宇宙船シナノマルの人々

第6回

ウォンガの大事件(2)


  賊がヨットに乗り込んできた。
エアロック付近でたまっていた海軍士官たちがなにか反応するかと思ったが、まったく抵抗することなく捕まっていた。
 賊は3人の男だった。
3人とも頭を丸刈りにしており、どこかの陸軍のものらしい軍服を着ていた。
全員手に拳銃を持ち、肩にはカービンをかけていた。
彼ら以外に、見たことのない老婆と少女が連れてこられていた。 海軍たちと同じように後ろ手に縛られているということは、どこかで捕まったのだろう。
賊のリーダー格らしい、頭に大きな傷跡がある、見たところ50代の目つきの鋭い男が言い放った。
「この船は我々の特別任務のために徴収する。我々は任務のためには少々の犠牲には目をつぶる覚悟だ。抵抗すれば速やかに射殺する。質問はあるか?」
間をおかずにロビンが言った。
「任務とはなんだ?このヨットで何処に行こうというのだ?」
「内容は明かせないが、人類の未来に関わることだと言っておこう。目的地は出航してから明かす。」
人類の未来?なんだか正義の味方のようなことを言う。
「ちょっと待ってくれ!これは私の船だぞ!おまえ達はなんの権利があってそんなことをしてるんだ!?」
ローバンがあわてて口をはさむ。
賊の部下二人が拳銃を向けた。その指が引き金を引く直前に、リーダーが手で制止した。
「待て。」
部下二人がなぜかと問うようにリーダーの顔を見た。
「このヨットは彼の持ち物らしい。 見たところ貴族のようだ。いざという時の切り札になるだろう。生かしておけ。」
ローバンは凍り付いていた。
「そうそう忘れていた。こちらの二人を紹介しておこう。」
男はそう言って、連れてきた老女と少女に顔を向けた。
二人は堅く抱き合っていたが、その目は怒りに燃えて、彼をにらんでいた。
「彼女がクィーン・バーバラのオーナー兼船長のバーバラ・サンドリオンだ。小さい方は・・・タニと言ったな。婆さんに拾われたそうだ。」
二人はただ黙って男をにらみ続けていた。
その表情から、クイーン・バーバラがウォンガに来るまでどんなひどい目にあわされてきたのかが伺えた。
「彼女らが我々を恨むのは仕方がない。不幸な巡り合わせだったのだ。しかしそれも後で変わるだろう。我々の崇高な任務に協力できたことを誇りに思うはずだ。」
ロビンが口を挟んだ。
「その目的とはなんなのです?そんなに素晴らしいことなら、ぜひ協力させていただきたいですな。」
男はにやりと笑った。
「君の名前は?」
「ロビン・ピッポー」
「その名前からすると問題ないだろうが・・・調べてみないとな。今は詳しくは言ん。ただ・・・この銀河から寄生虫どもを一掃し、本来の正しい未来を得るための任務だと言っておこう。」
「名前?名前がなんの関係がある?」
「今は考えなくてよろしい。それより今すぐ出航準備にかかってもらおうか。」
「この船はさっきここに着いたばかりだ。燃料補給が終わっていない。」
「問題ない。ここのガスジャイアントすくい取ればいい。食料はクイーン・バーバラから運び込む。」

 とりあえず選択の余地は無かった。
ハイジャック犯の鋭い目の男がつき、ロビンとチークが食料を運び込むことになった。
宙港にはパトカーらしき古風なレシプロエンジンの軽トラックが来てサイレンを鳴らしていたが、警官らしいのは老人と頼りなさそうな若者の二人で、手を出せずにただ「無駄 な抵抗はやめろ」「すみやかに投降せよ」とわめいているだけだった。
人質がいて手が出せないのだろうが、いなくてもハイジャック犯にかなうようには見えなかった。

 ロビンとチークが見たクイーン・バーバラ船内はひどい状態だった。
エアロックに入ってすぐのところでは、いきなり一人の男性が撃ち殺されていた。
通路にも各所で争った形跡があり、血の跡がついていた。
おそらくジャンプスペースでハイジャックが発生し、銃を向けられ脅されながらウォンガにたどり着き、用無しになったクルーは殺されたのだろう。
ロビンとチークはなにも話せなかったが、目があったときにはお互いその決意を確かめ合っていた。
必ずハイジャック犯を痛い目にあわせてやると。
 反重力トレーに食料その他のケースを積み込み、運び出す。

 ハイジャック犯二人はブリッジに陣取り、メインクルー以外はとりあえず船室に閉じこめられていた。
ルシアだけは機関室にいたが、 食料を取りにいったときについていった鋭い目の男が背後で銃を向けていた。
 パワープラント始動。
リジャイナを出航したときには手間取ったが、今回はまだ温度も高いままなこともあり、速やかに始動した。
ノーマルドライブもこんな時に限って順調に点火。
ローバンはブリッジの船長席につき、腕組みをしてむくれていた。勿論背後から銃を突きつけられている。
ハイジャックのリーダーに背後から命令され、チークが発進操作を行った。
ヨットはウォンガ宇宙港を離陸した。

