宇宙船シナノマルの人々

第9回

彼女は病気?


 ロビンはクルーに招集をかけた。念のためにブロブは呼ばなかった。
手紙を言付かって1000クレジット受け取ることになったことはすでにみんなに話しており、報酬もみんなで山分けしようということになっていた。
しかしその時不審に思ったことは話してなかったので、それを話し、部屋が荒らされたことも話した。
「どう思うかね?」
チークが眠そうにナナちゃんの入れたコーヒーをすすりながら答える。
「その手紙がスターンメタルに渡ったら困る者が、船客の中にいるんでしょうな。」
「うむ。そうだと思う。誰かな?ブロブは違うとは思ったんだが・・・」
船客の顔を思い浮かべる。
サラリーマン風の若い男性2人。多分出張だろう。
新婚っぽいカップル。
額に傷のある男。シャーズ・ナブル
以上が特等船客。
傭兵風の3人連れ。
真面目そうな黒人壮年男性。
以上が1等船客。
やはり出航ギリギリに乗り込んできたシャーズがいかにも怪しい。しかし・・・
「誰も部屋が荒らされたときの船客の行動は把握していないようだから、誰が怪しいとは断定できない。問題はこの手紙を届けていいのかどうかだ。」
あくまでも慎重なロビンである。
「そうですな。惑星海軍の少佐がメガコーポレーションの窓口に手紙というのは・・・癒着や横流しの臭いがしますな。」
チークがアクビをしながら言った。
「その通りだ。手紙の中身を確かめられれば簡単なんだが、これは開封したらその形跡が残るようになっている。もしかするとこの不自然な厚みは更なる仕掛けがされているとも考えられる。」
「決まった方法以外の方法で開封したら中身が消滅するとか。」
「そうだ。あくまで可能性だが。」
チークが立ち上がり、コーヒーのお代わりをサーバーから入れた。
「渡しちゃえばいいんじゃないの?こっちは単に頼まれただけなんだし、1000クレジットもらえたら嬉しいじゃないですか。」
「それはそうだが・・・海軍の腐敗だと分かっていてそれに協力するのも心苦しい。」
「それだって部屋を荒らされなかったらそこまで意識しなかったんでしょ?」
「それはそうだが・・・」
「分かった。手紙は私が預かりましょう。」
「いや、私が預かったものだから・・・」
「保安のためってことで。すでに船長の部屋は荒らされている。今度は本人が襲われる可能性もあるでしょ。私が持っていた方が安全だ。」
ロビンは名目上船長ということになっていた。
「それもそうだが・・・」
「いいじゃないですか。この船全体で預かったことにすれば。なあ?」
「そうですね♪」とルシアが微笑んだ。
「僕もそれでいい。」とマービン。
「私が妙なものを預かってしまって、迷惑をかけて申し訳ない。ありがとう。」
ロビンは頭を下げた。
「これで結果がどうあれ一蓮托生。希望号の結束も固まろうってものでしょ。」
なんだか海賊時代のノリが復活しているチークであった。


287日
 希望号(仮名)はフルームに到着した。
早速チークがスターンメタルの窓口に向かう。ロビンが行くと行ったのだが、預かったからには責任を持つとチークが返さなかったのだ。
「じゃあ私も一緒に行こう。」
「私一人では信用ならないと?」
そう言われると、黙らざるをえない。
 チークがスターンメタルの窓口に着いた時、背後から声がかけられた。
「手紙を渡してください。」
ポケットのなかでオートピストルを握ったまま振り返ると、そこには予想通りシャーズがいた。
「やっぱりあんたか。ちゃんとした説明をしてもらえれば渡すかもな。」
その時今度は窓口の方かおばさんらしい声がかかった。
「あんた手紙を預かって来たんだね!待ってたんだよ。こっちに渡して頂戴!」
「ああ言ってるが。あんたは納得のいく説明が出来るのかい?」
「それは・・・あなたは頼まれただけだろうが、知らない内に不正に手を貸しているんだ。僕に渡してくれればそれを未然に防ぐことが出来る。」
「もみ消すことが出来るの間違いかもな。」
シャーズの顔がこわばった。
「なにしてんの!こっちに手紙を渡しなさい!報酬も用意してるよ!」
窓口のおばさんは焦っているのか大声でまくし立てている。
「早く!あなたには関係のないことだろう。」
シャーズも半分やけっぱちで手を伸ばしてくる。
チークは意を決し、いきなり走り出した。
「あ、待て!」
「あんた!どこ行くのさ!?」
後ろから声がかかるが、無視して走る。

