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PROLOGUE   CREW  LIDIA  PATROL  COMBAT  EPIROGUE



 










 


 
 
 
 
PATROL


 
 
 
■■■ 1 ■■■

0900-134-1117 ベネッサル宇宙港/リディア星系/グリッスン星域

 第7329護衛隊は,小型護衛艦ガグギダスに,最初の哨戒配置につくことを命じた.指定された哨戒配置は,第5惑星Lydia I Lambda XC00000-0である.直径246,400 km kmの巨大なガスジャイアンだ.第7惑星Lydia I Lambdaは6つの衛星を持つ.

 第7惑星Lydia I Lambdaまでの距離は,現在の惑星同士の公転位置関係から算定して70AU以上ある.小型護衛艦の4Gの加減速では,単純計算でも到着までに12日以上かかる計算になる.実際には,宇宙塵との衝突などに対する安全上の配慮から,中間点での速度は一定値以下に制限せざる得ないため,これ以上の日数が必要である.

 従って哨戒配置につくためには,超光速航法を使う以外方法はない.至近距離で行う小ジャンプは,機関を痛めるので,通常機関士は嫌な顔をするものだが,小ジャンプする以外に方策はないのだ.

 2つの恒星と目標惑星の重力場を考慮して念入りな座標計算を行った後,ゼム=ジェイコブ大尉は,ジャンプ実施を命じた.退屈な超空間では相変わらず艦内戦闘訓練が続いたが,早くも懸念した倦怠ムードが漂い始めていた.


■■■ 2 ■■■

1300-141-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン星域
 小型護衛艦ガグギダスは,第7惑星Lydia I Lambda から2500万kmの地点にジャンプアウトした.4Gの加減速で14時間かけてガスジャイアントへと向かう.その大型ガスジャイアントの直径は246,400 km,軌道半径は77.2 AUである.

 公転周期は631,329日.つまり第3帝国が誕生して1000年で,この惑星は公転軌道を半周しかしていない計算になる.自転周期は 25.002 時間.ガスジャイアントには衛星が6つあるが,この惑星系には住人は一人もいない.地表には幾つか宇宙船の係留施設があるが,どれも無人である.

 端的に言えば,1週間以内に救援に駆けつけられる艦は,周囲には1隻もいないことになる.乗組員達の間に絶望的な孤独感が浸透し始めた.小型護衛艦ガグギダスは,ガスジャイアントに対して燃料スクープを実施した.いつの時代でもそれは宇宙船にとって最も危険な瞬間である.

 数時間に渡って大気の対流が観測された後,コンピューターによる流体計算ガスジャイアントの表層天気予報が出され,それからいよいよ表層への突入が実施された.
「あー.東の風雨,時より強い重力風,イレギュラー5時の方向.」
 緊張を紛らわすために,シリア=デルグビール三等兵曹が軽口を叩いたが,アリス=アギルタット兵長は汗だくで応じようとしなかった.アリス=アギルタット兵長は,操縦環を掴んだまま,いつでも自動制御の航路プログラムを手動に切り替えられるように待機している.

「燃料スクープ装置開放,燃料スクープ開始.」
 シリア=デルグビール三等兵曹が,燃料スクープの開始を告げた.全員の耳が彼女の燃料補給シークエンスの読み上げに集中した.
「第7タンク満タン.スクープ終了です.艦長.」
「進路変更,表層面を離脱する.」

 完全に自動化されているとはいえ,燃料スクープは未だに勇気のいる行為である.今でこそ高い事故率では無いが,未だに宇宙船事故の大半はこうした時点に集中しているからだ.小型護衛艦ガグギダスの最初の燃料スクープは成功裏に終わった.燃料タンクでは循環ポンプが作動し,燃料の精製作業が始まった.

Universe

■■ 3 ■■■

0600-155-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン星域


 哨戒任務は2週間を過ぎようとしていた.通常空間当直は2名単位で行う.しかし小型護衛艦ガグギダスには,気の弱い大柄の看護士リカルト=ハイリジルク三等兵曹を含めても5名の乗組員しかいないのだ.ネリベス=アジング一等兵曹は,心得たものだった.長い哨戒期間,飽きが来ないように,総当たりになる勤務ローテーションを考えていたのだ.ゼム=ジェイコブ大尉は,順番に各乗組員と当直をこなした.

 看護士リカルト=ハイリジルク三等兵曹は,退役の話をほのめかしていた.ため込んだ給料と医師の資格をとるために,通信教育を始めたことなどを話してくれた.大抵のことは努力するが,乗り込み戦闘だれは絶対にお断りというのが彼の主張だ.

