宇宙船シナノマルの人々

第5回

ウォンガの大事件(1)


 密航者騒ぎが一段落し、なんとか船内に平穏が戻ったのはジャンプイン3日後のことだった。
ビートとシーガルは冷凍保存された。
ネバラーは身元が分かるものは何一つ持っておらず、死体も無数の銃弾がめり込んだ上に燃えてしまっていたので処置に困ったが、とりあえずこちらも冷凍しておくことにした。

 食料その他には余裕があり、リーナラヴィカンは時間制限と監視付きで船室から開放された。
とりあえずウォンガに着いたら当地の警察に引き渡すことになるだろう。
 リーナはおとなしいというか暗く沈んだままで、質問してもあまり自分のことを話そうとしなかった。
 ラヴィカンはひたすらビデオを観ているらしく、なにかというとこのヨットに用意されてる映画はどれも最低だと文句を言った。しかしこっちも自分のことを話さないのは同じだった。
また二人ともふてくされているのも共通点だった。


1106年257日 悪夢のようなジャンプ空間をぬけ、とうとうウォンガ星系にたどり着いた。
チークが早速ネバラーの死体をエアロックから投棄しようと言い出したが、後々ややこしくなるのは目に見えていたのでみんなに止められた。
 ローバン氏はまだ浮かない顔だった。なにしろジャンプスペースでは考えられないような事件が重ねて起こっている。
いろいろな手続きや言い訳をしなければならないと思うと、気が重いのも無理はなかった。
 対照的に雇われている4人は仕事の山場を終え、肩の荷が下りた気分だった。
ウォンガに降りたら自由の身である。
ただでさえ重苦しい雰囲気のジャンプスペース。今回は特に逃げ出したくなるような事件の影響もあり、脱出した今は開放感で一杯だった。

 ヨットはウォンガの直径10倍点を越え、あとの仕事は着陸のみとなった。
チークは鼻歌混じりに惑星ウォンガへのコースを調整していた。
宙港からの通信が入る。
マービンは受信スイッチをオンにしようとして、背後に人の気配を感じて振り返った。
彼のシートの後ろにはローバンが立っていた。
なにやら期待と不安が入り交じったような、妙な顔をしていたが、マービンと目が合うと無表情になった。
「なにかね?」
「いや・・・ローバンさんこそなにかご用ですか?」
「いやいや。なにも。それより通信が入ってるじゃないか。早く出たまえ。」
「ああそうですね。」
マービンがチャンネルをオンにすると、女性の声が聞こえてきた。
「こちらはウォンガ宇宙港管制センターです。貴船の入港を歓迎します。」
「感謝します。誘導をお願いできますか?」
返事が返ってくるまで少し間があった。
「誘導ビーコンは常時送信しています。着陸は宙港敷地内ならどこでもOKです。」
「了解。」
敷地内ならどこでもいいとはおおらかな誘導である。
マービンはまたローバンを振り返った。
ローバンは今度は嬉しいような切ないような、やはり妙な顔をしていたがやはり無表情になった。
「なんだかおおらかな感じですね。ビーコンは確かに捉えてますが・・・いいんですかね?」
「うん?いいんじゃないか?うん。」
そう言って、ローバンはうんうんとうなずきながらブリッジを出ていってしまった。
なんなのだろうか?