 そうしてチークはぜいぜい言いながら、船に戻ってきた。
「チーク、どうだった?」
気になっていたのだろう、ロビンが昇降口のところで待っていた。
「ああ・・・やっぱり部屋を荒らしたのはシャーズだ。追ってきてた。しかし窓口の方もあまりにもうさんくさかったんで、結局渡さなかった。」
そう言って手紙を出す。
「そうか・・・おっ。」
ロビンの視線を追って、着陸床の入り口の方を振り返ると、当のシャーズが歩いてくるのが見えた。
「ご本人の到着だ。」
「戻ってくるとはいい度胸じゃねえか。」
シャーズは二人の前まで来ると、海軍式の敬礼をした。
「リジャイナ惑星海軍情報部大尉。クワトロ・バッジと申します。」
「ははあ・・・」
「任務のため、身分を偽っていたことをお詫びいたします。」
「船長の部屋も荒らしただろ?」とチーク。
「任務のため、仕方がありませんでした。ほんとうに申し訳ありません。」
「で、どういう任務なんだね?」
ロビンが目を細める。
カッター少佐より預かられた手紙を回収させていただきたいのです。」
「それは知ってる。なぜかね?」
「申し訳ありませんが、それは言えません。なんとか身分を明かしたことに免じて手紙をお渡し願えませんか。」
ロビンとチークは顔を見合わせ、同時に答えた。
「断る。」
「な・・・なぜ?」
ロビンが答えた。
「それならそう最初から言えば済むはずだ。こんなまわりくどいことまでして、内密に取り戻そうとするということは、まともな任務じゃない。」
「それは・・・情報部の任務はこういうもので・・・」
「情報部なら私も知っている。他の海軍とも協力せず、少人数で行う任務のほとんどは、内部告発に関わるものだ。つまり君の任務は帝国のためではなく、リジャイナ惑星海軍の為のものだな。」
「そ・・・そうだとしても、不正をただす任務なのは間違いないのです。」
チークが口を挟む。
「やっぱりもみ消すんじゃねえか。」
クワトロの顔が再びこわばった。
「どうしたら・・・お渡しねがえるのですか?」
ロビンが少し考えてから答えた。
「帝国海軍を通してなら喜んで渡そう。しかしフルームには基地がないから他の星系になるな。」
「そ・・・それは困る!」
「スターンメタルの窓口に渡すか、帝国海軍を通すかのどちらかだ。選びたまえ。」
「窓口に渡すと言うのは、カッターの陰謀に協力するということですか!?」
「私が彼と約束したからだ。少なくとも彼は私に嘘はついてない。」
クワトロは怒りの表情で二人を見ていたが、しばらくしてうつむいた。
「・・・・・・残念です。窓口へ渡してください。その代わり帝国海軍には内密にお願いできますか。」
「約束は守る。」
彼はうなだれて着陸床から出ていった。
「あんたも頑固だねえ。」
にやにやしているチークに、ロビンが恥ずかしそうに言った。
「ここまで分かってしまったら、本来なら帝国海軍に報告すべきなのだが・・・今の私は単なる自由貿易船の船員だからな。」
チークは肩をすくめた。
「あとでまた窓口に行ってくるよ。」


 ルシアはナナちゃんの入れたコブ茶を飲みながら、船内をうろうろしていた。
暇である。
談話室ではマービンとブロブが今回の旅の収支計算をしていた。
「なるほど。仕入れ世界と売却世界のテクノロジーレベルで、大きく価格に影響が出るんですね。」
「そうなんですよ。例えばリジャイナで購入した金属パーツですが、ここフルームで売れたとすれば、基本価格がこれだけ上がるわけですが、当初の予定通りダイナムンへ向かっていれば、基本価格はこの通りです。」
「うわあ、こんなに違うんですか。ダイナムンを勧めるわけですね。」
なんだか楽しそうである。
しかし話しに入ろうと思っても、今聞こえた内容だけでチンプンカンプンなのだ。
ルシアは外に出てみることにした。

