宇宙船シナノマルの人々

第7回

希望?


 ローバンは様々な手続きを気もそぞろに済ませ、ヘイゼルのところに飛んでいったきりである。
残された一行は、てんこ盛りの事後処理に追い回されていた。
密航者2人にハイジャック犯2人、クイーン・バーバラの生き残りの少女が1人。遺体がビートとシーガルと元海賊団長とハイジャック犯とクイーン・バーバラクルー・・・・・・これらは全部海軍に任せてしまいたいところだが、その海軍が乗ってきた哨戒艦はスクラップだし、生存者も3人しかいない。
地元の警察はと言うと、100人未満の人口の勇志でまかなわれてるたった二人の自警団で、事実上は仕事を引退した老人とぼんやりした若者のコンビであり、こんな大事件の処理が出来るはずもなく、死傷者の墓作りの手伝いが関の山だった。
もっと人口の多い星に連絡して応援を呼びたいところだが、残念ながら現状の通信規格では一番近い恒星系まででも3年はかかる。
こんな時こそハイジャック犯の言っていた超光速通信が欲しいところである。
 マービンが同じガスジャイアントを回っている兄弟衛星のジェイルに応援を頼んではどうかと発案した。
ジェイルには人類とは異なる知的種族が生息しており、まだその文明レベルが低いために、偵察局が管理しているとデータにあったのだ。
しかしこの案には海軍の生き残りが難色を示した。
ジェイルにあるのは偵察局の基地と言うにはあまりにも規模が小さく、ちっぽけなステーションでしかない。人員も最小限で、交代要員は偵察艦が定期的に運んできているはずであり、応援を呼んでも余計な問題を増やすだけだということだった。
一応筋が通っているような説明だったが、どうも海軍の立場上、偵察局に頼りたくないというのが大きいようだった。
・・・と言うわけで、全てヨットに押しつけられることになった。
とりあえずは応援を呼ぶために、星域海軍の基地のあるリジャイナへ向かわねばならない。
乗客は海軍3人にハイジャック犯2人と密航者2人とクイーン・バーバラの生き残りの少女タニ。それと・・・遺体のみなさん。
生きてる者は全員1等船客扱いで、支払いは海軍が保証してくれることになった。

 なんとか手続きらしきものを終え、 出航準備を始めたところにローバンがヘイゼルを伴って帰ってきた。なぜかタニも一緒である。
なんだかローバンは興奮しているようである。
彼は作業に忙しい一行の前まで来ると、変に気取ったポーズで言った。
「やあ君達!仕事に励んでおるねえ。感心なことだ!」
誰も相手にしようとしなかったが、1人エイビーだけは立場上そうもいかなかった。
「あの・・・ローバン様。現在みなさんは海軍の緊急要請で、急いで出航準備を進めております。よろしければヘイゼル様とお食事にでも行かれてはどうでしょう?」
「あ〜〜〜エイビー。君には世話になりっぱなしだ。感謝しているよ!」
なんだか妙なノリのローバンの反応に、エイビーは面食らって作業の手を止めた。
「はあ・・・。 ローバン様、ありがとうございます。しかしその・・・なにかいつものローバン様と様子が違いますが・・・」
ローバンはにやりと笑った。
「まあ様子が違うのも当然かもしれん。私は今から華々しい発表をするのだからな。エイビー、君も喜んでくれるだろう。」
「はあ・・・それはよろしゅうございました。で・・・・・どのような華々しいことがあったのでしょう?」
早くもエイビーは出航準備の作業に注意が移りつつあるようである。多分ローバンの今のような振る舞いは、いつものことなのだろう。
ローバンが早口で言った。
「私は結婚する。そしてここに残るぞ。」
「左様ですか。それはおめでとうござ・・・」
エイビーは目の前を通過した食料コンテナをメモパッドに登録したところで凍り付いた。


 エイビーはなんとかローバンに考え直してもらおうと頑張った。
論理的に説明し、優しく訴えかけ、最後はわめき散らしていた。
 ローバンとエイビーのやりとりを傍らで聞いているヘイゼルの方は、始終照れくさいような、呆れたような顔で、腕を組んで一連の成り行きを見守っていた。
彼女のローバンを見る目には、やんちゃな子供を見守る母親のような感じと、誇らしい輝きとが同居しているようだった。
ローバンの方は今回の事件で何かに目覚めたらしく、その目には(誰が見ても根拠のない)自信が宿っていた。
傍目にもエイビーに勝ち目は無さそうである。

 積み込み作業が終わる頃、話し合いは終わった。
やはりローバンの決意は変わらなかった。
エイビーは帰って報告するようにと言われたががんとして拒み、しばらくは残ってローバンの様子を見るつもりのようだった。
シナノマルクルーの目から見ても、ローバンが今一時的に興奮状態にあるのは明らかで、その言動を鵜呑みに出来ないのは明らかであった。