 砲術士ネリベス=アジング一等兵曹は,幾つかの興味深い映画や音楽を貸してくれた.半分はなかなかだったが,グリッスンニアン=グラフティやリービングイン=エジプトといった映画はゼム=ジェイコブ大尉にとっては非常に難解だった.小型護衛艦にも,グリッスンの録画番組や流行りの音楽や映画が送られてきたが,こうしたものを仕訳して,艦内放映プログラムに纏め上げるのは彼女の仕事だった.

 バースト通信には幾つかの体験型ゲームプログラムの最新版も含まれていて,艦に2台しか持ち込まれていない,ヘルメット型立体ゲーム再生機プレイ=ヘルメットVはいつもひっぱりだこだった.
 
 機関士シリア=デルグビール三等兵曹は,誰と当直についても騒動を巻き起こした.殴り合いに発展することもあった.共用室のシミュレーターで一度ガグギダス杯なる反重力バイク選手権を開いたが,あまりにも腕が違いすぎたため,一同,白けた結果にしかならなかった.これが彼女の精一杯の親睦活動だった.

 一方で,彼女は当直以外の時間も大半を機関制御室で過ごし,その他の艦のハードウェア管理も担っていた.工具箱片手に船内を回る彼女の姿はそこかしこで見受けられた.

 常に強気で素行不良のシリア=デルグビール三等兵曹であったが,面白いことに,長身で温厚なネリベス=アジング一等兵曹とは良いコンビであった.シリア=デルグビール三等兵曹はかなり辛辣な発言をするが,ネリベス=アジング一等兵曹は笑いながら一行に意に介さないのである.

 操舵士アリス=アギルタット兵長は相変わらずマイペースであった.限られた才能の全てを操船に注ぎ込んでいるが,一方で,他の任務には全く染まろうとしなかった.以外な一面として,天体観測が好きなことが上げられた.コツコツと記録データをひっくり返しては難しい物理計算を行い喜んでいる.実に変わっている.
 

DoGA-L3 & Metasequia 

■■■ 4 ■■■

0600-157-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

                          /リディア星系/グリッスン星域


 哨戒中も任務が全くないわけではない.まずガグギダスは6つの監視衛星を巡り動作状態のチェックと部品交換を行う必要があった.いい気分転換にはなったが逆にそれを担当するゼム=ジェイコブ大尉の勤務シフトは益々苦しくなる結果となった.

 整備にはエレクトロニクスに関する知識が不可欠であった.そして器用であることも.作業は全てゼム=ジェイコブ大尉の肩に掛かっていた.

 ありがたいことに,宇宙服の訓練も兼ねて海兵隊の第2班が一貫して作業を補助してくれた.船外作業を担ったのは,第2班班長ミギライル=アンドレス曹長で,26才,長身で大柄,特徴ある大きな目と見事なあごひげが特徴の陽気な性格の男である.宇宙服の扱いが見事な事はともかくとしてとにかく手先が器用である.

 もう一人は,シカー=クルイエル掌砲軍曹,艦内では男性陣の注目を集める美貌の持ち主だ.宇宙服の扱いはまだまだだが,やはり器用だ
 ホンダル=モナグデュリ一等兵は,宇宙服の操作には長けていたが,中肉,中背のフュージョンガン射手だが不器用だと言う理由で,宇宙服の整備だけを任された.

 監視衛星は排水素10tの大きさで,小型核融合炉を動力源としていた.ゼム=ジェイコブ大尉と第2班の2名は,船外作業服でゆっくりと接近していった.
「よし,衛星にアクセスコードを打ち込む.アンドレス曹長そこのアクセスパネルを開けてくれ.」
 パネルを開けるとキーパッドと小さなモニタが現れた.シカー=クルイエル掌砲軍曹が尋ねた.

「あー,大尉,コードはどんな感じなんですか?」
24桁の数字からなる暗誦番号だ.今から打ち込む.」
 ゼム=ジェイコブ大尉はキーパッドに慎重に暗誦番号を打ち込み始めた.シカー=クルイエル掌砲軍曹が再び尋ねた.

「間違えたらどうなるんでしょうか大尉?ロックして受け付けなくなるとか?」
「これは軍用の監視衛星だ.暗誦番号を3回間違えると自爆する.」
「作業に専念無さって下さい.」
 アクセスコードが受理されると.警報装置を解除して,自己診断プログラムを作動させた.チェックリストを確認しながら,個々の手順をこなしていく.全てグリーンならば作業は終わりである.が,大抵は幾つかの部品交換が必要になる.

