな?」
「それは・・・・目的地に着いたらお分かりになるでしょう。」
「はー・・・」
なんなのだろうか?
それにしても反乱が勃発している故郷をほっぽっといてヨットでお出かけとは、やはり庶民の感覚とはほど遠いのではなかろうか・・・・・?