 宙港施設に入り、ロビーをうろうろする。
にぎやかではあるが、やはりリジャイナの宇宙港と比べると人が少ない。
忙しそうに行き来する人々の中で、場違いな雰囲気の人影が目に入った。
真っ白なワンピースを来た、若くて美しい女性である。
旅行者にしては荷物を持っていないし、靴もつっかけのようなものを履いている。よく見ればワンピースもあまりにもシンプルすぎて、まるでパジャマのようである。
通り過ぎる人々も彼女のことは避けて通っているようだ。
ふと気付くと彼女がこっちを向いていた。長いストレートの金髪が美しく輝いている。
ルシアがぼんやり見ていると、彼女はルシアの方に近寄ってきた。
「私を助けてくださいますか?」
???
突然の台詞に、ルシアの頭の中でクエスチョンマークが飛び回った。
「ええ・・・はい。なにかお困りですか?」
謎めいた女性はおっとりとした口調で答えた。
「兄が・・・犯罪組織に捕まっているんです。私は病院に入れられていたんですが、逃げ出してきたんです。」
「は、犯罪組織!?」
「そうなんです。ですから助けてくださる方を探していたんです。」
「警察に通報されたらいいんじゃないですか?」
「駄目なんです。警察も組織と繋がっているんです。」
「そんな!?」
そこに男の声がかかった。
「ローラ!こんなところにいたんですか。心配しましたよ。」
見れば白衣を着たオールバックの男性が近寄ってきている。後ろには銃を構えた警察官が数人ついてきていた。
ローラと呼ばれた女性は、男から見えないようにルシアの手の中に紙切れを握らせた。
男が近づいてくる。
「さあ、帰りますよ。」
ルシアは握らされた紙を懐に入れた。そして出てきた手にはなんと神経ピストルを握っていた。すばやく男の背後に回り、頭に突きつける。
「な、なんだおまえは!?」
「・・・通りすがりよ。」
「そ、そうですか。なるほど。落ち着いてください。彼女はうちの入院患者で、ちょっと目を離したすきに逃げ出してしまったんですよ。なにか話を聞かれたんだと思いますが、彼女は虚言癖があるんです。だから信じてはいけません。」
女性はルシアの目を見て言った。
「この人の言っていることは嘘です。私はローラ・ブリジット。ブリジット家の名に賭けて嘘は言いません。」
「またわけの分からないことを。連れて行け!」
警官が近寄ってくる。
「渡さないわ!」
警官隊がルシアに銃を向けた。
「落ち着いてください。お見受けしたところ旅行者の方ですね?いきなりのことで彼女の話を信じてしまったんでしょうが、ほんとうに彼女は病気なのです。私はフルーム精神病院の医院長で、カイル・マッソーといいます。」
「でも・・・」
「とにかく銃をしまってください。危ないですから!」
少し躊躇した後、ルシアが男の頭に向けていた銃口を上げて男を放すと、カイルは警官隊の後ろに逃げ込んだ。
「さっさと患者を連れてこい!その女もだ!」
あっという間に警官達がローラとルシアを捕まえた。
「助けてください!私は嘘はついてません!」
ローラと名乗る女性の声が空しく響いていた。
カイルは額の汗を拭きながら、ルシアに言った。
「巻き込んでしまって申し訳ありませんな。一応警察まで同行願いますよ。少し話を聞くだけで帰れると思いますので。」
あまりのことにルシアは呆然としていた。

※レフリー解説
このシチュエーションは、「60人のパトロン」6「貴族」を使用していますが、その後の展開は例によって成り行き任せです(汗)。


 なぜかロビンはひどい頭痛で苦しんでいた。
展望ラウンジでぼんやりしていたロビンとチーク。
彼はナナに入れてもらったホットウィスキーを飲んでいたが、よけいに頭がズキズキしてきていた。
「すまん。少し部屋で休んでくる。」
「ああ。」
チークがそう答えたとき、通信のコール音が鳴った。
「はい。希望号ですが。なに?警察?」
ロビンも思わず足を止めた。
「はあ。はあ。分かりました。とにかく引き取りに行きます。」
「どうした?」
「地元の警察からで、ルシアさんを引き取りに来いと。」
「なんだと?なにをしたんだ?」
「よく分からねえけど、なんでも医者に神経ピストルを突きつけたとか。」
「神経ピストル・・・そんなものまで持ってたのか。彼女は何者なんだ?」
「さあ?とにかく行ってくるわ。ついでに例の手紙も窓口に渡してこよう。」
「むむ・・・頼む。」


 チークは船を出て、まずスターンメタルの窓口に向かった。
通り過ぎる人々に見え隠れしている窓口には、さっきのおばちゃんがまだ座っているのが確認できた。
その時背後に急ぐ足音が迫っているのが聞こえた。
振り返ると、シャーズいや、クワトロである。手に持っているのはスタンガンか。高テクノロジーレベル仕様の、声も出さずに一瞬で気を失わせるタイプだ。
懐のオートピストルを抜いている暇はない。
クワトロがスタンガンを持った手を伸ばした瞬間、チークはしゃがんで足払いをかけた。
もんどり打って転がるクワトロ。
血まみれ真っ二つ無敵艦隊の切り込み隊は、素手の格闘もこなすのだ。
スタンガンを蹴り飛ばしてから、クワトロの顔を見下ろすチーク。
「残念だったな。またカッターが手紙を出すこともあるだろ。その時頑張るんだな。」
クワトロは悲しそうな顔で、なにも答えなかった。