Shade & Universe


「あー,アンドレス曹長,今度は君の番だったな,ひとっ走り船まで戻ってPEMSF-IS/8用のセンサヘッドを持ってきてくれ,部品番号は323Bだ.」
 大抵は,船倉に詰め込まれていた交換部品で事足りたが,旧式の監視衛星2基の場合は,工作室で部品を改修自作する時もあった.

 


 
 
 

Poser5
「あー,クルイエル掌砲軍曹,手伝ってくれ,先に部品を外しておく.」
 2人は監視衛星の前方に回り込み,ゆっくりとP-EMSに取り付いた.
「コンピューター,私のモニターにPEMSF-IS/6の解体マニュアルを出してくれ.」
 ゼム=ジェイコブ大尉は指示した.
「コンピューター,私のにもお願い.」
 シカー=クルイエル掌砲軍曹も要求を出した.どうやら単なる補助員に収まっているつもりは無いらしい.二人は黙々と作業を始めた.

「くそ」
 ゼム=ジェイコブ大尉が悪態をついた.手にしていた磁力ロックスパナが手の届かない空間に漂っていった.
「はい,私の工具を貸します.艦長.無くさない下さい.そちら側の6個のボルトも早く緩めて下さい.」

 船外作業は大概,4時間程度だったが疲労は徐々に蓄積していった.最短記録は2時間23分,最長記録は6時間56分だった.作業後に共用室で開くご苦労様会も,だんだん重苦しいものになって言った.陽気なミギライル=アンドレス曹長も,疲労の色は隠せず,静かな微笑みを浮かべていたシカー=クルイエル掌砲軍曹も辛そうに見えた


 
 

 


■■■ 5 ■■■

0600-158-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

 /リディア星系/グリッスン星域
 第7惑星Lydia I Lambda は6つの衛星を有していたが,そのうちの第5衛星には資材庫が置かれており,簡単なリフレッシュスペースも設けられていた.第5衛星は,主星である第5惑星Lydia I Iota の3倍もの大きさである.
 衛星の直径は4,640 km,重力は0.255Gである.大気は無く表面温度は-51.253度である.補給基地と言うなで呼ばれているその施設は,赤道付近にあった.

 小型護衛艦ガグギダスは静かにその離着床に着陸した.それは,標準的な辺境宇宙港用モジュールを組み合わせただけのもので,円筒形をしていた.最上層は管制施設,第2層が共用設備,第3層は個室で12の個室がある,第4,5層は倉庫,第6層はエンジニアリング区間である.

  

Shade & Terragen

    
 ゼム=ジェイコブ大尉は,補給基地のパワープラントの起動を行わず,艦から直接エネルギーを送ることにした.手間を省くためだ.念のため完全武装の海兵隊員がまず施設内を点検して回った.無人の間に海賊達が巣くっていなかったという保証はなにもないのだ.

 安全が確認されると,小型護衛艦はここで半数づつに別れ合計4日間の休養をとった.小型護衛艦ガグギダスの乗組員達がその施設を訪れるのは4回目目で既に全員が施設を熟知していた.海兵隊員達は逆に訪れるのが初めてだった.

 ゼム=ジェイコブ大尉は,最初の日の夜に,ひげ面のミギライル=アンドレス曹長女性海兵隊員シカー=クルイエル掌砲軍曹を誘い,共用スペースで監視衛星のメンテ終了記念慰労会を開いた.もちろんそれは口実であり,居合わせた全員が次々にパーティーへの飛び入り参加を申し出た.

 女性海兵隊員シカー=クルイエル掌砲軍曹が暴露した.
「実は作業を通じてミスが一番多かったのは,ゼム=ジェイコブ大尉であります.磁気ロックスパナ2本,ハイドロトルクレンチ1本,スタットボルト1本を紛失しました.」
 ひげ面のミギライル=アンドレス曹長も応じた.
「海兵隊職務規程第5条,第6項に従い真実のみを述べることを誓います.確かに,ゼム=ジェイコブ大尉は不器用であります.」

Universe
 翌日,ミギライル=アンドレス曹長から朗報がもたらされた.ヘルメット型ゲーム再生機プレイ=ヘルメットVが専用室の一つから発見されたのだ.どうやら前に施設を利用した乗組員達が忘れていったものらしい.3台が連結され,幾つかのゲーム大会が開かれた.

 ゼム=ジェイコブ大尉は,こうしたゲームには興味はなかったが,ひげ面のミギライル=アンドレス曹長と女性海兵隊員シカー=クルイエル掌砲軍曹とコンビを組まされ,ガグギダス監視衛星修理隊なる変なチーム名で出場させられるはめとなった.