  ウォンガは雲の多い惑星で、その切れ目から見える大地はほとんどが赤茶けていた。
マービンはウォンガのデータを表示してみた。
考えてみれば今まで仕事内容ばかり気にかけていて、目的地を調べてなかった。
なんとなくリジャイナには無い自分の新たなアイデンティティが見つかりそうな気がしていたのだが・・・
  惑星ウォンガ自体のデータはとりたてて変わったところはなかった。
大気が汚染されているが、これは火山灰によるものらしい。
問題はその人口である。
100人未満。
直径約9600kmの惑星に、100人未満の人しか住んでいないのである。 さっきの宙港の誘導もこれでうなずけた。 人口100人以下の住人しかいない惑星に、そんな立派な宇宙港があるはずもない。
  誘導ビーコンにのって雲の層を突っ切ると、寒々しいウォンガの地表が一望できた。
険しい火山に囲まれた荒れ地の海辺の近くの一部に、四角く切り取られたように色が違う部分があった。
それは畑だった。
畑の脇には住宅地らしいものがあり、宇宙港は畑と住宅地の中間に位置していた。
宇宙港と言ってもそれは海に面した大きな駐車場といった感じで、200m×150m程度の敷地に倉庫のような建物が3つ以外には大した設備もなく、あとはコーティングされた平地が広がっているだけだった。
確かにどこでもOKと言うはずである。
 チークは少しあきれ顔をしながらも、それなりに見事な操船でヨットを建物の前の空きスペースに着陸させた。
なんにせよこれで仕事は終了である。
4人は大きくため息をついた。
しかし雇い主のローバンは自室に入ったきりである。
4人はとりあえず挨拶に行くことにした。
仕事の終了を宣言してもらわないと落ち着かないし、なにより報酬をもらわなければならない。

 ローバンの部屋は第1層の最前部の、もっとも見晴らしがいいスィートルームである。 螺旋階段を上って第2層に来ると、当のローバンがこっちに走ってきた。
「やあ君たち!ご苦労だった。ちょっと私は管制センターに行かなければならないので、各自解散してくれたまえ。報酬はエイビーにもらってくれ」
そう言って、そのまま階段を下りていってしまった。
あんな事件があったというのに、なんともあっさりしたものである。
4人は顔を見合わせ、仕方なくエイビーを探すことにした。
  エイビーは第2層の談話室にいた。 宙港と密航者と遺体に関してどうするかを相談しているようだった。
通信の相手は入港の手続きをした女性のようだ。
「いやですから、犯人は死んでます。で、被害者が2人。この船のクルーです。それに密航者が2人。犯人は別 ですから、密航者の合計は3人です。」
「犯人というのは密航犯と言うことではなく?」
「そう。殺人犯が一人で、密航犯は殺人犯を含めて3人。で、被害者が2人ですが、死者は犯人を含めて3人。」
これは確かにややこしそうである。
4人が口を挟む機会をつかめず、ぼ〜っと聞いている内に、とりあえずは警察がくるまで待つことに決まったようだった。
突然手続きの説明をしている女性の声に、別な男性の声が割り込んできた。
「ヘイゼル!約束通り私は戻ってきた。君を迎えに来たんだ。」
ローバンのようである。
「今は仕事中です。お静かにお願いします。」
「もうそんな仕事などしなくていいんだ。さあ私のヨットにおいで。君のために用意したヨットだ。」
エイビーが困った顔でため息をついた。
4人はしらけきった顔で、やはりため息をついた。
「このヨットは女へのプレゼントかい。あほらしい。」
チークが肩を落とす。
「もう一つの理由ってこれだったんですね。」
マービンに言われてエイビーは黙ってうなずいた。
そんなこと言ってる内にも、向こうは本格的にもめはじめたようだった。
「あなたはなんにも分かってない。私にとってこの仕事がどれほど重要なのか。あなたは今度来るときには生まれ変わってくると言ったけど、ぜんぜん変わってないわ。」
「そんなことはない。あれから私は考えたんだ。確かに君の言うとおり私は周りに甘えきっていた。だから今はなんでも自分でやっている。自分一人でだ。君の言う独り立ちできる男になって帰ってきたんだ。」
「なにが一人でよ!ヨットを買ったのはあなたが働いてためたお金なの?一人でやってるって、ヨットには付き人が乗ってるじゃないの。あなたのやってるのは独り立ちとかそんなんじゃない。ただの独りよがりよ!」
4人はうんうんとうなずいた。
「待ってくれ。そうかもしれん。その通りだろう。だが努力はしてるんだ。これからも努力しよう。だからお願いだ。いっしょに来てくれ。」
「前にも言いましたが、私にとってここの仕事はなによりも大事です。父から受け継いだ仕事です。この仕事に誇りを持ってます。ですからここを動くことはあなたがどう変わろうとあり得ません。」
「そんな・・・どうしてだ?仕事なんて人生のほんの一部じゃないか。もっと大事なことがたくさんあるだろう。」
「あなたにとってはそうなんでしょう。」
どうもこの話はまとまりそうにない。ローバンは確かに努力しているのだろうが、結局貴族の視点でしかないのに気付いていないのだ。
チークがしびれを切らした。
「あ〜・・・エイビーさん?我々の報酬はあなたからもらってくれと言われたんですが・・・」
「あ、そうでした。ちょっとこっちはまとまりそうにありませんし、先にお渡ししましょう。どうもこのたびはありがとうございました。」
「はあどうも。」
 エイビーが通信コンソールの前から離れようとしたところで、更にコール音が鳴った。 何かと思ってチャンネルをオンにすると、堅苦しい口調の男性の声が流れてきた。
「こちらリジャイナ星域海軍哨戒艦パペック。 現在ウォンガ宇宙港に向かっている。誘拐容疑で貴船の任意捜査を行うので、乗員は各自自室に待機せよ。」
「はあ?」
みんなあまりの予想外の内容に、開いた口がふさがらなかった。