 手紙を窓口に渡し、1000クレジット受け取ったチークはそのまま宙港を出て、警察署でルシアを引き取った。

二人は宙港街の飲み屋に寄って、一杯ひっかけてから船に帰ったのだった。


 翌朝早く、みんなが展望ラウンジで朝食を食べていることろに、ブロブがにこにこしながら飛び込んできた。
リジャイナで購入した金属パーツ11トンが、83,635クレジットで買い手がついたのだ。55,000クレジットで購入しているので、単純計算で28,635クレジットの儲けである。
「この中から、私の取り分20パーセントをいただくことになります。83,635クレジットの20パーセントですから、16,727クレジットですな。」
「差し引き俺たちの儲けは・・・11,908クレジットか。あんたいい商売だな。」
チークのセリフには、少し嫌味がこめられているようである。
「なにをおっしゃいますか!私が交渉しなかったら売価が55,000クレジットになるところだったんですよ!儲け0です!」
頭痛の治ったロビンがトーストをかじりながら言った。
「分かってますよ。あなたが優秀なブローカーだってことは、今回の航海の中で話した内容でよく分かってます。チークも悪気は無いんですよ。な?」
「ああ。別に文句はねえよ。しかし特等船客1人で、経費無しなら1万クレジット儲かることを考えると、投機品目ってのはイマイチ効率が悪いな。」
「お待ちください。仮に今回の目的地がダイナムンだった場合、同じように金属パーツ11トンが売れたらいくらになったと思います?」
「分からねえな。」
「テクノロジーレベル差による付加価値で、試算によれば118,482クレジットです!差し引き63,482クレジットの儲け。私の取り分を引いても39,785クレジットの純利益です。」
「おお〜!」
どよめく一行。
「ですから、うまくやれば投機品目はやはり儲かるのです。」
「なるほどね。それより君はず〜っとそれにかかりきりで、朝食もまだだろう。とにかく座って食べたまえ。」
「あ、それはどうも。なにしろ私はこの取引のためにここまで来たわけですから。」
そう言いながらブロブもナナちゃんの用意した朝食をぱくつきはじめた。
マービンが紅茶を飲み干してから、言った。
「ブロブさん次の航海も乗ってくれるんですよね?」
「そうですわ。次もお願いしましょう。」
ルシアはにこにこしている。
「え?次ですか。そうですね。目的地はどちらのご予定で?」
「・・・どこだろ?」
4人は顔を見合わせた 。
「それもブロブさんが決めてくださいよ。儲かるところへ行きましょう。」
「分かりました。では次回航海も同乗させていただきます。目的地は・・・ ダイナムンです!」
4人とも思った。やっぱりと。
「しかしいい感じで儲かってるよな。この調子ならどんどん貯金できそうじゃんか。」
チークが機嫌よさそうに言ったが、マービンがおずおずと答えた。
「あの・・・今日最初の振り込み予定日なんですよ。」
「ん?なんの?」
「この船のローン。3万クレジットです。」
「ああ・・・・・・」
そうだった。船のローンが終わるまで、毎月3万クレジットが消えてゆくのである。
「いつもこの調子で儲かっていれば問題ないんですけどねえ。」
マービンが申し訳なさそうに言うのに、チークが答える。
「そうだな・・・ま、払えるときは払っておけばいいんじゃねえの?」
つまり払えなくなったらトンズラしようということであろう。

「さて、今度はルシアさんの話だが、みんなどう思う?」
朝食が終わり、みんなでくつろいでいるところで、ロビンが口火を切った。
「臭いと言えば臭いな。しかしキチガイの譫言だというのも勿論筋は通る。」とチーク。
「でもそうとは思えなかったんですよ〜。それにこれは・・・」
彼女の手にはくしゃくしゃになった紙があった。
ローラと名乗る女性から渡されたものだ。
広げてみると、どうやら手書きの地図らしかった。フルーム郊外の森林地帯の1点に印がついている。
「彼女はここに捕らわれてるんだわ。それともお兄さんの方かしら?」
そう言うルシアに、マービンが言う。
「一応裏をとってみたらいいんじゃないですか?」
「そうだな。しかしここのライブラリにはフルームのことはほとんど入ってないぞ。設備もテクノロジーレベルが低いからダウンロード出来ない。」
ロビンの意見に、マービンは席から立ち上がった。
「僕が宙港のライブラリで調べてみますよ。もし本当だったらそれから考えましょう。」
と言うわけで、マービンは宙港の端末へ向かい、他のメンバーは次の目的地の登録と、投機品目の積み卸し作業を開始した。

 端末に着いたマービンは、まずブリジット家を検索してみた。
するとフルームの最高権力者がドロヌバ・ブリジットという男だと分かった。89才であった。
更に検索すると、ローラ・ブリジットの名も見つかった。24才。26才の兄ロバートも存在する。
彼らについての情報で、マービンの注意をひいたところがあった。
両親が約90日前に事故死していたのだ。


宇宙船シナノマルの人々 第9回 終了

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