 グロテスクな生き物が徘徊する惑星上に不時着した海兵隊員の脱出行を描くもので,6時間もプレイするとヘトヘトになってしまった.後半休暇組もこのゲームに参加したようで,衛星修理隊の成績は3チーム中のトップだった.
 
 休暇が終わる最終日,後半休暇組の乗組員達が,3台目のゲーム機を抱えて艦に戻ってきた.夕食の共用室では密かに念入りな表彰計画が練られていた.ロット=リンゼングリン先任曹長は,グラスを軽く慣らすと一同の注目を促した.

「惑星ハザードでの海兵隊遭難及び脱出戦闘において,ここに名誉の戦死を遂げたゼム=ジェイコブ大尉を表彰するものである.大尉前へ.」
「おいおい,ロットいいがげんにしてくれ何が始まるんだ.」
「白けさせないで下さい,大尉.」

 ゼム=ジェイコブ大尉は仕方なく進み出た.
「海兵隊惑星ハザード遠征軍司令官,バッコフ中将の名においてあなたを名誉海兵隊員に迎えることをここに宣言します.」
 ロット=リンゼングリン先任曹長は,ゲームソフトについていた海兵隊記章のレプリカを贈呈した.一同は笑いに包まれた.

Poser5 & Shade  


■■■ 6 ■■■

0600-170-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

 /リディア星系/グリッスン星域
 長く辛い哨戒行動が再開された.全く船影を見ることのない哨戒行動.小型護衛艦ガグギダスが哨戒配置についてから1ヶ月が過ぎようとしていた.ガグギダスは1日平均15klの割合で燃料を消費していた.450klを消費し,パワープラント用としては残り850klである.つまり1ヶ月で通常空間用の燃料の1/3を消費した形となる.

 小型護衛艦ガグギダスは,再びガスジャイアントの荒波に突入した.タンクが満たされると哨戒が再開された.

 男女混在の乗組員の間では,バーチャリアルなゲーム機が発達した今日でも,それなりに問題が発生するのが普通である.一時期,小型艦では,性別を分けた乗員編成も採用されたが,それはそれで弊害もあり今では恣意的な区分は廃れてしまった.何れにしても既に2ヶ月も同じ顔ぶれの男女が暮らしているのだから,そろそろ何かあってもおかしくないころだった.

 こうしたいざこざは全て下士官が処理してしまう.士官が下士官と交際することは固く禁じられているので,小型護衛艦ガグギダス上に関して言えば,ゼム=ジェイコブ大尉には可能性の無い寂しい話だ.大尉には噂話すら聞こえてこなかった.

 一度,おかしなことがあった.ゼム=ジェイコブ大尉が急に当直を交代した時のことである.艦底に吊してある小型艦載艇のパワーが突然起動し驚かされた.コンピューターの合成音声が告げた.
「小型艦載艇ガグギダス01パワーオン,発進シークエンススタンバイ.フライトデッキコントロール作動.」
 急な当直交代が,小型艦載艇の利用者には伝わっていなかったようだ.その処置はネリス=アジング一等兵曹に一任することとした.艦内の雑事は彼女に任せるのが一番だ.


 
 
 
 

  Shade & Universe
  170日0600時,ゼム=ジェイコブ大尉は当直を終え朝食を始めようとしていた.共用室にいたミギライル=アンドレス曹長が突然立ち上がると,テーブルの上の食器を払いのけ,ゼム=ジェイコブ大尉に向かって叫んだ.

男として勝負しろ.士官のくせに色目使いやがって
 唖然とする大尉に,ミギライル=アンドレス曹長は猛然と殴りかかってきた.ゼム=ジェイコブ大尉がギリギリで交わしたところで,騒ぎを聞きつけた海兵隊員達が押し寄せ,ミギライル=アンドレス曹長を拘束した.
 ロット=リンゼングリン先任曹長が共用室に表れると,ミギライル=アンドレス曹長に静かに自室での謹慎を命じた.

 ゼム=ジェイコブ大尉は,ネリス=アジング一等兵曹とロット=リンゼングリン先任曹長を部屋に呼び,今回の暴行の理由を問いただした.ロット=リンゼングリン先任曹長は答えた.

「ミギライル=アンドレス曹長は,ちょっとした錯乱状態にあります.任務が長期に渡ったため,気が動転したのだと思われます.大尉の事を,長期任務の元凶だと逆恨みしてしまったようです.リカルトに言って薬を出させています.2週間ほどカウンセリングをします.」
 2人の主張はその一転張りだった.