 その日は流石にみんな疲労の限界で、明朝出発することになり、一行はヨットで休むことになった。
宇宙港の方からなかなか戻ってこなかったローバンだが、いきなり帰ってくると談話室でくつろいでいた一行に驚くべき発表を行った。
「と言うわけで私はここに残ることになった。明日君たちはヨットでリジャイナに向かう訳だが・・・ついでにそのままヨットを君たちに譲ろうかと思う。」
目が点になる4人。
「なにも驚くことはないだろう?私はここウォンガに根を下ろして生きていくことにしたんだ。ヨットはもう用がない。」
驚きからなんとか抜け出して最初に口を開いたのはチークだった。
「あのう・・・それと言うのはヨットを我々にただでくれるというわけでは・・・無いですよね?」
ローバンはにやりと笑って、間をおいて言った。
「ただで譲る・・・と言うより、お金をどうこうとかは全く考えてない・・・」
「ええ!?マジっすか!?」
いきりたつ4人。
「んだが、ヘイゼルに釘を差されてね。ただというわけにはいかん。」
一斉に力の抜ける一行である。
「安心したまえ。私は金儲けがしたいわけじゃない。 購入価格の半額でどうだね?」
「半額!?」
4人は席から飛び上がった。
「ヨットは買いたてなんですよね!新品同様で半額!」
流石に浮き足立つマービン。ルシアも珍しく興奮していた。
「すごいですね!お得ですね!」
「悪くないですね・・・」
なんとかクールを装おうとしているチークの声も震えていた。
一人冷静なのはロビンだけだった。
「素晴らしい申し出ですな。で・・・購入価格の半額というのはいくらになるんですか?」
ローバンは眉を寄せ、視線を漂わせた。
「いくらか・・・・いくらかな?ちょっと待ってくれたまえ。」
彼はテーブルの端のパネルで通信チャンネルを開いた。
「あ〜、エイビー。このヨットの購入価格の半額と言ったらいくらになるかな?」
聞いている4人の顔からはすでに歓喜の表情は消えつつあり、あきれ顔になってきていた。
おいおいそれでほんとにヘイゼルさんとやっていけるのかよ・・・・・・
通信を切ったローバンは、4人に向き直り、にこやかに言った。
「だいたい22メガクレジットだそうだ。安いだろう?」
4人は笑顔のまま凍りついていた。


 ローバンが帰ってから、4人はルシアの入れたミルクティーを飲みながら、ヨットの購入について相談した。
あれから交渉し、60年の無利子ローンで、返済価格は4週間毎に最低3万クレジットという条件を付けた。
異常によい条件だが、まだ決定したわけではない。
だいたい60年という長いローンにしても、4週毎に3万Crも払うにはどうしたらいいのやら???
「ヨットもらって逃げちまえばいいんじゃないの?向こうは女のことで頭が一杯の貴族なんだし、その内忘れちまうだろ。」
チークの意見は物騒だがあながち間違っていないような気がする。
「だけど好意で申し出てくれてるのに、最初からそれはひどいでしょ。」
マービンの意見に、チークがにやりと笑った。
「最初から・・・ね。つまり最初は払うつもりだったらOKというわけだ。」
「いやそういう意味じゃなくて・・・」
ルシアはミルクティーのカップを両手でもてあそんである。
「3万Crくらいならなんとかなるんじゃないですかあ? 最初の2回分はこれからリジャイナに行く航海で出来るんですし。」
ロビンが手を打った。
「そうか!。今ヨットを購入すれば今回の乗客7人、1人8000クレジットの収入で合計56000クレジット分はたまるわけだ。」
「なんかお金って、船さえあれば簡単に儲かるんですねえ。これなら3万クレジットくらいなら払えるのでは?」
マービンも調子に乗ってきている。
「そうそう。それでいざとなったら逃げちまえばいいわけで。」
チークのにやにや笑いがますます大きくなった。
 実は4人の中でチークだけは机上の空論の空しさに気づいていた。
今回の乗客の収入にしろ、経費はかかるし船の維持費だけでも莫大な金がかかる。
また普通の商船ならいざ知らず、ヨットでは船荷の積載スペースも少なく、安定してもうけを出すのは至難の業なのである。
だが彼はこんないい話を見送る気は更々無かった。
おいしい話はとにかく乗って、いざとなれば何もかもほっぽりだして逃げる。これは彼の人生哲学でもあった。

 こうしてヨットは4人が所有することとなった。
名前は相談するもまとまらず、とりあえずはロビンの案の「希望」号(仮名)で登録することにした。
最初の航海はリジャイナが目的地である。
船荷は無し。
乗客は海軍の生き残り3人と、家出少年ラヴィカンと、密航者リーナ、それとハイジャック犯2人(彼らは部屋に閉じこめて、ファストドラッグを打った。) の計7名。
貿易船の生き残りの少女タニは行くあてが無く、とりあえずはローバンとヘイゼルが世話をすると言うことでウォンガに残った。

 なんだかよく分からない内にチームとなった、癖のある4人の旅がこれから始まるのだった。



宇宙船シナノマルの人々 第7回 終了

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