 ブリッジに駆け込み、探知機をチェックする。
確かに哨戒艦らしき船影が宙港上空1万キロあたりで降下中だった。 識別コードも確かに海軍のものだ。
誘拐容疑と聞いて思い出すのが密航者の一人、ラヴィカン・ストーロである。 彼がいなくなったのを誘拐と勘違いした可能性が高い。
しかしなんでこのヨットにいると分かったのだろう?
マービンが他のメンバーに意見を聞こうと振り返ると、みんな予想以上に青くなっているので驚いた。
そんなにやばい状況なのだろうか?
ふとロビンの顔を見て思い出した。 確か彼は海軍を抜け出してきているのだ。青くなるのもうなずける。
エイビーも説明しがたい事件が頻発した上に誘拐容疑をふっかけられ、当の主人が女の尻を追いかけているのでは青くなるもの当然といえた。
ではチークとルシアは?
マービンには分からない。
彼が不思議そうに見守る前で、二人は顔面蒼白で右往左往していた。
  哨戒艦がヨットの横に着陸した。 ヨットより計画的な流線型で、全長も2倍近くある船体は横にいるだけで圧迫感を感じた。
すぐに哨戒艦の乗務員がヨットに乗り込んできた。
一応帰ってきたローバンがブリッジで対応するが、見るからに気落ちしていて返事にも覇気が感じられない。
「責任者はあなたですね?」
「はあ・・・そうでしょう。」
「船主もあなたですね?船籍はリジャイナ。ここへはどういう理由で?」
「あ〜・・・そうです。ここへは・・・・・・私はどうしてここへ来たんでしょうねえ・・・」
「は?」
あわててエイビーが割り込んだ。
「ここには前にも旅行で来たことがありまして、ヨットを購入したのを機にもう一度来てみたわけです。いわゆる観光ですね。」
「なるほど・・・リジャイナからここウォンガへの旅はどうでした?」
「あー・・・・・・・・」
どうやら密航者の話はまだ海軍には伝わっていないらしい。どう説明すればよいのか見当もつかない。
雇われクルーの4人は指示通り自室にこもっていた。
ここはエイビーがなんとかするしかない。
「大変でした・・・なにしろ初航海ですので・・・」
「なるほど。ところで乗員は・・・」
海軍の調査官がそこまで言ったところで、彼の胸についている海軍のマークのバッジから、口笛のような音が聞こえた。哨戒艦からの通 信のコール音らしい。
「はい。スミス少尉です。」
バッジから声が聞こえてきた。
「こちらブリッジ。約2時間後に当宙港に船が着陸するらしい。自由貿易船クイーン・バーバラ。荷物の積みおろしをはじめるとあわただしくなるだろう。なるべく手早く進めてくれ。」
「了解。」
スミス海軍士官は通信を切ると、エイビーに向き直った。
「後で全室調べさせていただきますが、一応確認させていただきます。こちらの乗員は全員で何名ですか?」
「乗員といいますと・・・・正規のクルーのことでしょうか。それとも予定外の者も勘定に・・・」
「予定外・・・と言いますと?」
再びややこしい説明をしなければならないエイビーであった。
  ヨットは全室調べられた。 もちろん密航者も死体も発見された。
哨戒艦は予想通り密航者のラヴィカン・ストーロを追って来ていたのが分かった。
ラヴィカンは密航するまでに宙港の係官にヨットに乗り込むのを目撃されており、それを彼の親がどういう神経か誘拐だと言い出してこのようなことになったのだと言う。
ちなみにラヴィカンの親はリジャイナ市の市長だということだった。
リジャイナの市長といえば政治的な発言力も大きい大物だ。まったくやっかいな密航者である。
またネバラーの正体も判明した。 最近他の海賊団に滅ぼされた「マッド・アングラーの死ね死ね団」団長アングラーその人であった。
チークとルシアは息を飲んだ。
「マッド・アングラーの死ね死ね団」と言えば、「ロトローメスの血まみれ真っ二つ無敵艦隊」と長年争ってきた海賊団である。
とうとう決着がついたらしい。
それにしてもそれなりの威容を誇っていた海賊団の団長がこんな死に方をするとは・・・人生とは分からないものである。