 ロット=リンゼングリン先任曹長が退出すると,ネリス=アジング一等兵曹を詰問したが,やはり明快な答えは得られなかった.ネリス=アジング一等兵曹は艦長室を退出すると呟いた.
「鈍い男.」
 

 


 
 

■■■ 7 ■■■

0600-194-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

 /リディア星系/グリッスン星域
 長く辛い哨戒行動が続いていた.小型護衛艦ガグギダスは,再びガスジャイアントの荒波に突入した.タンクが満たされると.もはや危険な燃料再補給ですら,待ち遠しいイベントになってきた.補給が終わると,再び退屈な哨戒が再開された.

 赤色巨星の電磁波嵐が何度か艦を襲ったが,船外作業による部品交換と再調整で探知器は再び機能を取り戻した.

 ゼム=ジェイコブ大尉は,共用室で海兵隊員達と出くわす回数が減ったのに気が付いた.理由は分からなかったが感情的な軋轢からきていることは間違いないだろう.

 ロット=リンゼングリン先任曹長は努めて,ゼム=ジェイコブ大尉と話をするようにしたが,一般隊員達との溝は深まってしまったようだ.しかし共用室には足を運ばないわけにはいかない.

 威厳を保ちながら,何も変わらないように振る舞うしかないのだ.
 



 

■■■ 8 ■■■

0900-210-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

                          /リディア星系/グリッスン星域
  2度目の補給基地の使用は,それほど楽しいものではなかった.ゼム=ジェイコブ大尉は,艦を降りずに,艦橋で錆び付いた腕を取り戻すべく操艦演習戦闘シミュレーションに取り組んだ.ネリス=アジング一等兵曹が何度か様子を見に来たが,諦めて何も言わずに出ていった.

 小型護衛艦ガグギダスは再び長期の哨戒活動に出た.哨戒も70日を超えた.毎日の料理は単調なものになった.原素材が少なくなり,再生食が増えてきたからだ.新鮮なものと言えば,ダウンロードされてくる娯楽作品位である.

 看護士リカルト=ハイリジルク三等兵曹が今度はもめ事を起こした.これだけの長期哨戒になるならば,自分もリゾートホテルに泊まる正当な権利があったはずだと怒りだしたのだ.怒りの矛先はもちろん,機関士のシリア=デルグビール三等兵曹だった.その裏には色恋沙汰の縺れも含まれていたのだが,こちらはゼム=ジェイコブ大尉にまでは伝わってはこなかった.

  ネリス=アジング一等兵曹の介入は裏目に出た.フェアで無いとリカルト=ハイリジルク三等兵曹が騒ぎ立てたのだ.ロット=リンゼングリン海兵隊先任曹長が中立的な立場でと言って仲介に乗り出し,次回の休暇を増やすことを確約して問題を解決させた.次ぎの休暇はまだまだ先であるのだが.

 少なくともリカルト=ハイリジルク三等兵曹は普段の生活に戻った.エンジニア見習いとしての任務もこなすし,艦橋当直員には,おいしいお茶も差し入れてくれる.
 



 

■■■ 9 ■■■

1200-220-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン星域
 哨戒3ヶ月が過ぎた.第5惑星軌道から10時間をかけて飛翔してきたその命令書は,乗組員一同が待ちわびていたものであった.ネリス=アジング一等兵曹は,その通信を受け取ると直ぐに艦長を呼びだした.慣例では単独哨戒は最長3ヶ月だ.だからここ数日みんな浮き浮きしていた.

 ゼム=ジェイコブ大尉は,直ぐに艦橋にやってきた.暗号解読コードをセットすると命令書を翻訳する.第7329護衛隊は,小型護衛艦ガグギダスに移動命令をよこした.

 その命令は,一同を落胆させるに十分であった.第8惑星Lydia I Mu に移動し休養と哨戒を実施せよ.
 



 
 
 

■■■ 10 ■■■

1200-220-1117 小型護衛艦ガグギダス/第8惑星Lydia I Mu 衛星軌道上

                          /リディア星系/グリッスン星域
 ガスジャイアンとに突入して燃料の再補給を済ますと,艦は第8惑星Lydia I Mu に向かった.第8惑星Lydia I Mu F867300-5ヘ,直径12,300km,表面温度-120度の惑星で,総人口9,000人である.人口は一つの都市に集中していた.そこそこの大きさの都市であり,全く訪れるものが無いガスジャイアントの哨戒よりは数百倍もましだった.
 

Universe
 そこでの2週間の哨戒行動は十分変化に富んだものと言えた.意味は分からなくてもその星からのニュースは入ってきたし,惑星上で過ごす機会が定期的に与えられたからである.見るべきものは無かったが,小型艦載艇で2〜3人づつのグループを地表に送り,4日程度の休暇を過ごさせることができた.