 ヨットは上昇を続けた。
出航して安心したのか、ハイジャック犯のリーダーが笑顔で話し始めた。
「約束通り目的地を説明しよう。これから君たちは大いなる任務のために、ライラナー星域へ向かう。そこで幻の研究基地を探し出すのだ。」
「探し出す・・・ということは、あなたがたもご存じないのですか?」
ロビンの質問に、男は少し嫌な顔をしたが、気を取り直した。
「探し出すとは言ってもこちらには確かな情報がある。必ず見つかるはずだ。」
「研究基地にはどんな栄光が待ってるんです?」
男は少し考え、言った。
「そこでは神のみに許される通信手段が手に入る。それを使って我々は大いなる理想の実現に向かうのだ。」
「ほほう・・・」
神にのみ許される通信手段・・・・超光速通信に違いない。
そう言えばライラナー星域の研究基地で、そんなものが研究されているという噂を聞いたことがあった。
「大いなる理想とは?さっきの銀河の寄生虫を駆除するという話ですね。」
「そうだ。だが今はこれ以上は話せない。ジャンプに入って必要な検査を終えたら説明しよう。」
「検査ですか。」
「そうだ。さてもうすぐ衛星軌道にたどり着くな。あとはジャンプに入ってからだ。それまで仕事に励んでくれたまえ。」
「分かった。」
検査の結果、寄生虫がここにもいるかもしれないということか・・・ロビンには彼らの正体が分かったような気がした。

 ウォンガの衛星軌道につき、船はコース設定のために一時的に制止した。
ルシアと彼女についていた男もブリッジに入ってきた。
チークはそれを横目で確認し、ほんの少しだけ笑顔になった。そして操縦桿を乱暴に操作した。
あまりにも大きな瞬間的なGは、重力補正装置の補正限界を越え、全員を薙払った。
ロビンはシートにしがみつきながら、重力プレートのスイッチを切った。
「貴様!抵抗するか!」
ブリッジに拳銃とカービンの銃声が鳴り響いた。
しかしいきなりの衝撃の上、無重力状態に放り込まれては自由に動ける者はいない。
唯一の例外がロビンだった。
彼は海軍時代0G戦闘を想定した正式な訓練を受けており、実戦経験もあった。
彼はきわめて無駄のない動きでシートを離れ、手近にいた大男の拳銃をいともたやすく奪い取った。
男はあわててカービンを構えようとするが、もたもたしている内にロビンの銃が連続して火を噴いた。
ロビンは銃の反動で後方に飛ばされたが、メインスクリーンに足から着地して反動をつけて飛んだ。
彼には銃のカートリッジを引き出して、残弾を確認する余裕さえあった。
 ブリッジは大混乱になっていた。元々こんな人数が入るようには出来ていないのだ。

 ルシアはハイジャック犯の目つきの鋭い男と、カービンを取り合ってもみ合っていた。それを見ていたマービンが更につっこむ。
3人は 回転しながら壁に激突し、衝撃でルシアも男もカービンから手がはなれた。
マービンと男はあわてて空中に漂うカービンに手を伸ばしたが、ルシアの手は男の腰に伸びた。
男はカービンを掴んだが、その時にはすでにホルスターから抜かれた拳銃が彼に向けられていた。
ルシアは躊躇無く引き金を引いたが、無重力でバランスがとれず、最初の1発目しか当てられなかった。
男は撃たれた肩を気にする風もなく、カービンを構えつつブリッジ後方のドアへ飛んだ。
そこにロビンが飛びついた。男はカービンを向けようとするが、ロビンはそれを左手で押し返し、拳銃を持った右手を男の腹に向け、引き金を引いた。
男の手から漂い出たカービンはチークが受け取った。
 ローバンは最初の衝撃でシートから転げ落ちていた。
見上げると、ハイジャック犯のリーダーが船長席にしがみつき、銃をこっちに向けていた。 だがまだ頭が朦朧としているらしい。
ローバンの頭に数々の選択肢が浮かんだ。
とにかく逃げるというのが最有力だったが、どこに逃げればいいのか?
もう一つの選択肢にハイジャック犯の銃を取り上げるというのがあったが、どう考えても無理に思えた。
逃げようと決断しかけたときに、彼の脳裏にヘイゼルの声が浮かんだ。
「あなたは今度来るときには生まれ変わってくると言ったけど、ぜんぜん変わってないわ。」
いいや、俺は変わった!
彼は船長席に飛びついた。その手が船長席の肘掛けにかかった。そこにあるスイッチはなにか思い出し、押した。
男は我に返って銃を向けたが、 船長席がいきなり上昇を始めたのでバランスを崩した。 船長席は上のスイートルームに直接移動できるようになっているのだ。
男は中途半端な姿勢のまま銃を乱射しつつ、天井に上ってゆく。
「貴様ら!邪魔をしたな!ゆるさん!皆殺しだ!貴様らはレイチェル様の名を汚したのだ!」
「なんか聞いたことのある名前だな。」
男が声に振り向くと、チークがいつの間にか自分より上の天井に浮かんでいた。男が銃を向ける前にカービンの銃底が振り下ろされ、男はシートから飛び出して壁に激突し、静かになった。


 ヨットはウォンガ宇宙港に戻った。
ハイジャック犯の大男は死亡していた。
あとの二人は縛り上げられ、ファストドラッグを打たれて閉じこめられた。あとの管理は海軍にまかせることにした。
クルーに撃たれた者はいなかったが、クイーン・バーバラの船長である老女は最初の衝撃時に頭を強く打ったらしく、死亡していた。
少女タニは黙って涙を流していた。チークが責任を感じてもじもじしていたが、彼女は礼を言い、頭を下げた。
 ハイジャック犯の言ったレイチェルという名はすぐに判明した。
ヴィラニ至上主義をかかげるレイチェル教団の教祖である。
彼らはこの銀河はヴィラニ人のものだと信じており、それ以外の人類種を皆殺しにしてもいいと考えている。
つい3年前にも彼方の海軍兵站基地で、戦闘艦の強奪未遂事件を起こしている。しかしその時教祖のジッド・レイチェルは死んだはずなのだが・・・・・


宇宙船シナノマルの人々 第6回 終了

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