 なんとか話がまとまりかけた頃、通信で話していた自由貿易船が宙港上空にさしかかった。
取り調べは展望室ラウンジで行われており、太陽を背にこちらに腹を見せて降下してくる貿易船のシルエットがはっきりと確認できた。
シルエットを確認し慣れているチークには、それがA型貿易船だとすぐに分かった。
どこにでもいる最も遭遇頻度の高い船の一つである。
みんながなんとなく見上げる中で、貿易船のシルエットがいきなり小さくなった。
ロビンにはすぐに判断できた。これは貿易船が着陸態勢をとっていたのを、船首をこっちに向けて目測面 積が小さくなったためである。
着陸途中に船首を目標に向けるという操船は通常あり得ない。
あり得るとすれば・・・・・・ シルエットの一部がチカチカと光ったかと思うと、隣の哨戒艦の各所に閃光が走り、直後連続して爆発が起こった。
ヨットがふっとばされそうな衝撃が襲い、全員シートから投げ出された。
ロビンはなんとかコンソールパネルにしがみついて体勢を立て直した。
左舷の窓では哨戒艦が中央で真っ二つになり、黒煙を上げていた。
まだヨットに残っていた3人の海軍士官たちは、呆然とそれを見つめている。
もしまだ燃料が残っているのなら更に大爆発を起こすかもしれない。 しかしそれより重要なのは、このヨットも攻撃される可能性が高いということだ。
「みんな席に着け!全艦戦闘配置!」
ロビンは無意識にそうさけびながら、急いでメインコンソールに駆け寄り、各種探知機をチェックした。
A型貿易船はまだ降下中だった。もうすぐ頭上まで来ている。
ヨットの状況を見る。 幸いにも被害はない。
武装は一応レーザー砲が装備されているが、この状態ではエネルギーの充填を始めたとたんに攻撃されるだろう。
海軍士官たちはブリッジから走り出ていった。哨戒艦へ戻ろうというのだろうか。
他の面々はなんとか席に着いたところだった。しかしどうしようもない。
その時通信が入った。
マービンがチャンネルをオンにすると、男性の低い声が聞こえてきた。
「ヨットの乗員に告ぐ。動くな。妙な動きを見せたら即座に攻撃する。」
実際隣の哨戒艦は破壊されている。宙港の防衛システムは当てにしようにもどこにもそんなものは見あたらない。
説得力は抜群だった。
エアロックからはさっきの海軍士官たちが開けるようにコールしてきいたが、もちろん無視するしかなかった。

  ヨットの斜め向かいに貿易船が着陸した。
貿易船の砲塔はこっちを向いたままだ。
通信でエアロックを開放して昇降台を出すように命令される。
こっちに乗り込んでくるつもりなのだ。 どうする?
  貿易船のヨットとは反対側に着いている砲塔が閃光を発した。
宙港の隅にある電力供給施設が火を噴いた。砲撃は宙港の他の施設にも及ぼうとしている。
「ヘイゼル!」
ローバンがあわてて通信チャンネルをオンにした。
「貿易船!砲撃をやめろ!すぐにヨットを明け渡す!」


宇宙船シナノマルの人々 第5回 終了

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