  住人達も歓待してくれたし,それこそ惑星上で発行されている雑誌の一面には我々の写真が並んだ.
 

Shade & Universe


 

■■■ 11 ■■■

0600-270-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

    /リディア星系/グリッスン星域
 小型護衛艦ガグギダスは再び/第7惑星Lydia I Lambda に戻り哨戒を開始した.更なる哨戒の開始に乗組員達は失望の色を露わにした.

 その命令は,ゼム=ジェイコブ大尉が当直についている時に入電した.当直相手のアリス=アギルタット兵長と航路プログラムのパージョンアップの打ち合わせをしている時だった.

 直ぐに翻訳プログラムをかけると,ゼム=ジェイコブ大尉は溜息をついた.
「また悪い知らせですか?」
 アリス=アギルタット兵長が遠慮がちに尋ねた.
「哨戒を切り上げグリッスンへ帰投するようにとの命令だ.」
 アリス=アギルタット兵長は嬉しそうに微笑んだ.

 ゼム=ジェイコブ大尉は直ぐに返信の作成にかかった.
「コンピューター画像暗号送信,圧縮形式β21,録画はじめ.本文,先の命令についての意見具申.本艦は哨戒の延長を望みます.第732護衛小艦隊からは哨戒に関する自由裁量権を得ています.ご検討願います.録画おわり.」

「そんな.大尉,なんで自ら哨戒の延長なんて.」
「最低でもあと6ヶ月,このガスジャイアントを空にする訳にはいかない.」
「6ヶ月.そんな話聞いたこともありません.現に,我々は船に一度も出会ってないわけですし..」
「命令に説明はない.」 

Poser 5









 

■■■ 12 ■■■

0600-284-1117 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン星域
  ガスジャイアントでの更なる哨戒行動が続いていた.第7惑星Lydia I Lambda は最早彼等の親友だった.幾度も燃料スクープを行い,警戒態勢を続けたが,他の船の船影は依然としてみられなかった.

 乗組員一同は,当然の如く故郷グリッスンを懐かしむようになっていた.既に故郷を出て半年以上が過ぎている.ゼム=ジェイコブ大尉の哨戒延長に対する批判は,乗組員からも日増しに強まっていった.

 常識的な哨戒期間を既に遙かに超えているのだ.海兵隊員とはもともと関係がぎくしゃくしていたので,続く乗組員との不仲は,大尉を完全に孤立させる結果となった.

 しかし大尉はその方針を変えるつもりはなかった.ここを空けるわけにはいかないのだ.このガスジャイアントを空けるわけには.

 ゼム=ジェイコブ大尉は,いつものように早朝の当直を終えると朝食を取りに供用室に向かった.丁度,女性海兵隊員シカー=クルイエル掌砲軍曹が食事をしているところだった.海兵隊員も6時間交代で2名が待機当直を行っている.それぞれの当直は3時間づつ交互にラップするように組まれている.彼女も当直を終えたところだった.

 ゼム=ジェイコブ大尉は,最近の孤立した雰囲気を察していたので,自然と離れたテーブルを選択した.すると珍しいことに,彼女の方から話しかけてきた.
「艦長,話をしても宜しいですか.」
「ああ」

 ゼム=ジェイコブ大尉は,壁面TVから流れる最新ニュースに見入っていた.4時間前に入電したもので,内容は実際には3週間前のものだ.それは官僚の贈収賄事件に絡んだ大物政治家の逮捕を告げる臨時ニュースだった.

 

 


Poser5
「評判落ちてます.」
「分かっているつもりだ.」
「何か確信があって哨戒を続けているのですか?」
 ゼム=ジェイコブ大尉は,トロピカルフルーツを数種類ブレンドした飲み物をすすると彼女の方を見ないようにしながら答えた.
「私の裁量の範囲の問題だ.」

 シカー=クルイエル掌砲軍曹はゆっくりと席を立つとゼム=ジェイコブ大尉のテーブルに腰掛けた.
「いいのか.私と一緒のテーブルになんかきて.他の連中から叩かれるぞ.」
「なんで,自ら哨戒の延長を漏らしたりなんかしたんですか.内緒にしておけばよかったのに.」
「何れバレるさ.哨戒の必要があるのは確かだ.」
「何か理由があるのならそれとなく私に漏らして下さい.みんなはうまくいいくるめますから.」

 ゼム=ジェイコブ大尉は,シカー=クルイエル掌砲軍曹を見た.暫く見つめると目を伏せた.
「残念ながら理由は無い.君の心遣いに感謝はするが.」
 ゼム=ジェイコブ大尉は立ち上がると,食事のトレイをカウンターに戻し自室に引き上げていった.


 

 シカー=クルイエル掌砲軍曹は多いに落胆した.彼女がゼム=ジェイコブ大尉にテーブルで置き去りにされるのはこれで2度目だ.そう最初は自由貿易船ネットウルフ号.大尉は触れようとしないが,はたして自由貿易船で出会った彼女のことを覚えてくれているのだろうか.

 そして何故こんなにも大尉のことが気になるのだろうか.惹かれ始めているのは確かだった.

 そこまで考えると,いまいましいあの「船長」の顔が脳裏に浮かんだ.

 朝から酷く不愉快な気分になった.
 



 

■■■ 13 ■■■

0600-007-1118 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン
 第5衛星上の補給基地で,新年を祝うパーティーが開催された.ゼム=ジェイコブ大尉に対する乗組員の反感は,半ば諦めに変わりつつあった.一同はとにかく疲れ切っていた.あれほど人気を誇ったプレイ=ヘルメットVも,今は廃れ果てていた.どうしてこの基地に置き去りにされていたのか,今は理解できるような気がしてきた.

 一同を憤らせたのは,プレイ=ヘルメットWの発売と,そのソフト群である.Vとの互換性が全く無いのである.恐らく開発者達は,宇宙の果てでプレイされることまで念頭には置いていなかったのだろう.ガスジャイアントの衛星軌道では,僅かCr300のプレイ=ヘルメットWが買いたくても買えないのだ.乗組員達は乗船手当で給与は溜まっているが使い道がないのである.

 ミギライル=アンドレス曹長は,ゼム=ジェイコブ大尉に心から謝罪した.原因を聞いたが,ちょっとした誤解だったとだけ述べ,それ以上は語ろうとしなかった.

 第8惑星で仕入れた食材により,食事のバリエーションは改善されていたが,それも一同を元気づけるには至らなかった.

 当たり触りのない返事しかよこさない乗組員との関係に辟易して,ゼム=ジェイコブ大尉はそっと場を抜け出した.
 
 


■■■ 14 ■■■
 
2100-014-1118 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン
  その偵察艦は突然表れた.監視衛星が探知目標を告げたのだ.当直についていたゼム=ジェイコブ大尉は,非常警報を鳴らした.艦内にけたたましい警報が鳴り響いた.ゼム=ジェイコブ大尉は,艦内通信器に向かってゆっくりと告げた.

総員戦闘配置.演習ではない.偵察艦が接近中,距離250,000km.
 この距離で探知できたのは運がいい.当直がネリス=アジング一等兵曹だったのが幸いした.直ぐに操舵士と機関士も現れた.

「アリス,ガスジャイアントを背後に距離を詰めてくれ.」
 ありがたいことに,小型護衛艦は理想的な位置関係にいた.ガスジャイアントからの電磁放射で偵察艦の受動EMSは役に立たないはずだ.

「艦長,偵察艦はトランスポンダすら出していません.おかしいです.」
 ネリス=アジング一等兵曹が疑問を投げかけた.小型護衛艦は完全な奇襲に成功していた.ゼム=ジェイコブ大尉の思いは確信へと変わった.船長の情報は正しかったのだ.

「シリア機関出力を最大へ」
 ジェイコブ大尉は,戦闘情報画面を眺めた.端末を操作し彼我の関係を把握する.偵察艦に逃れる術はなかった.

「アリス,航路を修正してくれ.最大戦速で接舷コースに載せる.」
「はい,艦長.」
「ベス,全火器の安全装置を解除,照準プログラムを集中制御で作動させてくれ.」
「はい,艦長.」
 彼女は慣れた動作で火器管制プログラムを起動した.
 

DoGA -L3 & Metasequia
 沈黙の中,距離だけがどんどん縮まっていった.
「目標は,現在慣性航行中.ガスジャイアント突入の為の天候観測を始めています.A-EMS作動.」
 ネリベス=アジング一等兵曹が引き続き報告した.
「目標との距離90,000kmです.ボチボチ向こうからも探知されます.」

 目標船の受動EMSの制御画面には,まもなく出力を最大にした小型護衛艦が発するエネルギー反応が恒星のような明るい輝点で表示されるはずだ.

自動回避機動プログラム作動.レベル4」
 ジェイコブ大尉は最も燃料を消費する回避プログラムを作動させた.途端に艦が慣性中和装置では吸収しきれない,高周波数の微妙な揺れを艦内に伝え始めた.ジェイコブス大尉はもう一度戦闘情報画面を眺めた.頃合いだった.

「電波封鎖解除,A-EMS作動,目標をスキャンして,停船命令をかけろ.」
「A-EMS作動,了解.停船命令録音通信を送ります.」
 強力な電磁波センサー群から探知波が放出され,2秒足らずで詳細なデータを戦闘情報画面にもたらした.ネリベス=アジング一等兵曹が報告した.
「MASA社のS-3型偵察艦に酷似.」
「中間子探知器,質量探知器は?」
「一致しています.」
 



 

■■■ 15 ■■■
 
2100-014-1118 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン星域
  その偵察艦の艦長は猛烈な抗議をよこした.
「本艦は極秘任務を遂行中だ.兵器システムのロックオンを直ちに解除しろ.偵察局から抗議を出す.貴様の上官の名前を教えろ.」
 ゼム=ジェイコブ大尉は,黙殺して命令した.

「こちら小型護衛艦ガグギダス.エアロックをリモートにして現在の進路を維持せよ.貴艦を臨検する.本艦の全火器が貴艦をロックオンしている.パワープラントの出力をライフサポートレベルに設定せよ.」
 偵察艦の艦長は更に猛烈に抗議した.
エジプト侯爵の臨検隊だな.我々は侯爵の責任を徹底的に追求するがそれでもいいのか.偵察局の艦が海軍の臨検を受けるいわれはない.」

 船籍番号からそこまで分かるのだから大した艦長だ.
「貴船はトランスポンダを停止していた.行動に疑義があるためこれより移乗する.」
「故障していただけだ.抗議する.トランスポンダの修理はできる.私の任務を台無しにするつもりか.」
「我々はこれよりトランスポンダ修理のため救援活動に赴く.エアロックを開放せよ.
 乗り込み用のボーディングゲートは既に偵察艦に渡されていた.海兵隊隊長のロット=リンゼングリン先任曹長が心配そうに通話を求めてきた.
「あー戦闘中の個人通話には問題ありますが,大丈夫ですか大尉こんなことをして.何もでなかったらどうするんですか.」
 
 ゼム=ジェイコブ大尉は,黙殺して命令した.
「行ってくれ.」
「ご命令とあらば.」
 海兵隊はたちどころに船内を制圧した.船内の捜索が始められたが,何もでてはこなかった.

DoGA -L3 & Metasequia

■■■ 16 ■■■
 
0700-018-1118 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン星域


  乗組員達の不安そうな視線をよそにゼム=ジェイコブ大尉は朝食を取っていた.偵察艦の艦長の猛烈な抗議は続いていたが,既に4日が経過していた.が,まだ何も証拠はでてこない.臨検としては異様な長さであり,一次停船の枠を遙かに超えていた.

 リカルト=ハイリジルク三等兵曹が珍しく話しかけてきた.
「あの艦長,提案があるのですが.」
「聞こう.」
「ありがとうございます.みんな探索で疲れていますが,探査機が一式しかないので探査効率に問題があります.」
「承知しているつもりだ.」

「倉庫に食材の毒性分析用のGR150という機器が4台あります.そこで相談です.大尉が求めているものは何ですか.それだけでも教えて下さい.みんなには絶対に黙ってます.確証があるからこんなことをされているのでしょう?手がかりがあればもっと効率的に探索できます.」

 ゼム=ジェイコブ大尉の沈黙は3分以上は続いた.
「HOTSHOTと言う薬を知ってるか.」
「十分です.」

 シカー=クルイエル掌砲軍曹が着陸脚の車輪から高純度の麻薬を発見したのは午後も遅くなってからのことだった.分子レベルで配合をごまかして変質させてあり,通り一片の操作では絶対に見つけることができない.医療機器の捜索への転用を思いついたリカルト=ハイリジルク三等兵曹とそれを改造したネリス=アジング一等兵曹の勝利だった.

Shade & Universe

■■■ 17 ■■■

0600-027-1118 小型護衛艦ガグギダス/第7惑星Lydia I Lambda 衛星軌道上

/リディア星系/グリッスン星域


  命令は,ゼム=ジェイコブ大尉が当直についている時に入電した.当直相手のアリス=アギルタット兵長は,今度こそというような目線でこちらを見た.

 ゼム=ジェイコブ大尉は,艦内通信機をオープンにすると伝えた.
「達する.本艦はグリッスンへの帰投命令を受領した.明日,0900エジプト海軍基地を経由して帰還する.」

 拿捕した偵察艦をリモートで従え,小型護衛艦ガグギダスはエジプトへと向かった.
 
 

 


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